ダメ姉は、ひっくり返る
「——定期検診お疲れ様コマちゃん。念のためって事で久しぶりに診させて貰ったけど……安心して。どこも異常なし。例の味覚障害は完治しているようね」
「その節は大変お世話になりましたちゆり先生。あれ以来一度も味覚障害は発症せずに今日に至ります。それもこれも……先生方のお陰です」
「私は何もしてないわよ。と言うか、何も出来なかったって言う方が正しいわね。結局コマちゃんの味覚障害はコマちゃんとマコちゃんの頑張りで治ったわけだし」
「それでもです。ずっと私を……いいえ、私たちを見守っていてくださったのは心強かったですよ。改めて本当にありがとうございました」
「お礼なんて良いって。それよりも最近はどう?某有名大学……そこで薬学を学んでいるそうね。ふふ……♪ならいずれは私たちもお世話になるかもしれないわねー。私たちが診ていた患者さんが私たちと一緒に働くなんて……なんだか感慨深いわ」
「あはは……まだその道を歩むかどうかはわかりませんがね。もしそうなったらまたお世話になります先生」
「……そーれーでー?マコちゃんとは最近はどうなの?相変わらずラブラブしてる?チューはもはや二人にとっては日常茶飯事だろうけど……ぶっちゃけどこまで行ったの?Aは確定として……Bまで行った?なんなら大学生だしCまでヤっちゃった——(パシィ!)あいたぁ!?」
「…………ちゆり先生。患者さんになにナチュラルにセクハラかましているんですか。失礼ですし下手したら訴えられますよ」
「や、やーね沙百合ちゃん……わ、私はただ恋の先輩兼アドバイザーとしてちょっとした助言をね……」
「余計なお世話です。……本当にすみませんコマさん。うちの先生が……」
「あ、あはは……いえいえお気になさらずに。ご心配なさらずとも私たちは今までもこれからもラブラブしてますからね。ゆくゆくはちゆり先生と沙百合さまみたいに素敵な式を挙げる予定ですので、その時は招待させてください」
「あらあら♪それは楽しみね。首を長くして待っているわよ。…………あ。そうだ。そういう事ならあの話……コマちゃんにちょうど良いかも……」
「……?どうしましたか先生?」
「ねえコマちゃん。もしもコマちゃんさえ良ければなんだけど……ちょっと手伝って欲しいことがあるの。話を聞いて貰っても良いかしら」
◇ ◇ ◇
「——はへー……綺麗だなぁ……」
とある休日。今日もコマに美味しいご飯を作ってあげようと、意気揚々と行きつけのお店で食材を入手した帰り道。ふと通りかかったドレスショップのショーウィンドウにディスプレイされているウエディングドレスに私は目を奪われていた。
「やっぱこういう純白のドレスは純粋無垢なうちの大天使……コマにこそ似合うってもんよね。いずれこれをコマに着て貰えると思うと…………うへへへへへ……」
洗練されたデザインに感服しながらも、脳内でコマにそれを着て貰うシミュレートをしてみる。Aライン、プリンセスライン、スレンダーライン。エンパイアライン、スレンダーラインにマーメイドライン。いい……どれもこれもコマに似合いすぎて想像するだけで涎が止まらん……
「そしてそんな白いウエディングドレスを着飾ったコマの隣に寄り添う私…………ふへっ、ふへ……ふへへへへへ……」
愛の共同作業としてケーキ入刀したりブーケを投げたり指輪交換したり……誓いのキスをしちゃったりぃ……!いかん、想像するだけで鼻血が止まらないわ……
「…………ハッ!?い、いや待て私……早まるな落ち着け……コマは白無垢も似合うんじゃないか……?」
ウエディングドレスに目を奪われてしまってつい考えが偏ってしまってたけれど。黒髪ロングがチャームポイントな生粋の日本人であるコマには白無垢という道もあることを不意に思い出す。神聖で純潔、厳かな雰囲気を醸し出す白無垢……それもまたコマに相応しいと言えるのではないか?
「参ったなぁ、嬉しい悲鳴だなぁ……まあ一番はコマが着たいものを着て貰う事なんだけど……なんならどっちも着て堪能したいなぁ。……あ、でもその場合私は何着れば良いかな……?コマとお揃い?コマが選ばなかったやつ着てみたり?……いや敢えてタキシードを……」
ニマニマと自分でも若干気持ち悪いなと自覚できる笑みを浮かべつつ、そうブツブツ独りごちる私。
「マコおぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「マコ、せんっ、ぱぁああああああああい!」
「まこ、さぁあああああああああああんっ!」
「ひぇっ!?」
なんて、幸せ代絶頂な妄想を育んでいた私に。怨嗟のような禍々しい奇声をあげて、駆け寄ってくる猛獣が3匹。…………あ、いやごめん。あまりの形相と勢いで猛獣かと思ったけど、よく見たら我が親友のカナカナ・後輩のレンちゃん・師匠の和味せんせーだったわ……
「どういうこと、どういうことよマコ!?ちゃんと説明しなさいよ!?」
「先輩、あの話は本当なんですか……!?」
「マコさん……嘘ですよね……!?嘘だと言ってください……!?」
「ちょ、皆落ち着いて……な、何の話?何をそんなに慌てているの?」
どうして私がここにいることがわかったんだ、という問いかけは今更無意味とわかっているからそれは置いておくとして。この三人が一体何を慌てているのか全く見当が付かない。
三人を落ち着かせて詳しい話を聞こうと試みる私なんだけど、興奮している三人はただただ私に詰め寄るだけで一向に話が見えてこないのである。困った……どうしたものか……
「……ひぃ、ひぃ……やっと……追いついた……三人とも、足速すぎ……」
「あ、あれ?ヒメっちじゃん。おいっすおいっす」
「……おいっすおいっす。いやはや……マコ、凄いね……おめでとう」
と、三人にギャーギャーと詰め寄られて困惑していた私の元に。頼れるもう一人の親友であるヒメっちが息を切らしてやって来た。この様子……この口ぶり……もしかしたらヒメっちならこの三人がこんな状態になっている理由を知っているのかも……?
「ね、ねえヒメっち。一体どうしたの?この三人ってなんでこんなにブチ切れてるわけ?」
「……?何でって。そりゃ……ねぇ?そうなるのもさもありなんって感じだよね。……って言うか。マコも人が悪いじゃない。どうしてあんな大事な事を黙っていたのさ」
「大事な事?黙ってた?いや、だからなんの話……」
「……なんの話って……決まっているじゃない。マコと、コマ。二人が来週の日曜日に…………結婚式を挙げるって話だよ」
「…………ん?」
あっけらかんと告げるヒメっちの一言に、私は身体も思考もフリーズする。…………来週の日曜日に……なんだって?
「やられた……やられたわ……油断してた……!おのれコマちゃんやってくれたわね…………っていうか、何でよマコ!?なんでそんな大事な事をわたしに黙ってたのよ……!?知ってたら全力で邪魔してたのにぃ!?」
「嫌ですぅ……マコ先輩は……私の先輩で……先輩が遠い存在になっちゃうなんて……嫌ですぅ……」
「マコさん……許しません、許しませんよ……まだ免許皆伝もしていないのに結婚だなんて……そんな……」
半分泣きが入った三人の態度も頷ける衝撃の事実。な、なるほどね……そういう話なら確かにこの三人ならこんなに動揺もするだろうね。
…………けどさ。
「あの……ヒメっち?聞いてもいい?」
「……なに?」
「その……もう一度確認するけど……誰と誰が、来週の日曜日に何するって?」
「……何言ってるの。マコとコマが、来週の日曜日に結婚式を挙げるんでしょ」
「そう……なの?」
「……???なんで当人が疑問形?そういう話じゃないの?だって……コマが来週の日曜日に、とある結婚式場で式を挙げるって噂流れてるんだよ」
「……」
「……実際式場に問い合わせたらそういう予約が入ってるって裏付けもされてたし。コマが式を挙げる相手と言えば……マコだけだろうって結論になった。だからこうしてこの三人も大暴れしてるんだけど……」
「…………」
「……マコ?どうした?顔色悪いよ?」
私の異変に気づいたヒメっちが心配そうに声をかけてくる。けれど私はそんなヒメっちの気遣いにありがたいと思う余裕さえなかった……
なぜかって?それは……
「…………知らない」
「……え?」
「…………その話、私知らない」
「「「「……はい?」」」」
「…………そもそも、来週の日曜日は私……ゼミの先輩たちの実験に付き合う約束してたし……そんな場所に行く予定なんて入ってない……」
「「「「…………え?」」」」
私のその一言に。ヒメっちは勿論あれだけ騒いでいた三人さえも冷静になって目を合わせる。
「ど、どういう……事?マコが結婚するって話じゃなかったの……?裏付けしたらコマちゃんが式場を抑えてるって事だったわよね……?」
「で、でもマコ先輩の話だと先輩はその日別の用事があるんですよね……?」
「じゃ、じゃあ……つまりこういうことですか?コマさんは……」
「……他の誰かと、式を挙げるって……事?」
情報が出そろったところで。皆の視線が再度私に向けられる。そんな四人の視線を受け、私はにっこり笑顔になり…………そして。
「…………(ぱたり)」
「……マコ、マコ……!?」
「ちょ……膝から崩れ落ちたわよ!?マコ、しっかりしなさいマコ!?」
「た、たたた……大変です!?マコ先輩息してませんよ!?」
「い、急いで救急車を……!?」
その一瞬で生死の境をさまよって、三途の川一歩手前まで踏み入る羽目になった私。四人の懸命な救命の横で、薄れ行く意識の中思う……
誰だ……!?一体どこの馬の骨がうちの嫁のコマと式を挙げやがるんだ……!?




