ダメ姉は、酔わされる(その3)
~SIDE:コマ~
マコ姉さまを酔わせたい。酔ったお姿をこの目に焼き付けたい。その思いを胸に抱き、憎き怨敵たちとも手を組んだ私だったのですが……
「——マコ姉さま……ほんっとうに……本当に申し訳ございませんでした……私ったら、またお酒で姉さまにご迷惑を……」
「い、いや……だい、じょうぶ……ハハハ……大丈夫だよ……コマは悪くないし……いつも通り、脱水症状と喉と腰の痛みがちょっとあるだけだから……コマこそ……だいじょうぶ?久しぶりに酔っちゃったよね?しっかり水分をとっておいてね」
「はい……ありがとうございます……」
結果として……姉さまを酔わせられなかったばかりか。逆にミイラ取りがミイラになるように、誤ってお酒を口にしてしまい自分がものの見事に泥酔して……その。記憶はほぼないのですが、姉さまに色々と……ヤってしまったらしいのです。起きた時には隣で眠る姉さまは当然のように全裸で……全身に色んな愛の痕が残っていました……私ってホントに……
「ん、ンンッ……そ、それと……カナカナは大丈夫?二日酔いキツいよね?大分飲んでたもんね……スポーツドリンクとかウコンとか用意してるからね」
「……さ、サンキューマコ……愛してるわ……ホント気が利くわね……」
「和味せんせーもどうかご自愛下さい。せんせーには遠く及びませんけど……二日酔い対策でお粥とか、シジミのお味噌とか作りましたので」
「……流石、マコさんです……ああ、心と体に良く染みます……これなら、すぐに効きそうです……」
ちなみに。私以外の姉さまを酔わせ隊の二人はと言うと……仲良く二日酔いに潰れている模様。
「さて……それじゃごめん皆。私そろそろ日課の……レンちゃんのお散歩に連れて行かないといけない時間なんだよね。ちょっと行ってくるよ。何か食べたいものとかあったらメールで教えてね。ついでに買ってくるから。そんじゃ、お大事にー」
そう言って若干ふらつきながらもそれでも平然と外出されたマコ姉さま。二日酔いの症状は全く出ていないようです。
「……マコ姉さますごい……あんなに元気いっぱいで……」
「……強すぎでしょマコ……でもそういうとこも好き……」
「……流石私の一番弟子です……」
「「「…………」」」
「と言いますか……お二人とも。マコ姉さまの方がお酒を飲んで……と言いますか飲まされていたというのに、どうして先に潰れるのですか……」
「そりゃこっちの台詞よ……なんで酒を飲む予定がなかったコマちゃんが飲んで酔ってるのよ……」
「おまけに……コマさん一人だけ良い思いをしてズルいです……」
「良い思いって……そ、それを言うならお二人だって姉さま直々に介抱して貰ったりしてたじゃないですか……」
「マコの身体を堪能する方が羨ましいわよ……目が覚めたらマコが全裸の天使になってて何事かってなったわよ……二日酔いじゃなけりゃ襲いかかってたところなのに……」
「せめてマコさんの美しいお姿……写真に収めておきたかったです……」
姉さまが出て行かれてから反省会……いえ、責任のなすりつけ合いを始める私たち。所詮は利害の一致による同盟ですからね……
「あーあ……結局マコを酔わせること出来なかったわ。やっぱあのウワバミを潰すなんて無理なのかしらね……」
「酔わせるありとあらゆる方法を試して……その全てが空振りでしたもんね……」
「あんなに強いお酒を立て続けに飲んでも平然としていたわけですし……許容量が私たちとは格が違うのでしょうね。流石姉さま、文字通り器が違うんですね」
作戦失敗を悟り、三人一斉にため息を吐きます。あれだけ試してダメだったんですから……もう姉さまを酔わせるのは諦めるしか——
バンッ!
「ういーっす!マコ、コマ!遊びに来てやったぞーい!」
「わ、わわ……めい子叔母さま……!?」
と、落胆しながらも半ば諦めていたその時です。何の前触れも連絡もなくやって来たのは私とマコ姉さまの叔母であるめい子叔母さまでした。
「ど、どうなさったのですか?今日こちらに来るとは聞いていませんでしたが……」
「んー?そりゃ編集から逃げ……もとい、大事な姪っ子たちがちゃんと元気に大学生活送れているか心配で見に来てやったんだよ。コマもマコも元気にやってるかい——って、ありゃ?カナエに先生じゃないかい」
「あ、ああ……コメイ先生お久しぶりです……」
「お、お邪魔しています……」
突如現れた叔母さまにタジタジのかなえさまと先生。普段は外堀を埋めるために叔母さまに何かと媚びるお二人ですが……パワフルな叔母さまの登場は二日酔いの状態では中々に堪えるらしく今日はお二人とも挨拶するだけに止まっているご様子。
そんなお二人のいつもと違う態度に不思議に思われたのか、叔母さまは首を傾げながら声をかけてきます。
「ってかどうしたんだいお前さんたち。なんだか顔色悪いように見えるけど?何かあったのかい?」
「ええっと……何と申しましょうか」
「あ、あはは……その。実は昨日……皆で宅飲みしてですね……」
「マコさんに……お酒を飲ませて……そしたら結果的にこうなりまして……」
「マコに酒を……ああ、なるほどね!そりゃ大変だったねぇ。あの駄姉、あたし以上に酒に強いけど…………一度酔ったらそれはもうマコのやつは凄いことになるからねぇ。大方酔ったあいつに全力で振り回されたんだろー?あいつ酒癖悪いからなー」
「「「…………え?」」」
何か重大な事をさらりと口にしためい子叔母さま。一度酔ったらって……
「ちょ、ちょっとお待ち下さいめい子叔母さま……?い、今なんと……?」
「マコが……なんですって?」
「酔ったらって……仰いませんでしたか……?」
「ん?ああ、うん。そう言ったけどそれがなんだい?」
あっけらかんと叔母さまはそう告げます。な、何ということでしょう……まさかこんなところに問題解決の糸口があっただなんて……
「ね、姉さまって酔うんですか!?酔ったお姿を叔母さまは見たことがあるんですか!?」
「あのマコですよ!?ビールもワインも……スピリタスさえも余裕で飲み干すマコがですよ!?」
「き、昨日……あれだけ私たちが飲ませて……顔色一つ変えなかったマコさんが……ほ、本当に酔ったりするんですか……!?」
「だからそう言ってるじゃんか」
考えてみればどうして気づかなかったのでしょう。叔母さまと言えばお酒。姉さまと二人で飲み明かす事は何度もありましたし……あの酒豪の姉さまでも酔えるお酒だって叔母さまなら知っていてもおかしくはありません。早く相談しておけば良かった……
「そ、それで……叔母さま!?一体どんな魔法を使って姉さまを酔わせたんですか!?」
「や、やはり……強い酒をガンガン飲ませるとか……?」
「そ、それとも……何かの食べ合わせを使ってアルコールを回りやすくしたり……?」
「いいや?そんなんであのマコが酔うわけないさね。常時酒飲むあたしよりも強いんだぞあいつ」
「で、ではどうやって……」
そう尋ねると叔母さまは「ちょっと待ってな」と言いながらキッチンへ向かい……ゴソゴソと物色し始めます。そして数分後「あったあった」と何かの瓶を持って私たちの目の前に、ドン!と置いた叔母さま。
「これだよこれ。これがあのマコが唯一酔うことが出来る酒さね」
「こ、これが……?」
「なんか……普通のどぶろくに見えますけど……?」
「そんなにアルコール度数も強そうには……」
出されたお酒(?)をとりあえずコップに移してみることに。色は白っぽくて日本酒の香りに似た甘酸っぱいアルコールの匂いが漂います。
「まあお察しの通り、どぶろくみたいなもんさね。アルコール度数は……そうだねぇ9%ってところかねぇ」
「9%……?それって……下戸の私にはかなり高く感じますが……」
「そうね。あのマコが酔うには……とてもじゃないけど足りなさそうだわ」
「な、なにせマコさん……96%のアルコール度数のお酒も大丈夫ですもんね……」
満を持して出された割には拍子抜けしてしまいます。昨日の姉さまの飲みっぷりを考えたら……残念ですが力不足に思えます。本当に……こんなものであの姉さまが酔ったりするものなのでしょうか?
そんな半信半疑な私たちですが、叔母さまは自信を持ってこう告げるのです。
「いいから騙されたと思ってマコに飲ませてみな。間違いなく一口で……面白いくらいに酔うからなあいつ」




