ダメ姉は、酔わされる(その2)
~SIDE:コマ~
酔った姿を妹である私にも見せたことがないマコ姉さま。そんな姉さまのほろ酔い姿が見てみたい……そんな崇高な志の元に集いし同士たち。
「それでは先生、それにかなえさま。始めましょうか」
「オッケー。準備はバッチリよ」
「で、では……手はず通りにいきましょう……」
『ただいまコマー!お姉ちゃん帰ったよー!』
マコ姉さまが帰ってくるまでにお酒と策の準備は万全です。姉さま……悪い妹で本当にごめんなさい……ですが、私も見てみたいんです……!姉さまの酔って乱れたそのお姿を……!
「お帰りなさいマコ姉さま。お疲れ様でした」
「やっほーマコ。お邪魔しているわよ」
「ま、マコさん……本日はお招きいただきありがとうございます……」
「ありゃ?コマはともかく……カナカナにせんせーじゃないですか。いらっしゃい。今日なんかうちに用事でもありました?」
ニコニコ笑顔で姉さまを出迎える私とかなえさま、そして先生。珍しい来客たちの出迎えに少し驚いている様子の姉さまですが……ここは作戦を感づかれないようにしませんとね。
「ううん。ただちょっと遊びに来ただけよ。ああ、あと珍しいお酒も手に入ったからさ。マコと一緒に宅飲みでもしたいなって思って」
「わ、私は……お料理の指導に……良いお酒が手に入りましたし、マコさんもお酒が飲めるようになりましたので……お酒を使った料理を教えてあげようかと」
「そういう事らしいので渋々お二人を招いたわけです。ご迷惑でしたか姉さま?」
「んーん。そんな事ないよ!明日明後日はお休みだし、皆で美味しいご飯食べて美味しいお酒飲めるのって最高だよね!」
疑いを知らない純粋無垢な姉さまは、かなえさまたちの来訪を喜んでいるご様子。まさかこの場にいる全員が姉さまを酔わせるための刺客だと夢にも思っていないのでしょう。そんな姉さまにほんのちょっぴりの罪悪感を抱きながらも。共犯者たちに目配せします。
◇ ◇ ◇
「それで。肝心要の姉さまを如何にして酔わせるかについてですが……私は生憎お酒にかなり弱いのでどうすれば酔うのかわからないんですよね。参考までにお二人はどのようにすればお酒に酔いますか?」
「そうねぇ……単純だけど強い酒を飲むと酔うわよねやっぱり。後はすっごいベタだけど空きっ腹で飲んじゃうと酔っちゃうわ」
「ですね……それとマコさん強いお酒には強いのですが……お酒に強い人でも、案外度数の低い醸造酒とかに弱いケースもありますよね」
「あー、あるある。相性的に日本酒とかワインに弱い人って結構いるわよね」
「あとは……私個人の意見ですが。お酒の進むお料理と合わせるのも良いかもです。お酒で出来た料理とか出されるとついついお酒が進みますもん」
「なるほどです……」
◇ ◇ ◇
そんなこんなでお二人のお酒の経験談を元にして、姉さまを酔わせる作戦を練りました。二人にアイコンタクトを送り、早速ですが実行に移すことに。
「そんじゃ早速だけど駆けつけ一杯って事で……はい、どーぞマコ」
「おお……真っ昼間から飲むお酒とは中々に背徳的だねぇ。んじゃお言葉に甘えて」
まずは挨拶代わりのジャブとして……かなえさまが姉さまにお酒をコップに注いで姉さまに渡します。姉さまは軽くかなえさまと乾杯して、そのコップのお酒を見てて気持ちが良い飲みっぷりを披露してくれます。
「おぉ……これ結構飲みやすいね。こりゃまた良い酒を持ってきてくれたんだね。ありがとーカナカナ♪良かったらもう一杯やっちゃっていーい?」
「え?え、ええ……それ全部マコの酒よ。好きに飲みなさい」
「どーも。んじゃ遠慮なくっと…………うん、美味しい!」
「「「……」」」
「ん?なに?どうしたの皆?」
「……いえいえ何でも」
「……そうね。何でもないわ」
「……ええ。何でもありませんよ」
軽く20%は越えているであろうアルコール度数のお酒を飲みやすいと来ましたか……流石です姉さま。まあ、これは想定内のこと。後々酔いが回ってくれる事を願いつつ……ここからが勝負です……!
「そ、それよりもマコさん。お酒を使ったお料理についてですが……」
「ああ、そうでしたねせんせー。いやぁ、レパートリーが増えるの助かりますよ。お酒を使った料理なら、うちの酒乱の叔母さんも喜びそうですし」
「そ、それは良かったです……で、では実践を交えつつ……しっかり味見もして一緒に作っていきましょう……」
気を取り直して次の手は、姉さまの師である和味先生の酒地獄作戦。
「で、では定番の酒蒸しや煮物から作って見ましょうか。いつもは料理酒を使うところですが、今日はふんだんに日本酒などを使ってみましょうね。あと……アルコールを飛ばすのが普通なのですが。今日は折角ですしアルコールを敢えて飛ばさない料理なども試してみましょうか」
「へー。そんな料理もあるんですね」
「意外でしたか?酒ずし、酒鍋など……ちょっと癖があったりもしますが慣れると美味しいですよ。お酒に強いマコさんなら気に入ってくれるかもです」
料理の蘊蓄や実践、そして味見を繰り返し……少しずつ姉さまにアルコールを含んだ料理を摂取させ続ける先生。
「マコ。ほら折角だしこっちも飲みなさいよ」
「姉さま。お料理お疲れ様です。休憩ついでに良かったらこちらもどうぞです」
「おー、カナカナもコマもありがとねー…………って。これお酒じゃないの。んもー二人とも、もしかして私を酔わせちゃうつもりなの?酔い潰しちゃうつもりなの?なーんちゃって!ハッハッハ!」
「「(……まさしくその通り)」」
「まあ、ありがたく飲ませて貰うけどねー!んー……っ♪いやぁ、今日は色んなお酒が飲めて、色んなお酒料理が作れて、おまけに皆とワイワイ出来て楽しいなぁ」
お料理の最中も私とかなえさまの援護射撃は手を緩めません。合間合間で姉さまにお酒を飲ませていきます。何の疑いもなくアルコールを摂取し続けるマコ姉さま。すでに摂取したアルコールは並のものではないはず。加えて、蒸留酒も醸造酒も満遍なく。度数もかなりのものを摂取しています。
この調子でいけば……いくらお酒に強い姉さまでもそのうち酔いが回ってくれるはず……さあ見せてください姉さま……!姉さまの私の知らない素敵な表情を……!
~3時間後~
「——うぅ……だからぁ!マコは、ずるいわぁ!卑怯よぉ……!わたしの、気持ちしってるのにぃ!ずぅっと応えてくれないしさぁ!」
「うん……ごめんね。カナカナの気持ちは嬉しいけど。でも……やっぱり私の一番はコマだから」
「知ってるわよぉ!そーいうマコの一途なとこも好きだもん!」
「うん……ありがとう。私も友達として、カナカナが一番好きよ」
「私は……ダメな先生です……料理以外は何にも出来ない……マコさんに相応しくない、ダメダメな先生なんです……こんなんじゃ……マコさんに……尊敬されなく……」
「大丈夫ですよせんせー。私だって色々ダメダメですもん。せんせーの事はちゃんと尊敬していますよ。これからも私をどうか導いて下さいね」
「マコさぁん!」
「…………ダメでしたか」
作戦決行から3時間が経ちました。結局あの後も酔う気配は全く見せることがなかった姉さま。こちらもあの手この手で姉さまを酔わせようと頑張ってみたのですが……
ビールもワインも日本酒も。焼酎もウォッカもウイスキーも……どれを試しても全く応えず。そればかりか半ば自棄になったかなえさまが用意した世界最強のお酒と呼び名の高い禁断のアルコール度数96度のスピリタスまでも意に介さず。逆に姉さまだけに飲ませて怪しまれないようにとセーブして飲んでいたかなえさまと和味先生を潰してしまう始末。二人もギリギリまで競り合っていたんですけどね……
「ほら、カナカナもせんせーもお水飲んで。スポーツドリンクとかオレンジジュースもあるからね。飲んでたら二日酔いも少しは楽になると思うし」
「「マコ(さん)結婚して……」」
「残念ですが、姉さまはすでに私と結婚しているので諦めて下さいね。…………やれやれ。姉さまお疲れ様です」
「ああ、コマもお疲れー。いやはや……二人とも随分飲んでたよねー。何かストレスでもあったのかなぁ?」
飲んでいた原因がまさか自分にあるとは露ほども思わずに。酔い潰れた二人を介抱する姉さま。本来なら私たちがその役割を担うハズだったんですけどね……
「姉さまは……その。大丈夫ですか?酔ったりとかは……」
「んー?ああ、私?私ならこの通り元気いっぱいよ」
「…………流石です」
念のため確認してみるも、やはり全く酔っていないご様子の姉さま。あれだけ飲んでおいて素面のままなんて……姉さま強すぎでしょ。
……これは……作戦失敗かも……
「あ、あはは……凄いですね姉さまは。私は全然強くないので……羨ましい限りです。これだけ飲んでも酔わないと言うことは……これから先も姉さまはお酒に酔うことなんてないのでしょうね」
作戦失敗を悟り、内心めちゃくちゃ落胆しながらも。姉さまにそれを勘付かれるのは困るので、適当にそんな事を言いながら姉さまが作ったであろう料理に手を出す私。
「んー?私がお酒に酔うことがないって?いやいや。実言うとコマにも言ったことがなかったんだけどね」
「……」
「過去に一度だけ……とある特別なお酒を飲んだ時だけドチャクソ酔っちゃって大失敗しちゃっているんだよね私。いやぁあの時は叔母さん曰く、滅茶苦茶ヤバかったらしいよ」
「…………」
「……って。あれ?コマ?」
「…………」
「コマ?急に静かになってどうしたの?何かあった——」
「…………(ヒクッ)」
「…………あっ」
——その後。間違えて姉さま用に作られていたお酒たっぷりの姉さまの手料理を食べてしまい……
「ま、待って……待ってちょうだいコマ……この流れはわかった。わかったけど…………お願いします。せ、せめてお姉ちゃんを襲うのは、カナカナとせんせーがいないところで——うにゃぁあああああああああっ!!?」
姉さまを酔わすつもりが逆に自分が酔ってしまい。あとは例の如くお酒に暴走して姉さまに多大な迷惑をおかけすることになったそうです……




