ダメ姉は、酔わされる(その1)
~SIDE:コマ~
「——お二人とも。お忙しい中呼び出しに応じていただきありがとうございます。折り入って、お二人に頼みたいことがあります」
とある休日のカフェ。私こと立花コマは……宿敵であるかなえさまと姉さまの料理の師である和味先生を呼び出して、二人にそう告げました。
「いきなり呼び出して何なのよコマちゃん。一応先に言っておくけど、マコを狙うのはやめろって話ならわたしは断固拒否するわよ」
「わ、私も……マコさんの事は諦めきれませんので……そういうお話なら遠慮させて貰いたいなーって……」
いつもの流れを読み。私からそういう話が切り出されると思っている様子のかなえさまたち。私としては出来ればそのお願いも是非とも聞いて欲しいところですが……
「いえいえ。今回はその件ではありませんのでご安心ください」
「その件じゃない?じゃあ一体なんなのよ」
「その話をする前に……一つお二人にきいておいて欲しいことがあります。お二人とも、姉さまが酔ったお姿を見たことがありませんよね?実はうちのマコ姉さまはお酒に大層強くて……どれだけ飲んでも酔われたことがないみたいでして」
あの大酒豪のめい子叔母さまと一騎打ちで飲み明かして、叔母さまを完全に酔い潰した上に……翌日にはけろりとした様子で叔母さまの介抱のためにシジミのお味噌汁を作っちゃってたくらいですからね。私はアルコールの類いは全然ダメなので、姉さまがちょっとだけ羨ましいです。
「ああうん。それはよく知ってるわ。わたしも一度あの子を酔わせてほろ酔い状態になった隙を付いて既成事実を作ろうとしたんだけど……マコったらどんだけ飲ませても顔色一つ変えないんだもん。あきれを通り越して尊敬するわ」
「わ、私も……酔い潰して判断力を奪い、マコさんにお店の契約書にサインをして貰って……私の右腕として永久就職して貰おうとついこの間も画策したんですが……全然効果なくて諦めたんです……マコさんって惚れ惚れする飲みっぷりですよね……」
「そうそう。そうなんですよ。それくらい姉さまはお酒に強い——って。ちょっと待ちなさい。危うく聞き流しかけそうになりましたが……貴女方二人は私に黙ってマコ姉さまになんて非道なことをやっているんですか……?」
「「…………(ササッ!!)」」
しまった口が滑ってしまったと言わんばかりに全力で私から目を逸らす容疑者二人。既成事実やら契約書やら不穏な事を口走っていますが、酔わせた状態でそういう事するのは犯罪でしょうに……後で説教です。
「とりあえず今の話は置いておくとして。とにかくです。それほどまでに姉さまはお酒に強いのです。ここまでは宜しいですか?」
「まあ、マコが酔わないって話はわかったわ。んで?結局何が言いたいのよコマちゃんは」
「ほ、本題は……なんなのですか?」
姉さまがお酒に強い事実なんて周知の事実。今更聞くまでもないと言わんばかりのお二人。ふふふ……良いのですか?そのような態度を取ってしまって。予言しますが……数秒後には必ずお二人も私の話に興味を引かれることになるでしょうに。
そんなお二人に言い聞かせるように、私は次の言葉を発します。
「——お二人とも。マコ姉さまを酔わせてみたいとは思いませんか?」
「「乗った!!」」
目を見開き、若干食い気味に口を揃えて計画に乗るかなえさまと和味先生。予言的中。やはり乗ってくれましたね。
「マコの酔った姿……胸が躍るわ。頬が赤く染まり、呂律が回らなくなり……いつもと違った顔になっちゃうマコ……アルコールで熱を帯びた身体を沈めるために、一枚……また一枚脱ぎ捨てて……艶やかな身体をわたしに晒して……ふ、ふふふふふ……」
「ああ……想像するだけでご飯が進みそうです……マコさんどんな酔い方をされるのでしょうね……先生であるこの私に甘えてくれるマコさん……陽気に絡んでくれるマコさん……いいえ、もしかしたら泣きついてきたり怒りんぼになっちゃうかも……?それもそれで……うふふふふ……」
酔った姉さまのお姿を妄想されているのでしょう。どこから取りだしたのか、すでに彼女たちの手にはデジカメとビデオカメラが構えてありました。流石は私の好敵手たちと言わざるを得ませんね。
「……にしてもコマちゃん。不思議な事もあるものね」
「え?何がですかかなえさま?」
「コマちゃんの性格を考えたらさ、こういうことは……わたしたちに黙って実行するって思ってたから。ライバルのわたしたちにこんな事を提案するなんて……どういう風の吹き回しなのかなって」
「あ……い、言われてみれば確かに……ちょっとコマさんらしくない……ですね」
ひとしきり妄想を堪能したであろうかなえさまが(鼻血を拭きながら)大変鋭い指摘を私に投げかけてきました。
……ご名答。確かにかなえさまの仰る通り、本来であればわざわざ敵に塩を送るようなこと、好き好んで私はしないところではあるのですが……
「…………その。白状すると……実はお二人にこのお話をする前に。すでに姉さまを酔わせようとしてみたのです。ですが——」
◇ ◇ ◇
「いやぁ、感慨深いというか何と言うか。まさか私たちがお酒を飲める日が来るとはねー」
「ですねぇ。月日が経つのは本当に早いものですね。もっとも……私はちょっとでも飲んじゃうと色々ダメになっちゃうので、ノンアルコールですけどね」
「無理に飲まなくて良いんだよ。叔母さんの受け売りだけど、こういうのは楽しく飲むのが一番だからね!私はコマが一緒にいてくれるだけで何よりの肴になるし」
「そう言っていただけると嬉しいですよ。飲めない分、私が姉さまのお酌をしますからね。ささ、姉さま……まずは一杯どうぞ♡」
「うむ、くるしゅうない。……なーんてねっ!うん、おいしい!」
「それは良かった。はい姉さま、遠慮なさらずにどんどんどうぞ」
「えへへ、コマに注いで貰えるなんて幸せ者だなぁ私。……うんうん!心なしかコマに注いで貰ったお酒ってすっごく美味しく感じるよ!」
「それは良かったです。……ところで姉さま。これ、結構お強いお酒ですが……そろそろ酔ってきたり……してませんか?」
「んー?ううん、全然大丈夫。コマのお酒ならいくらでも飲めるよー」
「……そう……ですか。それは良かった。でしたらどんどん飲みましょう。えーっと……折角ですので次はめい子叔母さま秘蔵のちょっと強めのお酒も試してみませんか?」
「おっ?いいねぇ。鬼の居ぬ間になんとやらだね!」
「え、ええ!それでは姉さま……はい、どうぞです」
「おお、これはこれはご丁寧に。いっただっきまーす!」
「……ど、どうですか?酔えそうですか?」
「おいしいっ!もう一杯!」
「…………む、むむむ……」
◇ ◇ ◇
酔い潰そうと企んで、朝まで姉さまにお酌をしました。自宅にあった醸造酒も、蒸留酒も一通り試して。それでもあまりにも酔われる気配がなかったので、めい子叔母さまが取っておいた秘蔵のお酒も(叔母さまに無断で)姉さまに飲ませてみましたが……
『コマにお酌して貰えるならいくらでもイケルよ!』
と、豪語された姉さまは……宣言通りいくらでも、それもすべてストレートで飲み干されて。
「——と、言うわけでして。結局微塵も酔われる事はなく朝を迎えることになったんです……」
「強すぎでしょマコ……」
「ウワバミどころかザル……いいえ、もはや枠ですね……」
「ええ。恥ずかしい話なのですが……私一人の力では姉さまを酔わせるのは難しいと判断しました。そこで……お二人の力を借りたいと思い、今回お声をかけたと言うことなんです」
本当なら一人で姉さまを酔わせて、酔った姉さまを一人で堪能したかったところですが……背に腹は代えられません。かなえさまたちに協力を仰ぎ、三人で姉さまを酔わせ…………そして、姉さまが酔った暁には、二人を穏便に排除し酔った姉さまをたっぷりと一人で堪能すれば良いと判断した私。
「なるほど。呉越同舟ってことね。良いわ、コマちゃんの企みに乗ってあげましょう」
「さ、三人寄れば文殊の知恵とも言いますからね……わ、私も可能な限り力をお貸しします」
「ありがとうございます皆さま。それでは……マコ姉さまを酔わせ隊、行動開始です!」
「「「おーっ!!!」」」
待っていて下さいねマコ姉さま。必ず私たちが姉さまを酔わせて差し上げますから……!
~一方その頃のマコ~
「(ブルルッ)…………何だろう。なんか、凄い悪寒がする……」
「どうしましたか!?大丈夫ですかマコ先輩!?寒いんですか!?寒いなら、もうちょっと一緒にあたしとお散歩しませんか!」
「あ、ああうん大丈夫だよレンちゃん。私風邪は引かないから。それにこの悪寒は風邪とかそういう類いじゃなくて……なんかこう、いつもの身の危険を感じた時に感じる奴っぽいから……」




