ダメ姉は、技能訓練を始める
予期せぬトラブルに苛まれつつ、それでもどうにか自動車学校に入校できた私とコマ。入校前に色々ありすぎて、これから一体どうなることやらと戦々恐々だった私なんだけど……
「——意外……と言ったらすっごい失礼かもだけど。運転講習自体は何のトラブルもなく至って普通で正直拍子抜けだよねコマ」
「あ、あはは……マコ姉さま、言わんとしている事は私もわかりますが何のトラブルもないのが普通だと思いますよ」
今のところ初日のアレコレが嘘のように、運転講習はスムーズに進行していた。何かとトラブルに巻き込まれてしまう私だけに(お前はトラブルに巻き込まれると言うよりもトラブルを巻き起こす方だろうって?気のせい)、今度は一体何が待ち構えているんだと警戒していたんだけど……今のところ順調にカリキュラムをこなせている。身構え過ぎてちょっと損した気分だ。
まあ冷静に考えたらコマの言うとおり、何かトラブルがある方がおかしいし何もトラブルがない方が良いに決まっているんだけどね。
「トラブルがなくて私はホッとしていますよ。合宿免許プランで免許を取ると姉さまが仰られた時は、正直気が気でなかったので。ほら、偶に聞くじゃないですか。合宿免許に来た女の子を狙って声をかけてくる方とか……」
「あー、ナンパ目的の教習生とか?」
「ですです。『女だけで合宿免許に参加するのは危険がヤバい』と、めい子叔母さまから聞いたこともありますし」
実は専用宿舎がある合宿免許プランで入校した私とコマ。普通の通学プランよりも費用が安くすむ上に、大学入学に会わせるべく短期間で免許が取れるからと迷わず選んでみたけれど。確かにコマがそう不安に思うのも当然だろう。更に美しく可憐に成長したマイスイートパーフェクトエンジェルコマに一目惚れしちゃう愚かな輩が千人や二千人くらいいてもおかしくないもんね。
「でも大丈夫だよコマ。そういう不届き者が極力来ない評判の良い場所を選んでおいたし。それにめい子叔母さんの時代は知らんけど、今の時代はかなり女性とかに配慮されているんだってさ」
「なるほど、それは安心ですね」
当然その辺の対策はコマの姉として抜かりない。宿舎も食堂も男女別で、宿舎は許可の無い男女の行き来禁止。出入り口は全てオートロックで宿舎の門限も決まっている……そんなセキュリティ万全の教習所を選んでおいた。異性との接点がまるでないから、そういう出会い目的のナンパ野郎とかが我が愛しきコマと出会う事もそうそうないのである。
ま、それでも残念な事にコマを密かに狙うゴミ野郎共はどこにでも湧いて出てきちゃうんだけど……
「…………(ボソッ)そういう連中は姉として、私がちゃんと責任もって始末しておいたからなんの問題無いもんね」
「あ、あの……姉さま?今さり気なく凄く怖い発言しませんでした?」
「うふふ、気のせい気のせい」
悪い虫の対策は昔からお手の物。昨日も懲りずにコマに夜這いしようと女子宿舎に侵入してきた害虫は、進化した殺虫剤で人知れず処理しておいたから安心してねコマ!
「でも……ナンパやトラブルはともかくさ。折角合宿免許に来てるわけだし、何か新しい出会いとかは欲しいなとはちょっと思うんだよね」
「……新しい出会い、ですか」
「そうそう。これを機に知らない子たちと仲良くなれたらなーって思ってたんだけどね……」
色んな場所から色んな人たちが集まってくるのが合宿免許だ。免許取得という同じ目的をもっているからこそ仲良くなりやすい環境にいるわけだし。新しい友人を作るってのもある意味こういう合宿免許コースの醍醐味だって聞いてたんだけど……
「なんか思ってたほど女の子たちと接する機会がないんだよね。講習終わったら皆すぐに自分の部屋に戻っちゃって世間話する事も出来ないし」
「仕方ありませんよ姉さま。皆さん基本的に運転免許の為だけに通っていらっしゃいますからね。人見知りなさる方も中にはいるでしょうし」
「そりゃそーだけどさぁ」
入校式の時は同い年くらいの女の子とかも結構いたし、学科講習とか宿舎の食堂とかでは彼女たちと一緒になる事もあるんだけど……なんだかあんまりお話とか出来ていないんだよね。一期一会だし私としては折角ならお友達になりたいところなんだけど。
「ご安心下さいマコ姉さま。姉さまにはこの私がいるじゃありませんか。私がいる限り、姉さまに寂しい思いは決してさせませんよ」
「それはホントにそうだよね。コマがいなかったら一人寂しい合宿を過ごすところだったよ。そういう意味でも……コマが一緒に来てくれてホントに助かってる。ありがとねコマ」
「何を仰いますか。私はいつだって姉さまの側にいますよ」
うんうん、姉思いの良い妹がいてくれてお姉ちゃんは世界一の幸せ者だよ。
「……それはそうとホント不思議なんだよね。入校初日は結構私に話しかけてくれる女の子たちとかもいたはずなのに……翌日からは話しかけるどころか、こっちが話しかけてきてもなんか避けられているような気までするんだよなぁ。……もしや私、知らないうちに彼女たちにやらかしちゃってたりするのかね……?」
「大丈夫ですよマコ姉さま。姉さまは何もしていませんから」
「うーん……それなら良いんだけど…………ん?」
…………姉さまは、ってどういうこと……?あの……コマさん?まさかだけど今のって……『マコ姉さまに近づく不穏分子は、(恋愛)トラブルになる前に私が対処しています♡』的なニュアンスじゃない……よね?初日に話しかけてくれてた子たちが、何かに怯えるように私から遠ざかっていったのって……コマが原因じゃない……よね?ないよね……!?
「そんな事よりマコ姉さま。今日からいよいよ技能教習が始まりますね」
「あ、ああうんそうだね。あの大きな鉄の塊を私一人で動かすんだって思うと……ちょっぴり不安かも」
コマの不穏な発言は聞かなかったことにして、とりあえず話を続ける私。学科講習もシミュレーターを使った模擬運転も難しかったけど。実際に車を動かすとなると絶対にその比じゃないくらい難しいハズ。
一歩間違えたら恐ろしい凶器にもなり得ると考えると……場内教習コースでの練習といえど、流石にちょっと緊張するわ。
「その事ならばご安心下さいマコ姉さま。姉さまに最も相応しい教官をこちらでご用意させていただいていますので」
と、私がそんな不安を思わず吐露したところでコマから頼もしい発言が返ってくる。おぉ、流石私のコマだ。色々とダメダメな私の為に、優秀な教官に技能訓練を担当してくれるようにと頼んでおいてくれたらしい。ほーんと、相も変わらず気が利く子で助かるよ。こんな子にこそ私のお嫁さんになって欲しいよね。
……ま、なって欲しいって言うか、正真正銘コマは私の嫁なんだけどね!ハッハッハ!
「私に最も相応しい教官かぁ……それは楽しみだね」
「はい、楽しみにしておいてくださいませ。なにせ——何が起ころうとも姉さまを守り、そして導く世界でたった一人の存在ですので」
◇ ◇ ◇
コマのその一言に安心し、悠々と場内教習コースへと降り立った私。運転席に乗り込むと、早速助手席にいた彼女からこんな説明を受ける。
「さて、それでは本日より技能訓練……場内での運転となります。運転はこれが初めてですし、当然多少なりとも緊張もされていらっしゃると思います。操作を間違えたらどうしよう。ぶつけてしまったらどうしよう。失敗したらどうしよう。……そんな心配をされている事でしょう」
「……あ、はい」
「ですが……ここではたくさん失敗して良いんです。だって初めての事をやっているんです、失敗して当然なんですから。大事なのは失敗を重ね、どこが悪かったのかを見直し。一つずつ出来る事を増やしていく事なんです」
「な、なるほど……」
「大丈夫。教習中に『危ない』と判断すれば、どうすれば良いのか私が常に指示を出します。それにこの教習用の車には、私が乗る助手席に補助ブレーキが付いているんです。本当に危険な場合は私が責任をもって補助ブレーキを踏み、速度を緩めたり停止します。ですからどうか怖がらないで。貴女には運命共同体の私がついていますから」
「そ、それは頼もしい……かな?」
「それではどうかよろしくお願いしますね。運転中でも、停車時でも、プライベートでも。わからない事があったら遠慮しないでどんな些細な事でも聞いてください。運転の方法からスリーサイズ、果ては性癖まで……何でも赤裸々にお答えしますから」
そうやって初めての私に対し優しく丁寧に諭し導こうとしてくれる。そんな彼女に対して、私は言われた通りに質問してみることに。
「じゃ、じゃあ早速で悪いんだけど……ちょっと聞いてもいい?」
「あら、もう質問ですか?ふふふ、勉強熱心で大変素晴らしいですね。一体どんな質問でしょうか?」
「いやあの……確かにこれから運転する前に、そういう頼もしい事を言ってくれるのは、凄い自信がついて私もありがたいんだけどね——
——その台詞はさ、コマ。コマじゃなくて自動車学校の教官が本来すべき台詞なんじゃないのかなーって……なんでコマはナチュラルに私の隣に座っているの……?」
『(コンコンコンコンコンッ!)こ、こらぁ!?誰ですか先生を押しのけて勝手に助手席に座っているのは!?開けなさい!直ちにそこを降りなさーいッ!!?』




