ダメ姉は、免許を夢見る
「——そういえばマコ先輩!ラブホ女子会の時に提示してましたけど、先輩って運転免許証持っているんですね!」
ラブホ体験ツアーを終えてしばらく経ったある日のこと。いつものように遊びにやって来た後輩のレンちゃんが私にそんな事を言い始めた。
「まあね。車自体は叔母さんのだし。免許はAT限定だし。全然乗り慣れてないペーパードライバーも同然だけどねー」
「それでも車運転出来るなんて凄いです先輩!あ、そうだ!ね、ね!今度二人で一緒にどこかに遠出しましょうよ先輩!先輩の運転で!」
「へっ!?わ、私の運転!?」
「はいっ!先輩がかっこよく運転するところ間近で見てみたいです!」
「い、いや遠出はまだちょっと……言ったでしょ、全然乗り慣れてないって。そんな状態で大事な後輩のレンちゃんを乗せて事故でも起こしたら嫌だしもうちょっと運転上手くなってからじゃないと……」
「乗り慣れてないならなおのこと、どんどん経験を積みましょう先輩!丈夫なあたしならいい練習相手になりますよきっと!」
「うーん、でもなぁ」
「安心してください!なにがあっても問題無いように……保険証も遺書もちゃんと用意しておきますし!」
「やめて!?妙に生々しいものを用意して先輩にプレッシャーを与えようとしないで!?」
経験を積む事は良い事だけど、事故の経験まで積みたくはないんだがね……
「それにしても流石あたしのマコ先輩です!試験も一発合格だったと聞きました!免許取るのって難しいらしいのに、凄いです!」
「…………う、うーん」
レンちゃんのその一言に、思わず唸ってしまう私。まあ……本試験自体は確かに一発合格だったけど……
「……?先輩?難しいお顔をしてどうしたんですか?」
「いや……免許ね……取るまでが大変だったなーってしみじみ思ってさ……」
「わわ……先輩が遠い目を……そ、そんなに大変だったんですか……?」
そりゃあもう、聞くも涙語るも涙のお話があったのさ。
◇ ◇ ◇
これは私が運転免許を取得するまでのお話である。
「——免許が取りたい?」
「うん、そう免許」
大学受験を終え、第一志望が合格発表待ちのある日。ふと久しぶりに我が家に帰ってきためい子叔母さんにそんな話を持ちかける私。
「何でまた急に免許が取りたいなんて言いだしたんだマコ?お前とコマの志望校も滑り止めのとこも。どっちもわざわざ車を運転する必要がある場所でもないだろうに」
「滑り止めは受かったし、第一志望も発表待ちで今ぶっちゃけ暇じゃない?この時間を有効に使えたらって思って調べてみたら運転免許取得に辿り着いたんだよ。免許さえ持っとけば色々便利だって聞いたからね。身分証明書の代わりにもなるし、行動の幅も増えるし。いずれどこかに就職する時に役に立つみたいだからね」
「ほうほうなるほどそりゃ殊勝なことで。…………で?本音は?」
「大学生になったらコマと一緒にドライブデートしたい。コマを助手席に乗せて『姉さまの運転テク……素敵です……♡』ってチヤホヤされたいから免許欲しい」
「そんな事だろうと思ったぜ」
い、良いじゃんか別に……持っておいて損するものでもないしさ……
「ま、動機はどうあれ免許を取得すること自体はあたしも賛成だな。社会人になると運転一つ出来ないとかなり苦労するからな」
「そういう社会人の叔母さんは免許持ってるくせにほとんど編集さんに運転して貰ってるけどね」
「うっさいわ……良いだろあいつが好きで運転してるわけだし。……と、その話は置いておくとしてだ。うーむ…………マコが運転免許ねぇ」
そう言って叔母さんは、私をてっぺんからつま先までマジマジ見つめ……そして視線を最後に何故か胸の方まで持って行って……何か言いたげな顔をする。何だこの反応は?
「なにさ叔母さん。その言い草だと、私が免許取れないように聞こえるけど?まあ、そりゃあ不器用って自覚はあるし学科試験もややこしいとは聞くけど……それでも昔に比べたら私だって多少なりとも成長をだね」
「うんにゃ、そっちじゃなくてだな。免許取得以前の問題がお前さんに待ち構えているような気がするんだがなーと。主にお前の身長やら胸やらが……なぁ」
「……どゆこと?」
免許以前の問題とな……?やれやれまた叔母さんはわけのわからん事を言い出して……
「まーいいや。その判断はあたしじゃなくて免許証を出す奴がする事だろうしな。マコの好きにするといいさ。これも人生勉強って思って行ってきな」
「言われなくてもそうするよ。……あ、でもね叔母さん。一つ叔母さんにお願いしたいことがあってさ」
「ああ、免許取得って事は教習所に行くなら保護者の同意書とか金がいるんだろ?必要なものがあったらちゃんと言っておきな。諸々準備しといてやるからよ」
普段はかなりアレな人だけど、相変わらずこういう事に関しては凄くキッチリしている叔母さん。私が言い出す前に出し惜しむことなどなくお金も同意書も用意してくれる。
「サンキュー叔母さん。教習所の費用とかは出世払いでいずれ返すからね」
「別に返さなくても良いけどよ。それはそうとマコ」
「なにさ叔母さん」
「出世払いがどうこう言ってるがな……出世出来るのかお前?」
「なんちゅう事を言うんだ貴様は……」
◇ ◇ ◇
と、まあこんな感じで。めい子叔母さんの方はあっさりと教習所に行く事を許してくれたんだけど……
「——というわけでさコマ。私今のうちに運転免許を取りに行こうと思っているんだよ」
「だ、ダメ!絶対にダメです危険すぎます……!」
「へ……?」
叔母さんと対照的に。私の最高にして至高の究極ぷりちー妹であるコマは何故か私の免許取得を猛反対し始めた。
「運転なんて早すぎます!今すぐ取得する必要もないじゃないですか!姉さまが事故でもあったらと思うと私……」
「いやいや大丈夫だって。なにも私も免許取ってすぐに運転しようとは思わないよ。それに事故に逢わないようにするために教習所で学科の勉強も実技の勉強もするわけだしさ」
「用心していても事故は起きます!それに……教習所という環境そのものもアウトです!」
「アウトって何が……?教習所こそ教官さんが車のレクチャーしてくれるんだし安全なんじゃ……」
「想像してください姉さま。狭い車内、教官と二人きり……なにもないハズありません!私なら確実に姉さまを襲いますよ……!?ああ、きっと愛らしい姉さまにあくどい教官はこう告げるんです……『運転免許が欲しいなら……どうすればいいかわかるよね?触らせてくれないと合格させてあげないよ』と……!」
「ええー……」
流石は私の双子の妹だ。妄想力が逞しいぜ全く……
「い、いやだから……そういうセクハラパワハラがない安全な教習所に行くつもりだから大丈夫だって……聞いたところによると女性の教官さんも多いところらしいんだよ。基本は女性のドライバーには女性の教官さんが付いてくれるんだって。そこならコマも安心してくれるよね?」
「女性の教官も多い!?だったら余計に危険じゃないですか!!!?」
「なんでさ!?」
女性教官なら私にセクハラするような物好きもいないだろうし安全でしょ?と説得を試みるも、それが却ってコマには逆効果だったらしい。余計に私に行かせまいと逆説得まで始める始末だ。なんか……初バイト行く時も似たようなやり取りしたような気がするぞ……?
そんなこんなで『行く』『行かせない』を繰り広げた私とコマ。1時間近い問答の末、とうとうコマはこんな事を言い出した。
「そんなに……行きたいんですね姉さま……わかりました。私だって姉さまがやりたいこと、本気で拒絶したいとは思っていません」
「じゃ、じゃあ……!」
「その代わり!私も一緒に行きます!姉さまと一緒に免許取ります!」
「へっ?」
コマと……一緒に……?




