ダメ姉は、ご機嫌を取る
大学入学の記念にと、愛する二人で夢のラブいホテル初体験——しようと目論んでいた私とコマ。その目論見は親友カナカナの手によって見事阻止され、急遽コマといちゃラブラブホ初体験ツアーから一転。いつものメンバーによるドタバタラブホ探検ツアーに変更となった。
待ちに待った私とのワンナイトラブを邪魔されて殺気に満ち満ちているコマを宥めたり、モノホンの大学生になったというのに小学生と勘違い&入店拒否されかけて必死に年齢確認を求めたりと多少のトラブルはいつも通りあったけど、それでもどうにかチェックインできた私たち。
そんなこんなで手渡されたお洒落なルームキーを片手に、部屋の鍵を開けると——
「「「おぉ……」」」
この場にいる全員が示し合わせたように詠嘆の声を漏らす。そこはまるでお姫様の為に用意されたような一室だった。
「はぇー……ひっろ……自分がお姫様にでもなった気分になるわ」
「……ラブホ、こうなってるんだ。これはいつか母さんと来た時の良い演習になる」
一言で言うとエレガント&ゴージャス。床は大理石、天井にはシャンデリア、天蓋付きのダブルベッドに部屋の至る所にある猫脚の家具……ここが日本だと忘れてしまいそうな、一見すると如何にもお姫様のお部屋です!って感じの空間だ。
「ふぅん……風呂はまあ当然あるのはわかってたけど、ここサウナもあるのね。風呂上がりのマッサージチェアまで置いてあるし……ラブホとは思えない充実ぶりじゃないの。マコ、後で一緒に入るわよ」
「マコ先輩、マコせんぱーい!見てください!お風呂すっごくおっきいです!」
勿論宿泊施設(?)らしく、お姫様な部屋の雰囲気を壊さないように絶妙な配置で様々な設備が整っている。壁際には高級感溢れるマッサージチェアが、部屋の隅にはアロマルームランプが、部屋の奥には浴室テレビ付きのサウナ&ジャグジー風呂が用意されている。
「ワインはデフォで冷やして置いてあんのか……準備いいなぁ。おぉ……?冷蔵庫に電子レンジもあんの?なるほど、持ち込んで冷やしたり温めたりする用ね。って事は手料理持ち込んでパーティしても良いんだ……こりゃ面白い」
「……マコ、コマ見てみ。このテレビ、映画見るだけじゃ無くて……リモコンで操作してルームサービス使えたりも出来るっぽい。勉強になるね」
他にも机の上にアイスバケツが置かれてワインが冷やされていたり、バスルームにありとあらゆるアメニティが並べられていたり、ミニ冷蔵庫とか電子レンジとか電気ポットとか高級美容器具とかが置かれてたり、カラオケ・ゲーム・ルームサービスの注文……その全てができる大画面のテレビまで備え付けてあったりと。かゆいところに手が届く心遣いがなんともニクい。
「すっご……初めて来たけどこんな風になってるんだねー。何から何まで完備してるじゃないの」
「ホントよね。これは逆に無いものを探す方が難しいかも」
「…………無いのはかなえさまの空気を読む力と、ついでにかなえさまの胸でしょう?」
ピキッ
「「……ッ」」
そんな風に和気藹々とラブホ探検している私たちをよそに。絶賛不機嫌なコマが棘のある一言を静かに放つ。コマの冷ややかな一言で、この場の温度が突如として2.3度くらい下がったようだ。いかん……!
「す、すっごい広いねここ!どこぞの王宮かと思っちゃったよハッハッハ!」
「ですです!5人いても全然狭く感じませんね先輩っ!」
「…………そりゃあ広いでしょうとも。なにせ奮発してマコ姉さまの為に、マコ姉さまに相応しい最上級の部屋を、この日のために何日も前から予約しておいたんですから」
ピキキッ
「「…………」」
なんとか明るい話題で明るく振る舞おうと頑張ってみたけれど、ブチ切れ寸前のコマを前に姉である私はあまりに無力だった。
今にも爆発しちゃいそうなコマの昏くドス黒い怒りのオーラに当てられて、私とヒメっちは必死に目を逸らす事しか出来ない。胃が、胃が痛い……
「(ど、どうしようヒメっち……コマがヤバい!どうすりゃ良いと思う!?)」
「(……どうしようもないし、自然とコマの怒りが収まるのをただ静かに待つしかないと思う。極力刺激を与えないようにして——)」
「あはは!マコ、見てみなさいよ。A○あるわよA○。女子会プランだけど普通にこういうのも見れたりするものなのね、流石ラブホだわ。折角だし後で一緒に見ましょうよ」
「先輩!ここカラオケとかも出来るそうですよ!せ、先輩さえ良ければ……あたしとデュエットしませんか……っ!」
「(——すまんマコ、ダメっぽい。あの二人の存在そのものがコマにとっての劇物みたいだわ)」
「(カナカナぁ!?レンちゃぁん!?)」
まあ、当の本人たちは暖簾に腕押しで。コマのそんな皮肉めいた一言も意に介していないんだけどね!さ、流石は日々コマと共に私を巡って争っている猛者たちだ……コマのこの凍てつくような刺すような冷たく鋭い殺気を直に当てられても、二人にとってはもはやこの程度は日常茶飯事のご様子。お陰で胃を痛めるのは私と巻き込まれてしまったヒメっちだけという……
「…………この二人、人気の無いところで埋めておきましょうそうしましょう……そうすれば今後私と姉さまの幸せ空間を台無しにする愚かな輩は綺麗さっぱり消え失せますから……そうと決まれば早速スコップを……確か近くにホームセンターがあったはず……」
「こ、コマ!知ってる!?なんでも聞いたところによると、ラブホはハニートーストが名物なんだって!」
「…………ハニートースト……ですか……?」
「そうっ!ハニートースト!」
恐ろしい事を口走り始めたコマを見かねて、どうにかコマの気を引こうとそんな事を言い出す私。美味しくてSNS映えもするからと、最近女子に人気のハニートースト。食パン一斤まるごと使い、バターを塗って焼き上げて。そこにたっぷりハチミツを振りかけ……更にアイスやら生クリームやらチョコソースやらフルーツやらをドドンッと盛った(カロリー的な意味で)冒涜的な代物だ。
まあ、それ自体はお洒落なカフェとかで普通に食べられるんだけど……
「どういう経緯でそうなったのかとかは詳しく知らないけど、ハニートースト食べて写真撮ってガールズトークするのがラブホ女子会の定番らしいんだよ。これを食べるためだけにラブホに足を踏み入れる人もいるんだとか。恥ずかしながら私も一人の料理好きとしてちょっとここのハニートーストに興味あったんだよね!」
それでもラブホで食べるハニートーストは格別らしい。雰囲気がそうさせるのか、純粋にに味が凄いのか……一度試しに食べてみたいと思っていたところで、コマからラブホに誘われた私。
正直コマと二人だけだったらハニートーストそっちのけでえっちい事しまくるだろうから食べる暇なんて無いだろうなと思っていたから、ある意味この状況は渡りに船と言ったところだろう。
「そう、なんですか……?」
「そうなんだよ。……と言ってもこんなカロリーモンスター、私一人で食べちゃうとまた太っちゃいそうだし。そもそも一人で食べるものでもないよね」
「姉さまは太っていませんし、なんならもうちょっとふくよかになっても嬉しい限りですが……それで?」
「うん、だからさコマ。ハニートースト食べるの手伝ってくれないかな?コマも甘い物好きだよね?一緒にあーん♡して食べさせあいっこしようよ!」
「やります……ッ!」
私のそんな提案に、コマはさっきまでの昏く殺気に満ちた表情から一転。眩いばかりの笑顔を見せる。
「良かった!それじゃあ早速お姉ちゃん頼んでみるね!」
「…………(ブツブツブツ)ふ、ふふふ……マコ姉さまと……食べさせあいっこ……♡ハニートーストということは……ハチミツとか、生クリームとかチョコとか…………ついうっかり姉さまのお身体に溢しても、勿体ないからそれを全部舐め取ってあげても……事故で済ませられますよね……!」
やっぱりコマも女の子。甘い物には目がないらしい。甘い物を食べればきっとコマのご機嫌も自然と治ってくれるであろう。
『あーん♡ですって……!?ちょっと待ちなさいマコ。そういう事ならわたしも……!』
『あ、あたしも手伝いますよマコ先輩……!』
『……はいはい、君たちはちょっと自重しようねー』
ヒメっちがあの二人を抑え込んでいる間に、ハニートーストを注文する私。ついでに目に付いたソフトドリンクやら軽食やらも片っ端から選ぶ。
ピンポーン♪
『……ルームサービスです』
しばらくするとチャイムと共にそんな声が聞こえてくる。思ったよりも早いお届けだなぁと思いつつ、扉を開けて従業員さんを部屋へと通す私。
「……お待たせ致しました。ご注文の品です」
「あ、はーいありがとうございまーす!」
カートを押して入ってきた妙に深い帽子を被った従業員さんが、黙々と私が頼んだ料理をテーブルに並べていく。おぉ……流石はコマがチョイスした最上級ラブホのメニューだわ。私も多少料理を嗜んでいるから食べなくてもわかる。この香り、この彩り……どれをとっても高級料理店で出されてもおかしくないような料理が次から次に——
「…………あれ?」
と、並べられたその料理を見てちょっとした違和感を覚える私。軽くつまめるようなものを頼んだハズなのに……なんかめちゃくちゃ手の込んでいるように見えるのは気のせいだろうか?そもそもこんな立派な料理とか、メニューにあったっけ……?
「あ、あのぅ……すみません従業員さん。これ……注文間違ってませんかね?こんな料理を頼んだ覚えが無いんですが……」
「姉さまにぶっかける用の大本命のハニートーストもないのですが……」
もしかしたら別のお客さんが頼んだものと取り違えて持ってきて貰ったのかもしれない。そう思い恐る恐る尋ねてみる私とコマ。
けれど従業員さんは俯いたままこう言い放つ。
「……それは、私の料理が食べられないと?」
「あ、いやそういう意味では……」
「文句を言う前に……一口食べてみてくださいよ。同じ口が……きけますかね?」
「話を聞いていないんですか?食べてみてくださいよ、ではありませんよ。私と姉さまは注文したものが届いていないと言っているのですが?」
この従業員さんの口ぶりだと、取り間違えているわけではなさそうだ。けれども注文したものとは明らかに違うものがお出しされているんだけど……これは一体……?
「あっ、でも先輩!これすっごい美味しいですよ!」
「あらホント。マコ、食べてみなさいよ。いけるわ」
困惑する私をよそに、レンちゃんとカナカナは出された料理をパクパクと食べながら勧めてくる。注文間違いだったら怖いんだけどなぁ……と思いつつも。二人の勢いに押されて私もとりあえず近くにあったカルパッチョを一口食べてみることに。
「…………ッ!?こ、これは……!」
その一口は、脳天に痛烈な一撃を貰ったような衝撃を走らせる。…………旨い、恐ろしく旨い。比較的簡単に作れるカルパッチョであるが故に、包丁技術も盛り付けも……勿論その味も。どれを取っても最高峰の料理人の成せる業の結晶だった。ラブホで出されるのが勿体ないとハッキリ言える、そんな破壊力抜群な料理だった。
……そして、それ以上に衝撃的なことがもう一つ。そんな世界でも通用しそうな凄い料理なんだけど……食べてみて分かったことがある。私、知ってる……よく知っているぞこの味を……!
「せ、先生だ……」
「……?姉さま、どうしました?」
「これ、先生の……和味先生の料理だ……」
「「「「え?」」」」
あの地獄のようなスパルタ修行で幾度となく口にしてきたんだ、私が間違えるハズも無い。この超絶品料理……我が料理の師、和味先生の手料理じゃないか……!
え……?ここ、ラブホだよね……?な、なんでこんな場所で和味先生の料理が……
「…………一口食べただけで誰の作った料理なのかわかるとは、流石マコさん。舌もまた一段と鋭くなったようですね」
「へっ?」
「それ故に……残念です。どうして……どうしてこんな……」
「…………ま、まさか……」
と、パニックになる私の前に。さっきの従業員さんがそんな事を良いながら被っていた帽子を脱ぎ捨てる。そこから出てきたのは……
「どうしてこんなジャンクフードや冷凍食品まみれの料理を口にしようとしているんですかマコさん……!?」
「か、和味先生……!?」
従業員さんに変装していた……和味先生が現れた。
「あら先生。呼んでも来なかったからどうしたんだと思ったら、こんなところにいたんですか」
「なるほどー。これ先生の作ったご飯だったんですねー。どーりで美味しいと思いました!」
「叶井さんたちからマコさんがこのような場所にいると聞いて……まさかとは思いましたが、念のため従業員として潜り込んでおいて正解でしたよ……!いけません、いけませんよマコさん……!豊富なメニューを謳っていますが、その実ここの料理は冷凍食品ばかり……!そんなものを食べて……料理界の将来を担うであろう貴女のその舌が鈍ったらどうするんですか……!?」
「いや何言ってるんですか!?ラブホに従業員として潜り込むとか何してんですか先生……!?」
涙目でそう私を叱りつける和味先生。これ私が悪いのかなぁ……!?
「なぁにがハニートーストですか!あんな、あんな……ッ!ただ食パンくり抜いて適当に甘味をぶち込んだモノを料理とは呼ばせません……呼ばせませんとも……!」
「ハニートーストで勝負しているカフェとかに喧嘩売るような発言やめてください先生……!?」
「やはり卒業して……私の料理を食べる機会が減ったから……こんなジャンクフードや冷凍食品に走るようになってしまったんですよね……!でも大丈夫……私の料理を食べれば正気に戻るハズです……!さあ、もっとよく味わってお食べください……!」
「正気に戻るべきなのは先生の方だと思うんですがね!?」
「食べてくれないんですか……!?わ、私の作った料理以外のモノを口にしようと言うのですか……!?こ、こんなの……こんなの浮気じゃないですか……!?」
「本妻はコマなので浮気でも何でもないですが!?」
そう言って私に自分の作った料理を食べさせようとする和味先生。こ、高校卒業してからしばらく合わなかったせいで暴走してませんかね先生……!?
「(ぷちんっ)…………どいつも、こいつも……」
「……やばい」
そんな和味先生の暴走に。ご機嫌がなおったハズのコマの怒りが再沸騰。…………いいや、上げて落とされたせいでその怒りは臨界点をすでに越えていて……
すべてを察知したヒメっちがコソコソとベッドの下に潜った……その直後。
「~~~~~~~~~ッ!!!」
言葉にならない叫びと共に、コマが爆発した。
ここが防音バッチリでちょっとやそっと暴れ回ってもびくともしない丈夫な造りのラブホで本当に良かった……そうじゃなかったらそのコマの雄叫びだけで早々に追い出されてしまっていただろうから……




