ダメ姉は、ホテルにやってくる
ダメ姉更新です。タイトルからしてすでにちょっとアレですが大丈夫。ノクタ的なお話にはなりませんのでご安心ください。
「……と、とうとう……来ちゃったね……」
「来ちゃいましたねマコ姉さま♡」
ピカピカの大学生になったその日のうちに。ピカピカとネオン光る夜の街に繰り出した私とラブリーエンジェルシスターコマ。脇目も振らず辿り着いたのは、恋人たちが一夜の愛を育む——所謂ラブホテルだった。
……いや、うん。わかる、わかってる。お前は何を言っているんだと思われるだろう。大学生になって最初にやることがそれかよってツッコまれるのもわかるんだ。でもこれには海よりも深く、そして山よりも高い理由があって……
それを説明するには……今から12時間ほど前まで話を戻す必要があるんだけど——
◇ ◇ ◇
「——そういえばさ、コマ。コマに私聞いておきたいことがあったんだけど今良いかな?」
「はい?どうなさいましたかマコ姉さま」
長く苦しい戦いを経て、コマと一緒の大学に進学という夢が叶った私。夢の大学生活第一歩である入学式に出席するために、慣れないスーツを四苦八苦しながらも着替えつつ。ふとある事に気がついて、私とは対照的にテキパキとスーツを着こなすコマにうっとり見とれながらも一つ問いかけてみる。
「私たち、いよいよ今日で待ちに待った大学生になるわけなんだけど。私ってさ、大学合格した時に『合格祝いも兼ねて何でも言うこときく』ってコマと約束してたんだよね」
コマと一緒の超難関大学を合格するにはそれはもうコマの協力が不可欠だった。私の勉強も、私の身のまわりのお世話も……まさにコマにおんぶに抱っこで頼りっぱなしで。そのくせ私ときたら、勉強に集中出来ないからと『コマとのキス(及び過激なスキンシップ)禁止令』を勝手に出してコマに辛い思いをさせちゃっていたのである。
そんなお世話になりっぱなしのコマに、色々と頑張ってくれた感謝とそれから大学合格祝いを兼ねて『何でも言うことを聞く』と大学合格したその日にコマと約束した私だったんだけど……
「私の記憶が間違っていなかったら、折角だから正式に大学生になってから……より正確に言うと今日入学式が終わってからおねだりするって話だったよね。あれってどうなったんだっけ」
どうしてかコマは『入学式の後に』とこだわっていて、そのせいで結局まだコマに大学祝いが出来ていないでいる私。
もしやコマったら約束のことをすっかり忘れているんじゃないだろうか。もしそうなら勿体ないし思い出して貰いたいところ何だけど……
「まぁ……!私との約束、覚えていてくださったのですね姉さま!私、とっても嬉しいです!」
「そりゃコマと交わした約束を、この私が忘れるはずないし。そんで……今日がその当日なわけだけど。コマのおねだりって一体何なのかなーって。聞いておいてもいいかな」
私としてはどんなお願いでもコマの頼みならいつでもウェルカムなつもりだけれど。それでもおねだりの内容によっては今日中に叶えられないかもしれない。一応、コマがどんなおねだりをしたいのかを聞いておきたいところだ。
「何か準備が必要だったりする?お金とか、場所の予約とか……」
「いえいえ、姉さまはただその身一つあれば足りますのでご安心ください。この日のために本日行くお店の費用も予約も、すでにすませていますから抜かりはありませんよ」
おぉ……流石用意周到なコマだ。抜かりは無いみたいだ
「なんか悪いね、コマへのお祝いのつもりだったのにコマに準備させちゃうなんて……言ってくれたら私も手伝ったのに」
「良いんですよ、だって姉さま頑張っていただくのは……入学式が終わってから、ですからね。それまではしっかり体力を温存していただきたいですし♪」
「……ん?」
さらりと不穏な事を素敵な笑顔で言い放つマイシスター。体力を、温存……?
「あ、あの……今更だけど私に出来ることならどんなことでもやるつもりではあるけど……でも、勿論お姉ちゃんにも出来ないことの100や200はあるわけだし……過度な期待されても応えられないかもしれないよ?」
なんだかちょっとだけ不安な気持ちになってきて。一応の予防線を張る私。そんな私を意に介さず。コマは夢見心地にこう告げる。
「大丈夫ですよ姉さま。姉さまに出来ることを出来る範囲でお願いするのは当然じゃないですか」
「だ、だよね。うん……その通り。優しいコマが私に無理させるなんてそんなの——」
「不可能と思われた難関大学も余裕で合格出来たんです。きっとマコ姉さまなら、どれだけ無茶だとしても私の期待に必ず応えてくれますよね」
「…………」
すみません。最愛の妹の私への期待のハードルが、なんか棒高跳びよりも高く感じるのは気のせいでしょうか……?
「そ、それでコマ?結局……入学式の後にお願いしたい事って何なのかな?」
「ああ、申し訳ございません姉さま。まだハッキリとおねだりしていませんでしたね。大した事ではないのですよ。ただ……姉さまと一緒に行きたい場所があるんです」
「行きたい場所?」
「ずっと憧れていた場所で……でも、姉さまと一緒じゃないと行けない場所なんです。一緒に来ていただいても……良いですか?」
「あ、なんだそんなのがおねだりなんだ。いいよいいよ、その程度のおねだりならわざわざ合格祝いに使わなくてもいつでも一緒に行ってあげるよ」
「嬉しいです姉さま。それでは、入学式が終わった後に一緒に行きましょうね姉さま。すっごく楽しみにしてますからね!」
心の底から楽しみだって気持ちがコマの全身から伝わってくる。楽しみ過ぎてなんだか圧を感じるほどに。
「それで、コマが行きたいその場所ってどこなのかな?」
その私の問いに、コマは本日一番の笑顔でこう答えてくれた。
「ラブホテルです」
「へぇラブホテル…………らぶほてる?」
「ラブホテル、ですっ♡」
◇ ◇ ◇
——と、言うわけで。約束通りコマに連れられ人生初のラブいホテルにやってきたというわけさ。
……え?海よりも深く、そして山よりも高い理由なんてどこにも無かったじゃないか?結局いつものコマだろって?気のせい。
「……どーりでコマが『入学式が終わって正式に大学生になってから』ってこだわるわけだよ……高校生のままじゃ入れないもんねここ……」
「ですが今なら何の憂いなく入れますね♪女子会プランで予約しましたから他の人の目を気にすることなく堂々と利用できますし」
「…………ソウデスネ」
18歳未満は利用禁止。18歳になってても高校在学中にこの場所に入るのもダメと明記されている。だからこそコマは私の合格祝いである『何でも言うことを聞く権利』をギリギリのタイミングまで使わなかったんだね。警察だろうが法律だろうが、大学生に正式になったら誰も私たちを止められないわけだし。
…………はいそこ。その割にお前ら大学生になる前からやることヤってただろって叔母さんみたいなことは言わないように。こ、これでも私もコマもギリギリの一線は越えてこなかったつもりだし。(お前らのギリギリの一線ってどこにあんだよ byめい子叔母さん)
「一応聞くけど……本当に合格祝いがこんなところで良いのコマ?」
「ここが良いんですよ姉さま。ここで思い切り、今まで我慢してきたモノを全て解放させていただきます」
「そっかぁ……」
個人的には……折角の大学祝いなんだしもうちょっとムードとかある場所でお祝いしたかったところなんだけど。色んな意味でコマが限界だったらしい。
……まあ、そりゃそうだよね。ただでさえ諸事情で私もコマもキス中毒になっちゃって……恋人同士になってからは毎日のようにキスしていたのに……
『志望校に受かるまでコマとのキスを封印する』
なんて、コマにとって残酷すぎるルールを私が一方的に押しつけたせいで。丸一年以上(一日三回の定期的なキス以外は)まともにキスも出来なくてフラストレーションがたまりまくってたわけだから。
「……わかった。コマがここで良いって言うなら甘んじて受け入れるよ。とりあえずこんな場所で突っ立ってても仕方ないしそろそろ入ろうかコマ」
「…………えっ?」
「え?何その反応……?」
と、覚悟を決めて入り口をくぐろうとした私に。コマは心底ビックリした顔をして私を見つめてきた。な、なにかなこのコマの反応は?私何か変な事言ったか?
「あ、すみません……ちょっと意外だったので」
「意外?何が?」
「いつもの姉さまなら『恥ずかしいから』とか『こういうのはもうちょっと大人になってから』とか。何かしら理由を付けて、最後までこういう場所に入ろうとしないじゃないですか。今回もそういうパターンかと思っていまして」
「あー……うん。それはそうかもね」
「ですので姉さまをこれからどう上手く言いくるめ——もとい、誘導——じゃない、説得しようかと考えていたので……まさか姉さまのほうから入ろうって言われるとは思わなくて少し驚きました」
今さり気なく『言いくるめようと』とか『誘導』って不穏なワードを言いかけていなかったかなコマさんや……?ま、まあ別に良いんだけどね。
「いや……だって私、大学受験を始めてから……ずっとコマに我慢させちゃってたでしょ?コマに我が儘を言いっぱなしでお返ししたいって常々考えていたし。『何でも言うこと聞く』って約束も自分からしたのに、今更『まさかラブホに連れ込まれるとは思ってませんでした』って理由で約束を破るのはダメダメだと思うし…………それに」
「それに?」
「…………」
そこまで言って、私は周りに人がいないことを念のため確認して。そしてコマの袖を摘まんでから、コマだけに聞こえるようにコマの耳元で、小さな声でこう答える。
「それに…………私もさ、我慢してたから……コマとこういう場所で、恋人らしいことをしたいって……ずっと思ってたの……」
「…………っ!」
「だから……その。い、嫌じゃないよ。嫌じゃなくて……寧ろ。コマと一緒にここに来られて……うれしい……から」
後半恥ずかしくてか細くて小さな声になりながらも、私の本心を伝えてみる。これだけはコマには伝えておきたかった。
中学、それから高校時代と違って……今や私もコマも制限されるものなどない。18になり色んな事が解禁されたわけだから……自分たちの意思で、自分たちの愛を表現して何が悪いと言うんだ。
「ま、まあそういうわけさ!お姉ちゃん、今まではコマからの愛を全部は受け止められなかったけど……大学生になった今からはどれだけコマに愛をぶつけてきてもへっちゃらって事!コマから誘われなかったら、私から誘っていたかもしれない—–」
「(ガシィ!)…………マコ姉さま」
「へ……?ど、どったのコマ……?」
と、そんな私の気持ちをコマに打ち明けた途端。コマは力強く私の手を握って、おめめを血走らせながら息を荒くしてこう言うのだ。
「あまり可愛いことを仰らないでください……」
「は……?」
「折角ホテルを予約したのに、危うく今この場で姉さまを押し倒して滅茶苦茶にするところだったじゃないですか……」
「えー……」
…………前言撤回しよう。大学生になった今からはどれだけコマに愛をぶつけてきてもへっちゃらとかほざいた矢先で悪いんだけど。せめて場所くらいは考えてからぶつけてほしいです……
「そ、それでは姉さま改めまして……い、行きましょうか」
「そ、そだね。が、頑張ろうねコマ……!」
「はい……っ!」
ともあれお互いの決意は伝わった。覚悟も決まった。自然と二人で手を握り合い、一度呼吸を合わせるように一緒に深呼吸。そして顔を見合わせ頷き合って……人生初のホテルの入り口を二人でくぐり抜けて——
「——ああ、やっと来たわねマコ、ついでにコマちゃん。遅いじゃないの」
「マコせんぱーい!お久しぶりです!女子会にお誘いいただきありがとうございまーす!」
「……すまんマコ、コマ。止められなくて」
「「…………は?」」
くぐり抜けた先。ラブホテルのエントランス。そこには何故か、いつもの面子が揃っていた……
読んでいただきありがとうございました。
マコも大学生になり、とうとう覚悟が出来ました。…………ただまあこの通り、覚悟出来てもお邪魔虫たちが全力でマコとコマのいちゃいちゃを阻止しに来るんですがね!




