ダメ姉は、アルバイトする(その2)
「「―――アルバイトがしたい?」」
「うん、そうなの。今度の日曜日にヒメっちと一緒にやってみたいなって思っててさ」
ヒメっちに素敵な提案をされたその日の夜。意を決した私はバイトをしたいという旨をコマとめい子叔母さんに打ち明けてみることとなった。
「あん?何だよマコ。ひょっとして暗にアタシに小遣いが足りてないとでも言いたいのかい?まあ確かに、高校生にもなったら色々と金使う機会も増えるだろうが……」
「あ、違う違う。叔母さんから毎月貰ってるお小遣いは適正価格だといつも思ってるよ。そうじゃなくてだね。単純に前々からバイトに興味があってさ。今ちょうど欲しいものもあるし……この機会にバイトを経験してみるのも良いかなって思ってね」
「ほーん?なるほどねぇ」
「それで……どうかな叔母さん?やっぱ……いきなりバイト始めるのは……ダメ?」
「マコがバイトねぇ……ふむふむ」
「日曜日だけの日雇いのバイトだからずーっとするってわけじゃないの。家事とかには支障がないようにするつもり。変なバイトってわけじゃないし、自分の料理スキルも活かせる場所みたいだから……出来れば行ってみたいんだけど……」
高校生になったとはいえ私は未成年。アルバイトをするにはどうしても保護者であるめい子叔母さんに保護者同意書を書いて貰わなきゃいけない。つまり私がバイトを出来るか否かは叔母さんの判断にかかっているわけだけど……
「いーんじゃねぇの?若いうちから色んな経験を積むのはアリだぜ。特に自分で自分のメシ代を稼ぐってのは良い経験になるさ。好きにやりなマコ」
「ホント!?あ、ありがと叔母さん!」
もしかしたら説得が必要になるかもと思ったけれど。案外あっさりと私がバイトする事を許可してくれた叔母さん。普段はちょっとアレな人だけど。今も昔も私とコマの自主性を大事にしてくれているところ、ホントにありがたいよね。
「そう言うわけだから……コマ、ゴメンね。お姉ちゃんちょっと来週の日曜日に初アルバイトをしてくるから、悪いけどその日は一緒にいられな―――」
「だ、ダメです!姉さまがアルバイトだなんて……ダメ!絶対にダメ!」
「「えっ」」
なんて。叔母さんが許可してくれたことに安心した矢先。すごい勢いでコマがそんな事を言いだした。え、え?
「ダメですよ姉さま!バイトなど危険です!姉さまはそんな事、しなくて良いんです!」
「危険って……な、何が危険なの?別にヤバ気なバイトに手を出すつもりは全然ないんだけど……」
「危険なんです!」
危険だなんて言われても……ガチガチの肉体労働系とかは勿論。命がけのアクションシーンを撮るスタントウーマンとか、ヤバ気な薬の治験とか、頭にヤの付く職業の人が経営してそうなやつとか。そういう類のバイトはするつもりなどさらさら無い。一体何をそんなにコマは取り乱しているんだろうか?
「天使のように可愛い姉さまがバイトするんですよ!?お客に、店員に!姉さまがナンパとかされたらどうするんですか!?」
「そっちの心配!?……い、いやいや。大丈夫だよ。私みたいな駄肉を抱えたダメ人間、ナンパするような稀有な存在そうはいないし……そもそも今回バイトをしようと思ってる場所、女性客中心のお洒落なカフェだし。しかも職場も女性オンリーだって話だし……」
「女性客中心!?職場も女性オンリー!?だ、だったらなおさら姉さまがナンパされやすいじゃないですか!!!?」
「なんでぇ!?」
「あー……それは一理あるかもしれねぇな」
「そして何故に納得する叔母さん!?」
コマも叔母さんも何言ってんの……?
「そーいやマコ。聞きそびれてたけど何処でバイトするつもりなんだい?お洒落なカフェって言ってたけどよ」
「んーとね。知ってる?駅前にあるカフェなの。うちの学校の近くだし、写真映えする美味しいお菓子も出るし雰囲気も良い感じだから結構放課後とか土日とか若い女の子で賑わってるんだよ」
「あー、あそこか。そこなら打ち合わせでシュウと一緒に行ったことあるわ。あそこの制服、可愛いし人気もあるって話だよな。職場環境も客層も良いっぽいし、初バイトには持ってこいじゃないかい?」
「そう言う事。……だからさ、コマ?大丈夫な場所でバイトするから心配しないで―――」
「可愛い制服を着た姉さまは見たいですが……そんな可愛い格好をした姉さまを飢えた女どもの群れに放るなんて……い、いけません……!いけませんよ……!お客の立場を利用して、姉さまに際どい注文を付けたり……バイトの先輩の立場を利用して、姉さまにイケナイ指導をしてきたり……店長命令を使って、姉さまをあられもないあれやこれやをさせたりと…………そんな、そんなの絶対に許されませんよ……!」
コマを安心させようと、良い職場環境アピールしてみたけれど逆効果だった模様。
「にしても……喫茶店のバイトで日雇いか。珍しいな」
「え?そうなの?」
「そりゃそうだろ。飲食店のバイトで短期ってかなり珍しい方だぞ。そういや経験の有無とかどうなんだ?」
「バイトの経験がなくてもOKだって」
「勤務時間は?あと日給は?」
「えっと……9時から働いて……途中休憩も入れて18時まで。お給料は一万円くらいだって」
「そりゃ随分と好条件だな。しかも未経験者も受け入れてるとか……余程切羽詰まっているのかねぇ?」
「…………好条件すぎて怪しいです。きっとお店に行ったらサングラスをかけた強面の大男たちに取り囲まれて……あれやこれやと一方的で理不尽な条件を突き付けて契約書にサインをされて。そして姉さまはとんでもない衣装を着せられて……高額な報酬の対価としてお客にお酌をさせられたり過激なサービスをさせられたりする……そんな危険なお店なんですよ絶対に……!」
想像力逞しいなうちの妹は……流石は私の双子の妹だぜ……
「いや違うんだって。なんでもそのお店、ヒメっちの知り合いがやってるお店でさ。一昨日急に店員さんが二、三人インフルエンザに罹ったらしくて。他の日はともかく日曜日だけはどうしても人員確保できなかったそうなんだよ。特に厨房担当の人員がね。んで、ヒメっちにある程度料理が出来る友達と一緒に手伝いに来てもらえないか相談してきたらしくてね」
そこで白羽の矢が立ったのが私ってわけだ。ちなみに条件が良かったのは研修も無しにいきなり働いて貰うための迷惑料も込で入っているんだとか。
バイトの経験はなくても簡単なお料理とかならレシピとか読めばどうにかなるだろうし、接客なんて難しい事はしなくて良さそうならばいかにも私向きの職場と言えるだろう。
「そういうわけでさ、コマ。ヒメっちの知り合いって事だから素性も知れている安全安心で健全な場所なんだよ。だから心配しなくてもバイトを―――」
「嫌です。許しません」
「な、なんで?」
「…………折角の日曜日なのに、姉さまと一緒に居られないなんて……嫌です……私と一緒に居ないなんて……許せません……」
「おいマコ。本音が出やがったぞこのシスコン妹」
ぷくーっと頬を膨らませ拗ねるコマ。ああ、ヤバイ……拗ねた顔のコマとかレアすぎる……まん丸に膨れて可愛すぎる……!
「大体です。どうして急にバイトがしたいだなんて言い出したんですか姉さま」
「え?い、いやだからさっきも言った通り……ちょうど欲しいものがあったし……前々からバイトにも興味あったし……ヒメっちに誘われてこれはいい機会だって思ったから……」
「バイトなんてする必要などありません。もしも欲しいものがおありなのでしたら、私が喜んで支払いますのに。いつでも、どこでも、どんな時でも。姉さまの都合の良い財布にでもなんでもなりますのに……」
不満げな顔で私にそう言ってくるコマ。そんなこと言われても……記念日にコマへのプレゼントを買うためにバイトをしようと思っているのに、そのコマから貢がれるんじゃ本末転倒も良いところじゃないですかやだー。
まあ、サプライズプレゼントしたいから、バイトがしたいホントの理由はコマ本人には言えないけれど……
「い、いやそんな……まるでヒモみたいな関係はちょっと……コマも見るの嫌でしょう?実の妹にお金をせびる姉の情けない図とか……」
「最高ですが?姉さまを養えるなんて、極上の喜びですが?この私にどこまでも依存して。お金は勿論身の回りのお世話までさせて貰えるなんて至高の関係ですが?」
「……」
気持ちは分からんでもないのが辛いところだ。私も働けるようになったらコマに全力で貢ぎたいし。
「と、とにかくだ。叔母さんも言ってたでしょう?いい経験になるって。やっぱさ、働かざるもの食うべからずっていうじゃない?私、何と言われようとバイト始めるから!頑張ってお金稼いじゃうから!んじゃそういうわけで!」
このまま問答を続けても平行線。きっとコマは私がバイトをするのを許してはくれないだろう。叔母さんに書いて貰う同意書は貰ったわけだし。ここは……コマには悪いけど強行してバイトしちゃおう。
「……お待ちください姉さま」
「ぁう……」
そう考えささっと自分の部屋へと戻ろうとした私だけれど。コマは先回りして私を止める。
「や、やっぱし……ダメかな?バイト、させて貰えない……?」
上目遣いでコマにそう問いかけると、コマは嘆息してこう返してきた。
「いいえ。……姉さまが本気でやりたいという事を、私が止める事なんてできません。止める権利もありません」
「じゃ、じゃあ……!」
「…………ただし。バイトをされるにあたり、一つだけ条件があります」
「じょ、条件……?」
なんだろう?バイトの職場の人のメアド交換は厳禁とか?お客さんに私的な事で話しかけられても無視しろとか?
「いくらヒメさまと一緒にバイトをされるとはいえ、姉さまを狙う輩がいつどこから襲い掛かってくるのか分かったものではありません。ですから……」
「ですから?」
「…………私も、姉さまと一緒にバイト。させてもらいます」
「へ……?」
私と、一緒に……バイトを?
読んでいただきありがとうございました。……あれ?おかしいな?アルバイト編なのにバイトしないまま二話も使ってる……




