ダメ姉は、キスを模索する
ダメ姉更新です。……こんな時期だからこそ、バカっぽいお話を。
私、立花マコの最愛の……そして最高の妹、立花コマは完璧超人である。勉強も、運動も、性格も。どれをとっても最高な、誇らしい誰からも愛される素敵で無敵な我が自慢の妹である。
そんなコマにも……以前、たった一つだけ。誰にも言えない秘密があった。
『姉である私と口づけを交わさなければ、味を感じることが出来ない』
―――という、誰にも言えない秘密が。
コマ本人の長年の頑張りと周囲のみんなの尽力により……そのコマの奇妙な味覚障害は、今はもう綺麗さっぱり完治しているけれど……ついこの間までは毎日、毎食前には欠かさずに皆に隠れて口づけを交わし続けていた私たち立花姉妹。
そう、だから私たち姉妹にとってキスは……親愛の意を伝える行為であると同時に、とても重要な儀式でもあった。
◇ ◇ ◇
「―――お前らさ、運が良かったよな。マコ、それにコマ」
「「運が良かった?」」
とある日の午後。夕食を終え、家族三人水入らずでテレビから流れるニュースをボケーっと見ていると。唐突にめい子叔母さんがそんな事を言い出した。
「叔母さん?運が良いって、何の話よ?」
「ほれ。ここ最近さ、妙な風邪だか何だかが流行っているだろ」
「あー、なんかそうみたいだね」
よくわかんない感染症のせいで、マスクが手放せなかったり臨時休校になったり中々外出が出来なかったりと今結構大変なんだよね。友人たちにも会えないし……
……まあ、私にはコマがいるし。親友のカナカナ含め、他の友人たちは毎日ビデオ電話とか使って毎日顔を見せ合いっこしてるから寂しくはないけどね。
「それで叔母さま?その風邪と、私たちが運が良いという話がどう繋がるのですか?」
「その流行りの風邪のせいでよ、感染予防の目的で今は他人との距離を十分取れって言われているだろ。家庭の中でさえも、家族であっても。極力密接な接触は避けろって言われている始末じゃんか」
「うん、だからそれが何さ叔母さん?」
「よく考えてみろよマコ。密接な接触が禁じられているって事はだな―――以前お前らが食事前にやってたあの口づけも、禁止されてたって事だろが」
「「ああ、なるほど……」」
言われてみれば確かにそうだ。もしもコマの味覚障害が未だに治っていなかったら……例の味覚を戻す口づけも、自粛しろって事になる。
口づけ禁止されてしまうという事は、当然コマの味覚を戻せないというわけで……
「そっかぁ……そういう意味じゃ、風邪が流行る前にコマの味覚障害が治ってホント良かったよ」
「ですね……今考えるとゾッとします。もしも未だに治ってなかったら……私はずっと味を感じることが出来ない生活を送らねばならないところだったんですね……」
私とコマは二人、ホッと息を吐く。なるほど確かに叔母さんの言う通りだ。私たちは運が良かったのかもしれない。
「姉さま。今更な話ですが……改めまして感謝いたします。私の味覚を戻してくれて……本当に、ありがとう」
「へ?何を仰るコマさんや。私は何もしてないよ。コマがちゃんと自分の過去を、そしてトラウマを乗り越えた結果でしょう?」
「いえ。長年私に寄り添ってくださり、私に力を与えてくれたのは……他でもない、姉さまのお陰です。姉さまがいなければ……きっと私は今もまだ味覚を戻せていなかったハズですから」
「そんなことないって。コマが頑張ったからだよ」
「いいえ、姉さまのお陰です」
「「……」」
「いやいや、コマが―――」
「いえいえ、姉さまが―――」
「「……」」
「コマが!」
「姉さまが!」
「「…………」」
「コマがッ!」
「姉さまがッ!」
「…………おい、そこのバカップル共。その意味のない妙な譲り合いと言う名のイチャつきをやめろ。傍から聞いてると心底うざったいわ。あと蜜―――じゃなかった密だぞ。離れろや。近いぞ」
コマと二人でそう言い合っていると、めい子叔母さんが呆れたように私たちを引き離す。気づけば無意識に譲り合いをしながら手を取り合いくっついていた私とコマ。
むぅ……密着禁止って難しい……
「とりあえず話を戻すけどよ。もしも今もコマの味覚障害が治ってなかったら……マコ、コマ。お前らどうしてた?」
「「え?」」
「だからよ。今は物理的な接触がアウトなワケじゃんか。つまり―――味覚戻す口づけもNGって事だろ?そうなったら、マコたちはどうしてたんだい?」
いや、どうもこうも……
「そりゃ……味覚戻す口づけ以外の方法を考えるしかなくない?ご飯の味がわからない……そんなツライ生活をずーっとコマに送らせるなんて、私は死んでも嫌だよ。姉として、全力で命かけて何か代替策がないか模索するに決まってるじゃないの」
「ね、姉さま……!」
「まあ、マコならそう言うと思ってた。んじゃ聞くがマコ。その場合、お前はどうやってコマの味覚を戻すんだい?」
「ん……それは……」
叔母さんに言われて考えてみる。口づけが出来ないならば……私は一体どんな方法で、コマの味覚を戻していたのだろうか?
「要するに、口づけに代わる方法を考えればいいんでしょう?うーん……口づけ……キス……キスっぽい事と言えば……ううん……」
例えば……
「あ、これなんかどう?口づけの代わりに投げキッスするの」
唇に指を当て、意中の相手にキスを投げかける―――投げキッス。これなら感染とか密とか関係なしに、お手軽に出来るものだし……ひょっとしたらこれでコマの味覚も戻ったのではないだろうか?
「ふむ。投げキッスねぇ……で?味覚障害の当事者だったコマ。判定は?」
「そうですね……おそらく―――ダメだったのではないでしょうか」
「……デスヨネー」
とりあえず思いついた案を出してみるも、コマからは残念ながらダメ出しを喰らう。まあ、私も内心流石に投げキッス程度で味覚戻すのは無理だろなーとは思ってたんだけどね……
「そもそも一時的に私の味覚が口づけで戻っていたのは……姉さまとの口づけの衝撃が、トラウマになるくらい辛かったあの日の出来事を塗り替える程のものだったからこそのものでしたので……」
「なるほどなー。投げキッスくらいじゃ味覚は戻せないって事か」
「はい、その通りです。誤解なきように言っておきますが、投げキッスが悪いわけでは無いのですよ?姉さまが投げキッスをやってくださるのであれば、それはもう愛らしく私の心を射抜いてくださることでしょう。……ですが。やはり姉さまとの口づけは―――キスは特別で格別なのです。小さくて柔らかく、そして繊細な唇と舌の温もりと感触……姉さまから発せられるかぐわしい香り……聞こえてくる切ない吐息の音色……一生懸命キスをしてくださる姉さまの愛らしく美しいお顔……二人の蕩けて交わる甘い唾液の味……その素晴らしい、そして凄まじい衝撃があってこそ。一時的にでも味覚が戻せましたわけですからね」
うっとりした顔で熱く私とのキスについて語るコマ。……あの、コマ?恥ずかしいからあんまり口で説明しないで頂戴。
あと叔母さん?自分の小説のネタになるからってメモを取るのはやめて…………オイやめろや。
「あー……じゃあそのコマの理屈から言うなら、モニター越しにキスするって案もダメなのかな?」
「「も、モニター越しに……キス?」」
もう一つ思い立った案についてコマと叔母さんに聞いてみると、『どういうことなの?』といった表情で聞いてくる二人。
「おいマコ。モニター越しにキスってなんだ……?」
「わ、私もちょっとよくわかんないです姉さま……」
「あれ?二人とも聞いたことない?遠距離恋愛してる人たちとかさ。テレビ通話使ってモニター越しにキスするんだって」
「「へぇ……」」
直にキス出来ない、触れられない……そんなもどかしさや寂しさを少しでも補おうと。二人でタイミングを合わせてモニター越しにチュッとキスをする―――
これ、意外と遠距離恋愛をしているカップルとかの定番だとか。
「なるほど……投げキッスに比べると、確かに衝撃度はモニター越しの方が高そうですね。……ですが……それでもやはり、味覚を戻すほどの衝撃は与えられずに味覚は戻らなかったと思います」
「そっかぁ……結構良い案だと思ったんだけどなー」
まあ、すぐ近くにいるのにわざわざモニター越しでキスするなんて……逆に虚しくなっちゃいそうだもんね。
そもそもその程度で味覚が戻せていたなら、中学時代キスする時間や場所を必死に模索する必要はなかったわけだし。
「しっかしマコ。よくお前モニター越しでキスするなんてロマンチックな事を知ってたな?」
「ん?ああ、それ?親友のカナカナから聞いたんだよ。……カナカナったら、その話をした後で『モニター越しのキスならセーフよね、浮気にならないわよね?だから今ここキスしましょマコ♡』って言って、毎日テレビ電話中にキスをせがんでくるんだから困っちゃうよねー。お陰でまるでカナカナと遠距離恋愛しているみたいな気持ちになっちゃうもん。冗談でもモニター越しでも。恥ずかしいものは恥ずかしいってのにさー」
「…………すみません姉さま、後でかなえさまに電話させてくださいませ。人の嫁にキスをねだる女狐に、ちょっと説教してきます……!」
おおっと……?私の嫁がキレてるぞ……?もしかしなくても私、またいらん事を言ってしまったか……?
「しっかし困ったなぁ……投げキッスもダメ。モニター越しのキスもダメとなると……」
「なかなか難しいですね……」
悪いが私の小さな脳みそではこれ以上の案は思い浮かびそうにない。他に何か味覚を戻す方法はないだろうか?
うーんうーんと頭を悩ます私とコマに対して、叔母さんは何気なしにこんな事を言い出した。
「んじゃさ、こういうのはどうよマコ、コマ。―――マスク越しにキス」
「「ま、マスク越し……!?」」
叔母さんのそんな突拍子もない案に、思わず私もコマも目を丸くする。マスク越しのキスってどういう事……?
「要するに。感染しなきゃ良いんだろ?んでもってキスする感覚を味わえれば良いんだろ?ならさー。お互いマスクを着けたまま、マスク越しにキスをするってのはどうだい?」
「ど、どうって聞かれても……どうかなコマ?味覚、戻ると思う?」
「え、ええっと……流石に、やった事はないのでそれは何とも言えませんね……」
「ふむ。よーし、ものは試しだ。やってみろお前ら」
「「は?」」
と、二人分のマスクを何処からともなく取り出して。実践させようとするめい子叔母さん。やってみろって……まさか今ここでか……?
「いや、なんでわざわざこんな場所でしなきゃいけないのさ……」
「実験だよ実験。もしかしたら何かの拍子に、またコマの味覚障害が再発するかもしれないだろ?もしその時に、今みたいに不用意な接触が禁じられてたら困るじゃんか。コマの味覚が戻せなくなっちまうだろが。そうなる前に、ちょっと実験しておくのは悪くないことだとあたしは思うんだがね」
そんな尤もらしい事を真剣な顔で言ってくる叔母さん。
「ふむ、なるほど。それも一理あるかもしれないね。一度は実験すべきかもしれないね」
「そうだろうそうだろう」
「……で、叔母さん?本音は?」
「マスク越しのキスとか、なんかネタになりそうだったから」
「そんな事だろうと思ったよ……!」
片手にメモ帳を用意している時点で察してたけど……このBBAホントぶれないな……!?
「全くもう……コマ、コマもこの人にガツンと言ってやって。バカな事言ってないで、いいからさっさと仕事しろって―――」
「え?何か言いましたか姉さま?」
「…………コマ、コマさん?なんで貴女は今マスクを装着してるの?そしてなんで私にマスクをそっと装着させてるの?」
「えっ?しないんですか姉さま?」
どうしてキスしないんですか?と本気で不思議そうに首を傾げている可愛い私の妹。いかん、すでに臨戦態勢に入ってるわこの子……
「いやあのコマ、落ち着いて。こんなアホ叔母の口車に乗せられちゃダメだ」
「しないんですか姉さま?」
説得する私をよそに、流れるようにソファへ誘導し。
「キスくらいお部屋に戻ったらいくらでもしてあげるから……」
「しませんか姉さま」
ゆっくり私をソファに押し倒し。
「いや、勿論ね?コマとキスはいつでもしたいけどさ」
「しましょうよ姉さま」
潤んだ瞳で私を見つめ。
「この何でもかんでもネタにしやがるBBAの手前で、乗せられるようにキスするのは―――」
「しますね姉さま」
「んぐっ!?」
そして有無を言わさずに、そのままマスク越しのキスを実践しちゃうコマ。まさかの問答無用……!?
「ん、んん……」
「は、む……んー……」
ついにやってしまったマスク越しのキス。……物理的に、二枚のマスクが邪魔をして直接唇が触れ合う事が出来ない。
ぶっちゃけキスというか……マスク同士を押し付け合うだけで……普段やっている濃厚なキスに比べたら、ままごとみたいな可愛いモノ。
けれど……
「ふ、ぁ……ンっ……こ、まぁ……ふぁぁ……ッ!」
「ねぇさま……マコ、ねえさま……あぅ、あぁぁ……!」
コマの熱も、吐息も、香りも。マスク越しだろうが伝わってくる。というか。マスクしているせいで、息がしにくくて……必然的にいつも以上に必死にキスする事になって……
お互い、いつもよりも余計に熱も上がる。吐息も激しくなる。香りも強くなっていく……
「ン、んッ……ぁむ……」
「ん、みゅ……は、ぁん……ハァ……」
唇が、舌が。『直接コマと触れ合いたい!』と望んでいるようで。そのせいか唾液が溢れ出てきてしまっている。すでにマスクの内側はぐっしょり濡れて、口元はベトベトだ。
それはコマも私と同様のようで……マスクがだんだんとジワリ湿って濡れているのがマスク越しでもわかっちゃって……
「姉さま、姉さまの唇……どこ?どこにあるのですか……?」
「ここだよ、コマ。ほら……ここ。もっとよく探して……私の唇、ちゃんと見つけて……」
隔たれたマスクの壁がもどかしい。それでも取っ払いたくなる衝動をなんとか押さえつけ。マスクの奥の互いの唇の形を探し合い、そして触れた先で一生懸命押し付け合う。
マスクごと唇を唇で啄み、吸い込んで―――
「「―――ぷはっ……!?」」
一体どれくらいキスを続けたのだろうか。流石にマスクをしたままのキスは普段以上に息が続かない。窒息一歩手前のところで慌ててお互いキスを中断。マスクを剥ぎ取り深呼吸する。
し、しぬかと思った……
「「ハァ、ハァ…………はぁ……」」
「おー。お前らご苦労さん。いやぁ、良いシチュ見せて貰ったわー」
「…………あのね。これ見世物じゃないよ、叔母さん」
ああ……これも叔母さんの小説のネタにされるんだろうなぁ……変な事書かれないように、編集さんに監視をお願いしておこうかな……
「んで?どうだった?このマスク越しのキスで……味覚を戻せると思うかいコマ?」
「あー……そういやそういう趣旨でやってたね。どうかなコマ?もし味覚障害が再発しても、これで戻せるかな?」
「…………そう、ですね」
私と叔母さんの問いかけに対し。コマは少しの間逡巡して、
「これで、以前のように味覚が戻るかどうかは……実際のところわかりませんが……」
「「わかりませんが?」」
「これは、これで……すっごく興奮しますね……♡」
えっちい顔で、そんなドキッとする事を言い出した。……お姉ちゃんも、ちょっと同意。
これ、マスクしたままのキス……癖になっちゃうかもね……
「興奮するのは置いておくとして。おそらく、投げキッスやモニター越しのキスよりも……効果的だと思います。マスク越しのキスは普通にやっていた味覚を戻す口づけに限りなく近いですし、多分問題なく味覚は戻るのではないでしょうか」
「おぉ!それは良かったよ!」
コマのその一言に希望が持てた。良かった……これでもしも密接な接触禁止な今、コマの味覚障害が再発したとしても……マスク越しでキスすれば何とかなるかもしれないわけだね。
「ありがとね。どう考えても自分小説のネタの為に提案したのだろうけど……やるじゃないか叔母さん。偶には役立たずの叔母さんも役に立つもんだね!」
「ハッハッハ。マコ?褒めるなら貶さずに、もっとちゃんと褒めろやテメェ。あと感謝する気持ちがあるなら誠意を見せな。具体的にはお酒ちょーだい♡」
「叔母さま。どさくさに紛れてお酒を要求しないでください。今禁酒中でしょうに……」
「いや違うんだよコマ?アタシはただウイルス対策にアルコールが欲しいだけだから。決して飲みたいから酒を求めているのではなくてだね…………あ。ところで話は変わるんだが。ふと思った事があるけどよ、お前らにちょっと言ってもいいかい?」
と、そんな感じで話もいい具合にまとまってきたところで。またも叔母さんが私たちにそう尋ねてくる。
「今度は一体何さ叔母さん?」
「どうかなさいましたか叔母さま?」
「いやさ、マスク越しのキスの件だけどよ―――あんなに濃厚接触しちゃうなら。マスク着けていようが着けていまいが、もはや関係なくねーかコレ?」
「「…………」」
マスク越しのキスを提案した張本人に、身もふたもない事を告げられて。思わず私とコマは脱力する。
……いやあのさぁ……それ、提案する前に言ってよね……
「っていうかさ。今更聞くのもなんだけどよ……マコ、それにコマ。お前らちゃんと今自粛してるのかい?ハグとかキスとか……それ以上の行為とか。しないように心がけてるのかい?」
「え?何言ってんのさ叔母さん。そんなの勿論自粛―――してないに決まっているじゃん」
「……え」
「まあ、してませんねー私たち。姉さまと触れられない、キスできない、愛せない―――そんな生活、耐えられるわけないじゃないですか。姉さま禁止令とか出されたら、3日ももたずに死にますよ私」
「だよねー!私もコマと接触NGとか言われたら、1日だって死ぬ自信があるよ」
「…………いや、お前ら自粛しろよ!?」
「「コマ(姉さま)自粛とか、そんなの絶対無理」」
読んでいただきありがとうございました。※マコもコマも一切外出せず、毎日手洗いうがいをして、そして二人っきりで濃厚接触しているから出来る事です。ついでに言うと創作だから出来る事です。
私が今更言う事ではありませんが、不要不急の外出を避け基本的にはご自宅でお過ごしを。出かけるならばマスクを着用し、帰ってきたら手洗いうがいを心がけて。
そしてどうしてもお仕事に出られる皆さん、皆さんのお陰で社会が回っています。本当にありがとう。どうか無理せず、体調に気を付けてください。私もそろそろ夜勤に行ってまいります。共に頑張りましょう。