第15話 ダメ姉は、誘いを断る
「……怒られた。あと足めっちゃ痛い……」
あの後本当に先生に一ページ丸ごと正解するまで問題を解かされ、そのまま一時間立って授業を受けさせられた私。しかも授業終わった後はプチお説教タイムまであったし……あー……疲れたぁ……
「ドンマイ。まー災難だったな立花」
「いや、あれは完璧マコが悪いわ。だって授業中に突然奇声を上げて興奮するんだもん。一体何事かって思ったよ」
「そりゃ先生も怒っちゃうわよね。まあ、ともあれお疲れマコ」
「はいはい、皆もねぎらいのお言葉どうもありがとうねー……」
自分の席でぐったりとしている私のところに、友人たちがやってきて笑いながら声をかけてくる。
「あ、そうだマコ。疲れているあんたに良い知らせがあるんだけど……その前に一つ聞きたい。あんた明日は暇かしら?」
「……うん?明日……?明日なんかあるんカナカナ?」
構ってくるクラスメイトを適当に相手していると、隣の席の友人がそんなことを言い出す。良い知らせ?それに明日……?明日って何かあるのかな?
「ほら、マコも授業が始まる前に言ってたでしょ?明日からGWだって」
「ああ、うん。そうだね明日から休みだね」
「でさ、折角の休みだし……マコが怒られている間に、クラスの皆で明日はカラオケにでも行こうかって話になったのよ」
「あ、そうなんだ。行ってらっしゃいカナカナ、それに皆。目一杯楽しんでおいでよ」
「……いや何を他人事みたいに言ってんのよ。マコも連れて行くに決まってるじゃないの」
「……へ?わ、私も?」
友人にそんなお誘いを持ち掛けられる私。カラオケ……皆でカラオケかぁ……うわぁ、楽しそうだし超行きたい。何も用事が無いならば絶対行きたいところ。
行きたい、けどなぁ……
「マコもカラオケ好きでしょ。だからさ、一緒に行かない?ねっ、行きましょうよ。どうせ暇でしょ?」
「マコがいると色んな意味で盛り上がるしさ、日々のストレスとか嫌な事とか……それこそさっき怒られた事とか全部忘れて歌いまくろうよぉ。あ、クラス全員分のクーポンもあるから安くなるよー」
「立花って合いの手入れるの上手いし、音痴だけど妙に耳に残る歌を歌うじゃん?音痴なりにお前の歌聞いててめっちゃ面白いし明日は楽しもうぜ」
「おいコラ、誘うのは良いが何で音痴って二回も言ったんだそこの男子」
これでも音痴だって気にしてるのにこのヤロウ。……まあそれはいいか。
そんな感じでクラスメイトたちが口々に私を誘う。前にも言ったかもしれないけど私は音痴だけど結構カラオケ好き。それに皆に誘ってもらえるのは正直ありがたいけど……困ったな。明日かぁ……
「あー……ゴメン、カラオケは大好きだし誘ってくれるのは嬉しいけどさ。ちょっと明日は大事な用事があってね。悪いけどパスで」
「「「えぇー!?」」」
手を合わせてゴメンと謝る私に、友人たちは不服そうな態度を示す。
「な、何よ……珍しく付き合い悪いわね……あ、もしかしていつもの生助会の仕事でもあるの?いつもは全力で不真面目なのに変なところで真面目なんだから……偶には休んでも良いでしょ?」
「っていうかGW中はあのボランティア部って特にやる事ないって言ってたじゃんかー。マコ、行こうよぉー」
「お前がいないとイマイチ盛り上げりに欠けるだろ。一体何だよ用事って?」
皆口々に私を説得しようとする。いやぁ、モテモテですなぁ私。……なんて、冗談も言えんか。
そりゃ私だって何も予定がないなら行きたいんだけど、こればかりはタイミングが悪い。何せ明日は大事な日なんだから。
「いや、実は私ね。明日は病院に行かないといけないんだよ」
「「「…………は…?びょ、病院…!?」」」
私のそんな一言は、私を囲んでいた友人たちは勿論のこと。
『おい……あの立花が病院行くってよ…!?』
『えっ!?な、何で…!?』
『びょ、病気…なの…?嘘でしょ……マコが…?』
的な声が教室内や廊下の外でざわざわと響き渡るほどにクラスメイトたちを騒然とさせてしまう。
……あーしまった。いきなり病院行く、だなんて言うべきじゃなかったかな?クラスの友人たちを心配させちゃ申し訳ない。
「びょ、病院って……マコ、あんた……」
「大丈夫大丈夫、心配しないで。病院に用があるのは私じゃなくて―――」
「ナントカは病気なんてしないハズじゃないの……?」
「いや待て。こいつの場合、行かなきゃならないのは精神科なんじゃないか?とうとう頭の病気が深刻なレベルで……」
「ね、ねえ……?シスコンって治る病気なのかしら……?」
「うーん……変態は不治の病だって聞くし……コイツの変態を治すには現代医学じゃ到底かなわないんじゃねーかなぁ……」
「黙って聞いてりゃホント君たち、友人に対してメチャ失礼だな……!?」
心配してくれたと思ったらこれですよ。口を開けば罵倒の嵐、これでも皆仲良しクラスメイト。親愛の証に全員一発ずつ殴ってやりたいわ。
「っていうか違うんだって。だからね。そうじゃなくて病院に用があるのは私じゃなくて―――」
「ご歓談中申し訳ありません皆さま。立花コマです。マコ姉さまはいらっしゃいますか?」
「いらっしゃーいコマぁ♡よく来たねー♪」
「はい。姉さま授業お疲れ様です」
「「「はや!?ま、また一瞬で妹のところに移動してる…!?」」」
誤解を解こうと席を立った瞬間、聞こえてくるカワイイカワイイ私の天使の声。私の愛しの妹が教室にやって来てくれたようだ。
即会話を中断して私を囲んでいた友人たちを掻い潜り、コマのところまで駆ける私。
「はーい、これお返しするね。教科書ありがとコマ、ホント助かったよ」
「いえ、お役に立てて何よりですよ」
「それと……メッセージも超嬉しかったよ!ありがとう!お姉ちゃん、めっちゃ元気出たよ!」
「あ……あれに、気が付いてくださったんですね姉さま。……良かった…えへへ♪」
借りていた教科書を返してあげると、なんだか嬉しそうにギュっと教科書を抱いてはにかむコマ。
うーん、何でこんなにコマは可愛いんだろうか?幸せそうにしているコマを見てるとこっちまで幸せになっちゃうよ。
「ゴメンねー、ホントは私から教科書返しに行くべきだったのにわざわざ来させちゃって」
「お気になさらないでください姉さま。ちょうど姉さまにご報告したいことがありましたので、そのついでに来ただけなんです。帰ってから報告しても良かったのですが……先に伝えておきたいと思いまして」
「ん?報告?」
一体何の報告だろうか?気になって首をかしげている私にコマは話を続けてくれる。
「それがですね、つい先ほど先生からメールをいただきまして」
「ん?先生からメール?先生って……あっ、もしかして明日の病院の予約が取れたの?」
「はい。『明日は10時頃においで』、だそうです。……と言うわけですので。貴重な姉さまのお休みの時間を潰してしまい申し訳ありませんが、明日はどうかよろしくお願いします姉さま」
「任せてよ!こっちこそ明日はよろしくコマ!」
10時か……いつも通りに起きて準備をしても余裕で間に合う時間だね。先生もちょうどいい時間を設定してくださって助かるなぁ……いつもありがたいや。
「ああ、それと。姉さまにはいつものように献立表を忘れずに持参しておくようにと追伸もありました。いつも通り添削するわよ、と」
「ふむふむ、なるほど……よし、おっけー了解」
コマの報告を聞きながら愛用のスケジュール表に忘れないようにメモをする私。明日は10時頃……献立表持参……っと。これでよし。
「連絡は以上です。では、次は音楽ですし移動教室なので、私はこの辺で失礼しますね姉さま」
「うん、教科書も報告もわざわざゴメンね。助かったよ。じゃあありがとコマ。また後でねー!」
「はい姉さま。また後で。この次の授業もお互い頑張りましょうね。…皆さんも失礼しました」
そうお互いに手を振って別れる私たち双子。ふぅ……楽しかった。コマと話せただけでさっきまでの説教された疲れも吹き飛んじゃったよ。
…………ハッ!?も、もしかしなくてもコマとの会話にはリラックスさせる科学的効能か何かがあるんじゃないのか……?こ、これはノーベル賞ものの世紀の大発見かもしれん……!
なんて、我が事ながら相変わらず(頭の)可笑しなことを考えているなと思いながらも、席に戻ってまた席を取り囲んでいた友人たちとの会話を再開する私。
「―――っと言うわけなんだよ友人諸君。今のコマとの話を聞いていたならわかると思うけど、明日はコマの付き添いで病院行かなきゃならないんだ」
「「「……えっ……!?」」」
そう明日は大事なコマの定期検診。例のコマの体質―――味覚障害を先生に診て頂く日だ。こればかりは他の用事があろうがなかろうが、コマ優先でいきたいわけで。
だから口惜しいけれど皆の誘いは断らなきゃならないのである。
「ちょ、ちょっと待ってマコ。もしかしてコマちゃん……どこか具合でも悪いの……?」
「付き添いで病院って……まさか妹ちゃん、入院でもするのか!?」
「怪我とか病気とかしてるの……?だ、大丈夫なの立花さん……?」
さっきの私の時と打って変わってガチでコマの事を心配してくれる友人たち。
……うん、普段はアレな友人たちではあるけれど、やはり根は良い奴らだ。私の他にも妹の事を大事に想ってくれる人たちが身近にいっぱいいると思うとすっごく嬉しい。
「いや大丈夫。平気だよ。コマね、昔ちょっと体が弱かった時期があってさ。その名残で定期的に診てもらっているだけなんだ。今はどこも悪くないし、健康そのものだから変に心配しないであげてね」
「ああ、そういう事か…そっか……それなら安心だな」
「ビックリしたよ。でもそっか……昔はともかくコマちゃんも今はあんなに元気そうになって良かったねマコ」
「……うん。そうだね」
……本当はコマのあの味覚障害を診てもらうための定期健診だし、発症してから6年経った今でも治っていないんだけどね。
あんまり友人たちを心配かけさせたくないし、何よりコマの体質が皆にバレたらちょいとマズい。嘘も方便と言うわけでちょっぴり誤魔化しながらそのように説明すると、心配してくれていた友人たちは安堵した表情を見せる。
「だからゴメン、明日はカラオケは行けそうにないんだ」
「なるほどね。……うん、そういう話なら無理に誘えないわね」
「……そればかりは仕方ないね。今日は諦めてまた今度誘うから。その時はちゃんと来てよマコ」
「あ!もし今度カラオケするならさ、折角だしコマちゃんも呼んでくれよな立花!」
「おー、そりゃ良い考えだ。そん時は絶対妹ちゃんも誘えよな!」
「はいはい、わかったよ。……まあ明日は私の分までみんなで楽しんでおいで」
コマの事を話したら全員素直に引き下がってくれる。……悪いね、そしてありがとう皆。
いつでも私を全力で弄ってくるけど、こんな変人である私と友達になってくれて遊ぶ時には声かけてくれたり、何よりコマの事を気遣ってくれたりと……私は本当に良い友人を得たなと思うよ。
折角誘ってくれたんだし、今度暇になったら折を見てこっちからカラオケとか誘ってあげようかな。あとついでに、お詫びと言っちゃなんだけどGW明けにはクラスメイト全員分のお菓子焼いて持ってきてあげよう。
「そうか……それにしても、病院かぁ……なあ、立花」
「ん?なーに?」
……なんて考えていると、クラスメイトの一人が何やらぽつりと呟く。
ん?病院がどうかしたんだろうか?その優しい友人の一人は真剣な面持ちで話を続ける。
「折角病院行くならさ。ついでにな」
「うん。ついでに?」
「ついでに……立花のバカになった頭のネジも治して貰うことをお勧めするぞ」
「あはは、うん。そりゃ良い案だねー…………うん?」
……あれ?今さらりと酷いこと言わなかったかいマイフレンド?
「いやぁ……どうだろうな。ホラ言うじゃないか、バカに付ける薬はないってさ。残酷なことを言うのは心苦しいが立花。こればかりは一生治らないかもしれんぞ。気の毒だが……」
「いいえ。バカに付ける薬はないかもしれないけれど、ダメに効く薬ならあるかもしれないわ。だから決して望みは捨てちゃダメよマコ」
「変態&シスコン&ダメの三重の矯正は大変な治療になると思うけど、マコも頑張ってお医者様に立派な真人間に治してもらうんだよ。私たちも応援してるからねっ!」
「はっはっは!…………いやぁ…君たちはホント何なの?絶対に人をバカにしなきゃならない病気でも患ってるのかな……?キサマら表出ろやコラ……っ!全員まとめて、病院送りにしてあげようじゃないか……!」
とりあえず次の授業の先生が来るまでの間クラスメイト全員に愛の鉄拳をプレゼントしてやろうと決める私。
友人、友人とは一体何だろう……?改めて友人の定義とは何かについて考えさせられた、そんなある日の休み時間であった。