第109話 ダメ姉は、電話に出る
急に寒くなってきましたね。皆さん風邪などにお気をつけてください。深夜勤や研修、あと構成等で最近更新が2週間に1回程度しか出来ていませんが、できる限り時間を作って書けるように頑張ります。がんばります……
【さようなら、私の大好きな、私の最愛のマコ姉さま】
…………突然そんな置手紙を残し、私の最愛の妹である立花コマは家を出て行ってしまった。
「何で!?どうして!!?ほわぁい!!!??」
コマの残した手紙を握りしめ、ゴロンゴロンとリビング内を転げ回り、そしてただでさえボサボサの髪を更に痛めつけるようにガシガシ掻いて取り乱す私。
お、おかしい……ナンデ!?なぜに、どうして、こうなった……!?相貌失認を患ったコマの為、姉としてコマの目となりコマの傍で導いてあげようと意気込んでいた矢先、こんな手紙を置いて私や叔母さんに何も言わずに何処かへと去っていったコマ。わ、わからない……なんでだ!?どうしてコマは出て行ったんだ……!?
「も、もしや私……コマに気に障るような……コマに嫌われるような事をしちゃったの……?だからコマは私を置いて出て行ったの……?」
若干パニックになりながら考えてみる私。もしもそうなら一体何が原因だ……?考えろ、ちゃんと考えるんだぞ私……!お、思い当たる事といえば―――
「……まさか洗濯前に毎日コマのブラとかをクンカクンカしていたのがバレたのか……?それともコマの入ったお風呂の残り湯でヨーグルト作って毎朝食べてたのがバレた……?いや、理科の実験がしたいと言ってコマを騙してコマ製の口噛み酒の製造をしていることがバレたのかも……?……あるいはコマの寝言を盗聴して、催眠音声として愉しんでいたことがとうとう―――」
―――アカン。思い当たる節がちょっと多すぎてどれが原因なのか全く特定できぬ……
「落ち着けマコ。確かに普通はドン引き&絶縁コースな案件だが、今更その程度の事でコマが引いたり絶縁するわけねーだろが」
「これが落ち着いて居られると!?ああ、コマ……コマ……!なんで、どうして……?私の何が悪かったの……!?まさかなにもかも悪いとでも言うの……!?」
だったらお姉ちゃん謝るから……もっといいお姉ちゃんになれるように努力するから……!お願い、戻ってきておくれコマ……!
「ったく世話が焼ける……だーかーらー……落ち着けってのッ!」
「(ガンッ!)ほぐぁッ!?」
そんなオロオロとしている私に対し、叔母さんは私の頭に情け容赦なく拳骨を叩きこむ。こ、こんのBBA……加減ってものを知らんのか……!?マジで痛いわ!?
「いいから落ち着け。オメーまでパニックになっちまったら話が進まねーだろがマコ」
「で、でもぉ……」
「でもじゃねぇよ。ついさっき看護師の沙百合さんにも言われたんだろ。お前さんのやるべき事って一体何なんだ?言ってみろマコ」
「沙百合さんに……言われた事?私の、やるべき事……」
叔母さんにそう叱責されて、沙百合さんに言われた事を思い返してみる。……そうだ。確か沙百合さんは私に、
『これからどんな事が待ち受けていようとも。……どうか、マコさんだけはコマさんの味方で居てください』
そんなアドバイスをくれたんだった……
「それは……私のやるべきことは……何があっても、例え世界中を敵に回したってコマの味方で居続ける……事……」
「そうだろうが。ならこんなところでウダウダ悩みオタオタする暇があるんなら、他にやる事がたくさんあるだろ。コマの味方でいる為の努力をするべきじゃないのか?違うのか?」
「……うん」
「わかったら一度深呼吸。頭冷やして気持ちをさっさと落ち着かせろ」
「……わかった」
叔母さん如きに正論で諭されたのは若干釈然としないけど確かにその通りだ。こんなところで意味もなく床に転がり込み思い悩んだところでコマが戻ってきてくれるわけではない。何かしら行動に移さないと……
叔母さんに言われた通り深呼吸。熱くなっていた頭と心を鎮めてから、自分に何が出来るのか。何から取り掛かるべきかを叔母さんと共に考えてみる。
「……ふぅ。OK、もう大丈夫。あんがと叔母さん、頭は冷えたよ」
「よし。なら緊急対策会議再開するよ。とにもかくにもアイツから直接話を聞かない事には始まらないだろう。マコ、コマと連絡は付かないのかい?」
「……いやダメだね。コマ、携帯を置いて出て行ってるし」
携帯はコマの部屋に置きっぱなしにされていた。つまり現状こちらからコマに連絡する手段は無い事になる。
「じゃあコマの行く当てに心当たりはあるかい?例えばコマの友達とか先生とか……コマに親しい人物でコマが頼りそうな奴の家に匿って貰ってる可能性はないのかい?」
「多分無いね。コマの一番の親友にもさっき電話してみたけど『わかんない。少なくともコマから何も連絡何て来てないし、もちろん学校にも来てないよ』ってさ」
そもそも今の時間は普通だったら授業中だもんなぁ……だからヒメっちとか、その他の友人の家とかに匿って貰う事なんてまず出来ないと思う。
「ふうむ……連絡も付かず、どこにいるのかすらわからないのはワリと八方塞がりだねぇ。手がかりらしい手がかりと言えばコマの残したその手紙だけって事かい」
「だね。……ちょっと、いやかなりキツイけど読み直してみようか」
コマが出て行った理由や一体何処へ行ったのか……その糸口になりそうなのは……やはりこのコマの残した手紙だけだろう。
心が砕けないように再度深呼吸をして、もう一度だけ読み直してみる私。
【マコ姉さま。私、姉さまの事が大好きです。でも……いいえ。だからこそ、もう一緒にはいられません。だってこのままではこれまで以上にご迷惑をかけてしまうから。姉さまをもっと辛い目に遭わせてしまいますから。約束の来月までにはちゃんと荷物をまとめて、正式にこの家を出たいと思います。しばらくの間手続き等で姉さまや叔母さまに苦労を掛けてしまうかもしれませんが……どうかお許しください。今まで本当にありがとうございました。姉さまと過ごした日々は私にとっての宝物です。そして、本当にごめんなさい……もう二度と、姉さまに近づかないと約束します。姉さまはどうか素敵な人と……姉さまの親友の叶井さまのような素敵な人と幸せになってくださいませ。さようなら、私の大好きな、私の最愛のマコ姉さま】
「…………はぁ。いやぁ……これは何度読んでもしんどいね。心の準備してなかったら流石の私も危なかったわ……」
「……危なかったわっていうか……お前さん今現在も危険な状態になってるけどな。リアルに血反吐を吐いてるぞマコ。マジで大丈夫かお前……?」
「うん、大丈夫。さっき読んだ時は心肺停止一歩手前だったし、それに比べたら大分マシな方よ」
やはり深呼吸をしておいて正解だった。なんとか致命傷で済んだね。
「さてと。何でコマが出だしから告白チックな嬉しい事を書いてくれてんのかとか、何故にカナカナの名前が急に書かれてるのかとかイロイロと気になった箇所は大いにあるけれど、手紙を読み直して一番意味が分かんないワードと言えば……これだよね叔母さん」
「ああ。アタシもその単語がちょいと気になったよ。どういうつもりでこんな事を書いてるんだアイツ……?」
叔母さんと共にコマが書いた手紙の一文を指差す。私と叔母さんが気になった箇所は―――
「「『約束の来月までにはちゃんと荷物をまとめて、正式にこの家を出たいと思います』……か」」
そう、この一文だ。他の箇所はコマの私への想いとか、感謝とか、謝罪とか……コマの精一杯の気持ちがすっごい伝わってくる。
だけどこの一文だけは……どうにも意味がわからない。なんだ?約束の来月って一体何の事だ?
ここだ、ここだけだ。この一文さえ意味が分かれば何か……何か掴めそうな気がするんだけど……
「ねぇ叔母さん。来月って何か特別な事ってあったっけ?来月関連で私がパッと思いつくのは……私とコマの誕生日……クリスマス……冬休みくらいだけど」
「あとはアタシが仕事の関係で来月からしばらく家を出るくらいだな。……だが、なーんでコマまで家を出る事になるんだ?もしかしてアイツもどっかに行く予定でもあったのか?また9月みたいな助っ人関連の約束でもしてたのか?」
「いやわかんないけど、少なくともそんな話私は聞いてないよ」
「「うぅん……」」
叔母さんと二人で思い当たる節が無いかを無い頭を全力で回して考える。来月、来月か……『約束の』って書いてあるわけだし、多分私や叔母さんとコマの間で何か重要な約束をしていることになるんだけど……コマは何か言ってただろうか?残念ながら身に覚えはないんだけど……
PRRRR! PRRRR! PRRRR!
「「っ!」」
と、そんな中突然コマが置いて行ったコマの携帯の着信音が鳴り響く。まさか……コマか!?
「も、もしもし!?」
もしかしたらコマが自分の携帯を忘れた事に気付き、自分の携帯に電話をしているのかもしれない。そう思った私は番号も碌に確認しないまま、慌ててコマの携帯を開き電話に出る。
……けれど電話の向こうの相手は、コマではなく―――
『あ、コマ?私よ私。お母さんだけど……今ちょっと良いかしら』
「…………え?」
―――けれども私もよく知る人物であった。予想外すぎる電話の相手に思わず言葉を失い返事が出来ない私。……母さん、だと?
『ゴメンねぇ。もしかして今学校だったりする?いや、お母さんもこんな時間に掛けるのはよくないとは思ったんだけど、前々から言っている通り来月までもう時間がないじゃない?そろそろ例の件の返事をしてくれないと困るわけよ。だから悪いとは思っているんだけど催促の電話を―――』
返事をしなかったせいで電話の相手を私ではなくコマだと思い込んでいる母は捲し立てるようにペラペラ一方的に話をしてくる。私は数年ぶりの実母の声に懐かしさを感じる―――ことは全く無く。混乱しながらも母の一言一言に反応していた。
「(コマが手紙を残し家を出て、その手紙には『約束の来月』などという意味不明の一文が残っていた。そして差し合わせたようなタイミングでコマの携帯電話に電話を掛けてきた母さんも、同じように『来月まで』『例の件』とかいう気になる言葉を発している……)」
これは何かある。そう直感した私は隣にいる叔母さんにも聞こえるようにすぐにスピーカーホン状態に切り替えて母の話を黙って聞き続ける事に。
『―――多分コマは優しい子だからお母さんの事を心配してくれているんだと思うけど、大丈夫よ。お金ならたくさんあるし何も心配いらないもの。それに私の再婚相手って理解がある方でね、コブ付きでも問題ないって言ってくれてて―――』
【この声……それに『お母さん』?おいおいおい……姉貴じゃねーか!?なにやってんだアイツ……】
【ねぇ叔母さん。なんで母さんコマの電話番号を知ってるの?もしかして叔母さんが教えたりした?】
【いいやアタシじゃない。教える義理もないし、教えたところで百害あって一利なしだし】
【デスヨネー。……ちなみに再婚って何の話かわかる?】
【知らん。アタシも初めて聞いた】
通話している母さんに気付かれないようにこっそり筆談で叔母さんと会話をする私。どうやら叔母さんも寝耳に水な話のようで、母さんの―――叔母さんにとっては姉の話を不審そうに眉をひそめて聞いている。
勿論私も再婚がどうだこうだの話は聞いていない。……そもそも母が父と離婚していた事すら知らなかったのはナイショだ。まあ、それに関してはぶっちゃけどうでも良い事だから知らなくても何の問題もないけどネッ!
【―――そういうわけだからさ、コマもいい加減、答えを出してくれないかしら?来月から……母さんたちと一緒に暮らさない?】
「「っ!?」」
なんて事を考えていた私の耳に、衝撃的な母の発言が届いた。
え、え?……今母さん、何て言った……?き、聞き間違いかな?『来月から一緒に暮らさないか』的なとんでもない事言わなかった……!?
【何度も言うけど私の再婚相手はコブ付きだろうが何だろうが気にしないって言ってくれてるのよ。いや寧ろ再婚相手はコマの事を高く評価しているからね、コマが私たちの元に来てくれるのは大歓迎だわ】
「「……」」
【マコの事は……気にしないで大丈夫。あの子は元旦那―――コホン、お父さんの元で預かって貰う事になったから。お父さんきっと成長したマコの事を大事に……そう、大事に愛でてくれると思うわ。なんたって、あの人マコみたいなちっちゃくて巨乳な子がドストライクな人だもの】
「「……」」
【もちろんマコもめい子もこの件に関しては同意してくれているわ。だから……あとは、ね?コマさえOKしてくれたらみんな幸せになれるのよ。お母さんも、めい子も、それから……マコも。みんなが幸せになれるのよ】
「「…………」」
あまりにアホ過ぎる母の話に開いた口が塞がらなくなる私と叔母さん。……ねえ。この人何言ってんの?なんなの?バカなの?
「「…………あ」」
そんな母の話を聞いていると。ふと、ちゆり先生がつい先ほど私にくれたアドバイスが私の頭の中で過る。
『私の見立てだとね、多分ここ一、二か月の間にコマちゃんかマコちゃんの周囲で何かしらの状況の変化があって……その状況の変化に耐えられずにコマちゃんは相貌失認になったハズなのよ。それ以外にコマちゃんが相貌失認になるような原因は考えられないわ』
……まさか、これか?もしかしなくても……これが原因か?これのせいでコマは相貌失認に……?
私がそのような考えを過らせたのとほぼ同時に、私の隣で母の話を聞いていた叔母さんも何かに気付いた素振りを見せる。
【なぁマコ。ちょっと思ったんだがよ】
【何?】
【ひょっとしてコマの奴……さっきのアタシとマコの会話を中途半端に聞いてたんじゃないのか?】
【さっきの?】
【ホレ、アタシが来月家を空けるって話をお前としてただろ。その話の途中でお前言ってたじゃんか。『残念がるのも無理ないっしょ!?やーっと厄介なお荷物から解放されて……念願の、念願の二人暮らしが実現できるハズだったんだしさぁ』って】
【ああうん、言ったかも……でもそれが何さ?】
【姉貴にこんなバカみたいな話を聞かされてたならよ。マコの『お荷物』って発言を自分の事を指しているんだって思い違いしたんじゃないのか?それでアイツとんでもない勘違いをしたまま家を出てそれで……】
「ッ……!」
叔母さんのその推察で、点と点が繋がったような感覚に。
……そうか、そういうことか。コマの突然の相貌失認も、この手紙の『約束の来月』というよくわからなかった箇所も、何も言わずに出て行った理由も……これで全部、全部わかった。理解した……!
『……ねえちょっと?さっきからずっと黙っているけど何か言ってくれないかしらコマ。私だけ一方的に話すのは疲れるじゃないの。返事が無いようならお母さんたちと一緒に暮らす件、合意した事にするわよ?それで良いの?』
理解したと同時に、現在進行形で呑気に電話をしている母に対して沸々ととある感情が湧き上がる。それはどうやら見た事も無いような顔をしている叔母さんも私と同じ気持ちのようだ。
ふ、ふふふ……ほんっとどこまでもこの人は……この人は……ッ!
「……ほー?『コマが母さんと一緒に暮らす』ねぇ?……私や叔母さんに相談もせずに、随分と笑えない事を考えていたんですねぇ…………母さん」
『…………へ?かあ、さん……?』
「会話するのは久しぶりだね。6年ぶりくらい?まあそれはどうでもいいけど。……母さんが元気そうで安心したよ私。こんなバカみたいな計画を私や叔母さんに黙って隠れてコソコソ立てるくらい元気そうで安心したよ……!」
『…………え、え?あれ……?『母さま』じゃなくて……『母さん』……?あ、アンタもしかして……いや、もしかしなくても……マコ!?あれ!?なんで!?』
思わず妹の大事な携帯電話を握りつぶしそうになるのを必死に堪えつつ母さんと会話を摺る私。我が母ながらなんとダメダメな奴だろう。やってくれたな畜生め……一度ならず二度までも、よくもかわゆいかわゆい私の愛しのコマを追いつめてくれたな……?
『あ、ああああのあの……ま、マコ?そのね、違うのよ。これには深いワケがあってね……』
「とりあえず言いたい事とかアンタにやりたい事とか山ほどあるけど……今は保留しておく。私、今からコマを迎えに行かないといけないの。だから―――」
『そ、そうなの……な、なら私もこの辺で失礼して……』
「だから……あとはめい子叔母さんに任せる。叔母さん、後は頼んだよ」
「了解だマコ、コイツはアタシに任せておけ。…………いよう姉貴。久しぶりだナァ……!」
『ヒィッ!?め、めめめ……めい子!?』
今はこんなダメ母に構っている時間は無い。叔母さんにバトンタッチして、私は急いで自分の部屋から必要な物を鞄に詰め込みコマを迎えに行く準備を行う。
「ああ切るなよ姉貴。電話切ったらもっと酷い事になるからそのつもりでいる事だな」
『め、めい子……あのね、違うの。これはその……お姉ちゃんのちょっとした気の迷いってやつで……』
「やかましい。アタシが許可するまでちっと黙ってろ」
『…………ハイ』
「叔母さんゴメン、私もう行くね!」
「っと……待ちなマコ。忘れ物だぞ」
準備を速攻で済ませてから階段を駆け下り家を飛び出そうとした私に、叔母さんはリビングに置いてあった果物かごの中から一つ……とある果物を掴んで投げ渡してくる。これは……
「それを持って行きな。多分コマには……それが効くだろうからな」
「叔母さん……うん!ありがと!そんじゃ行ってくる!」
叔母さんの真意を理解した私は叔母さんにお礼を言ってその果物を鞄の中に入れ、急いで家を飛び出す。サンキュー叔母さん、コマの事は任せてね。
「さて……どうやってコマを探すかだけど……」
飛び出した先、家の前で一体どうやってコマを探すべきか、どうやって迎えに行くべきかを考えてみる私。
携帯をコマは持っていないからそれを頼りに探すのは無理。コマが行きそうなところを当てもなく探しても流石に時間がかかり過ぎてしまう。
と、なればだ。……アレを使うしかないだろう。
「……仕方ない。緊急事態だ許してね」
一人そう呟き心の中でコマに謝りつつ、私は鞄からとある物を取り出す。さあ待っててねコマ。今すぐお姉ちゃんが迎えに行くからね……!
そろそろマコのターン。迷う必要が無くなったマコは強いです。さあゆけお姉ちゃん。