第108話 ダメ姉は、勘違いされる
最終章(予定)なだけあって、いつもは大体一章10話前後でまとめているのにどんどん話数が増えててすんません……いっそ10月編のように前後編として分けよっかな……
~SIDE:コマ~
「…………」
マコ姉さまのお部屋の隅で膝を抱え、一人蹲る私……
「…………言い返せなかった……何一つ、ちゆり先生に言い返すことが出来なかった……!」
歯を食いしばり、私はそう独り言ちます。脳裏に浮かぶのは、先ほどのちゆり先生の一言一言。言い返せなくて当然ですよね。だって……ちゆり先生が指摘したことは、全部真実だったのだから……
『相貌失認と診断されて、マコちゃんにまた構って貰えるとわかって……安心したんじゃないの?』
……そうです。確かに私は、安心しましたよ……これで、姉さまにまた私だけを見て頂ける……姉さまを独り占めできると……安心しましたよ……
『本当はさ、自分がどうして突然相貌失認になったのか……その理由に心当たりがあるんでしょコマちゃん』
……ええ。心当たりなら、ありますよ……叶井さまの姉さまへの告白、姉さまのトラウマ話、そして……母さま関連の諸々の……それら全ての重圧に耐えきれずに私は……
『コマちゃんはさ、マコちゃんと違って心の奥底では味覚障害を本気で治そうとしていなかったのでしょう?だって治さない方が都合が良かったから。もしもその味覚障害が治ってしまったら…………マコちゃんが自分の傍から離れてしまうかもしれないって恐れているから』
……そう、です。恐れています……それが何よりも恐れている事です……
『意識していたのか無意識だったのか私もわからないけれど……貴女はずっと自分の体質を利用していたのよ。マコちゃんを自分から縛るために』
…………やめて、ください……
『残念だけどこのままでは、コマちゃんがそんな気持ちを持ったままでは……味覚障害も、それから今回の相貌失認も治らない。治らないどころか……多分悪化する。それに何よりも―――』
…………やめて……
『そんな幼稚な方法でマコちゃんを引き留めようとしても、マコちゃんの心は永遠に手に入らないわよコマちゃん』
「もう、やめてください……ッ!!!」
自分から追い出したハズなのに。ちゆり先生や沙百合さまはおろか……ここには私以外誰もいないハズなのに。頭の中で幾度も反芻される先生の言葉に、先生の幻影に。耳をふさいだまま思わず大声を張り上げてしまう私。
「……やめてください。ちゃんと、わかってます……わかっていましたから……」
そうです……私本当は、全部わかっていました。
何故このタイミングで私は相貌失認に罹ったのか。―――簡単です。相貌失認に罹れば……ここ最近悩み苦しんでいた『母さまの再婚話』とそれに伴う『姉さまと別れて暮らす話』があわよくば白紙に戻るかもしれませんし……それに何よりも、相貌失認になれば今まで以上に姉さまに私を……私だけを見て貰えるかもしれないと考えたから。
そういう状況になればきっと『叶井さまの姉さまへの告白』もなかった事になるかもしれないと考えたから。……そんな卑怯で卑劣な浅ましくも汚らしい心に、相貌失認という形で身体が反応してしまった……
6年前から患っている味覚障害がどうして今に至るまで治らないのか。―――これも簡単です。治したいと口では言いつつも、本心では治りたくないと願っていたから。本気で治そうとしていなかったから。
だってもしも味覚障害が治ってしまったら……姉さまと口づけする理由がなくなってしまうから。……なによりも姉さまが私の元から離れてしまいかねない……だから―――
「相貌失認も味覚障害も……根は同じもの。姉さまを私の傍から手放さない為の楔……」
私に対して負い目のある姉さまは……味覚を戻す口づけを拒めない。相貌失認にでもなれば、きっと姉さまは私を心配して今まで以上に私の傍に居てくれる。
味覚障害も相貌失認も、どちらも……私にとっては不便なもの、克服すべきものではなく…………自分の都合の良いものでしかなかった。
「…………私は、利用していた。姉さまの優しさを、性格を、負い目やトラウマを、妹という立場を、自分の体質さえも……利用してきた。今も昔も……利用して続けてここまで来た……」
……その事に、自覚がないわけじゃなかったです。ただその事実に目を逸らしていただけ。
「…………そして、目を逸らし続けていただけで……私もわかっていました。……先生が指摘した通り……そんな方法で姉さまを縛ったとしても…………姉さまの心は永遠に掴めない事くらい……それくらいわかっていましたよ……ッ!」
……それを改めて自分の口で言い放った瞬間、泣きそうになるくらい苦しくなって、痛くて、辛くなって。私の身体が、私の心が悲鳴をあげます。冷や汗が滝のように流れ出し、動悸、過呼吸……胃酸がこみ上がり、吐き気も感じられます。
…………ここが姉さまのお部屋じゃなかったら。躊躇なく吐いてたかも……
「……先生たちに、謝らないと」
何とか吐き出さずに堪えた私は、息を整えながらそう呟きます。自己分析をして、自分を見つめ直したら……少しだけ冷静になれました。いくら図星を指されたからといって……いくら聞きたくない事だからといって……折角の休日に私の為に診察に来てくださった先生方を追い出しちゃうなんて……最低ですよね私……
とにかくここで一人虚しく体育座りをしていてもどうしようもありません。どうにか自分を奮い立たせ、先生方に謝罪をする為に私はマコ姉さまの部屋から出る事に。
「…………なんと言って、謝れば良いのかわかりませんけど……」
重たい足取りで謝罪の方法を考えつつ、階段を恐る恐る降りる私。1階まで降りてふと玄関を見てみると……ちゆり先生と沙百合さまの靴が無い事に気付きます。
……ああ良かった。もうお帰りになっていたみたいですね。
「…………良かった?一体何を考えているのですか私は……」
先生方が居ない事にホッとして。そしてホッとしてしまった自分を叱責します。……ホント、最低です……謝罪する為に部屋を出たはずなのに。それなのに……先生にもう一度厳しい事を言われなくて済んだとか、追い返した気まずさから回避出来たとか内心喜んでいる……
「私、また辛い事から逃げている……」
つい先ほど、マコ姉さまに『コマは強いね』と言って貰えた事を思い出します。……違うんですよ姉さま。私、強くなんて無い……本当は、本当は私、こんなにも―――
『―――ちゆり先生と沙百合さんでも、コマの相貌失認を回復できないのは流石にちょっと困ったね』
「……!」
リビングから姉さまの声が聞こえてきました。……ちゆり先生や沙百合さまは、姉さまたちに何と言ってお帰りになったのでしょうか?私の悪心をものの見事に見抜いていたちゆり先生。もしかしたら先生は……マコ姉さまに私の悪心を告げ口されたのでは……
不安になった私は、こっそりとリビング前まで忍び足で近づいて聞き耳を立てます。
『そう簡単に解決できる問題ってわけじゃないってこったな。ま、味覚障害と同様に地道に付き合っていく他あるまいて』
『だね。先生たちにはありがたいアドバイスを貰えたわけだし、色々と試してみるよ』
姉さまと叔母さまの会話を盗み聞く私。ありがたいアドバイス……一体先生は何を話したというのでしょうか……?
『にしてもなぁ……来月どーすっかねぇ』
『んー……残念だけどさ、流石にコマの相貌失認が回復しない事には……ここから離れられないよね……ホント残念だけど』
……本気で残念そうな声を漏らすマコ姉さま。来月?それって何の事でしょうか?
来月で思い当たる事といえば一つあるにはあります。……『母さまと一緒に暮らすか暮らさないか』―――その返事の期限だったりしますが……
「(…………待ってください。『私の相貌失認が回復しないと、ここから離れられない』と姉さまは言いましたよね……?…………ッ!ま、まさか……)」
考えに考え抜いて、一つの結論に至る私。これは……姉さまも母さまの再婚話、そして私と離れて暮らす話をご存知で…………そして、姉さまは……私と離れて暮らすことを望んでいるのでは……?
『なんだよマコ。見るからに残念そうにしやがって。お前さんそんなに来月が楽しみだったのか?』
『そりゃそうだよ!叔母さんにあんな話聞かされたら、残念がるのも無理ないっしょ!?やーっと厄介なお荷物から解放されて……念願の、念願の二人暮らしが実現できるハズだったんだしさぁ!』
『や、厄介なお荷物って……ひ、ひでぇ奴だなオイ』
「…………ッ!?」
『厄介なお荷物』『念願の二人暮らし』―――姉さまのその一言で。頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けると共に確信しました。
……やっぱり姉さまは……私と離れて暮らしたかったんだ。
「(考えてみれば……当然、ですよね……)」
4年近くも姉さまの睡眠妨害して、明るく屈託のない自己評価が最底辺の卑屈な性格へ変えるくらいとんでもないトラウマを作って。6年もの間休むことなく毎食時に好きでもない相手と無理やり口づけを交わす羽目になって。
そんなの嫌われて当然です……離れて暮らしたいと望まれて当然です……
「(もしかしたら姉さまは……ちゆり先生に私の悪心について話を聞いたのかも)」
だったら尚の事、こんな面倒くさい最低な妹と離れて暮らしたいと姉さまが願うのは至極当然。寧ろ相貌失認が治るまでは一緒に居てくれると言ってくれる姉さまは優しすぎるくらいでしょう……
「(そうか……そうだったんだ……私やっぱり、姉さまにとってのお荷物だったんだ……)」
それがわかった瞬間。私の世界は灰色になりました。…………姉さまの口から、その言葉を聞けただけで満足です。
もう、覚悟は決めました……踵を返した私は二階へと戻り、そして今度は自分の部屋へ。机から便箋を取り出すと……姉さまに自分の想いを書き連ねてゆきます。
「…………できた」
その手紙を書き終えると、もう一度一階へ。玄関に姉さま宛の手紙を置いて扉に手をかけようとして…………それでも最後に一目だけ、姉さまのお姿を見ようとリビングから顔をこっそり出した私。
「…………ぁ」
…………ですが、それも最早叶わぬ願い。私の目にはリビングにいるめい子叔母さまの顔も……最愛の、そして私の世界そのものと言っても過言ではないマコ姉さまの美しいお顔も……認識できなくなっていたのだから。
~SIDE:マコ~
「―――ちゆり先生と沙百合さんでも、コマの相貌失認を回復できないのは流石にちょっと困ったね」
相貌失認という症状を患ったコマの為にお見舞い兼出張診察に来てくれたちゆり先生と沙百合さん。そのお二人を見送った後で私……立花マコはため息交じりにそう呟いた。
「そう簡単に解決できる問題ってわけじゃないってこったな。ま、味覚障害と同様に地道に付き合っていく他あるまいて」
「だね。先生たちにはありがたいアドバイスを貰えたわけだし、色々と試してみるよ」
まあ、回復できなかったとはいえ先生にも……それから沙百合さんにもアドバイスは頂いたんだ。私なりにアプローチかけて、何とかコマの相貌失認を治してあげなきゃね。
「にしてもなぁ……来月どーすっかねぇ」
「んー……残念だけどさ、流石にコマの相貌失認が回復しない事には……ここから離れられないよね……ホント残念だけど」
ああ、ホント残念だ。それはもう思わず残念と二度言ってしまう程に。
……ん?来月一体なにがあるのかって?ああ、それはだね―――
~マコ回想中・10分前~
『で?叔母さん、さっきの暴言は聞かなかった事にしてあげるからさっさと話の続きをしてよ。来月何かあんの?』
『あー……まあ、別に大した話ってわけでも無いんだけどよ。実は来月からしばらくの間―――お前とコマにはこの家で二人暮らしをして貰おうかなって思っていたんだよ』
『ふーん。そっかそっか。私とコマの二人暮らしをして貰うと思っていたのか。ふーん…………なん、ですと?』
ちゆり先生たちの為お茶菓子の準備を再開しつつ叔母さんに話の続きを促す私。促された叔母さんは、大した話では無いと前置きしておきながらも……私にとってはとてつもなく重要な話を始めた。
『ま、ままま……待って。まってくれ叔母さん。も、もう一度言ってくれないかい?私とコマが……なんだって?』
『だからよ、お前ら二人にはしばらくこの家で二人で暮らしてもらおうと思っているんだよ。来月からアタシは取材やらサイン会やらで編集連れて日本中を飛び回って来るからよ、しばらくこの家を空ける予定なんだよ。帰って来れるのはそうさね……多分1,2ヵ月後ってところか』
『…………マジで?』
『大マジ。……まあ、これは勿論コマの失顔症の症状が落ち着いてから行くつもりだって編集にも説明しているから―――』
『いぃいいいいいいいいいいやっほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!コマと……コマとの二人っきりの生活きたぁあああああああああああああああああ!!!!!』
お茶菓子を用意する手を止め、コマが先生たちに診察されている事も忘れて思わずガッツポーズをしながら奇声を上げて喜びを表現する私。
我が世の春が、キタぁああああああああああAAAAAアアアアアアッッッ!!!!
~マコ回想終了~
―――なんて一幕がついさっきあったからこそ、当てにしていた先生方もすぐにはコマの相貌失認が治療できないと分かってお姉ちゃんちょっとガッカリ。
うぅ……これじゃあ来月も叔母さんがこの家を空けられない……つまりコマとの夢の嬉し恥ずかしドッキドキの二人暮らしもお預けって事で……
「なんだよマコ。見るからに残念そうにしやがって。お前さんそんなに来月が楽しみだったのか?」
「そりゃそうだよ!叔母さんにあんな話聞かされたら、残念がるのも無理ないっしょ!?やーっと厄介なお荷物から解放されて……念願の、念願の二人暮らしが実現できるハズだったんだしさぁ!」
「や、厄介なお荷物って……ひ、ひでぇ奴だなオイ……泣くぞ?いくらアタシでも流石に泣くぞ?」
半分涙目で叔母さんがそんなことを言う。うーん、可愛げがない人が涙目になっても誰も得しない。やっぱこういうのはコマみたいなカワイコちゃんがやるに限るわ!
「とにもかくにもコマの相貌失認がなんとかならない限りコマとのラブラブ新婚生活も始まらないよね。コマの為、そして私の為にも早くどうにかしてあげたいね」
「新婚生活っていうか、ぶっちゃけただの同棲生活だがな。……まあ、それは置いておくとして。アタシ的も早めにコマが治ってくれないと色々と困るわけだしよ。今回は全面的に協力するぞマコ」
「うん、あんがとね叔母さん」
今回は、とか言うけれど。何だかんだで私たちに対してはいつでもどこでも協力的な叔母さんに感謝する私。
さーてと。まずは何から始めるべきだろうか?叔母さんと二人で無い頭を振り絞り、コマの相貌失認に対してどういったアプローチをかけるべきか考え始めた―――その時。
ガチャ……バタンッ!
「「……ん?」」
玄関から扉が開き、次いでその扉が閉まり誰がこの家から飛び出した音が私と叔母さんの耳に届いたではないか。
「……今のは……もしかしなくても……コマ?」
「だろうな。アイツ……こんな時にどこ行きやがんだ?」
……この家に住む住民は3人。私と叔母さん、そしてコマの3人だ。ここに私と叔母さんがいる以上出ていったのは必然コマという事になるけれど……
慌てて私もリビングを飛び出して玄関へと向かう。玄関にはすでにコマの姿は無く【マコ姉さまへ】とコマの愛らしい字で書かれた手紙がちょこんと置かれてあった。
「手紙……私宛の?」
何故だか嫌な予感がしつつも、便箋を破らないように慎重に開く私。そこにはこんな事が書かれてあった。
【マコ姉さま。私、姉さまの事が大好きです。でも……いいえ。だからこそ、もう一緒にはいられません。だってこのままではこれまで以上にご迷惑をかけてしまうから。姉さまをもっと辛い目に遭わせてしまいますから。約束の来月までにはちゃんと荷物をまとめて、正式にこの家を出たいと思います。しばらくの間手続き等で姉さまや叔母さまに苦労を掛けてしまうかもしれませんが……どうかお許しください。今まで本当にありがとうございました。姉さまと過ごした日々は私にとっての宝物です。そして、本当にごめんなさい……もう二度と、姉さまに近づかないと約束します。姉さまはどうか素敵な人と……姉さまの親友の叶井さまのような素敵な人と幸せになってくださいませ。さようなら、私の大好きな、私の最愛のマコ姉さま】
「…………」
「マコどうした!なんだそれ……?まさかコマの手紙か?それに何て書いてあるんだ!?」
「…………」
「……?おい?マコ、話聞いてるのか?…………ま、マコ?」
「…………」
「……んなっ!?こ、こいつ……立ったまま気絶して……!?お、おぉい!?しっかりしろマコォ!?」
それをよんだしゅんかん、わたしの、こころが、しんだ
嗚呼、勘違い。コマって意外と人の話を最後まで聞きませんし思い込んだら一直線な子。きっとこうだと決め込んで、変に背負いこんでやらかしちゃうダメなところ……誰かさんにそっくりです。流石双子。
最近更新が今まで以上にスローペースな事と、暗い&辛い展開ばかりで申し訳ございません。もう少しです、あと少しでマコが全部何とかしてくれるはずです多分。