森と遺跡と長い手紙と その2
ところが、意外なところから助け舟が出された。
「私を助けてくれたんです」
イリス嬢だった。
「突然、この人達が押し寄せるようにして私のところに来て、それでローザのお兄さんが助けようとしてくれたんです」
「へぇ……アレスが……助ける……?」
イリス嬢の説明に首を傾げながら、ローザが胡散臭げに私を見た。
「何だその目は。俺だって妹の友人を守りたい、そういう気持ちがあるんだ。あっちゃ悪いのか」
「いやーべつにーふーん……?」
ローザは一応形の上では納得しながらも、妙に不機嫌な様子で私を見た。
何にせよ助かった。私は感謝の気持でイリス嬢を見――――
――――ぎょっとした。
イリス嬢は、口角を釣り上げ、愉快で仕方がないというような笑みを浮かべていた。普段のお淑やかで誠凛な印象な彼女からは決して想像できない、それは邪悪と形容されてしかるべき笑みである。
しかしそれは一瞬のことだったから、私の気のせいだったかもしれない。私が見ていることに気がつくと、イリス嬢は私に向かって微笑んで会釈をした。それはいつも通りの彼女だった。
ローザはちらっと冷たい目線を私に向けて、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らして、
「まあ、いいわ」
それから長い髪をなびかせながら身を翻し、小さい体で目一杯ふんぞり返って、再びその場にいる人達に向けて言葉を発した。
「先日、さる有力な情報筋から、未踏の遺跡の所在を聞いたわ。そこから遺宝を入手して帰ってきた人に私とイリスと交際する権利を与えるわ」
「なんだと!?」
ローザの発言に、にわかに場にどよめきが起こった。
前時代の遺物を残した遺跡は、現在では粗方発見されつくされている。この時代では未発見の遺宝――つまり古の文明が残したとされる超常的な力を有した道具から失われた技術を取り戻すことが唯一魔法を発展する方法である(こんなことは魔王さまはご存知でしょうけど、一応)。なので、未踏の遺跡は発見されただけで王国から多額の報奨金が下賜される。それだけではなく、発見者は優先的にその遺宝を研究する権利を与えられる。と私は以前聞いたことがあった。
「未踏の遺跡が現代に残されているなんて僕らがいきなり信じると思ったかい?」
「トラヴァーいつの間に」
いつの間にかやってきたトラヴァーが話を聞いていたらしく、疑問を呈した。
「信じられないな。証拠を見せてもらわなくちゃ! 第一、自分だけが知ってるなら何故僕達にそんな情報を与える必要があるんだ?」
「そうだ! そうだ!」
トラヴァーに同調するように、幾人かの生徒がローザに詰め寄ろうとした。
「証拠はないわ。別に信じてくれなくてもいい。私はどっちでもいいんだから……まあ、最後の質問に答えるなら、遺跡踏破のための人材が欲しいと言えば納得するかしら?」
「では遺宝の所有権はどうなる? この場合遺跡の発見者は君になるが……」
「どうせ遺物は売却するんでしょ? ならその額の3割でいいわ。あとは好きにして」
投げやりに答えたローザだったが、周囲は納得したらしく、早くもやる気を漲らせた。
「ちょっと待て! お前はともかく、イリスさんを勝手に巻き込むな。そんな遺跡踏破の褒章みたいに!」
話に置き去りにされていた私だったが、勝手に話を進めるローザの暴走を止めるべく、異を唱えた。
「私はともかくって何よ……。まあ、そうね、イリス、貴方どうするの?」
「私なら、それでいいです」
「えっ!?」
ローザの問にイリス嬢がうつむき加減にポツリとそう答えた。
ローザは聞く前から答えを予想していたかのようにとくに驚きもせず、ニヤリと笑った。
「決まりね」
腰に手をあてふんぞり返って、周囲を楽しげに睥睨する。
「さあ、美女と遺物、両方を手にするのはいったい誰かしら」