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恋の季節と邪魔者たちと 後編2/2

 私がイリス嬢のいる教室までやってきたとき、すでにそこには男どもの長蛇の列が形成されていた。私は自分の嫌な予感が的中したことを確信した。

 私は他の有象無象の男子どもをかいくぐり、なんとかイリス嬢のもとへ向かおうとした。押し合いへし合いしながら、辛うじて教室の中を覗けるところで、左右を数人の女子に守られながら、困惑した表情のイリス嬢の姿を確認した。

 女子達はイリス嬢の盾として、押し寄せる男子を必死の形相で食い止め、男子はそれを突き破ろうとしており、今は何とか均衡が保たれている状態のようだった。

 「俺達はイリスさんに交際を申し込みたいんだあー!」

 「きゃああっ!!」

 だが、その均衡も崩れ去ろうとしていた。数名の男子が気迫とともに、イリス嬢を守る女子の防壁に体当たりをかまし、数人の女子が尻もちをついた。

 その危機的状況の中で、イリス嬢を守らねばという使命感が突如私の中に燃え出した。

 「お前ら、女性に対してその態度はなんだ!」

 私が怒りに駆られて目の前の今にも教室に突進しそうな男子を掴もうとしたときだった。


 「あ! アレス・ヤーブラカがいるぞ!」


 廊下からそう怒声が聞こえたかと思うと、私の元へ数人の男子が集まり、私を取り囲んだ。それは先程私を取り囲んだ男たちであった。

 「さあ、アレス・ヤーブラカ! 我々とお前の妹をかけて戦えっ!」

 「うおおいっ!」

 集団の中でも一際体格の大きい男が私を両手で持ち上げてそう言った。宙に持ち上げられながら私は混乱した。こいつらはいったい何を言っているのか。それより、こうしている間にイリス嬢が襲われているんじゃないか、私は不安な気持ちで複数の男たちに胴上げのような形で宙に浮かされながら教室を見た。防壁はついに崩れようとしていた。しかし私はそこへ駆けつけることができないままだった。

 「きゃあっ!」

 最後の女子が尻もちをつき、雪崩のように男たちがイリス嬢のもとに駆け込もうとし、

 

 「爆ぜろ林檎っ!」

 

 突如轟音が鳴り響き、教室に侵入しようとしていた男子達が吹き飛んだ。

 「ぬああっ!?」

 爆風にあおられ、私を担いでいた男子たちが体勢を崩し私は無様に落下した。

 破砕された石材が煙を立てる中現れたのは一人の小柄な少女だった。

 「ローザ・ヤーブラカ……」

 先程と打って変わって静寂で満たされながら、誰かがポツリと呟いた。

 長い黒髪を頭の両脇で結び、悪漢もかくやという仁王立ちを見せるその少女こそは、我が愚妹だった。

 今やこの場にいる全ての人間が、校内の中で派手な魔法を平気で放ちながら現れた妹を見つめていた。ローザは細い眉を寄せながら、呆れたように言った。

 「まったく、なんの騒ぎよ。これは……」

 お前がそれを言うのか、という空気がこの場を満たした。ローザはその空気を気にする様子もなく、教室の方へ歩いて行き、

 「あら、あんたこんなとこで何してんのよ」

 仰向けで倒れている私を見つけて、嫌そうな顔をした。

 「遊んでいるように見えるか」

 「見えるわ」

 どんな遊びだよ。試験の後に胴上げされて床に叩き落とされる遊びが古今東西にあるというのなら、その資料を持ってこい。そうしたらもう一度実践してやったっていいぞ。私は落とされた時に強打した尻をさすりながら、起き上がった。

 「色々言いたいことはある。しかし、今聞きたいのは――」

 私は怯えたようにして縮こまる、私を担いでいた男子たちを指差し、

 「あいつらは何だ?」

 ローザは私の指差す方へ視線を向けて、怪訝な表情を浮かべ、それから思い出したとばかりに頭を掻いた。

 「何か近頃やたらと男が寄ってくるから面倒になって……」

 ローザはバツが悪そうな顔で、私に手を合わせた。

 「私の家では兄を殺したものが婿になる決まりとか言ったんだけど」

 どんな仕来りだよ。どこの民族が求婚に兄の死を求めるというのだ。古今東西にそんな仕来りがあるというのなら、教えてくれ。そうしたら世界中の兄を私が殺して回ってやる。

 「お前ら、本当にこんなのが良いのか。馬鹿だぞ。馬鹿の俺が手に負えないくらいの大馬鹿者だぞ。みてくれだけだぞ、こんなのは」

 私は、妹の前で恐縮する男どもにそう言った。が、

 「見た目よければ全て良し!」

 凄く良い笑顔でそう返された。

 「馬鹿ばっかだよこの学校は!」


 「それでこれは?」

 ローザは教室の前で煙を上げながら倒れる男子たちを指さして聞いた。

 「突然私のところに集まってしまって……助かったわ、ローザ」

 イリス嬢がその可憐な美貌に困惑の表情を浮かべて、ローザにそう言った。

 「あー……イリスもか。モテすぎるのも困るわね、お互い」

 困っているのは私だった。妹の厄介事を一身に引き受けているのは私だった。

 「そんな睨まなくてもいいじゃない。悪かったわよ……。待ってなさい、今何か解決策の予感が……あっ!」

 ローザはポンと手を打って、笑顔を浮かべた。

 「じゃあ、こうしましょう! 平和的な方法で競い合えばいいじゃない。題して……」

 妹の笑顔を見て、今まで生きてきた経験則から、私は嫌な予感に打ち震えた。


 「卒業間際の美女争奪戦! これで行きましょう!」


 こうして、妹主催による大規模な厄介事が、私を苛むことが確定したのでした。

 傍若無人、思うがままなすがまま、こんな妹の性質は勇者の娘というよりも、魔王の卵のように私には感じてならない。

 ああ、こんな目にあったのならば、せめてイリス嬢と幸せに幸せになりたいものです。

 

 アレス・ヤーブラカ


 かつて世界を滅ぼしかけた貴方様へ

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