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恋の季節と邪魔者たちと 前編

 拝啓

 この頃は外套を着て歩いていると汗をかくような暖かい日もあり、私に春の訪れを否応なしに予感させます。

 冬の寒さが厳しい頃などは、春よこい、早くこいと念じていたものですが、今となっては入学試験を無事に乗りきれるかが心配です。

 魔王さまは如何お過ごしでしょうか。魔界には季節というものがあるのでしょうか。

 「人面花が咲き誇り、どこからともなく部屋の中に殺人毒虫がやってくる季節になってしまった」

 などと仰られても、私には季節感がまったく想像できません。

 パンツをお返しいただきありがとうございます。

 破れていた股が完璧に繕われていたので大変驚きました。執事の方には是非私からのお礼をお伝えお願いします。

 ところで無地だったパンツの全面に大きく描かれたこの不気味な人面はなんですか。ちょうどあれのあたる位置に口が有るのはなぜですか。

 私はこの時折「あはは」と笑い声をあげる下着をどうすればいいのですか。わかりません。途方に暮れています。

 このパンツは人類にはまだ早いので、大量生産は踏みとどまれたほうが懸命でしょう。

 私はといえば本日卒業試験が終わりました。

 内心ビクビクしておりましたが、一応勉強したかいあり、難なく卒業することができそうです。

 ここで魔王さまは、「おや?」と思われるかもしれない。たしかに私は、以前手紙で、

 「開き直って勉強などしない」

 と申しました。もちろんそのつもりでいたのですが、あるとき妹の部屋を覗くと一心不乱に妹が机にむかって勉強している。

 「何をそんなに勉強している」

 と、私が聞けば

 「卒業試験よ! あんたやんなくていいの!?」

 なんて生意気に返す始末。

 私は自分でやらない、と決めたことはたとえこの身が焼かれようともやらないつもりですが、例えば教師に、

 「お前はほぼ落ちる。卒業は絶望的」

 など言われ、同級生からは、

 「入学した時からお前とは同じ卒業式に立てないことはわかっていた」

 と言われようとも、動じるつもりはさらさらありませんでしたが、あの妹が、魔法高校で私と頭の悪さで競い合ってきた妹が勉強しているのを見て、私は初めて危機感を覚えました。

 それからと言うもの、私は昼夜を問わず勉強しました。

 「これで卒業できなければ、卒業させない学校が間違っている」

 というくらい勉強しました。


 試験が終わって、今更ながら、

 「ああ、もうここも卒業するのだな」

 という実感が湧き、なんとも言えない寂しさが胸に去来しました。

 その寂しさは、あるいはその後悔にも似た寂しさは、どこからかやってきて、まるで部屋で一人でいるときに時折訪れる静寂のように、私の心の落ち着きを乱した。

 私の脳裏に、一人の女声の姿が浮かびました。また、その人のことを思い浮かべずにはいられませんでした。

 それは妹の友人で、名前をイリス・ヴィノグラードという可憐な女性です。

 イリス嬢を初めて見たのは、春神祭の菓子を作るというので妹が彼女を我が家に連れてきたときでした。

 小柄で粗雑な妹とは対照的に、すらりと背が高く、可憐で、ああ、こんな可愛い人類が存在したとはなあ、と感動したものです。その絹のようななめらかな光沢を放つ金色の髪を、ああ、触ってみたい、あの恐ろしく大きく優しげな光を湛えたまなこにじっと見つめられていたいなどと思ったものです。

 私はそれ以来、イリス嬢が私のお嫁さんに欲しいというこの気持を、伝えることのできないまま、今に至るわけです。


 しかし、今ならば。

 しかし今、この卒業を控え、皆が3年間の思い出に感傷的になっている今ならば、思いを伝えるのに最高の機会なのではないか。

 もしかして今だったら、良き返事をいただけるんじゃなかろうか。

 そう思うといてもたってもいられず、私は、イリス嬢に思いの丈をぶつけようと、彼女にもとに行くことに決めました。


 ところが、私が眠さのあまり朦朧とする意識でふらふらと教室を出ようとすると、待ち構えていたように多数の男子生徒が私に押せ寄せてくるではありませんか。

 「なんのようだ」

 私は憮然として言いました。

 男児生徒たちは顔を見合わせ、それから

 「俺達は、お前の妹に交際を申し込みたいものである!」

 と声高に叫びました。

 いったい何が起こったのか。確かに妹は見た目だけは愛らしい。だから、普段から言い寄る男もないではなかったが、妹の本性を知っているものの大半は、妹に恋愛感情を持つはずがなかったのではないか。これはどうしたことか。


 そのとき、私の脳に雷撃魔法が撃ち込まれたような衝撃が走りました。それはある一つの可能性を私に示唆していました。

 ひょっとして、今が思いを伝えるのにはちょうどいいと思ったのは自分一人だけではないんじゃないか。

 ひょっとして、今、私がここでこいつらに行く手を阻まれている間にも、イリス嬢は誰かに言い寄られているんじゃないか……。

 私は目の前に並ぶ男たちの不敵な笑みを前に、冷や汗を流しました。

 

 イリス嬢が危ない!


 この話は途中ですが、ちょっと長くなりそうなので、次週に続きます。

 今はただ眠いので今日はここまで。

 寝ます。それでは。

 

 アレス・ヤーブラカ


 かつて世界を滅ぼしかけた貴方様へ

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