理解できぬ妹と熊と
拝啓
何度言われようとも、母の下着は売りません。妹の下着もです。
魔王さまのその異常なるパンツへの執着は何なのですか。私は怖くなった。
この度は私のパンツで我慢していただくよりしょうがないのでこの手紙に同封します。
10年後にあるいは、私が何らかの形で名を馳せたなら、骨董的価値が付与されるやもしれませぬ。
一笑に付して捨ててはなりませんよ。こんな世の中予想外のものが周りで評価されるなんてままあることです。
予想外といえば、私にとって常に予想を超えてくる存在、それが妹です。
私の双子の妹として生を受けた妹が、どうして事あるごとに私の思いに反した行動をするのか、これは男女の考えの差なのかと真剣に思い悩んだ時期もやはりありましたが、どうやら結局は我が愚妹が特別に思いもよらぬ生き物だと結論せざるを得ませんでした。
例えば6歳の頃、私が目を覚ますとベッドに自分以外の何かがいました。恐る恐る目を開けると、毛むくじゃらの、つぶらな瞳をしたものがじっと自分を見ていました。毛むくじゃらの、つぶらな瞳の……、ぬいぐるみではありません。生物特有の脈動と、ぬくもりがあり、その生き物の鼻息が私の顔に吹きかかった。
なんだこれは……、と思いました。それはどうみても熊に見えました。あのこの町の冒険者を幾人も屠ってきたと恐れられる、森林魔爪熊でした。
私はたまらず「ぎゃー」と叫び、その叫び声を聞きつけた婆やが、私と、私のベッドに横たわるまだ幼いとはいえ巨大な森林魔爪熊の姿を見て、卒倒しました。そのときの婆やの驚く顔と、ひっくり返った際に捲れ上がったスカートとか足とか下着とかを未だに私は夢に見ます。
それからまもなく母が来て、さすがに元勇者、危なげなく魔爪小熊と私を引き剥がし、事なきを得ました。
母は外で遊んでいたらしい妹の首根っこを捕まえて来ると、妹に事情を話させました。
「落ちてたから拾った!」
妹は泥だらけの顔に満面の笑みを浮かべ、母はその頭をその時持っていた金ダライで思い切り叩きました。
どうして魔物を拾ってくるのか、そしてそれを私のベッドに放り込むのか、未だに理解に苦しむところではありますが、その時の評判から「この娘は将来とんでもない大物になる」と妹を知るものはもっぱら噂しています。
世の中予想外のことが評価されていくものですね。
その熊はその後、「ヴィーシュニャ」と名付けられ家で飼われることになり、幼き妹とその後も相当の悪事を働きましたが、それはいずれ。
来週は卒業試験です。
アレス・ヤーブラカ
かつて世界を滅ぼしかけた貴方様へ