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天使と不穏な空気




 松島は使える。それがあたしの判断だった。

 小心者ではありそうだが、なかなかタフな面も見え隠れする。あの人畜無害そうな外見では周囲も油断するだろう。校内のことをちょこちょこと探るにはもってこいの人材。いい『友人』を得たことにあたしは満足感を覚えていた。


 嬉しいことは思わぬ収穫だけではない。今日は金曜日、朝寝坊ができる明日を思い、ふんふんと鼻歌まじりに廊下を歩いていく。

 美月様の下駄箱とロッカーチェック、ついでに生徒会ファンからの嫌がらせはないか、といった確認を終えたところだ。

 いつもならもう帰れるのだが、今日はなぜかまだ美月様が昇降口から出てこなかった。

 まさかまた何かあったのか、と電話をかけてみれば、美月様はすぐに出てあっさりと「教室にいるよ!」とおっしゃった。加えて「アキラも来て! お話があるの」と楽しげなご様子だ。

 だから安心してゆうゆうと一年A組にむかっているのだが、何もしていないというのにあたしに向けられる視線はとげとげしく警戒心に満ちている。

 そんなに見られるとサービスしたくなってウズウズしてしまうではないか。あたしはポーチから棒付き飴を取り出し、口に含んだ。

 歩きながら物を食べる、という行為に拒否反応を起こす生徒たちは一斉に眉をひそめる。飴が舐めたかったわけじゃないけど、そのひきつった顔見たさに棒付き飴を所持しているあたしも大概だ。


 違和感を感じたのは、一年の教室が並ぶ廊下についてからだ。

 何やら騒がしく、特にA組廊下前は他の学年を含む生徒たちが群れをなしている。

 そしてその群れから少し離れた所に、一人ぽつんと立っている上都賀さんがいた。鞄を手にうつむいたまま、動かない。

「あれ、綾乃たん、どしたの」

「話しかけないでよ。そんなふうに呼ばないで」

 あたしに気付くと、上都賀さんはぱっと顔をそむけた。それはいつものことだが、寂しげだった彼女にいたずら心よりも不信感がわいた。

「上都賀さん。なんで姉さんといないの? 姉さんはまだ中?」

「……美月ちゃんは、また生徒会の方々に捕まってる。下駄箱に向かおうとしてた生徒たちが生徒会に気づいちゃって、あんな騒ぎになってるのよ」


 あたしはぐっと眉根に力を込めた。油断していた。生徒会連中はたいてい放課後は仕事に追われる。それを潰してまでくるとは思っていなかった。

 上都賀さんはとても賢い。生徒会と不用意に接触する危険性がわかっているのだろう、だからここで一人待っているのだ。先に帰らないのは美月様を案じてのこと。捕まっている、という言い方からも、彼女が生徒会心棒者でないことがうかがえる。

「ありがと、ちょっと待っててね。すぐに姉さん連れてくるから」

「え」

 あたしは上都賀さんに言い残し、大股でひとごみを突っ切っていった。




「すごい、まるで絵みたいに麗しいわ!」

「会長があんなに優しく笑うなんて」

「ところであの女の子誰だ? すごくかわいい」

「知らないの、一年の白河さんよ。悔しいけど生徒会の方々に負けてないわ」

「あの子が白河の天使って噂の子か!」

「見劣りしない? 副会長のほうがよほどステキだけど」

「必要な距離感が見えてないのね。ちょっと調子にのってるんじゃない?」

「生徒会の方々のお邪魔はしないっていうのが鉄則なのに」


 きゃーきゃーうるさい悲鳴混じりの不穏な会話を聞きながら、あたしはスマートフォンのカメラを向けるバカな生徒を押しのけて教室に入り込む。案の定そこには美月様の机を取り囲む無駄に華やかな連中の姿があった。


「ね~え~さ~んっ。あれ、やっだ~! 生徒会の皆さままでいるぅ! 超ラッキー! もしかしてあたしのこと待っててくださったんですかァ? 生徒会入りのことで!?」

 あたしは飴の棒をぎりりと噛みしめたあと、甲高い声で自分の存在をアピールした。するとさああっと視線が移り、美月様へ不満をもらしていた連中の攻撃目標があたしに変わる。


「うわっ、白河の悪魔の方だ!」

「何あれ、勘違いはなはだしいわ」

「あの麗しい空間に入っていけるって、空気読めなさすぎ」

「最悪。目が汚れる」


 どうとでも言うがいい。あたしは困り切っているであろう美月様をさっさと生徒会から引き離さねば……。

「アキラ、やっと来た!」

 あれ?

 美月様はにこにことご機嫌だ。そして勝ち誇るような腹の立つ顔をしている雨宮、初瀬。池ノ内は美月様と何かを覗き込んでおり、雀野は少し離れたところで腕を組んで座っている。

 まさか、もう言いくるめられてしまったのか?

「姉さん、落ち着いて。生徒会入りはまだ早いよ。考え直した方が……」

「その話じゃないわ」

 ばっさりと遮った雨宮は、ゆっくりと足を組みかえる。形のいいふくらはぎに、廊下側の男子生徒のざわめきが大きくなった。

 雨宮はそれさえ気にならない様子でにっこりとほほ笑んだ。

「今はただ純粋に、一緒に遊びに出かける予定を立てているの」

「え?」

 あたしが聞き返すと、美月様は喜色満面に答えてくれた。

「土曜日に行くことになったの!」

「どこへ?」

「もー、決まってるでしょ! 大道芸だよ~」

「え」

 そういえばそんなことを聞いた覚えはある。しかし、それは……。

「それ、上都賀さんと行くんじゃなかったの?」

「わたしが行くって話をしたら、偶然先輩達も行く予定だったんだって! ほら、コレ!」


 美月様はあたしに派手な黄色と赤のチラシを差し出した。そこには大道芸フェスティバルとポップな文字が踊り、明日の土曜日に特別ステージがあることを宣伝していた。

「こういうの見たことなくてさー。一緒に遊ぶだけなんだからアンタも文句言わないよね?」

 猫のようににんまりと笑う初瀬に「かわいい!」という悲鳴が上がっているが、どこがかわいいものか。憎たらしい。

「俺も見たことない。なんかこいつらが行こうってうるさいんだよ」

 はは、と白い歯を見せる池ノ内に、美月様は笑顔をより輝かせる。

「みんなで見に行けばきっと楽しいよ! 綾乃ちゃんにはわたしから話すね」

「姉さん……」


 騙されちゃダメだ、これはこいつらの作戦だ。

こいつらの目的は『美月様を独占するために生徒会に入れて側に置き、より親しくなっていく』こと。

 生徒会入りは断られたが、個人的に仲良くなることに美月様は抵抗を示さない。さらに美月様はお優しいから親しい友人の頼みとあらば断れなくなる。つまり『美月様と親しくなってから、生徒会に入れて独占する』と目的の順序を入れ替えただけで、まったく諦めていないのだ。


「上都賀さんもいきなり先輩方が参加するってなったら気まずいんじゃない?」

「わたしたちは美月ちゃんのお友達と御一緒させてもらうことに異存はないわ。お邪魔させてもらうんだもの、一番いい席を用意するわ」

「先輩たちと仲良くなれる機会ってあまりないから、きっと綾乃ちゃんもいいって言ってくれるよ。わたしが間に立つから!」

 むん、と胸を張る美月様。

 みんな仲よく、とモットーにしている美月様に、あたしは何も言えない。くそう、雨宮も初瀬も、イヤなところを突いてきた。

「……はァ」

 大きく息を吐き出す。これは負けた。

「先輩方、これはあくまで個人的なお付き合い。生徒会入りの勧誘は一切なし。そういう理解でいいワケ?」

 勝者の余裕か、雨宮は鷹揚に頷いた。

「会長も、いいですね?」

「ん……」

 それまで静かだった雀野が、今気がついた、というようにこちらを見た。夢から覚めた王子、といいたくなるような、呆けた顔も様になる男だ。

「ああ、約束しよう。それに僕は行かないからね」

「え、行かないの?」

 これを計画したのはてっきりこいつだと思ったのに。

 驚いたあたしに、雀野は一瞬でいつもの穏やかな笑みを張り付けた。

「残念だけど用事があってね。でも今度は僕とも出かけてくれるかな、白河さん」

「えェ~、そうなんですか……。わたしも残念です。絶対にお誘いしますね!」

「ありがとう」

 張り付いた笑みが、美月様に向けられるときはゆるりと溶けだす。糖度がぐんと上がるのだ。しかしなぜかこの時は、雀野はひやりとするような鋭い物言いをした。


「だがそれとは別に、真剣に生徒会のことを考えてほしい。急ぎ、いい返事がほしいんだ」

 もう時間がない。

 小さいつぶやきだったが、あたしの耳にはなぜかそれが妙なはっきりした音を持って届いた。嫌な予感がした。

 あたしはこれ以上この場にとどまることをよしとせず、美月様をうながした。

「とにかく! 姉さん、今日はもう帰ろ。廊下で上都賀さん待ってたよ」

「えっ、ホント!?」

 あたしはすすすっと雨宮に近づき、小声で言った。

「時間などの詳しい話はまた後で。でないと聞き耳立ててるアイツラが、当日に偶然を装ってわんさか湧き出てきますよ」

「……そうね」

 教室の前できゃあきゃあ騒ぐ生徒たちをちらりと見ながら、雨宮は同意した。美月様も鞄を手に立ちあがる。

「すみません、先輩! わたし、そろそろ……」

「こちらこそ引きとめてしまってごめんなさいね」

「またね! 美月ちゃん!」

「じゃーなー、白河、アキラ」

「はい、また明日!」


 本当にやれやれだ。

 あたしは美月様の背中を押しながらまた息を吐く。

 上都賀さんのかなしげな顔が頭をよぎった。




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