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天使の花束、悪魔の花束




「よかった。アキラがやる気になってくれて」

 美月様は紅茶のカップを手にほっと表情をゆるめた。

「いっしょに頑張ろうね」

「うん、パソコンも事務処理もできないけど、やれることやるよ!」

 握りこぶしを突き出して見せたが、心の中でしっかり付け加える。でもやれることがないんだから仕方ないよね。意気込みも言うだけは簡単、それで美月様の気持ちがほぐれるならたやすいことだ。

「先輩たちも助けてくださいネっ!」

 あからさまに「いやです」と言いたげな雨宮だが、美月様の喜びに水を差すようなまねは控えてくれている。やれやれ、来週からが怖い。


「あ、そうだ! 見習いの主張とかやる気とかはどーでもいいよ、オレいいもの持ってきたんだ」

 実際どうでもいいが、人から言われると複雑だ。そんなあたしの気持ちなど無視し、初瀬は楽しそうに薄い冊子を取り出した。

「この前大道芸見に行ったときの写真! 現像して持ってきたんだ」

「おっ、どれどれ」

 身を乗り出した池ノ内につられ、あたしも初瀬の手元に控えめに首を伸ばす。

 さすがカメラマン初瀬、見事な演技をみせる芸人ではなく、美月様のはしゃいでいる姿、驚いている瞬間、満面の笑み、ベストショットがいくつも並んでいた。隣に写る雨宮は明らかに芸人のパフォーマンスではなく美月様へと熱視線を注いでいる。そして当然のように池ノ内の姿は見切れていた。

「よく撮れてるじゃない。ねえ初瀬くん、私もほしいわ」

「そう言うと思ってちゃんと焼き増ししときましたよ」

「おい要、お前へただな! 俺がまともに写ってるのひとつもないぞ」

「もとから撮ってないよ、当たり前だろ」

「なんだよー、もー」


 池ノ内のふくれっ面に笑った美月様は、細い指を一枚の写真に添えた。

「楽しかったですよね! 私、このときもらった花束、部屋に飾ってるんです」

「ええ? まだ枯れてないの?」

 もう一か月近く前のことなのに、とあたしが驚いて聞き返すと、美月様はきゃらきゃらと笑い声をあげた。

「やだ、アキラ! あれは造花だよ。枯れないよ」

「ああ、なんだ、そうか」

 バカだな、と呆れた視線が二対ほど突き刺さるが気にしない。だって偽物って知らなかったんだもん。あたしは再び写真を眺めた。


 埋もれてしまいそうなほど大きな花束を受け取った美月様と、その前にひざまずく道化。これから物語でも始まりそうな、幻想的な絵姿だった。

 時間をかけて写真を見ていた雀野は、ようやく顔をあげて言った。

「ずいぶん楽しかったんだね」

「とっても感動しました! 雀野先輩と一緒に見たかった」

 率直な美月様に、雀野は照れたように笑った。


 そういえば、雀野はいったい何をしていたのだろう。

 あたしはあの大道芸フェスティバルの日に会場で雀野を目撃している。あの時の雀野の様子はとてもじゃないがお祭りを楽しんでいるふうではなかった。

 いったい何の目的があったのか――――――。


「俺にも写真を見せてくれ」

「はい、どうぞ! 今度は篤仁先輩も雀野先輩もみんなそろって出かけたいですね」

 鷹津の差し出した手に、美月様はさっとアルバムを渡した。その隙に、と初瀬が美月様との距離をつめる。

「みんなでっていうのもいいけど、オレとしては美月ちゃんと二人でデートしてみたいなぁ」

「えっ」

 初瀬はキラキラと無駄に輝き放つキメ顔で戸惑う美月様を見つめている。

 はい、初瀬アウト!

 あたしは素早く二人の間に割り込んだ。

「デートだったらあたしとしません? ちょうど行きたいところあってー」

「見習い補佐補佐は黙っててよ!」

 とたんに不機嫌になる初瀬だったが、

「初瀬くん? そういった件なら私も黙ってないわよ」

と斬りつけた雨宮の冷ややかな殺気に、彼は小さく身を縮めた。


 鷹津は一通りページをめくると、美月様ににこりと微笑んだ。

「実に楽しそうだ。何か機会があればぜひ俺も参加したいね」

「はい、ぜひ! み、みんなで行きましょうね」

 ぽっと頬を染める美月様は愛らしい。鷹津まで妙なことを言い出したらどうしてくれよう、と思ったが、美月様が先手を打ってくれるとは。それが恥ずかしさと期待の裏返しではないと祈ろう。

「ところで、アキラが写っていないな」

「ああ、見習いは別の場所にいたんですよ」

 いたとしても撮らないけど、と余計なことを加えながら初瀬は説明した。

「どうだ、楽しかったか?」

「え? ああ、まあ楽しめたけど。ね、辰巳」

 不意に話をふられ、あたしは辰巳を振り返ることで鷹津の視線から逃れた。

「そうだ、辰巳さんもアキラと見てたんだよね! どうだった?」

「はい、思いがけず楽しい体験をさせていただきました」

 美月様にそう返す辰巳の石のような瞳に、一瞬だけ奇妙な色が映った。きっとこの部屋で気づいたのはあたしだけだ。


 どうしたのか、とこっそり問う前に、鷹津があたしをまた呼んだ。

「アキラは何かもらわなかったのか」

「もらう?」

「美月さんは花束を受け取っているんだろう」

「ああ、そういうこと。あたしは残念ながら何も」

「ほお?」

 鷹津は足を組み換え、その膝に肘を置いて顎を支えた。どこかおもしろがっているようだ。

「パフォーマーの目には留まらなかった、ということか」

「まぁ舞台映えって点じゃ姉さんには負けるかなぁ。それにあたしがいたのはお店の二階のテラスだし……。って、あ」


 ふと脳裏によみがえったのは宙を舞った小さめの花束。


「思い出した。あたしも花をもらったんだ」

 たしかアレは造花ではなく生花だった。だからさっきの美月様の言葉に違和感を覚えたのだ。

「そうなの!? 気づかなかったよ」

「うん、姉さんに最初フェイントかけたヤツ。ちょうどあたしのトコに落ちてきたんだよ」

「よかったね! ラッキーだね、アキラ!」

 自分のことのようにはしゃぐ美月様。自分はもっと大きなものをもらっているはずなのに、こうして一緒に喜んでくれるのはなんだかうれしい。

「そのお花どうしたの? アキラも飾ってるの?」

「ううん、あげちゃった」

 あたしは軽く笑って首を振る。


「……あげただと?」


 激情をおさえつけるような低い声に、背筋がぞくっと震えた。それはその場にいた全員が感じ取ったようで、一様にぎこちなく首を動かして声の主へと目を向ける。

「……あ、篤仁先輩?」

 さすがの美月様も鷹津のただならぬ態度に驚いたのか、小さな声で呼びかけた。すごいよ美月様、誰も動けないこの状況下で勇者すぎる!

 こく、とのどが動く。

 そして次の瞬間。


「なんだ、せっかくもらったものをあげてしまったのか。誰にだ?」

 あれ? 今何が起こったの? 

 そう言いたくなるくらい、鷹津はころりと明るい笑顔を見せた。

 雨宮も初瀬も池ノ内も、昼間の幽霊を見たような顔で目をぱちぱちとしばたいている。

「アキラ? 誰にあげたんだ」

「見物場所を借りていたお店の方にお礼として差し上げました」

「た、辰巳?」

 繰り返された問いかけに、あたしの代わりに辰巳が返事をした。珍しい、こういう場で辰巳がでしゃばるなんて。

 辰巳はぶしつけなほどまっすぐに鷹津を見据えていた。

 それでも固まっていたあたしには救いの手に違いない。

「えーと、そう。お店のおばちゃんにあげた」

「そうか。アキラは花より団子か」

「え~、あたしだって花くらい愛でますよお~!!」

「へえ? 本当かな、美月さん」

「ふふっ、アキラってば。お部屋にお花なんて飾ったこともないじゃない」

「やだ、姉さん、しーっ」


 あたしは無理にテンションをあげ、おおげさなリアクションをしてみせた。そうでないとまたあの重圧感が襲ってきそうで怖かった。うまいこと姉さんがのってくれてよかった。すると雨宮も初瀬も、「見た目通りね」「見習いなんかに花がわかってたまるか」と便乗してくれる。

「も~、みんなしてひど~い。なんとか言ってやってくださいよ雀野先輩……。雀野先輩?」


 あたしが雀野を見やると、彼は身をかがめてぶるぶると震えていた。まるで発作かひきつけでも起こしたかのようだ。

「雀野先輩!? 大丈夫ですか!?」

 美月様がすかさず駆け寄り肩に手を添えようとすると、雀野は震える手でそれを断った。

「あ、ああ、大丈夫だよ」

「でも顔も赤くなってるし、辛そうです! 具合悪いんですか」

「いや、そんなことは……」

 美月様の言うとおり雀野は白皙の貌を赤くして、唇をかみしめている。これで元気だというほうが間違っている。

「どうしたミツ。何かあったのか」

「ああ、篤仁。何もないよ。何も」

 雀野はぐっと両手で額をおさえると、ふっきるようにして顔を上げた。すると幾分顔色は戻り、震えもおさまっている。

「ごめんね、もう大丈夫だから」

「本当ですか?」

「うん。そうだ白河さん、よかったらその花束見せてくれないか。あれだけ大きなものだと本物はさぞ見栄えするだろう」

「あ、俺も見たい。なんなら活けなおしてあげるよ」

 初瀬はぱっと手を挙げた。

「おお、さすが華道家元の息子。造花でもできるのか?」

 池ノ内のからかいまじりの賞賛に、初瀬は自信満々に言った。

「生花が一番に決まってるけど、形整えるくらいなら問題ないよ」

「わあっ、初瀬先輩にやってもらえるなんて嬉しい! すぐ持ってきます。雀野先輩、また気分が悪くなったらすぐに言ってくださいね」

「ありがとう」

 美月様は雀野に念を押すと、三船さんを連れてパタパタと自室に向かった。それを見送る彼の笑みのなんと甘いことか! 砂糖吐きそう。

 それをとがめるわけではないだろうが、雨宮は雀野の視線を美月様からそらさせる。

「ねえ雀野くん、本当に平気なの?」

「ちょっとむせただけだよ」

「ならいいけど」

 雀野は心配する雨宮にも同じことしか言わない。

 鷹津といい雀野といい、何があったというのか。




 その後、ちゃらけた初瀬の意外な真剣な横顔を拝見しつつ華道の腕前を披露してもらったり、カードゲームをしたりと和やかに時間は過ぎていった。あれから鷹津も雀野も特に変わったところはない。

 美月様はしかたないとしても、池ノ内がやたらとあたしを同席させたがったのが一番厄介だった。昼食まで一緒にとることになり、あたしは気が気でなくてろくに手を付けることができなかった。

 白河家のもてなしを満喫した彼らは、食後のお茶を優雅に楽しむとようやく帰宅の途についた。

 長かった。本当に長かった。

 たった数時間ぶりだというのに、この離れが懐かしい。

 あたしは玄関口まで見送った美月様と別れると、作り笑いでひきつる顔をほぐしながら一目散に離れに逃げ帰った。

 畳の上に勢いよく寝転がる。

「あ~、疲れた!!」

「お疲れ様でした、アキラ様」

「辰巳~!! ホントに疲れた! おなかすいた!」

 ここに戻ってきてからようやく緊張が解けたのか、あたしのおなかはくう、と鳴く。

 辰巳も鉄仮面をはずして数ミリだけ口角をあげた。

「早めですがお茶にしましょう。今度はゆっくりいただきましょうね」

「うん、食べる」

「アキラ様のお好きな豆乳の用意はございませんが……」

「あ、拗ねてる」

 あたしは寝転がったまま、すぐそばに正座した辰巳の膝に顎をのせた。

「あたしの好みは辰巳が誰より知ってるはずでしょ」

「ええ、もちろんです。ですから少しばかり驚いております」

「学校でよく飲んでるってだけだよ」

「……今日は葛餅をご用意しました。それと、ちょっとだけいただいたケーキを切りましょうか。お昼はあまり入らなかったようですから」

 葛餅!!

 現金なもので、あたしは自分の目がきらっと輝いているのを自覚していた。

「さっすが辰巳! やっぱり一番よくわかってる!」

 あたしの幸せな土曜日がようやく始まろうとしていた。




 あたしが辰巳と二人だけの心安らぐお茶会を開いていると、ブブブブブ、と何かの振動音が不意に鳴った。

「ん? 何?」

「アキラ様のスマートフォンのようです」

 辰巳が長い手を伸ばして鏡台の上にあったあたしのスマートフォンをとってくれる。

 まさか敬吾さんからか、と身構えたが、画面にでているのは知らない番号だった。

「誰だろう。登録してない電話番号からなんかかかってきたことないのに」

 あたしのスマートフォンには鳳雛学園の生徒たちの個人情報はびっしり入っているが、アドレス帳自体は悲しいほど件数が少ない。基本的には敬吾さんや辰巳としか使わない業務用だ。あたしのスマートフォンは休日になるとパタリと動かなくなるはずなのだが。

「ですが岩土さんも出先ですし、別の電話からかけている可能性も……」

 たしかに、敬吾さんだった場合、無視した後が怖い。

 あたしは仕方なく電話をとる。

「もしもし」

 とりあえず名前を告げずに無難にあいさつすると、電話口の向こうから破裂音が聞こえてきた。


『ぷっ! ふ、く、くふふふふふ!』


「………変態」

 あたしは耳に近づけていたスマートフォンを取り落した。それを辰巳がすぐさま拾い上げる。異様な声は辰巳の耳にも届いていたようだ。

「二度とかけるな、次はない」

 ドスを利かせて低く咆えた辰巳は、握りつぶす勢いで通話を切ろうとした。が、しかし。

『ああっ、すみません、切らないでください! 雀野と申します!』

「はあ? 雀野?」

 スピーカーから漏れ聞こえる小さな声は、確かに雀野のものだった。

 あたしは警戒態勢の辰巳をなだめつつスマートフォンを再び耳にあてた。

「雀野先輩? 本物?」

『そうだ、すまない! たえられなくて、つい笑ってしまったんだ。もう、ほんとに、君ってなんて、おもしろ、ぷっ、あっはははははは!!』

「……もしもーし」

 なんのスイッチが入ったのか、雀野は大爆笑中だ。確かにレアだろうが、こんなのを聞かせたいがためにわざわざ電話してきたのか?

「用がないなら切るけど」

『や、用ならあるんだ! 伝えておきたくて……ひィ、ちょっと待って』

 雀野は息も絶え絶えに深呼吸を繰り返した。

『ああ、落ち着いてきた』

「そりゃよかった」

 しかしこっちは良くない。辰巳は若干据わった目で、スマートフォンを指さしている。今すぐ切れ、と言っているのだ。

「先輩の変態チックな電話のせいで、あたしの世話役が不審がってるんだわ。スピーカーに切り替えて聞かせてもいい?」

『構わないよ。辰巳さんといったね? 彼にも聞いておいてほしいからちょうどいい』

 スマートフォンを座卓の中央にのせると、辰巳はじっとそれを睨み付けた。とりあえず口をはさむつもりはないようだ。


『いきなり悪かった。どうしても伝えたいことがあって、白河さんに君の番号を聞いたんだ』

「姉さんから?」

『ああ、雨宮たちに知られると面倒だから、メールでこっそりね』

 辰巳はひくっとわずかに眉を動かした。おおかた勝手に番号を教えた美月様に対する恨み言だ。しかたない、言いたいことは後で聞こう。

「で? そこまでして何を伝えたいって」

『お礼さ』

「お礼?」

『あんな篤仁を見るのは初めてだった! 当然だろうね、あそこまでないがしろにされたのが初めてだろうから!』

「ないがしろ? 何の話?」

『君の話だよ!』

 さっぱりわからない。あたしが目で辰巳に問いかけると、辰巳はなぜかまた眉を動かした。今度は不満の表現じゃない。何か勘付くところがあったのだ。

 言葉の切れ目で笑いをこらえながら雀野は続けた。

『そこにいる辰巳さんはわかってるんじゃないかな』

「なにそれ。ちゃんと説明してよ」

 雀野と辰巳の二人に対していうと、雀野はふうっと大きく息をついてからようやく言った。


『君にあの花束を差し出した道化、あれは誰だと思う?』





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