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悪魔の宣言




 昼前とあって少し小さめにカットされたチョコレートケーキは、味にうるさい彼らの舌にも好評なようだ。

「さすが美月ちゃんのオススメだね、おいしいよ!」

「お口にあってよかったぁ。このお店チーズケーキもとってもおいしいんですよ」

 美月様をまぶしげに見つめる雀野は、自分もケーキに手をつけつつ話に参加する。

「白河さんはチョコが好き? 洋菓子派かな」

「はい! 断然洋菓子で、生クリームも捨てがたいけどチョコの魅力には敵いませんっ」

「……そうなんだ」

 一呼吸おいてから返事する雀野。こいつもあなたの笑顔には敵わないみたいですよ、美月様。

「なら、今度から生徒会室にもチョコレートのお菓子を用意しましょう。休憩がてらつまむのもいいじゃない?」

「わっ、雨宮先輩、すっごくいい考えだと思います!」

 雨宮はハンカチで口元をおさえながら目を細めている。かわいくてたまらない、そんな表情だ。


「おいアキラ、ちゃんと食べろよ。早く!」

 わきあいあいと過ごす一同の横、池ノ内の声であたしは意識を目の前のシフォンケーキに戻した。

 今や池ノ内はもう一脚用意した別の椅子に座って、あたしが食べるのを隣で待ちかまえていた。ちなみに自分のケーキはすでに完食している。

「はいはい、今食べるって」

 落ち着きのない弟をなだめるのってこんな感じかしら。

 皿に乗った薄黄色のシフォンケーキは、ちょっと変わっていた。フォークで切ってみると弾力があり、キメも荒目。豆乳のケーキと言っていたが、なにか秘密があるのだろうか。がぜん興味がわいてきて、そえられた豆乳のクリームにつけて口に入れる。

 するとケーキで味わったことのないもっちりとした食感と優しい甘みが広がった。キメが荒いからパサパサするかと思ったのに、不思議としっとりとした味わいだ。

「なにこれ。おもしろい」

「だろー? 何が入ってると思う?」

 あたしの驚いた顔に、池ノ内はより笑みを深くした。

「ケーキってあんまり食べないからわかんない。豆乳いれるとこうなるの?」

「あれ、アキラは白河と違って和菓子派だったりする?」

「まあ、どっちかって言えば。ね、なにこれ。辰巳、なんだと思う? ケーキなのにもっちりしてるの。それにしっとり」

「もっちり……。米粉、でしょうか」

「おお、正解!」

「ふぅん」


 正解を聞いたところでよくわかっていないあたしは、一口、また一口とケーキを食べる。すこしボリュームがあるが、朝ごはんを食べのがした身にはちょうどいい。味も主張が激しくなくて飽きが来ない、実にあたし好みだ。

「おいしい!」

「よしよし、用意したかいがあった。次は豆乳のほうな」

 弟かと思えば兄のように世話を焼き、グラスを差し出してくる池ノ内。おいしいものに完全に釣られているあたしは素直に受け取り、グラスを傾けた。そしてまたもや驚かされる。

 おいしい!

 甘さが舌にとろっとのって、でも気付くとさらりと喉の奥に去っていく。池ノ内の言うようにマメ臭さもない。

「どうだ、感想は?」

「こっちもおいしい!」

「そうだろそうだろ。お前が豆乳好きだって言うから探したんだ」

 恩着せがましいセリフだが、池ノ内の人徳か嫌味には聞こえない。ついつい口から出かかったありがとう、をなんとか抑え、あたしは「そりゃどーも」とだけ返事した。

 もの言いたげな辰巳には、後で説明するからと目配せをする。


 確かにあたしは、以前何が好きかと聞かれて豆乳と答えた。だがそれは校内見回りの際によく飲むから思いついただけで、家で飲んだことは一度もない。辰巳がいぶかしむのも当然だろう。

 しかし、そんなポロっと言ったことを池ノ内はよく覚えていたものだ。

「気に入ったんならまた買ってきて、生徒会用の冷蔵庫に入れといてやるからな。お前は紅茶じゃなくてそれを飲めよ」

「そんなことしないでいい!」

 反射的に素で口にしてしまった拒絶に、あたしはあわててつけたした。

「あたし飽きっぽいからぁ。この味はもーいらない」

「わかった、じゃあ別のを用意してやる。これはノーマルだけど、抹茶風味とかもあるから」

「や、そうじゃなくって!」

「一通り試して気に入ったのあったら言えよ。ケーキもまだ種類あるし」

 どういう思考回路してんだ!? あたしはあわてて首をふるが、なぜか池ノ内は止まらない。なんで楽しそうなの、この人!?


「池ノ内、アキラが困っているだろう」

 これぞ本物の兄気質か。鷹津はたしなめるように、静かに言った。

「鷹津会長、だってこうでもしないとアキラ絶対俺らと休憩しませんよ」

 池ノ内の訴えに、雨宮はほそい眉をひそめる。

「そうじゃなくたっていつでもダラダラしてるじゃない。甘やかしすぎよ」

「でも生徒会補佐の補佐っスよー。白河のチョコは用意しといてコイツに何もないんじゃおかしいでしょ」

 なあ! とあたしに同意を求められても困る。

「や、そういう気遣い要らない」

「でもお前和菓子派なんだろ」

「池ノ内先輩ってばどんだけあたしに餌付けしたいの? そこまでしてくれなくていいですよぉ! 嬉しいけど、あたしそこまでワガママじゃないっていうかぁ」

「さっき自分が何を言ったかわかっているのかしら。こんな役立たずのためにわざわざ飲みものもお菓子も用意するなんて反対だわ。冷蔵庫や水回りの設備費だって生徒会予算から出てるのよ?」

 雨宮は眼鏡を光らせ、語気するごく言いきった。

「雨宮、何もそこまで……」

「雀野くんは気にしないみたいだけど、私はまだあの子を補佐の補佐なんて認めてないから」

 かたくなな雨宮に、雀野は小さくため息をついている。雨宮に初瀬に池ノ内、よくもまあここまで個性派ぞろいの連中を率いてこれたものだ。少しばかり同情してしまう。


 ぱん!

 乾いた音が部屋に響く。鷹津はたたいた手を大きく広げて言った。

「わかったわかった。雨宮の不満は、アキラを補佐の補佐に認めた俺の責任だからな。アキラの分はちゃんと俺が自腹で用意してやるから、もう文句をつけるな」

「はあ!?」

「鷹津くん!」

 聞き返してしまったのはあたしだけではない。雨宮は間髪いれずにかみついた。

「そこまでしたら余計付け上がるわよ! だからやめなさいって私は……」

「倹約もいいがケチは嫌われるぞ。いいじゃないか、後輩をかわいがるのは先輩の務めだ。多少の飴もなくてはアキラもやる気がでないだろう」

「いやいやいや! 会長おかしいって!」

 初瀬もつっこむがそこは鷹津だ、聞く耳など持っていない。雀野はよりため息を深めただけだ。諦めているのだろう。

 だがあたしはそうはいかない。

「会長、そういうの逆に迷惑だからいいって。池ノ内先輩も。あたしいっつも自分の好きなもの飲んで食べてるじゃん。それでいいの、人と合わせるの嫌いなの」

 だいたい、なんであたしのオヤツ事情で険悪になっているのか。

「皆様が何食べてようが飲んでようが構わないからさ。気にせずほっといてよ」


「アキラ、いい加減にしろ」

「はい?」

 やれやれ、と鷹津はわざとらしくため息をついてこめかみに長い指を添えた。

「池ノ内も言ったが、お前は頑固だな。それで美月さんがどれだけ心を痛めているのかわからないのか」

「ね、ねえさん?」

 いきなりお説教に入ったかと思えば、出てきたのは姉の名前だった。美月様は困り顔で「篤仁先輩、言わないでって言ったじゃないですか」と小声で鷹津に訴えている。

「いや、こういう分からず屋にはハッキリ言った方がいいんです。いいか、アキラ。美月さんはお前が名ばかりの役職で生徒会室にいることに負い目があるから一緒にお茶しないのではないか、と心配しているんだぞ」

「負い目? 心配?」

 説明を求めて美月様をじっと見つめる。すると大きな目を伏せて美月様はおずおずと言った。


「仕事してる生徒会の先輩たちに遠慮しているのかなと思ったの。だからお茶も飲まないで静かにじっとしているのかなって……。わたしが無理につき合わせているばっかりに」

「そんなことないよ! 姉さんは悪くない」

「でも、アキラはいつも一人でぽつんとしているし……」

 ぐう。

 だって、それはやることないから。

 生徒会の連中に遠慮なんてするはずない。いくらでも傍若無人にふるまえる。

 あたしはただ、美月様と同じものを同じ席でいただく、ということに抵抗があるだけだ。心の根っこに、美月様たちとあたしはまったく別の世界の人間だという意識があるからだろう。お弁当ならいい、あれは辰巳があたしのために用意してくれたものだから。でもそれ以外となると落ち着かなくなる。

 しかしそれが美月様にいらぬ心配をかけていたとは。


「そこで俺が相談を受けた」

 鷹津は黙り込むあたしにニッと笑った。

「アキラの気持ちもわかる。現に雨宮はああ考えているわけだし、お前はまだ補佐の補佐としての立場を確立していない。ゆうゆうとお茶を楽しむ余裕がないのだろう」

「飴くわえてだらだらする余裕はあるみたいだけど」

「雨宮。だからこれからはお前にも認めてもらえるよう一層励んでもらおうというんじゃないか。アキラもお前たちももっと歩み寄る必要がある。その第一歩だ。いいか、これからは俺たちと一緒に休憩すること。そしてその時のアキラの分の用意は俺がする。別メニューだ」

「……だから、そこまでしてもらわなくても」

「勘違いするな。お前のはみんなよりワンランク下のものだ」

 鷹津は指をぴっと突き出す。


 その提案に初瀬はおや、とおもしろそうに片眉をあげた。雀野はどこかいぶかしげだが、雨宮も今はおとなしく鷹津の話を聞いている。

「お前はいわば見習い期間中だ。だが今後の働きに期待することにして美月さんの優しい気持ちをくもうじゃないか。共に食べるという行為は信頼関係を築くには有効な手段だ。わだかまりをなくし、はやく同じ席につけるよう頑張ってくれ。これでどうだ、池ノ内」

「えー、俺が用意してやりたかったんスけど。食わせようと思ったもののリストも作ったし」

「お前がみつくろったものを俺が用意しよう。来週からだ、全員わかったな?」

 この決定には従ってもらう、と鷹津は眼光鋭く全員を見渡した。

「そうだな、オレたちと別っていうならいいかも。そういう区別って必要じゃない?」

「美月さんが辛い思いをするのはいやだわ」

「……僕も異論はないよ」

「アキラ、この際だから好きなモン言えよ。ランク下とかいっても絶対うまいの探してくるから」

 各々好き勝手言ってくれる。

 あたしは豆乳片手に何も言えない。

 だって、美月様がじっとこっち見てるんだもん。不安と期待の混じった目なんだもん。


「嬉しい……。みんなでお茶会とか団結力アップみたいな!? そしてあたしがより生徒会のマスコットとして輝いてくってワケね!! 姉さんごめんね、あたし頑張る!! みててよー雨宮先輩! すぐにでもあたしがいなきゃダメって言わせてやるわ!!」


 こうなりゃヤケだ。

 あたしは豆乳を掲げ高らかと宣言したのだった。



 

 




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