表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/47

悪魔のわだかまり




 六月になると学園生活にもだいぶ慣れてきた。この裏庭は、もう少しすればきっと見事なあじさいに彩られるだろう。しかし今はそれを楽しみに待つ気分ではない。

 昼休み、人気のない裏庭、あたしを取り囲む敵意を宿した険呑な目の女生徒。

 あまりにもわかりやすいシチュエーションだ。


「あなた、どういうつもり?」

「なにがぁ?」

 あたしの気の抜けた返事がさも気に入らない、というように、見覚えのあるお団子頭は盛大にため息をついてみせた。

「やっぱり、事の重要性ってものがわかっていないようね」

「えー? 意味わかんなーい」

 何が事の重要性だ。この狂信者どもめ。そう思いつつも決して口には出さない。こいつらはそういう人種なのだ。生徒会役員らを珍重する保護団体。利用価値で評価するあたしと大して変わらない。


 お団子頭の三年生は調査済みだ。一戸由果、家具メーカー社長の一人娘だ。成績もそれなりに優秀、クラス内でのヒエラルキー上位層、そして生活委員会を率いる部長。ああ、こういうのをナチュラルに見える上手な化粧というのか。露骨ではないアイラインで目が自然と大きく見える。勉強しよう。

「あなたのお姉さんである白河美月さんは、有能と評判よ。我々が認めてもいいと思っているくらい。でもあなたときたらお茶くみさえ満足にできないと初瀬様や雨宮様からうかがっているわ。そのくせ生徒会室にいりびたるなんて言語道断! 即刻態度を改めてほしいわ」

 そうよ、当たり前よ、とうなずいているのはこの前とは少し違う顔ぶれだ。何人いるんだ、生活委員会。

「ええ~? ひどくなーい? あたしだって精いっぱい尽くしてるのに。学校をよりよくするための活動をする生徒会、その生徒会を支える姉さん、その姉さんを支えるあたし。ほら、構造的にはあなたがたの為にもなってると思ってくんないワケ?」

「その役に立ってないって言ってるのよ!」

 お団子にひっつめた髪のせいだけではないだろう、一戸の釣り上ったまなじりはあまりにも鋭い。

「いい? 厳重注意で済んでいる間に考え直しなさい。いくらあなたが白河家でも、許されることと許されないことがあるのをわかってちょうだい」


 心底ばからしい。

 あたしがこうしているのは白河のため、美月様のため。それだけだ。むしろ、なんのメリットもない彼女たちがどうしてこうも必死になるのか不思議で仕方ない。真正面から告白でもしたほうがよっぽどいいと思う。

 あたしに対しては熱烈なラブレターを靴箱に入れて呼びだし、こうして面と向かってお話しているというのに。


「先輩方の理屈はむずかしくってよくわかんないー。あたしはあたしのやりたいようにやるから」

「あなた……!!」

「それより、あんたら素直だねぇ。美月姉さんに言われた通り、直接雨宮センパイと初瀬センパイに聞きに行ったんだ?」

 からかってやると、一戸はかわいらしいほど素直に狼狽した。

「な、べ、別に我々が活動を行う上で必要なことだったから行っただけよ!」

「あ、そ」

「今はそういう話じゃない! とにかくこれ以上生徒会室に出入りするのはやめなさい。そうだ、あなた似合いのお連れ様がいるじゃない、そっちの方と親しくしたらどうなの。どんな目にあったのかしら」

「は? 誰のこと。何の話」

 とたんにクスクスと顔を見合せながら、彼女たちは口元を意地悪げに歪めた。

「犬って噂になってじゃない、あの」


「おーう、ナマイキ妹じゃねーか。いじめられてんのか? 笑えるなぁ」


 びくうっと震え上がる特別委員会たちは見物だった。

 そうか、こいつらがあの噂流してくれたんだっけ。あたしがひどい目にあったと思っていたのだろう。しかし正義の男によりあたしはその難を逃れている。

 都合よく利用しようとしたくせに姿を見ただけでおののくとは、と思わず苦笑いしてしまう。やはり特別厄介なヤツらしい。

 東条彰彦という男は。


「東条せんぱぁい、どうにかしてくださいよぉ。あたしこわぁい!」

 鼻にかかった甘え声を出すと、東条は露骨に顔をしかめた。それをどう受け取ったのか、一戸はあたしと東条を交互に見やったあとに早口で言った。

「な、何よ。本当に仲良かったの!? あ、あ、あなたと釣り合うのはやっぱり彼みたいな相手ではなくて? そういうことだから!」

「あ、ちょっと!」

 言い逃げしようとした一戸の手をつかみ、あたしはずいっと顔を寄せてささやいた。

「誰が、誰の犬だって? あのとき東条がどれだけ怒ったか……」

「関係ないでしょ!? わたしのせいじゃないわ!」

「ふざけるなよ、ここで全部バラしてやろうか?」 

 一戸は真っ青になって震えた。このあたりか、とあたしが手を緩めると、途端に仲間を追うように校舎に向かって走っていった。


「なんだよ、もう終わりかよ」

「おかげさまで。なんで残念そうなんですか」

「やー。おもしろいモンでも見れるんじゃないかと期待したんだが」

「悪趣味」

 あたしが鼻をならすと、東条はにやっと笑った。

「そういや聞いたぜ、お前が今度は犬になったってな」

「は?」

「生徒会の犬」

 勝ち誇るような言い方が、あたしの神経を逆なでした。頬の筋肉がぴきぴきひきつりそうだ。

「……むっかつく響き」

「だろ? 俺の気持ちわかったか」

「まぁね」

 そう吐き捨てると、東条は例のシガレットケースから棒付き飴をとりだし、満足そうにくわえた。

 

 犬か。あたしは白河、いや美月様の狂信者たる誇りはあるが、あの高慢ちきな連中の犬になった覚えはない。

 しかし、ここしばらく生徒会室に出入りしてやったことといえば、お茶くみや掃除、ご機嫌伺い。そう言われても仕方ないのかもしれない。

 周囲の評価なんかどうだっていいんだけど、まったく傷つかないわけではない。


「はぁ」

 急にこみあげてきた疲労感に負け、あたしはその場にしゃがみこんだ。東条はあたしの情けない顔を見ようというのか、隣に腰をおろしてくる。

「ンだよ。好きでやってんだろ。ワンって言ってみろ」

「そういう安い挑発にも乗りたい気分。なぐるぞ」

「やってみろよ」

「ぶん殴ったあとでまた城澤のとこまで逃げてやる。校内暴行事件だって騒いでやる」

「城澤出すのやめろよ、マジで……」

 心底嫌そうな声に、あたしはささやかながら一矢報いることはできたようだと知る。

「ね、飴ください」

「やだね、俺んだ」

「けち」

 あたしが文句をぶつぶつ言っても、東条は知らんぷりだ。

 不良だ悪党だと言われているだけある、意地悪め。


「お前さ、なんで生徒会んとこ行ってんの」

「生徒会とお近づきになれるチャンスなんてそうそうないじゃん」

 テンプレートとなっているあたしのセリフに、くはっと息を吐き出したのは、笑ったのだろうか。

「動機不純すぎ」

「うるさいな、犬だからいいでしょ、即物的なの。はいはい、わんわん」

「お前が尻尾振ってる相手は、お前の涙ぐましい努力わかってんのか」

「愛情は注いでるわー。だからおいしいお茶の淹れ方だって覚えたし、茶葉の名前だって覚えた。知ってる? セカンドフラッシュ」

「一番摘みだろうが二番摘みだろうが変わらねーよ」

 知った風な口をきく東条に、あたしは余計にイライラが増す。

 本当に殴っちゃおうかな。

 ここからだと近いのは風紀室のほうか、いや、今の時間帯だと城澤は教室か。殴ったあとの算段まで考え出したあたしの横で、東条ははっきりと恐ろしいことを口にした。


「っていうか、俺が言ってんのはあのきらびやかな連中じゃねーよ。あの超天然のお姉さまのほう」

「え」

 がばりと顔をあげると、待ちかまえていたように東条がじっとあたしを見つめていた。

「どうせわかってねーんだろ。あれじゃ世間渡っていけないだろ。過保護すぎんだよ、お前」

「そんなこと」

「ま、どーでもいいけど」

 東条は話を切るようにふいっと視線をそらし、伸びをして立ち上がった。

「殴られんのイヤだから行くわー」

「と、とうじょ」

「いじめられんのはいいけど、俺に助け求めんじゃねーぞ。絶対助けてやんねーから」

「……うん」

「じゃな」




「どうしたの、アキラ。ぽーっとして」

「あ、いや。なんでも」

 あたしは歩きながらも意識を飛ばしていたようだ。美月様に言われてようやく焦点が合う。

「何かあったの」

「なんでもないよ、ほんと!」

 美月様の大きな瞳に情けない顔のあたしが映っている。いけないいけない、しゃんとしなければ。


 美月様が生徒会補佐になったことにより、二人で並んで歩いて帰る機会が増えた。仕事終わりを狙って近づこうとする不埒者を、影からではなく堂々と追い払える点は楽だ。それなのにあたしが美月様に心配かけてどうする。

「何もないならいいけど、なんだか今日はずっと考え込んでるみたいだから」

「うん……」

 気になっているのは、東条の言葉だ。

 あたしと美月様の関係について、一端なりと知っているような口ぶりだった。

 さらに、過保護だと?

 美月様に対して?

 でも、そんなことはない。と、思う。


「姉さん、生徒会の仕事大分慣れたよね」

「うん、わからないことはいっぱいあるけど、親切に教えてくれるからなんとかね」

「前よりタイピングのスピードもあがってる。書類整理の手さばきも様になってきたよ。今日は職員室におつかいにだって行ったし、ゴミ出しだって率先してやった」

「当然だよ、そのための補佐なんだから」

「そうかもしれないけど」

 美月様はきちんと自分のやるべきことをやっている。

 やると決めたことにたいして責任を持ち、やり遂げようと努力し、事実着実にこなしている。

 やっぱりあたしは美月様を甘やかしてなんていない。


「うん、大丈夫!」

「なにが?」

「大丈夫、心配かけてごめんね、姉さん!」

「変なアキラ!」


 そう、お守りすることと美月様の成長を妨げることは違う。

 それは敬吾さんにも言われていることだ。敬吾さんの厳しいチェックをくぐりぬけているわけだから、間違っていない。

 紅茶と同じで、東条はわかった風な口をきいただけ!




更新が遅れ気味になっております……。

ご意見、感想をお待ちしております。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ