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お茶くみする悪魔




 ヤカンはしゅうしゅうと熱を発している。お湯がわいてきた、ということなのだろう。わいたらピーっていうんだよね? うえについている小さいフタ、いきなり飛んだりしないよね? 

 今まで心の中でバカにしていたお嬢様おぼっちゃま方、ごめんなさい。なんだかんだであたしも十分お嬢様待遇で過ごしていました。お茶を飲むのなんて、辰巳に「お願い」っていえば済むことでした。いや、言わなくても出てきました。それにあたしはもっぱら緑茶派、普段紅茶は飲みません。


『お湯はわきましたか?』

「うん、こぽこぽ言ってる。ねえ、今更だけど水道水ヤカンにいれて良かったの? ミネラルウォーターも冷蔵庫にあったよ?」

『大丈夫ですよ。空気をふくんだ水のほうが合うんです。それよりも火傷に注意してくださいね』

「わかってるよ。で、カップに注げばいいんだっけ? 茶葉抜きで」

『はい。ポットにもお湯をいれて、温めてください。茶葉抜きで』

 スピーカー設定したスマートフォンからの指示に従い、あたしはまごつきながらも準備を進めていく。

 結局、あたしが頼ったのは辰巳だった。

 普段日本茶ばかりだからダメでもともと、という気持ちだったが、辰巳は紅茶にも精通しているようだ。なんと有能なあたしの世話役!

 イギリス王室御用達のブランドのカップ&ソーサーを人数分並べ、お湯を注ぐ。このまま出してやろうか、と思わなくもない。

『アキラ様、どうですか』 

「ん、だいじょーぶ。次は?」

『茶葉の用意ですね』

「うん」

 あたしは棚に入っていた小さな缶を手にスマートフォンに話しかける。

「あ、そうだ。あのさ、一人ミルクティーが飲みたいってワガママッ子がいるんだけど、どうしよう。牛乳もあたためたの入れるの?」

『用意してある茶葉の名前はわかりますか』

「んん? セカンドフラッシュって書いてある。だー? じぇーりん?」

『……他に置いてある茶葉はありますか』

「これだけ」

『では、そのワガママッ子さんには諦めてもらいましょう』

「えっ!? なんで!?」

 あまりにもばっさりと切り捨てた辰巳に、あたしは思わず聞き返した。

 別に雨宮のためにおいしいミルクティーをだしてやりたい、なんて思ってはいないが、あえて逆らおうとも考えていなかった。

『そもそもアキラ様にお茶を用意させようというのが気に入りません。俺が今からお伺いしたいくらいです』

「今は置いといてよ、その過保護。ミルクティー……」

『さ、ここからが重要ですよ。時計はお持ちですか。蒸らす時間が美味しい紅茶のポイントです』

「た、辰巳ぃ!」

『大丈夫です。これから言うことをよく聞いてくださいね』

「あくまでそのまま通すのね……」

 雨宮に言われるであろう嫌味を想像してちょっとゲンナリしてしまうが、あたしの心をよく知っているはずの辰巳の紅茶講釈は続いた。


 そして、改めて辰巳は有能だと思い知らされた。




「おっまたせー!」

「遅すぎるわ」

「なにタラタラしてんのー?」

 元気よく生徒会室に戻ったあたしを、雨宮と初瀬は心やさしい言葉で迎えてくれた。ほんと涙でそう。

「アキラ、大丈夫だった?」

 それに引き換え美月様は、キーボードを叩く手をとめてあたしに心配げな目を向けてくれる。

「全然問題ないよ」

 味見こそしていないけど、初めてにしてはキレイな色で薫り高く淹れられたと思う。美月様にも自信をもって差し出せた。

 六人分の紅茶を運ぶのはなかなか骨の折れる作業で、慎重に足を踏み出しながら配っていく。まずは当然美月様。

 会長である鷹津へ一番に持っていくのが礼儀かもしれないが、そんなの知らない。美月様から席が近い順に置いていってやる。

「おー、さんきゅなー!」

「どーいたしまして。これで肩のコリもほぐしてくださいねっ」

 池ノ内に愛想をふりまき、次は初瀬。ろくにカップの中身をみる前から顔をしかめている。

「コレ色濃すぎじゃない? ちゃんと時間はかった? 香りがにごってるんだけど」

「えー、気のせいじゃないですかぁ?」

 小言も気にせず、次は雨宮。こっちが問題だ。


 さあ、くるか?

 あたしは迎え撃つつもりで雨宮を観察した。

 差し出したストレートティーに、雨宮は冷たく言った。

「……ミルクティーって言ったわよね」

「すみませーん、これで我慢してくださーい」

「まったく、こんな用事も満足に果たせないなんて! 生徒会補佐の補佐っていうのもあなたには大役すぎるんじゃない?」

 雨宮はわざとらしく憤慨した口ぶりだが、どこか「してやったり!」と言いたげな様子を隠し切れていない。だが残念だったな。

「ごめんなさぁい。茶葉がダージリンしかなかったからぁ」

 あたしがそう言って小首をかしげた途端、雨宮の顔つきが変わる。

「高そうな缶だったし、あれ二番摘みのイイやつでしょ? ミルクいれちゃうのはもったいないんじゃないかなー。あ、それとも雨宮副会長はそういうの気にしない派? やだー、あたしってば気回し過ぎたかなー」


 辰巳は、なぜあえてミルクティーを用意しないかの理由を教えてくれた。ミルクティーにはアッサムや甘い香りのフレーバーティーといった、牛乳に負けない濃厚な味わいのある茶葉と相性がいいらしい。

 ダージリン、特に高級品のセカンドフラッシュと呼ばれるものは特有の爽やかな香りを楽しむものらしく、ストレートで飲むのが一番とのことだ。

 べらべらとしゃべってはみたものの、辰巳の講釈をなぞっているだけで正直よくわかってはいない。だが教養ある雨宮にはちゃんと伝わっているようで、ツンとそっぽを向いてしまった。

 そしてあたしは確信する。

 やはりこの女、ダージリンの用意しかないことを知っていたな。

 大方あたしに恥でもかかせたかったのだろう。だが残念だったな。あたしには超有能な辰巳がついているのだ。

 あたしと雨宮の攻防に、雀野は含み笑いをしていた。こらえきれない、というふうに小さく肩が震えている。

「はい、どーぞ!」

「うん、ありがとう。……さすがだね」

「えー? これくらい常識でしょー?」

 最後に鷹津のデスクのすみっこにカップをおくと、鷹津はそれを一瞥して意地悪げにニヤっと笑った。

 まるであたしの紅茶の知識の無さも全部見透かした上でバカにしているような、イヤな目だ。

 ちょっとした達成感もしおれていく。


「あーあ、慣れないことして疲れちゃった。きゅうけーい」

 あたしは本音をもらしつつ再びソファに転がった。辰巳に改めて御礼のメールを打とう。転ばずに運べましたか、なんて過保護なメールも来ていることだしね。

 自分で淹れてみると、紅茶とは本当に薫り高いものなのだとよくわかる。温かな熱と色づくような爽やかな香りが生徒会室に広がっている。そんなことを考えていると、池ノ内は余計なことを言いだした。

「なあ、なんでアキラの分はないんだ」

「へ?」

「紅茶。飲まないのか」

 なんでって。

 用意していたカップは最初から六つ。美月様、鷹津、雀野、雨宮、初瀬、池ノ内の六人分だ。

 聞くまでもない問いかけに、あたしは逆に言葉に詰まった。

 そしてその当然な返答の不自然さに気付く。


 だって、飲まないでしょ。あたしはがんばる美月様のために用意したのであって、お相伴にあずかる理由がない。

 なんで、飲まないのかって。白河アキラは傍若無人の女なのに。


「……ジュース派だから。今はコッチの気分だしぃ」

 あたしはさっと取りだした飴をくわえる。

「なんだ、自分で用意しといて。うまいぞ?」

「アキラ、あんまり家でもお茶しないもんね。」

 ふふ、と笑う美月様にあたしは肩をすくめた。辰巳と二人ではよくお菓子を食べながらお茶も飲んでいるけど、わざわざ言うことではない。ああ、求肥食べたくなってきた。ふにゅああっと柔らかいの。

「ジュースって、何が好きなんだ」

「え、何って」

「コーラとかオレンジとかあるだろ」

 池ノ内の質問はまだ続いていた。紅茶を傾けながらおもしろそうにこちらを見ている。

「……食堂前のコーヒー風豆乳?」

「ああ、あれな! 俺もたまに飲む。わかった、アレな。白河は好きなのあるか」

「わたしはイチゴミルクとか、甘いのが好きです!」

「めちゃくちゃ甘いヤツなー! 骨まで溶けそうな味だよな」

「えぇー? そんなことないですよ、今度ちゃんと試してください」

「そうだな。俺はスポーツドリンク派だからなー。でも、紅茶もいいもんだな」

「正輝は味覚音痴のスポーツバカだから紅茶の味もわかんないんだろ。こんなのが美味しいなんて」

 仲むつまじい美月様と池ノ内に妬いてか、初瀬はふん、と鼻をならしながら割り込んできた。

「こんなの色つきのお湯だよ。ぜーんぜんセカンドフラッシュの良さが活かされてない」

「そう言うなよ。相変わらずお前の鼻は特別製だなー」

 毒づく初瀬を軽くかわす池ノ内。意外にいいコンビなのかもしれない。

「アキラ、初めてやったんでしょ? とっても上手だよ!」

「姉さん! ありがと! もー、超うれしい!」

 美月様のいたわりの言葉が嬉しい。だが、黙ってカップを傾けていた男がここで口を開いた。


「うん、まだまだだな。もっとうまく淹れられるはずだ」


 ひくり、とあたしの眉がはね上がる。

「……そりゃどーもスミマセンでしたぁ。かいちょー」

「鷹津新会長も厳しいっすねー。俺には十二分にうまいんだけどな」

「もっと、と言ったはずだよ池ノ内。これからも頼もう。ここにいる役割ができてよかったな」

 鷹津は誰もが見惚れるような完璧な笑顔であたしに言った。

 よかった? さもお前があたしの立ち位置を決めてやったとでも言いたげな口ぶりだな。


 言い知れない苛立ちが湧き上がる。それが表情に出てしまったのか、鷹津は唇の端をより釣り上げた。ああ、こいつは本当に根っからの根性悪だ!

「明日もよろしくな。アキラ」

「……呼び捨てやめてくんない?」

 その呼び方にぎょっとしたあたしは、思わず言ってしまった。すると鷹津はわざとらしいほど驚いた顔をする。

「なぜだ。池ノ内はそう呼んでるじゃないか」

「え、だ、だって」

「『白河』さんが二人では呼びにくい。いいな、アキラ」

 決定事項だ、と鷹津は言い放った。こうなると呼び捨てがいや、とか言ってられない。逆らう術が思いつかない。これだから鷹津を相手にしたくないのだ、美月様とは違った意味で逆らう気になれない。……だからやめて、美月様! その「いいなぁ」って目で見てくるの!

「初めてだと言ったな。ならこれから練習を重ねればどんどん上手くなる。がんばってくれ」

「おう。がんばれよ、アキラ!」

 無責任な池ノ内が、鷹津にもまして腹立たしかった。




 三つ並べられたカップは、それぞれ若干違う色合いをしている。

 いずれも温かくいい匂いだ。しかしそれぞれを嗅ぎわけることは到底できなかった。

「ねー。わかんないよぉ、辰巳ぃ」

 そもそもちゃぶ台に紅茶ってのが不似合いなのだ。

 帰宅後にあたしを待ち構えていたのは、辰巳による紅茶講義第二弾だ。

 ちょっとした抗議をこめ、わざとらしく唇を突き出してみる。

「なにもお勉強をうながしているのではありません、お気に召すものがあればいいと思っただけです。興味がないのならそれで構いませんよ」


 辰巳はお茶受けのクッキーを出してくれた。市松模様の四角いクッキーは、おそらく辰巳の手作りだ。いつもなら日本茶とちょっとした茶菓子を出してくれるのだが、今日はちょっと違うみたいだ。あたしが紅茶を飲むなら何が好みに合うのか、見極めようとしているのだろう。

「紅茶が嫌いとかじゃないけど。これからあたしがお茶くみ係なんだって。それなら毎回辰巳に助けてもらう訳にもいかないし。ぜったい雨宮、次は別の手で嫌がらせしてくるよ」

「そういうことならいっそ俺が行きたいですね」

「来てほしいよ、切実に」

 あたしと辰巳のため息が重なる。

 だが。そうぐじぐじ文句を言ってはいられない。

「練習するから! 美月様のためだから。生徒会室でやることないってのも逆に辛いし、やるってなったら頑張るよ」

「アキラ様、ご立派です。俺も協力しますからね」

 では、と差し出されたカップを、あたしは親のカタキのように睨みつけた。

「お夕食がお腹に入るギリギリ手前で止めますから、どうぞご心配なく」

  辰巳はそつなく付けたした。




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