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補佐の天使を補佐する悪魔




「ついに白河美月さん、生徒会補佐に任命されたのね」

「この前あった実力テストで三位だったって聞いた。頭もいいしかわいいし家柄もいい、誰にでも優しい人気者」

「でも、まだ五月よ。どうしてこんなに早い時期に?」

「生徒会の方々が全員一致で推薦したんだ。特に鷹津会長が、新入生の新鮮な意見を取り入れようって」

「へえ、会長らしいね。それに妥当な人選だ!」

 生徒たちはうんうん、と頷き合う。

 しかし、話しあっていたうちの一人が急に声をひそめて言った。

「……だけど、さっき生徒会室に向かう白河さんに例のアレがくっついていたらしい」

「まさか、あの!?」

「天使を利用して生徒会の方々に近づくなんて! 最悪の妹ね」

「そうやって学園の中枢にまで入り込むつもりか、悪魔め……。どこまで卑劣なんだ!」

 教室の片隅でそんな井戸端会議が行われている頃。




「うう、緊張するなぁ……!」

 美月様とあたしは生徒会室の扉の前に立っていた。

「だいじょぶだいじょぶ! 姉さんはいつも通りでいればいいよ」

 あたしはこわばっている美月様の肩を軽くゆすり、にかっと笑った。

「反対もしたけど、姉さんが決めたなら応援する。あたしがついてるよ!」

「アキラ……!」

 美月様はぶんぶんと首を縦にふり、あたしの手をぎゅっと握りしめた。

「よし! 行こう!」

 気合いを入れ、美月様は扉をこんこんこん、と三度ノックする。すると間髪いれずに「どうぞ!」と返事がした。

「失礼します、今日からお世話になる白河美月です!」

 ぺこっと四十五度のすばらしいお辞儀をする美月様を、生徒会メンバーは皆歓迎の拍手で迎えた。

「さ、入って入って!」

「ようやくだね~! 俺もうずっと待って……」

 興奮気味に近寄ってきた雨宮と初瀬は、あたしの笑顔に見事に動きを止めた。そしてあっと言う間にしかめっ面に切り替える。

「どういうこと。呼んでいない人間が来ているようだけど」

「えっとォ~、姉さんが心配で付き添いに来ちゃいましたぁ~! へー、生徒会室ってこうなってるんだー」

 あたしは姉さんの後に続いてするっと入りこむと、ぐるりと辺りを見回した。

 初めて足を踏み入れた生徒会室だが、風紀室と構造はほぼ同じだ。応接スペースと業務スペースに分かれ、壁際にはファイルの詰まった棚がずらりと並んでいる。しかしこちらは観葉植物の鉢が置かれたり、恐ろしいお仕置き部屋がなかったりと雰囲気は幾分やわらかい。


「許可のない生徒は今すぐ出ていってよ。そうだよね、会長!?」

「ん? そうだな……」

 一番奥の大きなデスクにいる鷹津は、気の乗らない声で言った。

 真面目に書類を確認しているだけなのに、獲物をどういたぶってやろうか、と考えている肉食獣に見えるのは錯覚か。少なくとも美月様にはそう見えないらしく、あたしをかばうように前に出てまたぺこりと頭を下げる。

「すみません、篤仁先輩! 一人で来るのが不安だったもので、わたしからお願いしたんです」

 美月様はこう言ってくれるが、さんざん彼女の不安をあおったのはあたしだ。そして同行を求める言葉を引き出した。


「一年生は姉さんだけだし、あたしがいるだけでも和むかな~って! 姉さんともども仲良くしてくださいねっ」

「するワケないでしょう! ちょっと鷹津くん、この子になんとか言って!」

 雨宮は白いレースの手袋をした可憐な指先をあたしに突きつけ、ヒステリックに叫ぶ。鷹津は苦笑しながらようやく手元の書類から顔をあげた。

「そうカッカするな、雨宮。しばらく見ない間に怒りっぽくなったな。鍛練が足りないぞ」

「今はそんな話したくないわ」

 ピシャリとはねのける雨宮に、鷹津はやれやれと肩をすくめる。

「さて。確かに部外者の立ち入りはどうかと思うが……。俺に言いたいことはないかな、白河アキラさん?」

「えー?」

 あたしはそっぽをむいて生返事だ。かわりに、美月様がもう一度言う。

「先輩方……。お願いします」

「俺はいいぞ」

 ひょいっと軽く手を挙げたのは池ノ内だ。

「白河を呼んだのだって特例みたいなもんだ、アキラが生徒会補佐の補佐についたって気にしない」

「またあなたはそんなことを」

 雨宮はきゅっと眉根を寄せるが、池ノ内に続いた彼の言葉にぎょっと目を向いた。


「僕もかまわない。それで白河さんが落ち着くというのなら、居てもらってもいいんじゃないかな」

「す、雀野くん!?」

「雀野先輩、本気!?」

 初瀬も一緒になって雀野の正気を疑っている。

「もともと無理を言って補佐就任を頼んでいたんだ。白河さんからのお願いも一つくらい聞いてあげないとね。篤仁、いいよね?」

「……ミツ」

 雀野はトレードマークの穏やかな笑みを鷹津に向けた。鷹津は幾分冷えた眼差しを送り返すが、雀野に引く気はないようだ。それを見とめた鷹津は、手元の書類に意識を戻し、関心をなくしたように言った。

「美月さんの勧誘は、生徒会長であったミツの決定で行ったことだからな。好きにしろ」

「なら決まりだ。いいね? 雨宮、初瀬」

「ありがとうございます! アキラ、ほら、御礼言わなきゃ!」

「ありがとーございまーす」

 会長の決定と美月様の笑顔には勝てない二人は、ついに引きさがりあたしの生徒会室入室を認めた。


 うまくいった。

 ちらっと雀野を見ると、雀野もあたしに小さくうなずいた。




 一昨日の音楽室で、雀野はあたしをあろうことか生徒会補佐に任命させてもらえないかと言ってきた。

「僕にだって任命権はある。君が生徒会補佐になって、篤仁と白河さんの仲を邪魔するのを手伝ってもらえないか?」

「はあああ? ダメに決まってんじゃん!」

「どうして。さっきは立候補したいって言ったのに」

「あのね、あたしがなんて呼ばれてるかわかってる? あたしみたいのが補佐なんて出来るワケないし、認められるワケないっての」

 む、と雀野は押し黙る。美月様以上の反発を受けることは間違いない、という現実に思い当たったようだ。

「副会長を助ける義理もないしね。どっちにしろあの化け物から姉さん奪うくらいの気概がなくちゃ、白河家の婿なんて無理だよ」

「うう」

 また飴をくわえて唸る雀野。と、ふと何かに気付いたようにあたしの顔をまじまじと見つめてきた。

「今更だけど、君は篤仁びいきじゃないのか。君みたいな人間こそ、篤仁に魅かれると思ったのに」

「へ」


 まずい。うっかり鷹津のことを呼び捨てにした挙句、化け物扱いしてしまった。

「あ、いや、鷹津様はほら、超大物の怪物級っていうか」

「………まだ、なんだね」

「はい?」

「白河はまだ篤仁を正式な縁談相手と定めていない。僕の入る余地があるような言い方からして、見極め段階なんだ」

 今度唸るのはあたしの番だった。

 そんなあたしに、雀野はぐっと体を寄せてきた。

「当たってるだろ。僕は僕を売り込む努力をしよう、君が生徒会に来るメリットを示すよ」

「そんなこと言ったって無理だってば」

「君が来るのは補佐としてじゃなくて、あくまで白河さんの付き添いとしてだ。一年生一人放りこまれるのは本人も不安だろう、だから君がうまいこと言ってしっかりお姉さんについてくるんだ」

「そもそも、姉さんごと生徒会に入れたくないって話してんの!」

 あたしがイラつきながら雀野を押し返すと、雀野は違う、と首を横に振った。

「いや、生徒会に入った方がいい。君がネックにしている生活委員会は、基本的に役職持ちの保護を行動指針にしている、白河さんが補佐になれば、彼女は排除対象ではなく保護対象となるんだ」

「……ふむ。でも、一般生徒だって妬み嫉みはするでしょ」

「おおっぴらな批判は生活委員が潰すか、篤仁がどうにかする。自分の決定に逆らおうっていうんだから、あいつが黙っているはずがない。当然僕たちもできることをしよう。白河さんは人望もあるから、実際仕事をし始めれば不平不満も薄れるだろう」


 確かにいい話にも聞こえる。

 しかし、それでは美月様が鷹津の庇護下に入ることになる。美月様が鷹津へ傾倒していくのが目に見えている。

 そんな不満があたしの顔にでたのか、雀野はきゅっと眉根を寄せた。

「君の心配もわかる。白河さんは優しすぎるところがあるからね。篤仁に付け込まれたら、どんな条件でも飲んでいつのまにか白河家が乗っ取られるかもしれない」

 そこまでは言ってないけど、おおむね当たっている。

「だからこそ、一番近くでお姉さんを見守りたいだろう?」


 あれ、とようやく気がついた。

 なんかおかしい。

「………なんで、あたしにそんなこと言うの」

 そう、やっぱりおかしい。

「あたしのことさんざん嫌ってたじゃん。鷹津に対する障害物になりそうだからって早々に方針変更? っていうか姉さんを守るとか何ソレ。あたしは姉さんに守ってもらいたいほうなんだけど」

「見え見えなんだよね」

 細められた雀野の目に、ぎくっとあたしの肩は跳ねる。

「僕たちのことを褒める言葉、媚を売る態度、あからさまでヘタすぎる。生徒会補佐の件だって、まずは喜んで見せなきゃだめだよ。さっき言っただろ? 僕は卑屈だから、お世辞や建前の嘘に敏感なんだ。僕が嫌っていたのは君の値踏みするような眼差しだ」

 ぐうの音も出ない。

 あたしの演技はお粗末なものだったようだ。これからは気をつけようと反省するが、それよりも先に込み上げたのは雀野に対する素直な感想だ。


「副会長、マジ根暗」

「どうとでも。君のことは『将を射んと欲すればまず馬を』っていう考え方になれないほど嫌いだった。単純と言われればそれまでだけど、この飴のおかげで今はちょっと違うかな」

「あっそー、光栄なことで。……でも残念だけど、鷹津と姉さんの仲を邪魔しようとは考えてない。鷹津は最高の物件だから捨てるには惜しいの。もちろん副会長のサポートもしないよ」

「でも、君は篤仁を警戒している。そういう意識を持っている人間が白河さんの側にいるってだけで十分だよ。……ちょっとくらい白河さんに僕のことアピールしてくれてもいいんだけど」

 雀野は、ただ優しいだけじゃない、こずるい笑みを浮かべてみせた。少しは人間らしい表情じゃないか。

「姉さんの保護の確約とあたしの生徒会室入室の自由を認めてくれるってワケ」

「そういうことだ。どうせ白河さんの補佐入りは避けられないんだ。好条件だと思ってほしいね」

 口のうまい王子様は、こうしてあたしを言いくるめた。




 敬吾さんには皮肉たっぷりに叱られたが、雀野の口上をそのまま使わせてもらうことで、なんとか美月様の補佐入りを認めてくれた。条件は、あたしがしっかり美月様をお守りすること、という一点だ。

 鷹津の行動は早かった。

 昼休みの美月様の懇願から中一日をはさんで登校してみれば、掲示板に『白河美月を生徒会補佐に任命する』との辞令が掲示されていたのだ。もともと美月様を歓迎していた生徒会役員たちのおかげでスムーズに話がまとまったのだろう。

 今日は美月様の補佐としての仕事始めの日。

 あたしの入室許可を得るのもなんとかクリア、幸先はいい。


 体が沈むような座り心地のソファに寝っ転がり、あたしは美月様の仕事ぶりを眺めていた。何をするでもないのだが、こうしてダラダラし始めて早一時間。忙しいのも大変だが、何もやることがないのも持てあます。

 美月様はディスプレイと手書きの書面を交互に見ながら、テンポよくキーボードをたたいている。

「初瀬先輩、この間の議事録の文章起こしできましたよ!」

「ありがと、美月ちゃん! 助かるよ~」

 初瀬はパソコンの画面を確認して嬉しそうに言った。

「うん、ばっちり!」

「プリントアウトして、このファイルに保存でいいんですよね」

「そうそう」

「美月さんがいてくれると助かるわ。仕事がいつもよりずっと早く進むもの」

 印刷した書類に穴を空けてファイルに閉じている美月様に、雨宮も頬をゆるめている。

「そんなことないですよ。でも、一生懸命がんばりますね!」

 なんて健気なお言葉!

 あたしが見る限り、美月様は非常に手際よく言いつけられた仕事を進めている。失礼ながら意外なことに、パソコンの基本操作も問題なく、ミスなく丁寧に処理を行っているようだ。

 最初こそ緊張した面持ちではあったが、美月様にとっては気心の知れた相手との作業だ、自然とこわばりもほぐれている。だからといって慣れあうでもなく、真面目で頭のいい美月様は黙々と仕事をしている。他の生徒にとやかく文句を言われることない立派なお姿だ。構いたがるかと思った雨宮たちも、案外ちゃんと各々の役割をこなしているようだ。


 美月様のほうは問題なし。だからといって、あたしの居心地がいいわけではない。むしろ悪い。

「美月ちゃんにひきかえ、アレなに?」

「なんの役にも立たないわね」

 放っておいてくれればいいのに、初瀬と雨宮はちょくちょくこちらを睨んでは文句を言ってくる。

「あたしはいわゆる生徒会のマスコット的な立場だからぁ。可愛がってくれるのは大歓迎だけど。姉さん、がんばって!」

「ありがとう、アキラ! がんばるねっ」

 美月様はにこっと笑ってかわいらしいファイティングポーズをとってみせた。おい、見とれるな、報告書めくる手がとまってるぞ雀野。鷹津はハンコをポンポン押しながら満足げな様子だ。

「やっぱり俺の判断は間違っていなかったな。美月さん、その調子で頼みますね」

「はいっ!」


 見る限り鷹津も美月様にちょっかいを出すでもなく仕事に励んでいる。ちょっと拍子抜けだ。あたしは足を投げ出してう~ん、と伸びをした。実は緊張していたのか、ぱきぱきといい音がする。

「ヒマそうだなー、アキラ」

 ずっとパソコンと向き合っていた池ノ内も、同じように腕を伸ばして体をほぐしている。

「表計算ソフト、得意?」

「あー、無理。あたしパソコン苦手。キーボード打つのも指一本打法だもん」

「なんだよ、ホントにパソコン初心者って感じだな」

「そうそう。機械ムリ。頼もうとしたってダメだから」

 何を考えているのか、池ノ内は怒るでもなく快活に声をあげて笑った。

「じゃあ別のこと頼む。ちょっとでいいから肩もんでくれよ」

「ええぇ?」

「ヒマなんだろー」

 ほれ早く、と池ノ内はあたしに手招きをする。当然拒否したが、美月様がぱっとキーボードを叩く手を止めたのに気付き、仕方なく立ち上がった。あと一呼吸遅ければ「わたしがやりましょうか」と言いだしただろう。

「もー、あたしやったことないからヘタクソですよ?」

「いいからいいから」

 池ノ内の厚みのある肩に触れようと手を伸ばした。


「紅茶」


 突然の鷹津の言葉に、思わず動きを止めてしまう。

「紅茶が飲みたい」

「あっ、俺も飲みたい」

「私も紅茶がいいわ。ミルクティー」

 便乗する初瀬と雨宮。え、これってつまり……。

「買って来いってこと?」

「買えだなんて。給湯室はここを出て右よ」

 茶を淹れて来いってことか。素直にお願いできないのか、こいつら。

「あの、アキラは池ノ内先輩のマッサージがあるから、わたしが……」

「あなたはやることがあるだろう」

 鷹津はバッサリと美月様の申し出を斬り捨てた。言っていることは正しいが、言い方ってものがあるだろう。美月様ちょっとしょんぼりしてるんだけど!

「あー、ハイハイ! あたしがやりますぅ。じゃ池ノ内センパイ、そういうコトだから」

「ちぇー、残念。な、俺の分も頼むな」

「はーいはい」

 池ノ内の肩をぎゅっと一度だけもんでやって、すぐに離れる。

「姉さんは何が飲みたい? ジュースでもいいよ、買って来るし」

「ううん、大丈夫だよ。ごめんね」

「平気平気! じゃあ適当に持ってくるから。すぐ戻るね」

 あたしは美月様に手をふってから、生徒会室を後にした。



 まったく、希望だけ言えばなんでもその通りになると思いおって、おぼっちゃま方め。「飲みたい」じゃなくて「お茶をください」だろうが!

 雨宮に言われた通り右に曲がると、冷蔵庫や電子レンジまで用意された給湯室がある。

 あたしはヤカンを探して水を入れる段階でふと気がついた。


「……紅茶ってどう淹れるの?」




更新が遅れ気味ですみません。

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