天使の訴え
「おはよー、姉さん」
いつものように挨拶をしたものの、あたしは内心冷や汗ダラダラだった。美月様が返事をしてくれなかったら、怒っていたらどうしよう。
「おはよ、アキラ!」
しかしそれは杞憂だったようで、くるっとふり返った美月様は朝日よりまぶしい笑顔を見せてくれた。美月様は上都賀さんや他の御学友ともいつも通り挨拶をかわし、楽しげにしている。あたしは心底ほっとした。昨日のことはひきずっていないみたいだ。
報告手帳を通して敬吾さんにも相談したが、やはり生徒会補佐は見送ったほうがいいだろう、との意見だった。諸々の理由に加えて、美月様が補佐になってしまえば、あたしには美月様の生徒会室での様子を見守る術がない。
そう頭でわかっていても、またおねだりでもされようものなら、あたしは今度こそ頷いてしまいそうだ。
でも、この分ならなんとかなるかもしれない。
昼休み、あたしは教室で敬吾さん宛の報告メールを打っていた。昨日は結局手帳だけのやり取りで、直接話せてはいない。しかし報告はよりこまめに行うように、との指示を受けていた。
昨日の総会から学園中の話題は鷹津一色だ。おかげであたしがせっかく足を投げ出してだらしなく椅子に座っているというのに、誰も見向きもしない。
「鷹津会長はD組になったそうよ」
「朝から公務に励んでいたって。さすがだな、昨日の今日なのに」
「かっこいいよなぁ、鷹津会長!」
三年D組前には、その姿を一目見ようと多くの生徒が押し寄せているらしい。あんなの頼まれたって見たくもないのに、物好きなことだ。でも彼らのおかげで鷹津は身動きがとれなくなっていることだろう。その点は感謝だ。
しかし雀野も哀れなものだ。
もうみんな鷹津を会長と呼ぶことに抵抗を感じていない。ああいう秀才タイプメンタル弱そうだけどなー、思い切った行動に出なきゃいいけど。
でもしょせんは他人事。あたしの関心の外だ。
心配なのは、美月様が人ごみをかき分けてでも鷹津に会いに行こうとすることだ。
三年教室のある三階に行こうとするには、あたしのいるB組の前を通る必要がある。あたしはメールを打ちながらも廊下側の窓をちらちらと横目で確認することを怠らない。
「……おおっとォ」
あたしはぺろっと唇を舐めた。
来ました、来ましたよぉ!
美月様は足早に廊下を通りすぎていく。上都賀さんも取り巻きの連中もいない。
あたしは素早く立ち上がって後を追った。階段前で追い付いて声をかけるつもりだ。しかし美月様は階段を素通りし、特別教室棟へ続く中廊下に向かっていた。
美月様の目的は鷹津じゃない。ではなんのために?
あたしは声をかけるのをやめ、尾行することに決めた。
誰かに呼びだされたかな。
告白劇かな? それとも生活委員会?
相手に応じた撃退パターンをいくつか考えていると、美月様は人気のない特別教室棟の階段を上っていき、最上階にある音楽室の扉をノックした。
「失礼します。雀野先輩、お待たせしてすみません」
雀野!?
美月様のよく通る声は、はっきりとその名前を呼んだ。
鷹津の存在にあせり、先手を打って告白しようと言うのか。
階段の影から様子を見ていたあたしは、足音をたてないように音楽室へと近づいた。閉められた扉の前で息を殺す。
「突然呼び出して悪かったね、白河さん」
「いえ、いいんです。わたしも先輩にお話ししたいことがあって……」
いつの間に美月様と連絡をとっていたのか。あたしは鷹津に意識が向き過ぎていたことを反省する。
それにしても、美月様から雀野に話? やっぱり生徒会補佐のことだろうな。まだ諦めてなかったのかなぁ、うーん、困ったな。
乱入すべきか、雀野の呼び出しの理由がわかるまでとりあえず待つか。
「ならちょうど良かった。僕は、まず君に謝らなくちゃいけない――――――」
謝る? 何を?
あたしはどうすべきか迷い、後ろから伸びてくる腕に気がつかなかった。
口をふさがれ、腰を引き寄せられる。
その感覚に既視観を覚えた。
「なにをコソコソしている」
唇をおしつけるようにして耳に吹き込まれる密やかな艶めいた声。
間違えようがないその声の主に、あたしの心臓は跳ね上がる。
なんでここにいるんだ!
反射的に暴れようとしたが、その男、鷹津篤仁は「しーっ」とあたしをあやすようにたしなめた。
「コラ、バレるだろ。今おもしろいところなんだから」
鷹津はあたしを後ろから抱きかかえたまま、音楽室の中をうかがっている。ぱんぱん、と口をふさいでいる手を叩くと、こちらに目を向けて「静かにできるか?」と問いかけてきた。無言でうなずく。
不思議と今は鷹津に対する畏れをあまり感じなかった。緊張はするものの、重圧感を伴う迫力は抑え気味になっているように思えた。鷹津の興味が音楽室内にむいているせいだろうか。だが、あたしにも我慢できることとできないことがある。
「……ちょっと」
口を解放されたあたしは小声で言った。
「なんだ、静かにしていろ」
「手、やめてください」
鷹津は確かにあたしの口から手を離してくれた。だが、その手は今あたしの顎の下をくすぐっている。
「いいだろ、手がヒマなんだ」
「そういう問題じゃ……!」
「な、なんでですか!?」
美月様の悲痛な声にはっとする。
しまった、会話を聞くのを忘れてた!
「なんで今更、生徒会補佐にはできないって……。誘ってくれたのは雀野先輩なのに!」
「申し訳ないと思っている。僕が浅はかだった」
「でも、わたし、ようやく覚悟ができたのに……!」
「……本当にすまない」
あれ?
あたしは聞き間違いかと思った。
しかし会話の流れは間違いなく、雀野が美月様の生徒会補佐入りを断っている。
「なんで?」
ぽつりとこぼれたあたしの言葉に、鷹津はにんまりと笑った。
「へぇ。ミツはあのぽやぽやが好きなのか。どれどれ」
「ひっ」
鷹津はちゅっとあたしの耳のピアスに口付けてからようやく体を離した。
そして無造作に扉を開ける。
「おいおい、何後輩をいじめてるんだ」
「篤仁!? なぜここに?」
「お前と昼を食べようと誘いに行ったらいないんでな、探しに来たんだよ」
「あ、篤仁先輩!」
「おや、白河美月さんじゃないか。パーティ以来ですね」
ぞわぁあああっと鳥肌が立ってくる。きっと今、鷹津はすっごく爽やか好青年の顔をしている。あたしは立ち去りたい衝動にかられたが、なんとか歯を食いしばって逆に音楽室に飛び込んだ。
「ね~え~さんっ!」
「アキラ! どうしたの?」
美月様は突然のあたしの登場に目を丸くしている。
「えへ~、次の現国の教科書忘れちゃって、姉さん持ってないかな~って探しに来たの! あれぇ、どうしたんですか先輩方! 生徒会のツートップがそろってるなんて超豪華! 写メっていい!?」
わざとらしいのはあたしも同じか。
鷹津はおや、というように眉をひくりとさせたが、すぐにまたにんまりと唇で弧を描いた。この野郎、美月様が見ていないと思って。
だけどここは鷹津邸のパーティ会場ではない。学園内であれば、あたしはワガママ女王、白河の悪魔の方として振舞うことができる!
「なんか~、さっき姉さん怖い声出してたけど、大丈夫? まさかいじめられたの!?」
「ううん、違うの……。雀野先輩がね、生徒会補佐への勧誘、なかったことにしてほしいって……」
「ふぅん、いきなりだね」
あたしはきゅっと唇をかみしめている美月様をかばうように立ち、雀野を見据えた。しかし雀野の視線は鷹津へと注がれている。まるでおびえるように。
「篤仁、頼む……」
「何がだ、ミツ? はっきり言わなきゃわからないぞ」
ミツとは雀野光也の愛称だろう、やはり二人は仲がいいのか……。いや、彼らの関係は幼馴染の仲良しというより、いじめっ子といじめられっ子ではないだろうか。
「篤仁先輩!」
「ん? なんです、美月さん」
「あの、わたしが生徒会補佐になったら邪魔ですか!?」
「姉さん!?」
あたしは慌てて美月様をふり返るが、美月様はとまらない。両手を祈るように組んで必死に鷹津に訴えた。
「わたし、前から雀野先輩に補佐入りを勧められていたんです。煮え切らない態度をとっていたことは悪かったと思ってるんです、でもやっと決心がついたら、今度はもう補佐入りは認められないと断られてしまって。篤仁先輩が許可してくれれば、雀野先輩や他の人たちも認めてくれるかも……!」
「なんだ、一度約束したことを反故にしようとしていたのか。それはよくないなぁ」
ふむ、と鷹津はわずかに険しい顔をした。それがあたしには演技じみてみえる。
「ミツ。考え直す気はないのか」
「ああ。僕の浅慮だった。それに彼女はまだ一年生だ、最低でも夏休み明けまで待たなくてはいけない」
雀野は負けじと言い返す。だが、美月様も黙っていなかった。
「でも、先輩は時期なんて関係ないって言いました!」
「姉さん! 決まりは決まり、結局あいつは守れない約束したんだよ。嘘つかれたのはムカつくけど、会長には従っとこうよ」
「今の会長は篤仁先輩だもん!」
その時、雀野は見事に凍りついた。
「そうだな、わかった。ミツが美月さんを任命しないのなら、俺からの任命を考えてみよう」
「はぁ!?」
「本当ですか!?」
あたしと美月様の声が重なった。
鷹津は自信満々に頷いた。
「もともと任命しようとしていたのなら、きっと問題ないくらい優秀なんだろう。とりあえずそういった点を確認してからになるが、いいかな?」
「はい! もちろんです。わたし、篤仁先輩や生徒会の先輩方と一緒に、学園のために力になりたいんです」
「ありがとう。意識の高い後輩がいてくれるというのは頼もしいね」
まとまってしまいそうになる話に、あたしは無理やり割り込んだ。
「だめ! だーめっ! いーんですかぁ、代替わりしたばっかりでいきなりそんな横暴? 姉さんがいいんだったらあたしも立候補しようかな。規則曲げてもいいんでしょ? あたしみたいのいっぱい湧くよ、さっそく失政なんてことになったら笑えないよ? そーいうのォ、しょっけんらんよう? っていわない? 違う?」
鷹津はゆっくりとあたしを見た。また湧き上がる悪寒に、あたしの顔は自然と下を向いてしまう。
「確かに非難もありうるだろう。だが俺は美月さんを信じよう。規則を曲げるに足る仕事をしてくれる、と」
「……もしもダメだったときは?」
「その時は俺が責任を持つ。なに、ミツがいてくれる。生徒会長がまた変わるだけだ」
あたしの口からは反論する言葉が出てこなかった。
器が大きいのか、それとも大雑把なのか。あたしは計りかねたが、美月様は心底感激したと頬を染め上げている。
「お、チャイムだ」
昼休み終了、授業開始の五分前のチャイムが鳴った。
「ミツ、お前のせいで昼食を食べ損ねた。あとでジュースでもおごれよ。さあ解散だ、各自教室に戻ろう」
「はいっ」
機嫌良く出て行った二人に、あたしと雀野は取り残された。美月様はこのままでは本当に補佐になってしまう。敬吾さんにすぐ連絡すべきだろうか。あああ、また怒られるなぁ~。
あたしが頭を抱えていると、後ろでかすれ気味な呟きが聞こえた。
「いつもこうだ」
「はい?」
ついつい返事をしてしまったが、雀野は顔から表情というものを消し、力なくそこに佇んでいた。
「会長? 正気?」
「もう会長じゃない……」
雀野はあたしに答えはしたものの、崩れ落ちるように壁に背を預けて床に座り込んでしまった。長い前髪がかぶさり余計に哀れを誘う。
「あー……。授業始まっちゃいますよ。あたしも行くんで、副会長もほどほどに……」
「そう、副会長だ。僕は会長でさえ仮初で、絶対に篤仁に勝てないんだ。昔からそうだった。どうして僕は篤仁みたいになれないんだ……」
ものすごく出て行きにくい。
聞いてあげるのが人情ってもんかもしれないけど、正直めんどうくさい。雀野みたいなタイプは自己憐憫に溺れてしまうだろう。それに付き合うのは骨が折れそうだ。
しかし、あの鷹津相手じゃ仕方ないのかもしれない。あんなのと幼少時代から付き合ってきた雀野に、あたしのなけなしの同情心がわいてきた。
あたしは雀野から少し距離を置いて座り込み、ポケットから飴をとりだした。授業開始のチャイムが聞こえたがもういい、サボってやる。
「鷹津篤仁は別格でしょー? あんな化け物と比べても仕方ないんじゃないですか」
「僕もそう思う」
お、なんだ。意外にのってきたな。
「今までだって散々負けてヘコんできたんでしょう。今更じゃん」
「そうだけど……」
ぐす、と鼻をすする音がする。おいおい、泣いてますよ。もー! いつもの穏やかではあるが庶民を寄せ付けない王子様然とした姿はどこへやら。
「泣かないでくださいよ。はい、ハンカチ。飴舐めます?」
あたしは親しい友人もいないので、泣いている人を慰めたことなんてない。あたしを慰めてくれる辰巳だったら頭をなでてぎゅっとして甘やかしてくれるけど、雀野にやることじゃないだろ、うん。それくらいはわかる。
ハンカチと棒付き飴を受け取った雀野だが、握った拳が震えている。
「会長の立場に未練はない。篤仁が戻った今、僕が会長のままでいたとしても居心地が悪いだけだ。でも白河さんだけは譲りたくなかったのに」
喉の奥からしぼりだすような言い方に、あたしはふと疑問がうかんだ。
「そういえばさ、なんで姉さんにそんなに執着するの?」
あたしのリサーチ不足で恥ずかしいことだが、なぜ美月様があれほど生徒会連中に好かれているのか、イマイチはっきりしていないのだ。
雀野はまた鼻をすすってから、ゆっくりと言った。
「白河さんは……天使だと思った」
「はいはい、知ってる。姉さんは天使です」
あたしが適当な返事を返すと、雀野はあわてて続けた。
「そうじゃない。僕を救ってくれる天使だと思ったんだ」
「救う?」
「入学式から数日後だった。移動教室で迷子になっていた白河さんを見かけて、声をかけたんだ……」
当時、雀野は荒んでいた。
会長に就任したのは二年生の三学期からだ。会長となって最初の大仕事である卒業式と入学式を無事終えたというのに、心は晴れない。自分はあくまで鷹津の代わり、彼だったらもっとうまくやったのではないか、という思いが頭から離れないのだ。
そもそも選挙内容からしてそうだった。実際に演説や活動を行った自分よりも、鷹津の影が生徒の支持を得た。影にも劣る自分が、はたしてこのまま会長を続けていけるのか?
雀野は鷹津の帰国を心底祈っていた。
せめて本物がいれば、みじめさも薄れる。あの本物の力強さをまた目の当たりにすれば、仕方なかったと諦められる。
昼休みも生徒会室で仕事をしていた雀野は、教室へ戻る途中特別棟内をうろうろとしている女生徒を見つけた。
制服のリボンの色から一年生だとすぐにわかった。
「どうしたのかな? 迷ってしまった?」
意識的に優しい顔をつくってから話しかけた。彼女は科学の教科書を手に、泣きそうな顔をしている。
「科学実験室に行きたいんですが、道がわからなくなってしまったんです」
恥ずかしげにうつむく姿は庇護欲をかきたてられる。今度は自然に浮かんだ笑みをのせ、雀野はここは特別棟で、めざす実験室は隣の特別教室棟であることを教えた。
「別の建物なんですね! 特別っていうから同じだとばっかり」
「ふふ、新入生は間違えやすいんだ。気をつけてね」
「ありがとうございます!」
女生徒はシュシュで結わえられたふわふわの髪をゆらして頭を下げる。そしてあっと声をあげて大きな目をより大きく開いた。
「先輩、確か生徒会長さんですよね!」
「そうだよ」
仮の、だけどね。雀野は自虐的に心の中で付け加える。
「入学式のときの挨拶、とってもかっこよかったですよ! 堂々としてて、威厳があって! それでこうして優しいなんて、理想の会長ですね!」
その輝かんばかりの笑顔は、彼女が真実そう思っていることを告げていた。ただでさえ鷹津と比べられることが多く卑屈になりがちな雀野は、お世辞や建前の嘘に敏感だ。だから余計に彼女の笑顔は染みわたった。
彼女が鷹津篤仁を知らないからこう言ってくれることはわかっている。
だが、今彼女は自分を会長と認めてくれている。
自分だけを見て、褒め称えてくれている。
彼女こそ自分を救う天使だ。
雀野は直感的にそう思った。
「……君の名前は?」
「あ、申し遅れました!」
天使はダメ押しとばかりににっこり微笑む。
「一年A組、白河美月です!」
「ほォ~……」
さすが美月様。
意識せずとも、相手が望んでいる言葉をさらっと素直に告げられる。美月様が愛される理由の一つだ。
「彼女は僕だけの天使だ! 篤仁には絶対わたしたくなかった」
「それでやっきになって補佐に誘ってたんですか?」
「彼女は家柄、成績ともに申し分ない。入学当初から候補に名前が挙がっていたんだ。篤仁が戻れば白河さんだってあいつに魅かれるに決まってる。そうなる前に、彼女の意志で僕の側にいてほしいと思ったのに」
「でも、そうなる前に鷹津が帰国してしまった、と」
「思った通り白河さんは急に補佐になると言い出した。パーティでもそうだ、いつの間にか篤仁と一緒にいて、仲良くなって。おまけに、おまけに……!」
雀野はぶるぶると体を震わせている。
その先は言わなくてもわかる。
そうとう衝撃だったのだろう、美月様のあの発言。
『今の会長は篤仁先輩だもん!』
もう自分は、理想の生徒会長と思われていない。事実は事実。だが、雀野には何より辛い一言だったに違いない。
あたしは一度雀野から飴をとりあげ、包装紙を取ってやってからもう一度握らせた。
「ほら、飴舐めて。お昼食べました?」
「食べてない……」
「なら糖分取りましょう。顔もふく」
ようやく手を動かし始めた雀野に、あたしは淡々と言った。
「あたしこういうの不得意なんで、ムッとしても聞き流してくださいね? 正直これは副会長がダメでしょ。あれだけしつこく誘ったんだもん、それなのに鷹津が戻ったから今更なかったことに、なんて都合よすぎ。振り回される姉さんがかわいそう。おかげで姉さんは生活委員会から睨まれたりして大変なんだよ?」
雀野は赤くなった目元にハンカチを押し当てて黙り込んでいる。だが、しっかり話は聞いているようだ。
「ストレートに告白する気はないワケ? 鷹津がいるからって手を引くようなら、最初から姉さんにちょっかい出さないでほしい」
「……引く気はない」
少しばかり張りの戻った鼻声。
「じゃ、がんばるんだ?」
「でも今告白したって無理に決まってる……。フラれたらもう立ち直れない」
「弱腰だなぁ」
あたしが笑うと、雀野は拗ねてそっぽを向き、別のことを尋ねた。
「白河家は篤仁をどう見てる? 縁談の話は?」
「さぁねぇ」
「やっぱりあるのか」
鋭い雀野にはあたしの適当な誤魔化しは通じないようだ。ぱく、と棒付き飴をくわえた雀野は、びしょびしょになったハンカチをもてあそぶ。
「正攻法で勝てるとは思えない」
「また小細工? それで失敗したんでしょーが」
「う」
言葉に詰まる雀野に、あたしは都合のいい提案をしてみる。
「それよりさ、鷹津止められないかな。姉さんが補佐になるのあたし反対なんだけど」
「篤仁は一度決めたら絶対やる」
「そこで諦めるなって」
雀野は首を傾けてあたしのほうを見た。まぶたが少々腫れているが、十分に美しいといえる甘い顔立ち。美形は得だ。
「君のことをこうしてちゃんと見るのは、初めてだ」
「はいはい、そーでしょーね」
いつも雀野は美月様しか見ていなかった。あたしは大根のツマ以下だ。
「白河さんが篤仁目当てに補佐になるのは見ていて辛いけど、近くにはいられる」
「え、ちょっと。なんでそこに前向きになってるの。それはダメだって」
「要は、篤仁と白河さんの邪魔をするモノがあればいい」
生気が宿ってきた雀野の瞳に、嫌な予感がこみあげてくる。
やっぱりさっさと置いて帰ってしまえばよかった。あたしは少しばかり後悔した。
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