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悪魔と学園の支配者




 第一体育館の二階上手側にある放送室は現在使用されていない。数年前にステージ舞台そでに新しい音声機器が設置されたことで利用回数は減り、今ではすっかり古い機材の墓場となってしまったのだ。

だけどあたしには好都合。ちょっと埃っぽいけれど、ステージ上も含めた体育館全体を見渡すことのできる絶好の見物ポイントだ。

 あたしは教室に戻ることなくこの部屋へ直行した。城澤は別れ際に、東条に乱されたあたしの髪を整えながら「ちゃんと出席するように」と念を押してきたが、これだって一応出席だ。

 あたしが集団行動をさぼるのはいつものことなので、今更クラスにいないととやかく言う人はいない。

 もしかしたら東条に骨も残さず喰われたと思っているかもね。


 九時二十五分、前から三年、二年、一年の順に並び、用意されているパイプ椅子に座る生徒たちは、これから始まる臨時生徒総会を前にそわそわと落ちつかない様子だ。

 それもそうだろう、昨日まではそんな話は一切出ていなかった。

 何が始まろうと言うのか。


 あたしは放置されている機材のうち旧式のちょっと重いビデオカメラを手に取った。コンセントで電源を入れてやれば、ズーム機能で望遠鏡の代わりになる。それを一年生の座席へと向けて美月様を探すと、美月様は上都賀さんと何やら楽しそうにおしゃべりをしていた。あの分だと東条の騒ぎも知らないのではないだろうか。

 あたしはほっと口元をゆるめる。知らないならそれで構わない。美月様に余計な心配をかけてしまうことのほうが、よほど困るというものだ。


 さて今度は、とあたしはステージ上にカメラを動かした。ちょうど生徒会役員たちが舞台袖から出てきて立ち位置を確認している所だった。池ノ内でさえきりりと引き締まった顔をしているのだから、今回の総会は何か大きな決定があるのだろう。

 しかし特に気になったのは雀野だ。いつもならおだやかに浮かべている笑みが消え、もともと白い肌が一層青ざめている。あの顔は見たことがある。この前のパーティの時と同じだ。


『お静かに願います。時間となりました、姿勢を正してください』

 マイクを通して、司会の放送委員のはっきりとした声が体育館に響いた。

 ざわついていた体育館がピタリと静まり返り、全員がびしっと背筋を伸ばしている。

『それでは、臨時生徒総会を始めます。生徒会長、お願いします』

「はい」

 ステージ上に一列に並んでいた生徒会役員の中から雀野はすっと前に出た。顔色こそ悪いものの、しっかりとした足取りでスピーチ台に向かう。

『おはようございます、みなさん。本日は重大な発表があり、このような場を設けさせていだたきました』

 大勢の人の前で話すというのは一種の才能だ。どれだけの人が耳を傾けるかは、話し手の人間的な魅力を示すステータスとなりうる。この学園の生徒は、規模の大きさに差はあれどいずれは集団の長となる者が多い。そんな全校生徒を前に臆することなく朗々と話す雀野の姿は、この学園のトップにふさわしい風格があった。

 そう思っていたあたしにとって、雀野の発言はまったく予想だにしないものだった。


『わたくし雀野光也は、ただ今を以って生徒会会長を辞任致します』


「ええっ!?」

 慌てて口をおさえたが、幸いあたしの声は生徒席側からの悲鳴にまぎれた。椅子から立ち上がったり、信じられないと手で口を抑えたりしている生徒が大勢見えた。

 しかし、一体どういうことなのか。

 いきなり会長を辞めるなんて尋常ではない。

 雨宮たちはというと、すべてを承知しているらしくただ雀野を見守っている。

 雀野は騒ぎ続ける生徒たちをなだめるように右手をかざして口を開いた。


『みなさん、落ち着いてください。一年生はご存じないでしょうが、わたくしは元々前回の選挙により副会長に選任されていました。しかし、会長となるはずだった人物の留学により、繰り上げで生徒会長という大役を任されることとなったのです。わたくしのような頼りない代役を会長と呼び慕い、よりよい学園生活のために力を貸してくれたみなさんに、心よりお礼を申し上げます。本当にありがとうございました』

 雀野はそこで一度言葉を切り、一歩下がって深く頭を下げる。肌が泡立つほどに美しい礼だった。その姿に鳴き声混じりの悲鳴がより一層ひどくなる。

『わたくしは本日以降は副会長として生徒会活動に関わっていきます。これまでと変わらずこの学園のために尽くす所存です。では、改めて紹介させていただきます』

 招き入れるように舞台袖の影に向かって手を伸ばした雀野は、言った。

『新しい生徒会長、鷹津篤仁さんです』




 ゾワリと悪寒が這い上る。体育館中を覆うような存在感。

 彼は一歩舞台上に出ただけで全員の視線を自分のものにした。まだ残っていた嘆きや不満の声が一瞬のうちに消えている。

 詰襟の制服に身を包んだ鷹津はまるで青年将校のようだ。いや、もっと物々しい、怖いモノ。人を無条件に屈服させ、従わせるモノ。

 長い脚でゆっくりと雀野に歩み寄った鷹津は、御苦労だったというように彼の肩をたたき、マイクに向き直った。

『先ほどご紹介に預かりました、鷹津篤仁です。わたしのような無責任な男が投げ出した責務を担い、見事学園を治めてくれた雀野くんにまず御礼を言いたいと思います。本当にありがとうございました! 彼に拍手を!』

 音高く拍手をする鷹津につられ、全校生徒は一斉に手を打ち鳴らす。いつまでも続くかと思われたが、鷹津がさっと手を振るとそれだけで拍手の音は止んだ。


『さて、一年生の諸君、はじめまして。そして二・三年生の諸君、お久し振りです』

 鷹津はスピーチ台に両手をつき、にっと口の端を上げて笑った。


「鷹津会長だ……」

「鷹津様だ、お戻りになったの」

「鷹津会長、本物だ」

「会長! 会長!!」

 誰かの一言から始まったざわめきは渦をなし、周囲を巻き込んで暴れまわった。一年生までも歓声を上げている。

 わああっと湧き立つ生徒たちをまたもや手の一振りで黙らせた鷹津は言った。

『覚えていてくれて光栄だが、まだ会長と呼ばれるには早い。本来ならばこのまま雀野くんに会長職を任せるのが当然であると思う。しかし、本人たっての希望とありわたしがこの役に就くこととなった。本日はその承認を求めたい』

 どうだろうかと問いかえる声は、マイクがなくても相手の頭の中心に入っていく。神経性の毒に犯されているようだ。

 そこであたしはようやくカメラを床に落としていたことに気がついた。

 だが、もう拾う気にはなれない。

 あの凶暴なまでに鋭い目を見たくなかった。


『では、お願いします』

 鷹津は司会役の女生徒を見やった。彼女は鷹津に見惚れていたのだろう、ぽかんと口を開けている。そしてハッと正気を取り戻し、慌ててマイクのスイッチを入れた。

『失礼いたしました。それでは承認にうつります。この決議に賛成の方は拍手をお願いします』

 アクセントも声量も十分なのに、鷹津とは違う、ただの音声。きっと彼女のアナウンスで、これほどまで大きな影響を及ぼしたことはなかったのではないだろうか。全校生徒は立ち上がり、割れんばかりの拍手を新たな生徒会長に贈った。誰もが頬を興奮に染めている。

 鷹津は満足そうに体育館を見渡し、一同に向かって頭を下げた。しかしそれはこうなるのが当然と言いたげな傲慢で悠然とした態度。

 鷹津はこの場において、鳳雛学園の支配者となったのだ。




 あたしはペタンと床に座り込んだ。

 なんだよ、アレ。

 美月様との仲介? 主導権をわたすな?

 敬吾さんはあたしにアレの相手しろっていうのか。

 雀野は学園中の尊敬を集める生徒会長だった。何もなければこのまま役目をまっとうし、歴代生徒会会長の一人として名を残しただろう。だが鷹津は別格だ。カリスマ性を惜しみなく発揮したあの光景、雀野には再現できないだろう。二度起こった拍手だが、二度目のほうがより大きかったことは誰もが感じたはずだ。

 一対一で向き合ったときにはただ威圧感しか感じなかったが、あれが鷹津の本当の姿なのだ。


 東条に追いかけられたときよりもずっと怖い。

 あたしは小刻みに震える自分の手を、呆然と眺めるほかできなかった。




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