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悪魔の反省、そして反撃




 あたしが目指していたのは二年A組、風紀委員長城澤隆俊のクラスだ。

 学園一の不良と悪魔のコンビでは誰もが目をそむけるであろうが、この鋼の男は違う。悪魔であっても助けを求める相手を見捨てない。そう踏んだのは間違いではなかったようだ。

 

 城澤はあたしの襟首を捕まえている東条の手首をつかむと、語気も鋭く言った。

「おびえている後輩の女生徒に対する振舞いとは思えないな。手を離したらどうだ」

「あー、風紀委員長よー。これはこっちの問題だから口はさまないでくんねーかな」

 東条の凄みのきいた睨みにも城澤はひるまない。

「生徒間の問題解決も風紀の役目だ、仲介役をしてやろう」

「お願いします!」

 あたしが間髪いれずに叫ぶと、城澤は「わかった」とうなずいた。東条はあたしをぎっと睨みつけるが素直に手を離す。この前も思ったことだが、東条は風紀と揉め事を起こす気はないようだ。もし東条が風紀をものともしない悪人だった場合、こうはうまくいかなかっただろう。

 城澤はあたしを下がらせて東条との間の壁になってくれた。東条はもはや成人男性と変わらないがっしりした身体つきだが、幸い城澤も負けていない。

 これであたしがボコボコにされるという最悪のパターンを避けることができた。胸の動悸もようやく治まってくる。


 城澤は興味津津の生徒たちを教室にもどし、静かになった階段の踊り場であたしに問いかけた。

「それで? どうしてもめていたんだ」

「誤解だってば。でたらめの噂が流れていて、それを聞いた東条先輩が怒ったの」

「だから、どこをどうしたら俺がお前らの飼い犬になったってことになんのか聞いてるんだよ。なぁ風紀委員長、ひでぇだろ? 先輩のこの俺がなんで後輩女の犬にされんの?」

 東条は先ほどまでの攻撃的な態度を隠し、俺は被害者なんですと訴え始めた。

「犬……? 俺が聞いたのは『白河美月の慈愛は東条彰彦をも照らす』とかいう訳のわからない話だったが」

「その噂いつから? 犬とか飼うとかは聞いてない?」

 首をかしげる城澤の袖を引き、あたしは勢い込んで聞いた。


「先週から流れ始めたはずだ。風紀は学園内の平和維持のため情報収集を怠らない。くだらない内容だったので気にかけていなかったが、東条が犬呼ばわりされているのは知らなかった」

「一部であってもそういう噂が流れたっていうのが俺には精神的苦痛なんだよ」

「もっともだ。アキラくん、東条くんはこう言うが実際のところはどうなんだ。何か心当たりは」

「それなら委員長も知ってるはずですよ。この前の姉さんと東条先輩の煙草事件」

「何?」

 嫌な思い出なのだろう、城澤は嫌そうに口をへの字に曲げた。

「そうだ、風紀なら、この前生活委員会に姉さんがちょっかいかけられたってことも知ってるでしょ? その時に東条先輩と姉さんが話し合いの末和解したって話が出たんです。原因っていうならそれしか考えらない」

「それがどうしてあんな噂になるんだ」

 東条はあたしの説明に不満顔だ。

「姉さんと東条先輩が和解した、仲良くなった、親友になったって感じで大げさに変わったんじゃないかとしか言えませんよ。こっちはそんなひどい噂があるなんて知らなかったくらいだし」

 噂が流れるであろうことは想定していたが、それは先ほど城澤が言ったような美月様のイメージアップ効果しかないものだと思っていた。

 まさかそんな悪質に変化するなんて。


「そもそも、どうして東条くんは今日いきなりアキラくんを問い詰めようとしたんだ。その噂は誰から聞いた」

 城澤がたずねると、東条はおもむろに一枚の紙を取り出した。

「今朝これが俺の下駄箱に入ってたんだよ」

 A4の八つ折だ。

 開いてみせると、そこには『警告 東条彰彦は一年生姉妹に飼いならされた犬と評判になっている』と印字されていた。

「ふざけんなって思ったよ。気になったんでクラスのヤツにちょっと聞いてみたら、顔真っ青にして小刻みに首縦に振ってたぜ」

 それは肯定の意味ではなかったのではないか。いや、今はそれよりも言いたいことがある!

「それ、あたしにも来ました!」

 持っていて良かった! あたしはポケットに入れっぱなしだった紙を城澤に渡す。城澤は二枚を並べて見比べているが、用紙も文字の大きさも書体もまったく同じものに見えた。

「相互理解……?」

「姉さんがしてみせたように、怒り狂ってる東条先輩を話し合いで説得してみせろって言ってるんですよ」

 手の込んだことをしてくれる。

「つまり、この手紙の送り主がきみたちを仲違いさせようと目論んだ、と」

「噂だって流したのはそいつに決まってます! だから東条先輩、これは決してあたしたちの仕業ではなく―――――」


「気にいらねぇな」


 東条はあたしから目をそらさないまま、壁をどんっと蹴りつけた。

「あの件はアレで終わったはずだろ? お前らが黙ってりゃ済んでたんだ。そういうこと含めての『手打ち』だったんじゃねーのか」

「う」

 そこを突かれると痛い。

 あの場で成立した協力体制は、東条から美月様を逃がしたいあたしと風紀から逃げたい東条の利害関係から生まれた一時的のものだ。そこには言外にもう互いに関わらないようにしよう、忘れようという考えがあったはずだ。わかっていながら、あたしはそれを破ってしまった。

「相互理解だァ? ふざけんな、俺がお前らと慣れあってるように言われちゃたまんねーよ」

「それについてはすみませんでした。軽率に口を滑らせたことで不快な思いをさせてしまい……」


 確かによく知りもしない後輩の女生徒の飼い犬扱いはあまりにもひどい。不良というのは面子を気にするというし、東条もさぞかし腹が立っただろう。

 あたしは東条に頭を下げた。

「東条くん。彼女はこうして噂の原因を作ってしまったことを悔やんでいる。謝罪もした。噂の撤回にも尽力してくれることだろう」

 城澤の援護に、どうか折れてくれないか、とあたしは祈るように思った。そして待つことたっぷり五秒間。


 突然東条は「あーっ!」と大きな声を出してまた壁を蹴った。

「ちっ! あー、調子狂うな! 俺はこんなつもりじゃなかったんだよ! 噂が気にいらねぇのは事実でも、ガチで頭下げられたって面白くも何ともねぇんだよ!」

「え?」

 大きな舌打ちに、あたしは頭を下げたまま目だけを上げた。 

「城澤なんて呼びやがって、風紀がいなけりゃ今頃こいつビービー泣かせて楽しく遊んでやれたっつーのによォ!」

 ビービー泣かすだと?

 こいつ、真剣な謝罪なんて望んでいなかったのか。噂をネタにあたしをいたぶって遊ぶつもりだったのか!

 あたしよりも先に美月様が捕まってしまったとしたらどうなっていたことか。


 反省の思いから縮こまっていた体が、湧き上がる怒りでぐうっと伸びあがる。

「東条くん、その態度は一体どういうことだ!」

 あたしは東条に抗議してくれようとする城澤の腕をそっと握った。

「いいんですよ委員長。東条先輩、この度はほんっとーにすみませんでしたぁ……」

「もういい、クソつまんねぇオチだったな。お前はもっと面白いヤツかと思ってたぜ」

 東条は不機嫌そうに吐き捨てる。もう興味をなくした、と背を向けようとする東条に、あたしは静かに言った。


「ところで、さっき紙を取り出した時にシガレットケースみたいのが見えたんですけどォ……。気のせいですよねぇ?」


「は!?」

 あせった声を出す東条。その反応にあたしはにんまりと笑みを作った。

「もしかして拾ったんですか? また? そんな偶然ってありますかね。ねぇ、風紀委員長」

「おいおい、今はそういうコトじゃねーだろ、何言ってんだお前は! こら、妹!」

 城澤は逃げ腰になる東条を前に眉間にシワを寄せている。

「一応確認させてもらおうか」

「うォーい、風紀委員長まで何のせられてんだよ!」

 東条はあからさまに狼狽していた。実はあたしはシガレットケースなんて見ていない。ただの揺さぶりだったが、これは確実に持っている。

 逆襲成功だ。

「観念するんだ、東条くん」

「あたし、東条先輩の無実を証明すべくお手伝いしま~すっ」

「あっ、バカ、やめろって! おい!」 

 城澤が暴れようとする東条の両手を抑えつけている間に、あたしは素早く背後にまわって東条のスラックスのポケットを探った。セクハラじみているけど仕方ない。遠慮なく手を突っ込ませてもらう。

 四角い革の入れ物の感触に、あたしは口の両端が吊りあがるのを止めることができなかった。


「あれ~、これ、なんだろ~?」

 出てきたのはビンテージ加工された茶色の牛革のシガレットケースだ。中身の感触もちゃんとある。

「あああああ!」

「アキラくん、貸してくれ」

「は~い!」

「あああああああ……!」

 あたしは良い子の返事をして城澤にパスする。東条はうめき声を上げながらがっくりと廊下にうずくまった。相当内申点を気にいていたのだろう。だがもう遅い。

「む。これは……」

「委員長、何入ってるんです? たばこ? やっぱタバコ?」

 あたしはワクワクと城澤の手元を背伸びしてのぞきこんだ。

「え?」

 思わぬ事態に笑みが崩れる。そこに入っていたものは予想外のものだった。


「棒付き飴、だと?」

「え、うそ。コレ……」

 そう、ケースの中にはタバコではなく飴が五本も入っていた。呆然とするあたしたちの足元で東条は肩を震わせている。

「いや、違うし……。ウマいから持ってただけだし、禁煙とかじゃないし……。あ、でも甘党ってわけじゃないから……! 甘いもの好きとかマジねェから……!!」

 ぶつぶつと言い訳がましいことを言っている東条を見下ろし、あたしは恐る恐る声をかけた。

「東条先輩、まさか姉さんのお説教まともに受け取ってたんですか」

「いや、むしろお前の口上のが効いたっていうか……。あ、いや違うし……。お前をからかってる最中にこれ取り出して煙草と勘違いさせてやろうとか思っただけだし……」

 東条の耳は真っ赤に染まっていた。

 あたしと城澤は互いに顔を見合わせ、うずくまったままの東条の前にそっとシガレットケースをおいてやった。

「疑ってすまなかったな……」

「うん、改めてすみませんでした……」

「やめろ! 優しく言うな!」

 羞恥で顔を隠している東条は、なんというか、図体の割に可愛げがある。

 この男、はたして何がしたかったのか。


 怒りは急速になえ、東条に対する警戒警報もぴたりと止まってしまった。

「えーと。美味しいですよね、この飴」

「あぁ!? バカにしてんのか!」

「違いますよ」

 慰め不要とすごむ東条に、あたしはしゃがみこんでポケットから出した物を振って見せる。

「あたしも好きなんですよ。……持ち歩いちゃうくらい」

 なんという偶然か、東条が持っていたのはあたしのお気に入りの夕日みたいな棒付き飴だった。


「お……おォ!」

 ばっと起き上がってあたしの手ごと飴を握った東条は、悪人面をわずかに善人に変えて笑った。

「だよな。うまいよな! フルーツだのコーラだのよくわかんねぇ味より、この天然素材って感じがいい」

「ああ、ええ。はい」

「お前も仲間みたいなもんだ、なあ!?」

「え、ああ、まあ」

 そのままぐぐっと顔を近づけてきた東条は、また悪人に戻って声を低くして言った。

「だからこのことバラすんじゃねーぞ。これに限っては俺は真剣だ、ガチで怒る」

 東条の怒りの向けどころがさっぱりわからない。だが、これは悪い話ではない。

「……もうあたしたちのこと怒ったりからかったりしないって約束してくれたら言うこと聞く」

「よし、交渉成立だ」

 ぐしゃっとあたしの頭をかきまわした東条は、両手を広げて城澤に歩み寄った。

「えー、なんだかんだとあったが、そういうことになった」

「そうか。きみの説明はさっぱりだが、東条くんは煙草を所持しておらず、アキラくんとも話がまとまったことだけはわかった。飴の件は他言するようなことでもないしな、俺も黙っているから安心していい」

「理解がはやくて助かる」

 東条はシガレットケースから飴を一本取り出して城澤に渡した。かわいらしい賄賂もあったものだ。

「風紀委員長のおかげで助かった。ありがとうございましたぁ」

 あたしも便乗して飴を差し出すことにする。両手に棒付き飴を持つ食いしん坊系・鋼の男。悪くない。


 一段落ついたことで、あたしは壁に寄りかかってほっと息をはいた。ひんやりとして気持ちがいい。

「あー、まったく朝から疲れちゃった」

「俺もだぜ、嫌な汗かいちまった」

 やれやれと肩を回している東条にあんたのせいだろ、とは言わない。かわりにあたしは城澤へと問いかけた。

「ね、城澤。今回の手紙の差出人、抑えること出来ないの?」

「犯人がわかっているのか」

「誰かなんて決まってるじゃん」

 あたしがキツイ目を向けるが、城澤は無言だ。やはり生活委員会というのは相当にやっかいな組織らしい。

 ならばここにはもう用はない、早く教室に戻らねば……。

「え、あれ? そういえば、なんでまだチャイム鳴らないの? 先生も来ないし」

 スマートフォンを確認すると時刻は既に九時を過ぎている。本来なら一時限目がとっくに始まっている時間だ。

「なんだ、知らないのか」

 城澤は腕時計を見ながら言った。

「今日は急きょ午前の授業はなくなった。そろそろ集合の合図があるはずだ」

「なにそれ? 何のために?」

 その時、ちょうどあたしの問いに答えるようにスピーカーが作動した。


 ピーンポーンパーンポーン。

 電子音が校内中に響き渡る。

『午前九時半より、第一体育館にて臨時生徒総会を行います。生徒のみなさんはクラス順に集合してください。繰り返します、午前九時半より――――――』





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