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悪魔と不良、来襲




 美月様の引き寄せる苦難をうまくあたしに回すこと。

 お守りするための秘訣といえばコレかな?

 なーんてぺろっと舌を出しながら考える余裕はあるけれど、どうしよう。回ってきた苦難の乗り越え方がまったく思いつかない!




「そういえば、篤仁さんっていつから学校に来るのかなァ」

 パーティから一夜明けた朝のこと。下駄箱から上靴を取り出して履き替えている最中に、美月様はぽろっとそんなことを聞いてきた。

 ちなみにあたしは真っ先に隣のクラスの美月様の下駄箱を開ける。異物が入っていた時に素早く対処するためだ。あたしの下足番的行為は習慣化しているので美月様は何も疑問に思っていない。


「あー、そうだね……って『アツヒトさん』!?」

「え? やだなぁ、昨日お会いした鷹津篤仁さんのことだよ。もう忘れちゃったの?」

 ころころと笑う美月様は、自分が何を言ったのかわかっていないようだ。

「美月ちゃん、そんなに鷹津様と仲良くなったの?」

 そう、そこだ、上都賀さん!

「うん、いっぱいお話しちゃった! とってもいい人だよ~。親しくなったんだから下の名前で呼んでいいって。そのほうがもっと仲良しって感じでしょ? 早く復学しないかな。またお話したいな」

「へぇ……」

 上都賀さんは珍しいものを見た、というふうに美月様を眺めている。

 美月様は誰に対しても優しく平等だ。想いを寄せる者からすればヤキモキするほどだろう。それが、鷹津篤仁に対してはどうだ。


「でも姉さん、昨日の帰り道では『鷹津さん』って言ってたじゃん」

「ちゃんと気をつけてたんだよ! 仲良しでも先輩と後輩でしょ? お父様に聞かれたら礼儀がなってないって怒られちゃう」

 これでもいろいろ考えてるんだよー、と美月様は言うが、結果的にそれは良かったのだろう。もし当主様が聞いていたら、鷹津との縁談交渉を具体的に進めようとするかもしれない。美月様の性格上いくら鷹津を気に入ったとしても、当主様が手出ししたとあってはヘソを曲げてしまう可能性がある。運命とやらを自分の手でつかみたい、美月様はそう思っているのだ。

「あ、でも篤仁先輩、のほうがいいかもね! それなら失礼じゃないよね。うん、篤仁先輩!」

 美月様は確認するように何度もつぶやいた。

 当然周囲にいた生徒にも聞こえている。学園の天使が既に鷹津の子息の心をとらえた、という噂はきっと瞬く間に広がることだろう。美月様争奪戦へ参加するハードルがぐんと上がったということだ。


 それにしても美月様は本当に鷹津をお気に召したらしい。表面的には願ってもない縁談なのだが、喜んでいいのか、警戒すべきなのか。

「ん?」

 考えながらようやく自分の上靴に足を入れると、くしゃ、と何かがつま先に当った。

 つぶれてしまったが、それはA4サイズの八つ折りの紙だった。嫌な予感に美月様に見られないようこっそりと中を広げる。


『あなたの言う相互理解を示してみなさい』


 印字されていたのはそれだけだ。

 なんだ、てっきり罵詈雑言か不幸の手紙かと思ったのに。拍子抜けだ。

 しかしどういう意味なのか。

 あたしを気に入らない者からの謎の嫌がらせか、と深くは気にせずに紙をポケットにしまい、美月様と教室へ向かった。

 その紙の意味を、あたしは数分後に知ることになる。




「おい! あの東条彰彦が一年の教室をE組から順にまわってるって」

「なんでも『一年生同士の姉妹』を探してるらしい」

「天使か! 天使が目当てなのか!」

「やばいぞ、今C組に入った」

 恐れおののく生徒たちは口ぐちに情報を伝え合っている。そしてチラチラと怯えた目でこちらを盗み見る。お前のせいだろう、天使を巻き込んで何してくれるんだ、おかげでこっちは大迷惑だ! そんなことを思っているのだろう。

 別にクラスメイトにどう思われようがかまわないが、東条を相手にしたくない。口でならいくらでも相手になるが、直接的な暴力は苦手なのだ。

 あたしは机につっぷして頭を抱えていた。

 あの雑な手紙の差出人は、生活委員会に違いない。あたしが「姉さんは東条に対しても相互理解というものを実践している」と言ったことへの挑戦状だ。


 やはりあそこで東条の名前を出したのはまずかったか。

 しかし後悔してももう遅い、東条はすぐそこまで迫ってきているのだ。

 隠れたいけどA組に行かれて美月様が捕まる方が問題だ。正面切って東条を迎え撃つのもできれば避けたい。どうしよう! 

 その時、ブブブとスマートフォンにメールが届いた。送り主は松島だ。

 文面は、東条彰彦が君たちを探してる、気をつけて、という簡素なものだ。

「松島……っ! 遅いから……っ!!」

 あたしはギリリと奥歯をかみしめ、スマートフォンを壊れんばかりに握りしめた。


「おい、このクラスに一年同士の姉妹いるか」

「きゃああああ!」

 ドスのきいた低い声に、というよりも、悲鳴を上げた女生徒の声にびくっとあたしの体が跳ねる。

「うるせーな、いるのかいないのか聞いてんだよ!」

「ひいいいいっ、あの人ですぅ!!」

「あー?」

 指さしてあっさりとバラしてくれたクラスメイトは悪くない。怖いよね、わかるよ。

 あたしは腕の隙間からちらりと扉のほうをうかがった。ばっちり目があった東条は、にいっと歪んだ笑みを作る。

「おお、いたいた。あん時の妹のほうだな。聞いてくれよ、妙な噂があるらしいんだよ」

 東条はずかずかと教室に入り込む。

「俺が? お前ら姉妹に? 飼いならされたっていうんだよ。なんだろうな、そりゃあ」

 大きな歩幅であっという間に教室隅のあたしの机のそばまで詰めてきた。この距離だとこめかみが引きつっているのがよくわかる。あたしはこっそりと腰を浮かせた。

「どういうことか、説明してくれるよなぁ!?」


 ばんっ!


 東条が勢いよく手のひらを机に叩きつけたその音が、あたしのロケットスタートの合図になった。

「あ?」


「すみませんでしたー!!」

 あたしは猛然とダッシュし教室を飛び出した。ぽかんと口を開けたクラスメイトたちがあたしを見送るのが、なぜかスローモーションで見えた。走るのは、当然美月様のいるA組ではなく反対のE組方向だ。

「この野郎! 待てコラ!」

 すぐさま東条の怒声があたしの後を追いかけてくる。うまくA組から遠ざけることができたのはいいが、事態は好転してはいない。

 まずい、本当にまずい。

 怖いなー、やだなー。

 あの怒り方ではぺろっと舌を出しても許してくれそうにない。

 そろそろ朝のホームルームが始まる時間だ。教師が来るころではないかと走り出したのはいいが、なぜかチャイムがまだならない。とっさに持ってきていたスマートフォンを見るも、既に時間は過ぎていた。それなのに教師もまだ来ない。

 生徒たちは突然の騒ぎに教室から顔を出してあたしたちの追いかけっこを見ているが、東条の迫力に負けてかあたしの人望の無さのせいか、助けてくれそうもなかった。


「今止まれば少しは許してやっからよぉ、おい妹ォ!」

 少しはって、許してもらえない残りの部分であたしはどうなってしまうのか。あまり想像したくない。

「先輩、誤解! 誤解だから!」

 あたしはふり返らずに叫ぶ。

「ああ!? なんで誤解で俺がお前らの犬になってんだよ!」

 犬だと!?

 仲良くなったという話が、どうして犬だの飼うだの物騒な内容に変わってしまったのか。噂って恐ろしい。それも生活委員会のしわざだろうか。

「違いますよぉ! そんなの思ってない!」

「だったら俺の目ぇ見て証明して見せろや!」

「怖いから無理!」


 ああ、もう! あたしは心の中で悪態をついた。矛先は生活委員会でも東条でもない、松島だ。

 松島め、メールは遅いし、助けてはくれないし! 役に立たないじゃないか! 風紀のくせにぃ!!

「……風紀?」

 いい加減息が切れてきた。背後に迫る東条の足音もどんどん近付いている。

 今いる場所は教室棟一階の階段前だ。ここを登りきって一番奥の教室、そこに逃げ込むしかない!


 あたしは一段飛ばしで階段をのぼり、ようやく二年生の教室が並ぶ二階にたどりついた。あとはストレート突っ走るのみ、いける!

 と思ったのだが。

 

「あっ!」

「捕まえた」

 首の後ろをぐっと引っ張られ、危うくバランスを崩しそうになった。が、倒れそうになる体を東条が引っ張り起こす。

 あたしの頭の高さに体をかがめた東条は、口端を持ち上げて三白眼を光らせた。

「観念しろ。逃げた件も含めて、どう落とし前つけさせてもらおうか」

「う……」

 か弱い乙女が暴漢に捕まっているというのに、二年生たちもなんだ、どうした、とこちらを窺うだけだ。これが美月様だったらきっと別だっただろうに。

「せ、先輩。冷静に話し合いましょうよ」

「ああ、いいぞ? 冷静に、人気のないとこで、じっくりと話そうじゃないか」

「あー、そういうんじゃなくてぇ!」

 襟首を掴む手がぐいっと持ちあがり、あたしの首も閉まって苦しい。東条はあたしを引っ張ってどこかへ連れて行こうとするが、そうはいかない。行ったら最後、帰ってこれなくなりそうだ。あたしは階段の手すりにつかまって抵抗した。

「先輩、やっぱりここは立会人をもって話を進めましょうよ!」

「ああ? んなモンいらねぇよ。オラ行くぞ」

「ぐう……!」

 引っ張られて余計に閉まる首を片手で押え、もう片方の手で必死に手すりを握る。


 ここから声が届くだろうか。届いたとして、来てくれるだろうか。

 賭けだった。でも、これは勝てる賭けのはず!

 あたしは息を大きく吸った。


「しろさわぁああああああ!! 怖いよ! 助けて―――――!!」


「年上の相手を呼ぶのなら敬称をつけなさい! アキラくん!」

 来たっ!! それも予想以上に早く!!

 階段正面の窓ガラスから差し込む光が、まるで後光のように城澤風紀委員長を照らしていた。




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