召喚の儀
早めに寝た事も功を奏して、寝坊する事もなく予定通りの時刻に目が覚める。
シェイドがくる前に身支度を整え、入学式にでる準備をせるとタイミングよくドアがノックされ、シェイドが顔を出した。
「よっ、どうやら寝坊はしなかったみたいだな。もう出られるみたいだし」
シェイドも寝坊する事はなかったのか訪ねてきたのは時間通りだ。
「昨日は早めに寝たからね。シェイドの方もちゃんと起きれたようで良かったよ」
「さすがに初日から寝坊はしねえよ、今日は大事な召喚の儀もあるしな」
部屋の戸締まりを確認し、シェイドと共に講堂へ向かう。
「召喚の儀……ついに僕たちも自分の精霊を手に入れる事ができるんだね」
五大家のような例外を除き、一般人は学園に入学した日に自分の精霊を喚びだし契約することで魔法を使えるようになる。
「あぁ俺も精霊を手に入れればいろいろできる事が増えるし楽しみだ。いま作ってる物も精霊の力は必須だしな」
「昨日いってた道具って奴か。どんな物作ってるのか気になるな」
アレクの言葉に、にやりといたずらっ子のような笑みを浮かべるシェイド。
「それはできてからのお楽しみだ。きっとお前も驚くと思うぜ」
まだ自分とおなじ歳であろうシェイドが一体どんなものを作るのかとても気になるアレクだったが、完成したら真っ先に見せてくれるとの事だったのでそれ以上の追求をする事をやめた。
講堂につくとすでに多くの新入生が列をなしており、アレクとシェイドもその列に加わる。
前日に段取りは説明されていたため、その通りに式は進められていった。
昨日の食堂では手短に行われた学園長の挨拶がだいぶ内容が盛られてはなされた後、これから勉学に励む上での心構え等の話が行われる。
しかし、途中までは真剣に聞いてアレクだったが段々飽きてきて話半分に聞き流してしまう。
シェイドにいたっては学園長の話が終わる前に寝ていた。
生徒達にとっては退屈この上ない話が終わり、入学式も無事に終了した。
そして昨夜連絡事項を話していた教師が生徒達の前に立つと全員に向かって指示を出す。
「さて、入学式は終わったが新入生はそのままそこで待機していてくれ。これから指定された人数ずつ召喚の儀を執り行う!」
一瞬生徒達がざわつき、期待の目で教師のみつめる。
「それでは左の列の者から順に担当の教師の後について行ってくれ。詳しい説明は儀式場で担当の教師が行う」
ざわざわとはしゃぎながらも新入生達は教師の指示に従い、講堂を出て儀式場へ向かう。
この儀式場は特別な方法で作られており、精霊を召喚し具現化する力をもっている。
「ついにきたな、楽しみだぜ」
先ほどまで完全に寝ていたシェイドも目を覚まして、年相応の好奇心に満ちた目を輝かせる。
「一体どんな精霊が応えてくれるのかな」
アレクも溢れ出す期待が収まらない。そしてついに自分達の番がくる。
「ここの列の者は私が担当する、ついてきなさい」
さきほど、全生徒に指示を出した女性の教師がアレク達の列のまえにたち、引率を始める。
教師の後をついていきまもなくすると祭壇のような場所についた。
祭壇にはいくつもの幾何学的な模様で作られた陣がかかれており、その中に入らないように並ぶよう指示される。
「いまから一人ずつこの陣の中に入り精霊への喚びかけを行ってもらう。段取りとしては陣の中心で目を瞑り、召喚の詠唱をする。召喚の詠唱は『我、古の契約に基づき汝との契約を望む。我が喚びかけに応えよ』だ。そのとき心の中で精霊達へ呼びかけるイメージで行うといい。まぁそんなに心配しなくても正しく詠唱すればちゃんと召喚はできるのであまり緊張しないように。さて、それでは前の者から陣に入れ」
そういって、列の一番前にいた少女に声をかける。
「は……はい!」
緊張した面持ちで少女は陣の中に入り、目を瞑り一度深呼吸をしてから詠唱にはいる。
『我、古の契約に基づき汝との契約を望む!我が喚びかけに応えよ!』
すると、陣が光り始め徐々にその色が赤く染まっていく。
まばゆい光に少女が包まれ、少しすると次第に光が薄まる。
少女がおそるおそる目を開けると自分の周りをふよふよと赤い固まりが浮いてるのが目に入った。
よくみるとそれは赤い光が集まって掌サイズの丸い固まりをつくり、ちょこんとつぶらな目がついている。その事を確認すると少女は歓喜の叫びをあげる。
「どうやら一人目は成功したようだな」
教師がそう呟き、次の者へ交代するように促す。
周りの目を忘れてはしゃいでいた少女もその言葉に我に返ってすこし恥ずかしそうに陣から出て行く。
その後も皆順調にみずからのパートナーとなる精霊を喚びだして行く。
基本的に、みな最初の少女が喚びだしたような光の固まりに目のついた半透明の生き物のような精霊を喚びだしていた。
これは精霊の最も基本的な形態である。
精霊は契約した者や世界とのふれあうことで徐々にその姿を変え、様々な精霊へと変化して行く。
人間と精霊との契約は、精霊の成長を促すためにも使われているのだ。
「さて、次は俺の番だな」
シェイドの番が回ってきたため、陣の中に入る。
すでに周りが何度も召喚をしているためだいぶ落ち着いた様子で詠唱を始める。
『我、古の契約に基づき汝との契約を望む。我が喚びかけに応えよ』
すると陣の光が一際強く輝き、紫電がほとばしる。
光が収まるとそこには電気をまとった皆と同じ基本形態の精霊がいた。
満足そうに自分の精霊を見ると、陣からでてアレクに声をかける。
「おれの精霊はどうやら雷属性みたいだな。つぎはお前の番だぜ」
そういわれ頷くと、アレクも陣の中に入る。
いよいよ自分の精霊を喚びだせるのだと歓喜に震えながら詠唱を始める。
『我、古の契約に基づき汝との契約を望む。我が喚びかけに応えよ!』
今までと同じように陣から光が溢れるがその光は段々黒色に染まって行く。
いままでの生徒達はみな五大属性に伴った青、赤、黄、緑、茶のどれかに光の色が変わっていったため、皆興味深そうにアレクを見る。
「……ほう、珍しい属性だな」
その様子を眺めていた教師もぼそりと呟く。
そしていよいよ黒い光がアレクを包もうとした瞬間、
「……ッ!!」
突如アレクの体から青い光が溢れ、周りの黒い光と反発しはじめた。
反発する光は徐々に大きくなっていき、暴発してアレクを陣から弾きとばす。
あわや壁に叩き付けられるといったところで咄嗟に教師が壁とアレクの間に入り、その身体を受け止める。
「これは一体どういう事だ……?」
アレクを抱きかかえる教師も今何が起こったのかが理解できていないらしい。
「大丈夫か君」
教師が抱きかかえたアレクの安全を確認する。
アレクに意識もあり、けがもない事を確認すると後で話があるためそこで待機しているようにと指示を出す。
呆然としていたアレクだったが、とりあえずその指示に従い列から離れて待機する。
自身に起こった事に頭がついて行かず、ついその場に座り込む。
そこに心配そうな顔をしたシェイドが小走りでかけよってきた。
「おい、大丈夫か?一体何があった」
身体にけががない事を確認して一安心するシェイドだったが、目の前で起こった事が理解できないようでアレクに尋ねる。
「僕も何が起こったのかわからない……。喚びかけをして少ししたところで自分の中から何かがでてきて、周りの光を弾き飛ばしたみたいなそんな感覚だった」
アレク自身も何が起こったのか全くわからず、未だに心ここに在らずといった感じだ。
「契約の失敗なんてありえるのか……?それにそれだとまるで既に契約している精霊がいるみたいな……」
それを聞くとぶつぶつと呟きながら一人考え込むシェイド。
そこにさきほど待機するように行った教師がやってくる。
「今後を任せる人を呼んできた。これから君には学園長室まで私と一緒に来てもらう。今起こった事を話さないといけないのでな」
そういうと、座り込むアレクに手を差し伸べ立ち上がる手助けをする。
「私の名前はクレア・マーガレットだ。マーガレット先生と呼んでくれ」
アレクの手を取って立たせると、後についてこいといって儀式の場をでる。
アレクも未だ心配そうにしているシェイドに一言こえをかけてクレアの後に続く。
少しの間黙々とクレアのあとをついていたアレクだったが、意を決してクレアに先ほどの事を尋ねる。
「あの……マーガレット先生、一体さっき何が起こったんでしょうか」
その質問にクレアは顔をしかめる。
「私にもわからん。なんども召喚の儀はみてきたがこんなことは初めてだ。考えられる原因とすれば君がすでにほかの精霊と契約しているくらいだが……。君にそんな覚えはないだろう?」
その質問にアレクは頷く。
「まぁ私にはわからんが学園長なら何か知ってるかもしれん。契約している精霊の有無も学園長の精霊ならわかるだろうしな」
クレアにもわからないと聞かされ少し不安になるアレクだったが、心配してもどうにもならないと再びマーガレットの後についていく。
「ついたぞ」
他の部屋に比べてすこし豪華な扉をノックし、中に入るクレア。アレクも頭をさげ彼女に続いて部屋に入る。
「失礼します学園長」
中には一つ大きな机があり、そこに先ほどまで挨拶をしていた学園長が座っていた。
「おや、マーガレット君か。いまは召喚の儀の最中のはずだが……なにかあったみたいだな」
学園長はクレアの後ろにアレクがいることを確認するとどうやら何か問題が起こったらしい事を悟る。
「実は……」
クレアは先ほど起こった事を詳しく学園長に説明し、アレクも自分が感じた内から周りの光を拒否するような感覚があったことを説明した。
ふむ……と学園長は少し考え込むと顔を上げアレクを見る。
「考えにくいことだが、その現象はすでに精霊と契約している者が他の精霊と契約する時に起こる現象に酷似している。古の契約の影響で人間一人に対して契約できる精霊も一人だけだから無理に二人目の精霊と契約をしようとすると失敗するのだ」
それは先ほどクレアの推測と同じであったが、アレクに精霊と契約した覚えはない。
「でも僕は精霊と契約なんてしてません。そんなことが起きるとは思えないんですが……」
その言葉に学園長は頷くと、
「わかっている。だから今から私の精霊をつかい、君が精霊との契約が結ばれていないかを確認する。シルヴィアよ、来てくれ」
学園長が虚空にむかってそうよびかけると、先ほどまで何もなかった場所に、仮面を付けた長身の女性が現れる。
「話は聞いてたわグラン。彼の魂をみればいいのね?」
そう学園長に尋ねると、アレクのことをじっとみつめる。
「どうだ、何かわかったか?」
学園長が仮面の女性、シルヴィアに尋ねるとシルヴィアはゆっくり口を開く。
「えぇ……これは……彼自身はまだどの精霊とも契約してはいないわ。けれど他の精霊の魂の欠片を取り込んでいる……?というより強引にくっつけられていると行った方が正しいかしら。それに彼自身の魂もいびつな形をしているわ。こんな魂みたことないけど、おそらくこの精霊の魂が原因で儀式が失敗したのね」
シルヴィアの言葉に怪訝な顔をする学園長とクレアだったが、心当たりがあったのか二人とも顔を見合わせる。
「アレク君といったね、君の姓を教えてくれるか?」
いまだ状況がよくつかめていないアレクに学園長が問いかける。
「えっと、ルナストーンといいます。アレク・ルナストーンです」
その名前をきくと、学園長は納得がいったようで一度深いため息をつく。
「君の儀式が失敗した理由はわかった。少し事情があるためすぐには説明できないが君はおそらく召喚の儀では精霊と契約する事はできない」
その宣告に、アレクの顔は絶望に染まる。
「そんな!それじゃあ僕は一生魔法が使えないんですか!?」
今にも泣きそうな顔になるアレクに、落ち着かせるように学園長は笑いかける。
「何、すこし練習はいるだろうが君はおそらく今のままでも魔法は使えるだろう。それに精霊との契約も可能なはずだ。まぁ契約はとても困難な手順を踏む必要があるだろうが」
そういわれ、ほっと胸を撫で下ろすアレク。どうやら最悪の事態は免れたらしい。
「今ところは帰って休みなさい、今後の事はこちらで少し話し合ってきめるから、よる頃にまたもう一度君を呼びに行く」
一気に色々なことが起こりすぎて自分もいろいろ整理したいと思っていたところだったのでその提案はアレクにとってはとても有り難かった。
「わかりました、一度部屋に戻って休んでいます。ありがとうございました」
一礼して、アレクは学園長とクレアに感謝を述べ部屋から退出して寮へ戻る。
(いきなり大変なことに……。魔法はどうやら使えるみたいだけど大丈夫なのかな僕……)
不安を胸に抱え、とりあえず今言われたことについてシェイドと話をしようと足早に部屋へ帰っていた。
「……あの子は彼女の忘れ形見だとお考えですか、学園長」
クレアはいまだ思い耽っているグランに尋ねる。
「ルナストーンの名は7年前の事件が起こった時に上がってきている。あの事件を起こした死神の魔法を受けていたならアレク君の魂が歪だったのも説明がつくだろう。そして当時彼女の亡骸と共に契約していた精霊がみつからなかった事もな」
もう一度深いため息をつくと、グランはクレアに指示を出す。
「何はともあれ今後の事を決めなければいけない。あの事件はごく一部の人間しか知らない極秘事項だ。簡単に外部に漏れるわけにはいかない。まずは先生方と事情を知っているであろう学生会会長と副会長を呼んできてくれ」
その指示に頷くとクレアは一礼をして部屋を後にする。
一人になった部屋でグランはかつての教え子を思い出していた。