入学式前日
魔法と呼ばれる不思議な力が存在する世界。
人々は精霊と呼ばれる存在と契約を交わし、その不思議な力を行使することで生活を豊かにしていた。
ここ、王立魔法学園ガイストでは精霊との契約が可能になった年の子供達に、正しい魔法の使い方を教えている。
冬の厳しい寒さも和らぎ徐々に暖かくなってきた頃、ガイストは多くの人で溢れていた。
翌日に迫った入学式の準備や、これから始まる寮生活の用意などで学園中の人が皆慌ただしく動いている。
寮には多くの新入生が集まり、新しい生活の準備をしておりアレク・ルナストーンもその中の一人である。
「明日からついに僕も学園の生徒か……」
一通り自分の部屋に家具を持ち運んだアレクは大きく伸びをしながら部屋の窓を開け呟く。
今年でまだ14歳であるアレクにとって、これから始まる学園生活は不安と期待に溢れていた。
「夕食まではまだ時間あるし少し学園内を探検してみるか」
幸いまだ日が沈むまで結構な時間があり、夕食の時間までは特に行動に制限をかけられていないので多少勝手に出歩いても問題ない。
部屋から出ると、まだ準備が終わってない生徒達がちらほらとおり、軽く会釈をして寮からでる。
夕食の後にでもしっかり挨拶に行こうと思いながら外へ出て校舎の方に向かう。
多くの生徒が通う学園だが、ほとんどの生徒が寮で生活をしている上、広場や食堂等もあるため寮の敷地はとても広い。
そのため校舎まで向かうのにも少し時間がかかってしまう。
「先に少し歩いておいてよかったな、明日はのんびりしていると遅刻しそうだ」
寮を出るとさきほどまでは慌ただしく動いていた人たちも徐々に少なくなってきていた。
とはいえ入学式を執り行う講堂だけはまだ結構な人数がいたため、人気の少ない校舎の方へ向かう。
いざ学園がはじまってから迷わないように道順を覚えながら校舎の周りを歩いていると、裏手に訓練場と思われる施設があるのを見つけた。
学園では魔法の安全な使い方の訓練として、実際に魔法を使用するためのエリアがある。
幾重にも張られた防御魔法によって内部での魔法が外へ漏れないようになっており、中でも何か事故があればすぐに対処ができるような仕組みが多く作られている。
そのため、講義以外の時間ならば事前に教師に申請することによって生徒も使用することができるようになっている。
とはいえ今日は入学式前ということもあり在学生は皆入学式の準備をしているし準備に関係のない生徒はほとんどが帰省していて、アレクのような新入生も一部の例外を除いて基本的にまだ魔法を使うことができないため訓練場をつかう人はまずいない。
アレクもそう考え施設を軽く見て回るだけにしようと校舎の裏手にまわると、意外なことに訓練場を誰かが使っているようだった。
(魔法を使ってるってことは先輩かな?少し見学させてもらおう)
訓練場の中をのぞくと突風が渦巻くように吹き荒れており、その中心では小柄な若草色の髪の少女が一人目を瞑ってたっている。
そこに突然黒い影が6方向から一斉に少女に向かって飛び出す。
同じタイミングで少女が目を開くと同時に一際つよい風が吹き、すぐに施設内の風が全て止む。
一瞬の静寂のあと黒い影、施設の備品である魔物を模倣した幻影は6つ全てがきれいに切り裂かれてまっ二つになり地面に落ちて消えた。
(すごい……!あんな正確に魔法を、しかも6方向同時に使えるなんて!僕とあんまり変わらない年に見えるのに……)
基本的に、魔法を覚えて1年程度では少し発展的な魔法を安全に行使できるようになるくらいが普通であり少女の技量は見た目に反してその基準をかなり上回っているように見えた。
アレクがいま目の当たりにした魔法に言葉も出ないでいると訓練を終えたらしい少女がこちらに向かってきた。
「ふぅ……、初日にしてはまずまずと言ったところかな、シルフィ。これからもっと強くならないとね……」
少女は誰かに語りかけるように一言しゃべると、自分をみているアレクに気づき、申し訳なさそうに微笑む。
「訓練場を使う方ですか?すいません一人で占領してしまって。今日は誰も使わないだろうと思っていたので……」
「いえ、たまたま通りかかっただけです!こちらこそ勝手に見学させてもらってすいません!」
惚けていたアレクも慌てて返答する。
「そうでしたか、拙い魔法しか見せられなくてすいません。もしよければ今から寮に戻るのですが一緒にどうですか?少し肌寒くなってきましたし」
小女に言われて既に日が落ちかけていることにアレクも気づく。
とりあえず校舎と講堂への行き方は確認したし、特に見て回るところもないため少女の言葉に甘えることにした。
「そうですね、ご一緒させてもらいます」
二人で訓練場を後にして寮へ向かう。すでに講堂周りもほとんど人がいなくなっていた。
「それにしてもさっきのすごい魔法ですね!一瞬何がおこったのかわかりませんでした。」
まだ魔法を使えないアレクにとってさきほどの興奮は大きく、つい声を大きくしてしまう。
「いえ……私なんてまだまだです。もっともっと魔法をうまくつかえるようにならなくては」
そんなアレクをみて少女は照れたように笑う。
「もっと、ですか。何か目標でもあるんですか?」
「目標……そうですね、あるにはあります。まだまだ叶いそうにありませんけど」
アレクの推測だが少女はすでに同年代の中ではかなり上位の魔法使いであろう。
それでも少女は自分の力には満足していないようだった
その後も他愛もない談笑をしながら寮に戻る。
寮についた時には辺りはすっかり暗くなっていた。
「あら、どうやらここでお別れのようです。ふふ、ついしゃべりすぎてしまいましたね。
なんだか初めてあったとは思えないくらいです」
「確かにさっき初めて会ったばかりなのに僕もしゃべるのに夢中になってしまいました。もし機会があったらぜひまた魔法をみせてください」
「えぇ私なんかでよければいつでも歓迎します。それではまた会える時を楽しみにしておきますね」
そういって少女はアレクに手を振り女子寮へ向かって歩き出そうとし、ふと思い出したように振り返る。
「そういえば肝心な事を忘れてましたね。あなたの名前を聞いてませんでした。お名前を教えていただけますか?」
そういって改めてアレクに向き直る。
「アレクっていいます、アレク・ルナストーンです。えっとあなたは?」
「フィオナ・シルフウィンドといいます。これからよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そういうと今度こそ二人は別れお互いの寮へ戻る。
この少女と少年の出会いによって、学園はかつてない騒動にまきこまれていくことになる。
(……アレク、か。なんだかすごく懐かしい名前な気がするけど、まさか……ね)