深月つかれる
A.T.G.C 第十二回
ジャンル:学園。 文字数は5,000文字以内。その他の縛りは特になし。毎回ですが、独自に5,000文字ちょうど、とする様にしました。
投稿、またも遅れてしまいました……。書くうちに、お話の展開がどんどん変わってしまって、最初に考えたプロットとは違う所に行ってしまいました。
季節はまだ夏。けど、私たちの目は今、秋を見ている。具体的には、学園祭。
私たちのサークルで何をやるのか、それを話し合っていた。 結構、無茶なことを言うんで、時として私はげんなりしてたけど。
「ねえ、深月。 ぱーっと、妖怪でも呼んで退治して見せてよ」
「無茶言わないでよ。 妖怪なんて呼んだら危ないでしょ。ってそもそも、妖怪を呼ぶなんてできないし」
「えー。 でもでも……」
久美が何かを言うのを聞きながら、ふと部室の隅を見た。そこには、一人の男の子が立っていた。私たちの会話に参加する気はないらしく、ただ面白くなさそうな表情で、私たちから少し距離を置いて、窓の外に視線を向けていた。
全く、変なことになっちゃったなあ。
「なんでこんなことになっちゃったのかなあ……」
溜め息をもらさずにはいられなかった。
私がそうして思いに沈んでいる内に、学園祭の話はどんどん進んでた様だった。
「ねぇ、深月。 いいと思わない?」
「……え? なに?」
「こらあ、聞いてなかったの?」
「え。 ごめんごめん。 ちょっとぼっとしてた」
「もー。 しっかりしてよね」
「だから、ごめんって。 で、何かいいアイディアがあったの?」
「うん。 お化け屋敷、やろうよ」
「え……」
聞いた瞬間、頬が引きつるのを感じた。
「オカルト研究会としては、ありきたりって気はするけど、でも外せないでしょ」
「そ。 そうかなあ……」
お化け屋敷かあ、困ったなあ、そう思いながら、ちらり、と彼の方を見ると、さっきの落ち込んだ雰囲気とは打って変わり、こちらに熱い視線を向けていた。
やっぱり……。
もう一度溜め息を突いてしまった。
そんな私の意気消沈ぶりなどお構いなしで、満面に笑みを浮かべた彼が話しかけてきた。
「お化け屋敷? 僕もまぜてよ」
「まだ決まってないわよ。 それに、あんたは部員じゃないんだから、だめよ」
他の皆には聞こえない様に小声で言い、彼を睨み付けた。
「えー。 いいじゃん、僕、役に立つと思うよ」
「そういう問題じゃないわよ」
「うまくやるから。 ね、いいじゃん」
「だめ」
「けちー」
私がぼそぼそと話すのが、久美に不審に思われた様だった。
「深月? どうしたの? 独り言?」
「え。 ま、まぁ、そ、そんなもんかな……」
危ない、危ない。
彼と会話してる様子は、きっと不審そのものだ。だから、皆の前では彼と話さない様に気を付けてるつもりなんだけど……。
え。 何が不審かって?
彼は、普通の人には見えない。 だって、彼は幽霊だから。
幽霊なんて、見たくもなくても、誰でも見えてしまうんじゃないかって? まぁ、細かいことは省くけど、自分の存在を見せようとしてない幽霊って大抵の人には見えない。
自分の姿を見せようっていうのは、幽霊としては結構疲れるらしい。
疲れるからなのか、彼はそうしてないので、ほぼ見えない。
まぁ、普段はその方がいいのも確か。
とにかく、幽霊の彼が、お化け屋敷に協力する。そりゃはまり役かもしれないけど、何か基本的なことを間違えてる気がする。
私が幽霊と一緒にいるのは、彼を成仏させるためだ。
人は死んだからって必ず幽霊になる訳じゃない。っていうか、普通は、幽霊になって、この世界にとどまる状態にはならない。
必ず、原因、この世界への執着がある。そして、多くの場合、それはトラブルにつながる。
私が彼を見つけたのは、隣町の公園近くの交差点だった。
一ヶ月くらい前だったろうか、その交差点に佇む、彼を見た時、すぐに彼が人でないことが分かった。だから、私は彼を成仏、もしくは最悪の場合は調伏するつもりで彼に近付いた。
けど、拍子抜けしたことに、彼は何の執着も持ってなかった。
と言うより、何も覚えていなかった。
そして、生前の性格もそうだったのか、やたらと屈託無く、それでも、困惑していた。力ずくで調伏することもできたかもしれないけど、それは哀れだった。
私だって神社の子。
巫女としての教育を受けていたし、それに霊との接触の仕方に付いては、基本的なことは理解してるつもりだった。そして、密かに倣い覚えた陰陽師の技がある。
自分で言うのもあれだけど、私の陰陽師としての力はかなり強い。
だから、必要があれば調伏できた。
え? 何、言い訳してるのかって?
えーと。
つまり、仮にも巫女で、陰陽師の端くれでもあるのに。 なのに。
なのに、私は彼に、幽霊にとり憑かれてしまったのだった……。
私が幽霊を神社に連れて帰ったら、お兄ちゃんは呆れた。 そりゃそうだよね。
でも「力付くで調伏するよりはいいと思う」そう言って、認めてくれた。だって、無理に調伏したら、その霊は人の敵になる。それは確か。
とにかく、彼は何も覚えてない、と言うので、まずは、彼のこの世界への執着の原因を探ることにした。
最初、それは、簡単なことだと思ってた。
だって、交差点にいたんだから。
交通事故、きっとひき逃げに違いない。そう思った。
でも、その交差点でひき逃げがあった、もしくは事故があった、そんな話はなかった。
調査はいきなり暗礁に乗り上げ、それ以来、彼は私の周りを漂っている。
まぁ、救いは、彼が妙なくらいに明るいってことだった。あまりに好奇心旺盛なのは、困りものではあったけど。
そんなこんなで一ヶ月が過ぎ、何だか、当初の目的を半ば忘れてしまった様な状態で、幽霊にとり憑かれた陰陽師(候補)、という情けない状態が定着しかけていた。
でも、もっと早く気付くべきだったのかもしれない。この世界への未練とか執着とかを思い出せないような状態で、いつまでもこの世界にとどまるなんて、おかしいって。
さて。
話を一気に我がオカルト研究会の学園祭での活動に戻すと。
他にいい案もなく、結局、学園祭の出し物は、お化け屋敷になった。
けど、やると決まったのならちゃんとやる。
だから、皆と一緒に一生懸命に準備した。それでも、お化け屋敷の出来は、と言うと、ちょっと情けない感じだった。
明らかに段ボール箱を積み重ねて模造紙を貼っただけのお墓。
商店街の名前が透けて見える行燈。
動かすと、その棒が丸見えになるろくろ首。
ただ、お化け屋敷の所々に貼ったお札だけは本物。お兄ちゃんに言って、分けてもらった本物のお札だった。効果だってちゃんとある。
なんでお札を貼ったかと言えば、本物の幽霊が紛れ込まない様に、結界を作ったから。娯楽としてのお化け屋敷に留まる様に。念のために、ね。
それでも幽霊の彼には「ちょっとピリピリする」程度でしかなかったけど。普段から私のそばに居たので、耐性ができてしまったのだろうか?
そんなこんなで迎えた本番。学園祭。
まぁ、暗くして、ほのかな光に浮かび上がるお墓。
ぼんやりと光る行燈。
暗さは、色々な情けないディティールを隠してくれる様で、入ってきた皆は、結構驚いてくれて、お化け屋敷は想像以上に盛況だった。
そして、実は、本物の幽霊も混じっていた。
もちろん、私は駄目だと言ったんだけど、言うことを聞くような人じゃなかった。って人じゃなくて幽霊なんだけど。
彼は妙に頑張った。顔に血糊が付いて髪を乱した姿を作り、その姿が皆に見えるように気合を入れ、お化け屋敷の真ん中で通りがかる人をおどかした。
けど、結果は微妙に予想外だった。
確かに怖がった。けど、それは他の幽霊人形と同じ程度でしかなかった。
一日目が終わる頃、お化け屋敷の隅で、彼は人知れずいじけていた。その時は、その姿は誰にも見えなかったので、そのことで彼はさらにいじけてしまった。
全く。 気付いてもらえずにいじける幽霊なんて……。
そして二日目。彼は「今日こそは怖がらせてやる」と、ある意味、幽霊としては非常に真っ当な決意をしていた。そして、一晩中寝ずに考えた、と言う出現の仕方を色々と試していたけど、壁を通って現れるのは流石に止めさせた。一応、ただの人間がやってるだけのお化け屋敷のはずなんだから、本当に本物が居るなんてばれたら大変だ。
けど、予想外のことが起きた。
昼過ぎだったろうか。妙に鼻息の荒い女子が来た。隣町の高校の制服を着ていたから、同じ高校生なんだと思った。その彼女は「幽霊なんてインチキに決まってるわ」そう言いながら、私たちが苦心して作った小道具を「何よ、段ボール箱じゃない」とか「棒が見えてるわよ」などと、的確に、情けない秘密を暴いて行った。
そして、幽霊の彼を見つけた。彼女はちょっと驚いた様子だった。何故か、途端に彼は彼女から逃げようとしたけれど、彼女は「こらあ!」そう叫ぶと、ビシリ、と彼に何かを貼り付けた。
それなりに退魔の心得がある様で、彼が本物の幽霊だと見抜いた様だった。けど、それならどうして「こら!」なのか。普通なら「怨霊退散!」じゃないの?
けど、本当に予想外なのは、その先だった。
「やっと見つけた! なんでこんな所に居るのよ!」
あれ? 彼を知ってる?
彼女が言うには。
「そいつはね、私の許婚よ」
「まぁ……。 親同士が勝手に決めたことだし? 彼が死んじゃうもんだから、もう意味はないかもしれないけどね?」
そう言う彼女は、口を尖らせ、少し拗ねた様な表情で、彼女の気持ちが言葉通り、とは思えなかった。
私が彼を見ると、すっと視線を逸らしたけど、明らかに何かを隠していた。
その瞬間、私は悟った。彼は記憶を亡くしてなんかいない。ただ、私には、人には言えない、言いたくないことだけど、とてもとても大きな執着というか、未練を抱えてたんだって。
彼が目を逸らしたことに気付くと、彼女はまた爆発した。
「こんな所で女の子とイチャイチャして! もう私のことは忘れちゃったの?」
先ほどとは言ってることがまるで違うのだけど、彼女自身には、そんな些細なことに気付く余裕はない様だった。
「そ。そんなことないよ……。 でも、君には、新しい許婚がいるでしょ?」
「はあ? いないわよ!」
「だって、お母さんが、写真、持って来てたじゃないか」
「確かに持ってきてたわね」
「その写真を見て、『あら、いい男ね』なんて言ってたじゃないか」
「確かに美形ではあったわね?」
「机の上で、僕の写真と見比べたりしてたじゃないか!」
「そうよ。 あなたの写真は、まだ大事にしてるんだからね!」
何て言うか、詳しい事情は知らないけど……。
でも、結論は見えた気がした。
私は、二人を残して部室を抜け出すと、皆に事情を説明しに行くことにした。まぁ、本当のことをそのまま言う訳には行かないけど……。
皆には、彼は私がお兄ちゃんに頼んで密かにお化け役をお願いした隣町の高校生で、その彼女が様子を見に来て、私と彼の仲を誤解して怒ってるってことにした。
まぁ、最後の所は嘘じゃないかも。
それを聞いた皆はあっさりと納得した。それはそれで、ちょっと拍子抜けだった。どうして誰も私と彼の仲を疑わないんだろう?
私には、彼を惹きつける魅力がないってこと?
なんて思ってたら、あっさり言われてしまった。
「深月はお兄ちゃん一直線だもんね。 他の男子なんて目もくれないもんねえ」
な。
なんでバレてるんだろう……。
私の一番の秘密のはずなのに……。
え? え? いつバレたの? そんなにバレバレ?
いえいえいえいえいえ。 そんなまさか……。
なんて、部室の前で硬直していたら、一通りの痴話げんかを終了した二人が出て来た。
「お世話をかけました」
ちょっと頬を染めた二人は、そう言うと、一緒に帰って行った。
まぁ、彼女が一人で歩いてる様にしか見えないかもしれないけど。
そして、お化け屋敷はと言うと、全体としてはまぁまぁだった。彼がお化け役をやっていた時が一番だったってのはちょっと悔しかったけど、まぁ、仕方ない。
で、あの二人に関して、お兄ちゃんから聞いたんだけど、彼が彼女の式神になることに落ち着いた様だった。
人と霊のコンビ。
元は許婚。
この関係を正しい。と言い切ることは難しいと思う。
けど、二人がその関係を選択したのだから、外野がとやかく言うことじゃないとも思う。そして、きっといつか、その関係から新しい何かを生み出せるんじゃないか。あの二人ならそんなことができるんじゃないか、そう思った。
そしてもう一つ。
彼女に、新しい許嫁として紹介されてたのはお兄ちゃんだったらしい。
もう、お父さんたら、何してくれちゃってるんだろう。油断も隙もあったもんじゃない。
お互いに断ったらしいから、良しとするけど。
けど、何だかんだで、楽しかったな。
そう思った。
妖と呼ばれる存在が人と共存できる。そんな可能性を感じた気がしたからかもしれない。
幽霊の彼。どうして死んでしまったのか。最初は交通事故、という設定でしたが、書き始めたら、あっという間に変わりました。結局、本文中には書きませんでしたが、体が弱かった、ということとしました。彼も、生きてる間は、優秀な陰陽師だった。そして彼女も。ある意味で、周囲から期待されていた二人。この二人の物語も魅力的だなあ、なんて思ってますが……。どんな物語なのか、自分で思いつかないんで、どうしようもないですね……。