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あと三千年だっけ?

掲載日:2026/07/24




「なあ、地球ってさ」

「母なる星のことか?」

「うん、どんなところかな?」



 あと三千年で目的地に着く。

 そう告げられている。


 誰がその計算をしたのかは、もう正確には答えられない。

 ただ、その前提だけが残っている。



「気にしないほうがいいぞ」

「でもさ」

「考えたって分からない。

 データベースを見れるのだって、将官でも限られた人だけだ」

「そうなんだけどさ」



 人口二万人の外宇宙探査船アーク。

 滅亡寸前の地球を旅立ち、航行開始から約六千年。


 人類は過酷な宇宙に適応するため、すでに肉体を捨てていた。


 最適化の外側に一度だけ逃げ道はあった。


 しかし、それも消えた。

 残っているのは、初代がサイボーグ化したときのデータだけだ。


 そのデータは『ブレイン』と呼ばれる情報構造に蓄積されており、そこから各個体へとダウンロードされる。

 技術の発展とともに腕や足、ときに全身を交換しながら、人類は更新され続けてきた。


 人類は、死を克服したのである。



「それに、ロジックにハマると、エリックみたいにオーバーフローするぞ」

「ああ、それで最近見ないのか」

「人格復旧に、五年はかかるらしい」



 たとえば、彼らはアークの外壁の補修を行っている最中だ。

 肉の身体なら、一瞬たりとも生きていけない空間である。


 真空。

 放射線。

 温度差。


 どれも本来なら、存在そのものを拒絶する環境だ。

 だが船員たちは、そこに普通に立っている。


 宇宙服もない。

 隔壁もない。


 ただ、工具を持ち、外壁に触れ、作業を続けている。



「もうリブートしたほうがよくないか?」

「だよな。俺もそろそろしたいよ」

「最近、ギアの調子が悪いよ。たまに変な音がする」

「大丈夫か? イチキューロクオイルでも飲めよ」

「あれってさ、その場しのぎだろ? 気分は良くなるけど」

「まあな……。」



 船内も、肉の身体では生きていけない。

 酸素や温度の管理が無駄なコストだからだ。


 味の概念も捨てた。


 かつては食事という行為があった。

 栄養補給と同時に、感覚の快楽としての意味を持っていたものだ。


 しかし、それは徐々に削除された。


 不要だったからではない。

 維持コストに対して、効果が曖昧だったからだ。


 今でも『栄養』は得られ、『老廃物』を放出される。

 だが、その『老廃物』も再利用され、再び『栄養』として巡る。


 残ったのは、情報としての自己だけだ。



「あと3124年だっけ?」

「3224年じゃなかったか?」

「どっちでもいいや」

「言えてる」



 約六千年前、滅亡寸前の人類が活路を見出した惑星。

 今では、時間だけが積み上がり、航行距離だけが更新され、『あと三千年』という数字だけが残っていた。


 その数字は、アーク船内のいたるところに表示されている。


 しかし、誰も気にしていない。

 ただのカレンダー扱いになっていた。


 アークの人類は、人口が二万人に調整されている。

 故障やオーバーホール、リブートによる増減はあるが、常に保たれている。


 それは統計上の目標値であり、同時に安全基準でもあった。


 そう、アークは安全で完璧だった。

 アークの人類にとって、アーク以上に安全な場所は存在しなかった


 それは事実であり、前提であり、結果だった。



「そもそも、目的地に着いたからって、何なんだ?」

「……だよな」

「どうして、そこへ向かってるんだろな?」

「知らね」



 人類は生き延びた。


 そして生き延びるために、『それ以上を考えない存在』へと最適化された。

 その結果として完成したのが、この船だった。


 外宇宙探査船アーク

 それは宇宙船であり、世界であり、そして人類そのものだった。




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