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第一話 枯渇

【週刊リアルライフ】 2024年9月号 特集記事

ミリオンセラー作家の「今」

──引きこもり、暴言、印税10億の行方


文・本誌特別取材班

かつて、出版業界が「奇跡」と呼んだ男がいる。

 椎名湊、35歳。

 2019年、彼のデビュー作『余白の海』は発売初日に30万部を記録し、最終的な累計発行部数は国内だけで500万部を超えた。文学賞の選考委員が「これは前代未聞の事件だ」と評し、普段本を読まない層までを巻き込んだその熱狂は、出版不況が叫ばれて久しかった業界に、久方ぶりの活気をもたらした。映像化権は4社が争奪戦を繰り広げ、最終的にお台場にあるテレビ局が連続ドラマ化、主演はあの月9を制したあの超有名俳優。翌年には映画も公開。興行収入は500億を超える大ヒットとなった。主題歌はミリオンを突破し、椎名の名は一夜にして日本中に知れ渡った。


 しかし、それから5年が経った今──。


「連絡は取れません」


 担当編集者は取材に対し、そう繰り返すばかりだ。

 本誌が独自に入手した情報によれば、椎名は現在、長野県某所の山間に一人で暮らしているという。


「自分で古民家を買ったらしい。近所の人とも話さない。スーパーへの買い出し以外は外に出ない。完全な引きこもりですよ」(地元関係者)


 印税収入は推計で100億円を超えるとも言われ、生活には何の不自由もない。一方で、次回作の気配は依然としてゼロ。デビューから5年、彼が世に出した作品は今もあの一冊だけだ。

「要するに、一発屋なんですよ」

ある文芸評論家は辛辣にそう切り捨てる。

「『余白の海』がヒットしたのは、時代のタイミングと、読者の飢えが重なっただけ。椎名個人の才能とは切り離して考えるべきです。彼自身も、自分がなぜ売れたのか分かっていないんじゃないですか。だから書けない」

さらに本誌は、映像化交渉の席で椎名が版権の50パーセントを要求し、プロデューサーとの間で激しいやり取りがあったとの証言も得た。

「あの人、カネにうるさいですよ。芸術家ぶってるくせに」(映像業界関係者)

天才か、一発屋か。

あるいは──ただの、臆病者か。

枯れた才能を抱えたまま、彼は今日も、誰とも話さずに山の中で息をしている。

 人はなぜ、腐ったものを見たがるのか。

 ──と書こうとして、やめた。

 自分がすでに、その腐ったものだと気づいたから。

 書斎の机の上に、週刊誌が置いてある。

 配達された時から開封していない。しかし表紙は見えた。見えてしまった。自分の名前が、大きな明朝体で刷られているのを。

 封を切ったのは今朝だ。読もうとは思っていなかった。ただ、捨てる前に中身を確認しようとした、ただそれだけのつもりだった。そのはずだった。

 気づいたら最後まで読んでいた。

 読み終えた後、しばらく動けなかった。感情があるとすれば怒りのはずなのだが、そういった熱いものは何も来なかった。ただ、白湯のようなものが胸の中を満たしていく感覚があった。透明で、温度のない、何かが。

 版権の話は事実だ。50パーセントという数字も合っている。

 だが彼らが書かなかったことがある。

 あの時、私が要求したのは金ではなかった。物語の最終決定権だった。映像の作り手たちは、主人公のある台詞を変えようとしていた。たった一行を。商業的な理由から、視聴者に誤解を与えうると判断したらしい。

 私は首を縦に振れなかった。

 その台詞は削れなかった。あの言葉だけは、この世界のどこかに存在し続けなければならない気がした。理屈ではなく、そう確信していた。なぜそこまで固執したのか、今となってはうまく説明できないが──あの台詞を変えることは、さながら、人の背骨を勝手に抜くような行為に思えた。

 結局、交渉は決裂した。

 それが「カネにうるさい」に変換されて記事になる。そういうものだと、もう知っている。

 机の脚に、蜘蛛が一匹いた。

 古民家を買った時から住み着いている蜘蛛なのか、それとも別の個体なのか、見分けがつかない。こちらが動くと、向こうも動く。しかし逃げはしない。ただ距離を保って、同じ空間に存在している。

 なんとなく親しみを覚えている。

 この家に来て三年が経った。最初の一年は、それでも東京と往復していた。担当編集の福原氏と打ち合わせがあり、出版社の会議に呼ばれることもあった。が、いつの頃からか足が向かなくなり、打ち合わせはオンラインになり、やがてそれも月に一度になり、今は三ヶ月に一度、福原から「様子はどうですか」というメッセージが届く程度になった。

 私は毎回、「書いています」と返信する。

 嘘ではない。

 書いている。毎日、書いている。起きてから三時間、昼食の後に二時間、日が落ちてから気が向けばまた一時間か二時間。五年間、ずっとそうしてきた。

 ただ、書いたものを誰かに見せたことは、一度もない。

 フォルダの中に原稿が溜まっていく。タイトルも付けていない。登場人物に名前もつけないまま書き続けているものもある。完成しているものもある。完成しているが、それがどういう意味を持つのかが分からない。発表するというイメージが持てない。あの騒ぎの中に、もう一度、この手で書いたものを差し出すというイメージが。

 書けないのではない。

 出せないのだ。

 それを「スランプ」と呼ぶのであれば、そうなのかもしれない。が、私にはどうも、その言葉が正確な気がしない。スランプというのは、書こうとして書けない状態を指すはずだ。私は書ける。書いている。ただ、世界に向けて開く窓が、どこにも見つからないだけだ。

 夜、雨が降った。

 山の雨は音が違う。葉の一枚一枚に当たる音が聞こえる気がする。東京にいた頃は雨の音というものをほとんど意識したことがなかった。

 台所でお湯を沸かし、インスタントの珈琲を作った。

 書斎に戻ると、机の上に積んだ本の山の、いちばん下から一冊が少しだけ飛び出しているのが見えた。

 『余白の海』。

 自分の本だと気づくのに、一瞬かかった。自分が書いたものを自分の本棚に置いておくというのが、長い間できなかった。だからこの家に持ってきたことすら、忘れていた。いつ持ってきたのかも覚えていない。引っ越しの荷物に紛れていたのか、誰かが送ってきたのか。

 手に取るつもりはなかった。

 ただ、飛び出していたから、押し込もうとした。押し込もうと手を伸ばした時に、表紙の感触が指先に触れた。

 ──ああ。

 と思った。

 それだけだ。特別な感情はなかった。懐かしくもなく、忌まわしくもなく、ただ、ああ、これか、という、それだけの感覚。

 気づいたら、手の中にあった。

 珈琲を一口飲んで、椅子に座った。

 なぜ読もうとしているのか、自分でも分からなかった。

 分からなかったが、読まずにはいられなかった。

 ただそれだけが、確かだった。

 表紙をめくると、まだインクの匂いがするような気がした。そんなはずはない。五年前の本だ。ただ、そういう気がした。

 一行目を、目で追う。


* ある朝、さなは目が覚めると、自分が誰かに見られているような気がした。*

* 部屋には誰もいない。窓の外にも。*

* それでも、その感覚は消えなかった。*

* ──誰かがいる。*

* 見えないけれど、確かに、ここに。*


 読んだことのある文章だ。

 何度も読んだ。書きながら読み、書き直しながら読み、発表後も何度か読み返した。全部頭に入っている。

 の、はずだった。

 だが、今、その一行目を読んだ時。

 私は、奇妙な感覚を覚えた。

 まるで、この文章が──私に向けて、書かれているような。


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