紡いだ想い
期末試験を終え、夏休みを目前に控えたその日、俺は一人机に向かっていた。
開けた窓から入る夜風が冷たく、心地良い。
誰かに邪魔をされることのない、静かな空間。
ペンの走る音だけが響くその空間で、
「・・・こんなんじゃあダメだ!」
グシャグシャ・・・
「くそ!うまく書けねぇ」
紙くずだらけになった部屋の中心で、俺は頭を抱え込んでいた。
――――「紡いだ想い」―――
「そもそも、こんなん上手く書ける奴なんているのかよ・・・・」
そんな事をぼやきながら、目の前の便箋を睨んだ。
最初は多すぎると考えていた紙の束も、今では頼りない薄さを残すのみとなっている。
「というか、こんなの俺キャラじゃないんだよな」
そんなことを考えながら、俺は今の状況を作り出す原因となった出来事を思い出していた。
~~~半日前~~~
「はぁ?告白したいけど、どうすりゃいいだって?」
「バッ!声がでけえよ!!!」
人の悩みを大声で広められそうになり、スピーカーとなった友人の顔を、アイアンクローをかけるような勢いで塞ぐ。
(誰にも聞こえてないよな?)
正直、こんな相談を周りに聞かれた日には、恥ずかしさで登校拒否になりかねん。
ゆっくりと周囲を見渡すが、幸いなことにこちらの話が聞こえた様子の人間はいなかった。
(・・・よかった)“バシバシ!”
一安心したのも束の間、腕に叩かれるような衝撃を覚え、顔を上げる。目の前には、涙を溜めながら必死に腕を叩く友人の姿があった。
「痛~~~、顔半分がもぎ取られるかと思ったぞ」
両頬を撫でながら、涙が残る目で睨まれる。
「あ~っと、悪い。でも、そもそもお前の発言が原因だろうが」
「声がでかかったのは悪かったよ」
でも、マジで痛かった~っと言っている友人の顔に、赤い指の跡が残っていることは伝えないことにしよう。
「それで、告白だったか?」
「あぁ」
アイアンクローがよほど痛かったのか、目の前にいる俺すら聞こえづらい音量で話される。
「んなもん、直接好きって言えば終わる話だろうが」
アホか?とでも言わんばかりな表情でこちらを見てくる。その位、相談せずとも分かっている。だが、
「それができりゃ、そもそも相談なんかしてねぇよ」
俺だって何も動かなかったわけではない。実際、何度か告白しようと行動にも移った。しかし、彼女を目の前にすると、緊張から表情が強張ってしまう。おまけに言葉を選びすぎてしまい、会話らしい会話が続くことさえなかった。
「・・・・よくそんな状態で告白しようと思ったな」
今度は完全に呆れたといった感じの表情になっている。それに関しても自覚はしているが、
「・・・分かっちゃいるけどな。このまま心に残しておくほうが、よっぽど気が狂いそうになると思ったんだよ」
「・・・へぇ~」
いつの間にか呆れ顔からニヤケ顔に変わってやがる。相談相手を間違えたか?
「・・・やっぱいい。今の話は忘れてさっさと飯食え」
「いやいや、俺を信頼して相談してくれたんだ。ちゃ~んと相談に乗ってやるって」
もし、語尾に記号が付くなら、音符マークでも付いていそうな口ぶりだ。だんだん不安になってきたが、コイツ以上に適した相談役が浮かばないのも確かだ。
「・・・なら、どうしたらいいと思う」
正直な話、自分で考えても良い案が全く浮かばない。だからこそ、恋愛経験豊富なコイツに相談を持ちかけた。これで良い案がなければ、完全なお手上げ状態になる。
「直接言えないのなら、手紙っきゃないでしょう」
「手紙?あぁ、確かにメールならゆっくり文章を考えられるな」
携帯という身近な手段すら気づけないとは、思った以上に思考が狭まっていたらしい。アドレスを知らないという問題はあるが、直接告白することに比べれば簡単な問題だ。
「違うって。手紙は手紙でも、メールじゃなくてラ・ブ・レ・タ・ー」
「は?ラブレター?」
「そ、ラブレター」
ラブレターと言えばアレだよな。昔のドラマとかでやってた告白する手紙のことだよな。
「メールはダメなのか?」
「メールはダメだな。ちゃんと自分で書いたラブレターのほうが絶対にいいぞ」
手紙なんて小学校の時の宿題で書いたかな?って具合でしか書いたことがない。そもそも、今の情報化社会の中で、直筆の手紙なんて、
「ラブレターとか、時代遅れじゃないか?」
そう考えてしまう。
「ば~か。手書きだからこそ意味があるんだよ。メールみたいに誰が打ったか分からんような文より、個性が出る手書きの文字のほうが心に響くんだよ」
「・・・そんなものか?」
「そんなもんだよ」
ま、騙されたと思ってやってみなって言われても、騙されたら意味がないんだけどな。でも、相談に乗ってもらったし、経験豊富なコイツの言葉は、確かに信じるだけの価値がある。
「・・・そうだな。とりあえずやってみるわ」
少なくとも、直接告白するよりかは気が楽だしな。
「ところで、お前はラブレター書いたことあるのか?」
「ない!」
すごいいい笑顔で返事をしやがった。むかつくので、今度は目元付近にアイアンクローをくらわせてやることにしよう。
~~~現在~~~
「はぁ、もっと楽なもんだと思ってたんだけどな・・・」
少なくとも、直接告白するよりは難易度が低いと思っていた。けど、実際に書いてみるとどちらのほうが難しいのか分からなくなってくる。
部屋の中を見渡してみると、大量の失敗作と、その失敗作を読む親父の姿が・・・
「って、親父!?」
「よう、息子。邪魔してるぞ」
マズイ・・・・ラブレターを読まれたこともそうだが、あの失敗作の中には恥ずかしさで死にたくなるような内容の物もある。それを読まれた日には・・・
「・・・君のことを考えると、僕の胸は張り裂けそうになるんだ」
「だーーー!!!読むな!忘れろ!むしろ死ねーーーー!!!!」
ついに声を出して読み始めた親父に飛び掛る。だが、足元にあった失敗作ですべり、転んでしまう。
「やかましい。今の時間を考えろ」
「うるせぇ!勝手に人の手紙読まれたら叫びたくもなるわ!!!」
親父の手から手紙を奪い返し、周囲にあった失敗作も合わせて回収する。
「それはすまなかった。まぁ、勝手に読んだお詫びにアドバイスをしようと思ってな」
「あんたのアドバイスは人の手紙を声に出して読むことかよ!」
あれか?声に出すことで、どれだけ恥ずかしい文章か自覚しろってことかよ。最悪なアドバイスだな。
「そんな訳がないだろうが。書いてある内容が分からなければアドバイスが出来ないから、読んでいただけだ」
「余計なお世話だ!」
読まれた分は仕方ないとしても、残りの失敗作を読まれることだけは防がないといけない。取り残しがないか部屋の中を見渡す。残念なことに、まだ何枚か部屋の中に転がっている。
(・・・早いところ回収しないと)
とりあえず、一番遠い場所にある手紙から回収しようと腰を浮かす。足に力を溜め、一気に爆ハ・・・
「あぁ、そうだ。そこらに転がっていた手紙は、もう一通り目を通したからな」
親父からの死刑(発)宣告(言)に、受身を取るのも忘れ、頭から床に突っ込んでしまう。
「・・・アイデアが浮かばないからといって、頭をぶつけるのはどうかと思うぞ」
それとも、頭がおかしくなったか?と、ズレた発言をする親父に食って掛かる。
「おかしいのは、俺じゃなくて、親父のほうだろうが!!!」
頼んでもいないのに、勝手に息子のラブレターを読み漁るとか、絶対普通の思考じゃない。
「それで、経験者からのアドバイスはいるか?」
「それ、普通は手紙を読む前に聞くだろうが!」
今まで周囲の人から、親父は変人だと聞かされていたが、今日ほどそれを実感したことはない。あまりにズレた反応に、怒りを通り越して呆れるばかりだ。けど、
「というか、経験者だって?」
経験者からのアドバイスなら、それほど参考になるものもない。
「あぁ、昔は俺も書いたものだ」
まぁ、勝手に手紙を読まれたことを許すつもりはないが、今は何よりもアドバイスが欲しい。断罪は情報を引き出してからでも遅くはあるまい。
「・・・なら、何かアドバイスくれよ」
机に戻り、椅子に座り直して親父に声をかける。床に座った親父を見下ろすことで、自分のほうが立場が上だということを誇示するように。
「そうだな。まぁ、具体的な内容に関しては言えることは少ないが・・・とりあえず、その後ろに隠した手紙の束を出せ」
「この失敗作か?」
正直、この失敗作を書き直したところでいい手紙が書けるとは思えない。そんな手ごたえがあったなら、今頃ラブレターは完成しているだろう。
「ゴミ?なんだ、その手紙には適当な気持ちしか書いてないのか」
適当な気持ち・・・だと?
「んなわけあるか!どれも俺の真剣な想いだ!!!」
適当なラブレターなんて、誰が書くか!
「なら、それはゴミじゃない。大切な、お前の心だ。ゴミと同じ扱いなんてするな」
「は?俺の心?」
「そうだ。ゴミというのは、不要になって捨てるもののことだ。その手紙にはお前の大切な想いが書いてあるのだろう。なら、それは不要なものなんかじゃない」
ゴミなんかじゃないんだ。そう締めくくると、親父は静かに俺を見つめてきた。
親父の目は、決して睨むような鋭いものではない。けれど、悪いことをして叱られている時のような、そんな感じがした。
「・・・大切な、俺の心・・か」
床に座り、足元にあった手紙を拾い上げる。内容は親父に声を出して読まれていた、恥ずかしくて、しょうがなかったはずのものだったのに、今では自分の心を写す鏡を見ているような感じがする。
「そうだ。文字には想いが宿る。強い思いなら力強い文字に、淡い想いなら柔らかな文字に。同じ内容の手紙でも、書く時の想いが違えば、全く違う手紙になるものだ」
同じ内容なのに違う手紙・・・
手に持った手紙を読み終わる頃、親父が声をかけてきた。
「・・・何を書けばいいのか困っているのだろう?」
そしてそれは、俺が一番聞きたい質問でもあった。ラブレターで、何を伝えればいいのか。何を書くべきなのか。俺は親父を見上げながら、静かに頷いた。
「なら、部屋中にある手紙を集めて読み直すといい。その人に一番伝えたい、お前だけの想いが見えてくるはずだ」
俺だけの、想い・・・
後ろに集めた失敗作の束・・・いや、想いの束を見る。俺の一番伝えたい想い。
「それを見つけられるかは、お前次第だがな」
「・・・見つかるどうかは、俺次第」
俺が本当に伝えたい、その想い・・・
「・・・見つけてやるさ。絶対に」
親父はそこまで聞くと、小さく頷いて立ち上がった。俺も後ろの手紙に手を伸ばし、
「なぁ、親父。親父はラブレターを送ってどうなったんだ?」
ふと、気になった質問を投げかけてみた。
「俺の結果か?」
だが、親父は答えずに、ふっ笑うと何も言わずに部屋から出て行った。
(・・・すげえ不安になるんだが)
とはいえ、別の手段を考えるつもりはない。俺だけの、伝えたい、その想い。必ず見つけ出してやる。
俺は手紙の束に手を伸ばし、一番上の手紙から読み直し始めた。
~~~翌朝~~~
“チュンチュン!!”
「で、できた~・・・」
あれから朝までかけて書いた手紙。沢山の想いの中から、紡ぎ上げた俺の気持ち。
嘘偽りのない、本当に伝えたい、一番大切な想い・・・
「後は、これを渡すだけだな」
(今の時間なら、すぐに登校して下駄箱に入れれば大丈夫か?)
それ以外の方法も浮かばないし、この案でいくことに決める。そうとなれば制服に着替え、ダッシュで学校に行かないとな。
1分で制服に着替え終え、玄関で靴を履いていると親父が起きてきた。
「・・・頑張れよ」
何を?なんて聞き返すことはしない。
親父の応援を背に、俺は玄関を飛び出した。
雲一つない晴天。
徹夜明けの目にはまぶしすぎたが、告白するには絶好の天気だ。
「よし、行くか!」
俺は気合を入れ、学校へと歩き始める。
その胸に、紡いだ想いを入れながら。
初めまして。気まぐれな鴉といいます。
以前から、小説を投稿してみたいと考えていたのですが、ついに重い腰を上げることにしました。
今回、手紙に関する何かを書いてみたくなり、ラブレターをテーマにしました。
ただ、オリジナルを書くのは初めてに近いので、色々と拙いところがあります。
色々な人から、厳しくも暖かなご指摘を頂ければと思っています。
皆さん、これからよろしくお願いしますね。