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第33話 解けない演習問題と学習室の怪しい勉強会

 翌日の土曜日は、予定どおり、市内の図書館にて名和リッカがオレたちにお願いしてきた勉強会が行われることになった。


 行われることになったのだが――――――。


 図書館の入口の前で、オレは、自分にとって予想外のイベントが発生していた。


「えっ、久々知も来てるのか?」


 そう、名和リッカと上坂部葉月、そして、オレの三人で行われると思っていた勉強会に、名和の名目上の交際相手にして、上坂部の幼なじみ(にして片想いの相手)である久々知大成が加わっているのだ。


「うん、なんかね。大成も一緒に教えてもらいたい単元があるんだって。立花くんには連絡が無かったの?」


 戸惑いながらも、どこか嬉しそうなようすを隠せていないクラス委員が状況を説明する。


「ゴメンね……私ったら、大成クンも来るってことを伝えたつもりが忘れちゃってて……」


 名和リッカは、両手を合わせて、てへペロと可愛らしい仕草を見せるが、絶対にうっかりなどではなくて、わざとだと思う。前日の放課後に二人きりになっていたのに、普段から抜け目の彼女が、こんな大事な用件を伝え忘れる、ということがあるのだろうか?


「急な参加になって悪いな、立花。気になるなら、オレだけ離れた席で勉強しても……」


 申し訳なさそうに語るクラスメートにはこちらが恐縮し、

 

「いや! 別にそこまでしなくても良いから! 久々知も一緒に居てくれて良いよ!」


と返答すると、上坂部と久々知はホッとしたような表情を見せ、名和リッカは、わずかに口元を緩めたように見えた。


 正直なところ、先日のカラオケボックスのときと同じメンバーが揃ったということに不安を感じないでは無いが、ここで、上坂部と名和の二人と気心が知れている久々知を遠ざける理由もないだろう。


 問題は、名和リッカが、なにか良からぬことを画策していないか、ということだ。


 久々知が突然の参入をしてきたこと、自分には、そのことが事前に知らされていなかったことから、この点については用心を怠ってはならない、とオレの本能が告げている。


 そんなオレの警戒態勢は、受付で座席の予約を行い、図書館の学習室に入室時点で最高レベルに達した。

 それは、またしても、こちらの想定外の事態が発生してしまったためだ。


「じゃあ、大成クンは葉月の隣に座って。私は、立花クンに古典のテストの対策法を教えてもらうから」


「あぁ、わかったよ。それじゃ立花、リッカのことをよろしくな」


 学習室の前で、名和リッカの言葉を受け取った久々知は、そう言って、幼なじみとともに、四人掛けのテーブルの一角に腰を下ろす。二人づつが向かい合うようになっている学習者用の机には、必然的に久々知と上坂部の向かい合う形で、オレと名和リッカが隣り合うように座ることになった。


「今日は、よろしくね。立花クン」


 大っぴらに声を上げることがためらわれる学習室にいるため、声は小さくなり、そのささやくような声を届かせるために、隣に座るクラスメートは、オレの耳に口を寄せて語りかけてくる。


「お、おう……」


 警戒心マックスのオレは、緊張しながら返答したあと、彼女のリクエストに応じて古典の参考書を広げつつ、小声でクラスメートに告げる。


「古典の大西先生が推薦していたこの参考書には、入門編的に、入試頻出問題を精選した基礎演習の問題が掲載されている。まずは、その問題を解いて、自分の実力を確認してみてくれ」


「わかった。じゃあ、立花クンも一緒に問題を解いてくれる?」


「えっ、オレも解くのか?」


「うん、自分と比べて、立花クンの実力がどの程度なのか知りたいから……()()()()()()()()?」


 ささやくような言葉にドギマギしながらも、断る口実がすぐに思い浮かばなかったオレは、仕方なく基礎演習の問題の最初のページを開く。こうして、学校の授業で教科書を忘れた生徒が、机をくっつけて隣の席の生徒に見せてもらうような距離感で試験勉強を進めることになった。


 オレ自身は、一度、解いたことのある問題集なので、あらためてチャレンジするメリットは薄いのだが、ただでさえ彼女に対する警戒を行っている上に、想定外の出来事が発生しすぎて、上手く頭が回っていない。ここは、問題集を解くことで落ち着きを取り戻そう、と考えて基礎演習の問題に取り組むことにする。


 基礎レベルである上に、すでに解いたことのある問題なので、あっさりと最初の課題を解き終えたオレは、無意識で参考書のページをめくってしまう。


 すると、


「もう! 早いよ、立花クン。そんなんじゃ、女子に嫌われるゾ?」


と、耳元でささやかれる。


「あ、あぁ! 済まない」


 ビクリと身体が動いたオレが声を出すと、目の前の上坂部が、小声で、


「シーッ! 二人とも、静かに……」


と言って、唇に人差し指を当てて注意してくる。


「は〜い」


 そして、またも、ささやくように返答した名和リッカは、オレの耳元に口を近づけて、


「じゃあ、ページをめくってほしいときは、こうして合図するね」


と言って、シャーペンを握ったオレの右手の甲を、ス〜ッと撫でる。


 ビクリ―――!

 

 さっき耳元でささやかれたとき以上に、大きく身体を震わせたオレは、手で口元を覆って、向かいの席に座っている久々知と上坂部に声が届かないように配慮しながら、名和リッカに抗議する。


「おい、そんなことしたら向かいの二人に怪しまれるだろ! 手を撫でるのはやめてくれ!」


「あら、照れなくてもいいじゃない?」


 クスクスと笑いながら答える彼女に対して、視線だけで「あんまりフザケるなよ」と、メッセージを送ると、相手は、首をすくめて、


「は〜い」


と言ったあと、


「じゃあ、あの二人から見えなければ大丈夫?」


と意味深な視線をこちらに送ってから、シレッとした顔で参考書に向き直る。


 そうして、しばらく、解答用のノートに視線を向け、問題に取り組んでいる素振りを見せていたため、ようやく、この状況の危うさを認識したのかと安心したオレが、自分の回答を見直しておこうとノートに目を落とした瞬間――――――。


 オレの右足の太ももをツツーッと撫でる感覚が走った。

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