ベイクド?ちょちょちょっ
Twitterスペース企画
百合作品
ベイクドモチョチョ
傘
ネイル
自転車
がお題でした。
冬のとある夕暮れ、電灯を背にしてベイクドモチョチョが跳躍した。
「なんなんだこの蜂楽饅頭は!」
佐伯湊が叫ぶ中、ベイクドモチョチョはけたたましい叫び声とともに爪を振り下ろす。熊の爪のように分厚いそれは湊の鼻先を掠める勢いで空を切った。
「湊……。あれは……二重焼きだよ」
とは菜月ハヤテの言葉。湊はその呑気な言葉に舌打ちで返すと、腰に携えた刀を引き抜いて腰を落とす。その刹那、刀の光がベイクドモチョチョにぱっと迫った。
切っ先はベイクドモチョチョの冗談めいた白い腕を通過し、骨を削る鈍い感覚が湊に伝わる。ベイクドモチョチョは両断された腕から餡子を吹き出して地面に倒れ込むと、焦げ目のよくついた分厚い皮を地面にのたうち回らせる。餡子の詰まったふわふわの生地でできた体は、干した布団を叩く時のようなくぐもった物音を立てて街道に大きな影を落とす。
「あのさぁハヤテ……。そんな呼び方、広島県民くらいしかしないから!」
湊は思わずハヤテに抗議めいた声を上げる。だが、肝心のハヤテはむっつりとした視線のまま「むふー」と言わんばかりの得意げな顔を向けるばかりであった。
「二つの生地を重ねているから……二重焼き、なんだよ。よって広島が正しい」
「あぁ、もう! いまはそれどころじゃないから!」
湊は言い切るや否や、怒りに任せて起き上がったベイクドモチョチョのもう片方の手を刀で弾くように振り払う。あたりに鈍い金属音が響くあたり、その爪の硬度がいかほどのものか窺える。
「ハヤテ! 直接火砲支援!」
「……あい」
その言葉に合わせて、ハヤテは背中に担いでいたブローニングM2重機関銃を腰だめに構える。あまりに自然なその動作はまるで機関銃がまろび出るかのように見せた。
ブローニングの三脚が背の高い椅子に座った子供の足のようにぶらぶらと空に揺れる。それが予備動作と言わんばかりに、機関銃の発砲を促した。ハヤテは自分の射撃の腕に自信がある。湊に当てることなど一切考えていないかの如く躊躇はなかった。それは湊も同じだったのだろう。敵性たるベイクドモチョチョに隣接しているにもかかわらず、その表情は淡々としていた。
三脚がはずみをくらった小動物のように揺れる。電動機の駆動音に似た連続した音の響きが木霊する。銃口からまたたくマズルフラッシュは、重厚な金属音を伴って物量を殺意に変換して殺到する。ベイクドモチョチョの柔らかなミックス粉の体はクッションを叩いたような音を奏でつつ、周囲に餡子を撒き散らして爆散した。その体は12.7×99mm NATO弾のエネルギーを受け、中身の餡子を泥のように周囲に撒き散らす。
それは湊が泥被りを一身に受けることを意味していた。
「あっ……」
ハヤテがふと声を漏らした時には遅かった。
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「今日は勉強になったわぁ。蜂楽饅頭って浴びると全身ベタベタするのね」
「……砂糖が混ざっているから純粋にベタベタするだけだと思う」
突如住宅街に発生した自走式ベイクドモチョチョは餡子わけしていない個体だったのだろうか、やけに凶暴であった。無産のベイクドモチョチョは餡が凝縮されて糖度を増す。故に甘党からの人気が高くなることからとりわけ市場価値が高くなる。
その上、餡子が重くなってしまうことから体への負担が高まってしまい、それがストレスとなることでベイクドモチョチョの攻撃性を増してしまう。そのため、ベイクドモチョチョは見境なく動物を殺傷してしまうことから、収穫されづらいというのも理由の一つではある。
湊が浴びた餡子は65度の糖度を持つ、餡子の水準を越したいやに甘い代物であった。
ふたりが住むアパートの風呂場を出て、湯気をほのかにまとった湊の艶やかな長髪を疎ましげに睨みつつハヤテは彼女のぼやきを切って捨てた。
「なんで期限悪いん? お出かけ台無しにしちゃったのは悪いけどさ」
「……お風呂に入ると、二重焼きの甘い匂いが消えちゃうから」
ハヤテからすると、ベイクドモチョチョのもったりとしたミックス粉の甘い香りがするのが嬉しかったのだろう。
それを洗い流されたのが少しショックというのが彼女の想いそのものである。
「あたしゃ食べ物じゃないんだから」
小さく苦笑する湊を見てもまだハヤテは不満そうではあったが、湊はその頰をもちもちと引き伸ばしながら慰めてみせた。
「……ほら、さっきは助けてくれてありがと。後でお礼してあげるから」
その言葉にふと顔を上げたハヤテは、軽く瞼を落とす。そっと鼻先を湊に向けて眉間の皺を緩めた。
「……でも、お風呂から出た後が一番湊を感じられて……いい」
「それで思い出した。あんた、昨日私のシャンプー使ったな?」
「……うん。近づいた気がするから」
その言葉でハヤテの眉間を指で突く。
「きっしょ」
「へへ」
無表情でいることが多いハヤテの目尻が下がった気がした。いつも行動を共にする湊はその表情のわずかな違いを見逃すことはなかった。
「よし、じゃあ蜂楽饅頭買いに行こっか。さっきはお出かけ台無しになっちゃったし」
「二重焼きだよ」
「だから、あんたは広島県民かっての」
それからはかのベイクドモチョチョに似た焼き菓子の名称がどっちなのかを議論しながら、湊は思わず頰を緩めた。どうやらこの議論に決着はつきそうにない。だが、それもいい。大切な友と共に歩み、薄暗くなった肌寒い風を浴びながら湊はそんなことを考えた。
店の前に着くと、看板は間抜けなフォントで「甘太郎焼き」と書かれていた。
なんやこれ




