ヴェンダル
──人間の女は儚く見えた。
この国の王族は、代々竜人がその座にいる。
国を永らく支配してはいるが、俺達、獣人や人間達からの評判はよくない。
少し前に、第二王子がスラム全てを壊滅させたと聞いた時、俺は決していい気分にはなれなかった。
そのスラムには、長い付き合いになる友人がいたからだ。
そいつは戦ったりするのが苦手で、まあ弱い。
俺とは気が合って、毎週飲みに行ったりしてた仲だ。遠慮とかもなくて気楽で……多分、あの時間が俺は好きだった。
いつもの酒場で、特に約束もしていないが、俺は待つ。
そうしたら、大体顔を見せるんだが──
「────来ねーよなぁ……」
だらりと手足を投げ出して、テーブルに顔を伏せた。長く、癖のある自身の髪が、さらさらと流れるのをぼーっと目で追いかける。
「……あーあ。今日はヤケ酒だ」
この世は、弱い奴から順に消えていく。
自然の摂理のはずなのに、時折それが無性に理不尽に感じてしまう。
お偉いさんが一体何を考えてるのか、俺にはさっぱりわからないが、今回のことに関してだけは腑に落ちない。
だからと言って、竜人に楯突くのは死ぬのと一緒だ。
あいつらは、化け物並に強い。
特に冷徹な第二王子は、平気で人を慈悲も無く、殺す。
俺は傭兵を生業にしてるが、仕事中、その王子を一度だけ見かけたことがあった。
敵を一人で薙ぎ倒すその姿は、誰よりも強く、恐ろしかったのを、悪酔いしながら思い出す。
(ああいうのって……何が楽しくて生きてんだか……俺には理解出来ねーよ)
・・・
「はあ?立ち入り禁止ってなんだよ?」
白い花束を持って、スラムがあった場所に行けば見張りの騎士がいる。
看板に書いている文字を読めば、どうやらここは立ち入り禁止区域になってしまったようだ。
「そんなわけで悪いが茶髪の兄ちゃんよ、王からこうやってお触れが出てんだよ。だから帰ってくれ」
「次はいつ入れんだ?」
「当分は無理だろ。諦めな。そのうちキレーな更地になって、あとにはなんか建つんだろうよ」
「そうかよ……じゃあな」
まだあれから日が浅いからか、夜中にも関わらずたくさんの騎士がうろうろしている。
見られると厄介なもんでもあるのかと思ったが、今日はさすがに分が悪い。
(じゃあ、竜人祭の日に出直すか……)
あの日に、仕事をする馬鹿はいない。
そしたらまたその時に、ゆっくり友人を弔ってやろうと俺はその場を後にした。
・・・
酒場で、浴びるほど酒を飲んだ。
今日は竜人祭の日だからか、お祭り騒ぎでどこも活気付いている。
この祭りの目的は、広場で自身の番と出会うこと。
番を見つけた者、そうでない者達が集まり朝から晩まで一日中騒ぐ。
──俺は今年、広場には行かなかった。
今はそんな気分になれないのが本音で、番に出会うのはいずれにせよ、今じゃなくてもいい。
今世で出会えなければ、それは互いに縁がなかったというだけの話だ。
この国には古くから『前世』『現世』『来世』にまつわる迷信めいた話が、数多く存在する。
輪廻転生だの、魂の循環だの── 俺が知ってる限り、この話はどこか遠い国から伝わってきた考えらしい。
前世で結ばれなかった番は、来世で結ばれる。
現世で無念の死を迎えた者は、神から祝福を受け、来世では幸福を約束される。
逆に前世で悪さばかりした者は、来世では地獄が待っている、など迷信は多岐に渡る。
俺が思うに、それは死にゆく者達への慰めや、次への希望、子供が悪さしないための教育なんだろうが、それらに縋らないといけないほど、この世は生き辛い。
「さーて、行くか……」
亡き友人に花を供えようとしたが、花屋は既に閉まっていたので、仕方なく酒だけを持って、俺は軽い足取りで目的地へ向かう。
着いた先は、人気も無く静寂に包まれていた。
改めて見れば、本当にスラムの全てがなくなっている。ここで生きてた大勢の命は、全て消えたのだろう。
小さな命を、虫ケラのように扱う王族や貴族達。
あいつらがいなくなれば、少しはこの国も変わるのだろうか……?
物思いに耽っていると、鮮やかなオレンジ色が目に入った。
───人間の女だ。
女はずっとその場から動かず、スラムがあった場所を見ている。
迷子か?と思って様子を見ていたが、月明かりに照らされたその顔色はよくなさそうだ。
こんな場所で、人間の女が一人でいるのも危ない。
しかも今日は、竜人祭。
馬鹿どもが祭騒ぎで、なんでもありの状態だ。
人間の女なんて見たら──
そこで、考えるのをやめた。
適当に声を掛けて、街まで送るか。
弔いは、静かにやりたい。
声を掛けると、女は驚いた顔をしてこちらを振り返った。
見れば随分と、いい女だった。
オレンジ色の長い髪に、薄いグリーンの瞳。
目はデカくて、唇は艶があり小さい。
体は細く、着ている白色のワンピースは、女によく似合っている。
(顔色も悪くないな。俺の見間違えだったか?じゃあ、別にいいか……)
酔いも回り、調子のいい俺は、さっきの考えは速やかに撤回し、この人間の女と一夜を過ごしたいと考えた。
腰を抱き寄せれば、その細さがわかる。
俺の好みは、肉付きがよくて気の強い女。
街に行ったら、まずはうまい飯屋にでも連れて行くか。
肌は暑かったのか、汗の匂いがした。
味見しようと、女の口に顔を寄せれば制止される。
質問に答えてくれたら、好きにしていいとさっきとまるで違う態度に、俺は楽しくなった。
だが女が知りたがった情報は、このスラムのこと。
一気に、酔いが醒めた。
状況から見るに、この女はスラムの生き残りの可能性が高い。既に現状を見てしまっているから、下手なことは言えない。
可哀想だが、真実を話した。
聞いた女は、今にも泣き出しそうな顔をして必死に堪えていた。その姿があまりにも痛々しく、俺は励ますことしかできなかった。
人間の女は、ドナと名乗った。
ドナは哀しそうに緩く笑ったあと、今夜は慰めて欲しいと言ってきた。
だから、あれこれ考える前に手を差し出した。
「………………来いよ」
俺が、癒してやる。
寂しさは全然埋まらないだろうが、人肌に触れていれば少しはマシだろう。
ドナはゆっくり俺の手を取った。
「行く前に、ダチを弔いたい。いいか?」
「うん……」
「お前は……見てるか?」
「ごめん。みんないなくなったって実感できなくて…………そういうの、今は無理」
「──そうだよな……悪かった」
「ううん、大丈夫だから謝らないでよ……」
ドナはそのまま俯いて、動かない。
頭を撫でたあと、見ないようにして自分の用事を終わらせにいく。
そこらへんに転がっている石ころを手に取り、丁寧に積み上げる。
(立派な墓なんて作ってやれないから、即席で悪いがこれで勘弁しろよ)
スラムにいた人間の友人を思い出しながら、安らかに眠ってくれと祈りを捧げたあと、石の上から酒を振りかけた。
作法なんてわからないから、これが俺なりの弔いだ。
「……番って、大事?」
弔いが終わると、ドナがそんな質問を投げかける。
なんでここで番の話をするんだ?と思ったが、今日は竜人祭か。
人間からすると、不思議な感覚なんだろう。
初めから決められた相手と番うなんて。
でも、獣人や竜人にとっては普通のことだ。
出会ったら番って、子を成し、最後まで共に添い遂げる。
俺達から見れば神が定めた運命、とでも言うのか。それすら刷り込みに近いものがあるが、番がどこかに存在するならば、やはり番うことに憧れてしまう。
中には人間のように、自由に恋愛したいって奴もいるし、番なんていらないみたいなのもいる。
俺は俺で、他の獣人や人間達と割り切って遊びつつ、自分の番がいたらいいかと出会ってもいない番に、かなり不誠実なことをしている。
きっといつか番に出会ったら、大事にはする。
でもそんな不確定な未来を待つより、今を楽しく生きたい。それは、いつ自分が死ぬかなんて誰にもわからないからだ。
「……そりゃ大事だろ。俺達にとっては、だけどな」
「番が死んだら、悲しい?」
「番ってもんは、魂で繋がってるって聞くから、相手が死んだら、追いかけて死ぬくらいはするだろ」
ドナは驚いた顔をした。
これはあくまでも、一般的な意見だ。
番が死ぬと、追いかけて逝く奴は一定数いる。
ある者は、衝動的に。
ある者は、番の死を受け入れられなくて。
ある者は、先の未来が見えなくなり。
理由は様々だが、そんな悲惨な末路を辿る者達。
だからドナが番を呪いだと言うのはわかる。
それでも、俺達は求めてしまうのだ。
「さ、用事も終わったしそろそろ行こうぜ」
ドナの細い腰に手を回した時、違和感を感じた。
なんだこの殺気──!?
一瞬で判断して、自分の腕を捻る。
回避は──間に合いそうにない。
「ぐ、──あああぁっ!!?」
──斬られた……!?
(少しでもズレてたら腕が飛んで……いや、死んでた)
勝手に、息が上がる。
腕からはそれなりに出血していて、馬鹿みたいに斬られたところが熱い。
「ヴェンダル!!!」
ドナが俺を守るように、覆い被さってきた。
よりにもよって、こんな所で奇襲かよ。
利き手は無事だが、ドナを庇いながらいけるか?
そもそも相手はどんな目的で──
ドナの腕の隙間から見えたその姿に、驚愕する。
──嘘だろ。
あの冷徹と名高い、第二王子……?
なんで、こんなところに……。
竜人の王子からは殺気がダダ漏れで、本能的に恐怖が勝る。
ドナは普通に王子と話をはじめたが、その会話は穏やかとは全然言えなくて……俺は嫌な予感がした。
まさか、こいつら番なのか……?
人間が竜人の王子の番になるなんて、最悪だ。
人間は、番がわからない。
もしそうなってしまった場合、相手は振り向いてもらうために、番が嫌がることはせず、言葉や態度で必死に尽くして、愛を乞う。
それでもダメな時だってあるが、ほとんどが人間と番になって、みんな幸せそうにしている。
しかし、この2人は違う。
ドナと王子を見ていると、関係は良好ではない。
下手をしたらまるで、王子がドナを監禁しているかのような会話と、発言を繰り返している。
「お前がこいつを殺したら、私も一緒に死ぬ」
ドナの言葉に、俺は息を呑む。
愛する番からそんなことを言われるなんて、よほどこの王子は嫌われているのだろう。
王子も番からのその言葉で、動かなくなった。
それを見て、番の死が恐ろしいのはこの冷徹な竜人も、一緒なのかと思う。
その後、王子は俺に消えろと怒りを滲ませたまま命じた。
どうやら、俺は殺されないようだ。
全身の力が、一気に抜ける。
ドナが痛ましい目で俺を見たあと、止血を施す。
王子が番なのか?と聞いたが、ドナは答えなかった。
「もう、会うこともない」
──それは儚く、死の匂いがする別れだった。
俺だけ、解放された。
ドナは酷い女だ。
俺を慰めてくれないし、約束も破る。
それどころか、こっちは大怪我だ。
(あいつ……死ぬつもりなのかよ……)
別れ際の、あの独特な吐き気のする匂い。
戦場で、何度も嗅いだ。
俺が狼の獣人だからかはわからないが、その独特の匂いをたまに纏う奴等は、死期が近く感じる。
こんな世の中だ。
ドナが死ぬには理由が揃いすぎてる。
俺ではもう、止められない。
後はあの番である王子が、なんとかすべきことだ。
・・・
あれからしばらく経った頃、第二王子が亡くなったと国から民達に、衝撃の知らせがあった。
死因は病死、と公表されたが実際は違う。
知り合いの情報屋から手に入れた話によれば、自身の行いにより、番に死なれ、後を追いかけたみたいだ。
結局、冷徹と言われた王子ですら、死んだ番を追いかけるほど、執着していたのだろう。
スラムがあったこの場所は、今はもう誰もいない。
最後に訪れた日のまま、ここは時が止まっていた。
(なんなら、この静寂が心地よいくらいに思えるな)
あの夜、俺が石を積み上げて作った不恰好な墓が、そのままになっていた。
周りには、草や野花が風に揺れて咲いている。
その隣にまた石ころを、丁寧に積み上げていく。
「ドナ、お前はすげーな。よくやったよ」
第二王子が死んでから、少しずつこの国は混乱の兆しを見せはじめた。
スラムが消えたのも、一つの要因だ。
裏社会を牛耳っていた奴等が消えたり、それによって困る貴族達も、少なからずいたはずだ。
そうして、王族や貴族達に不信感を持つ者。
国を見限り、出ていく者。
下手をしたら内戦だって今後、起こるかもしれない。
「これから、ここは荒れそうだな……」
俺は、国を出ていく選択をした。
傭兵なら、どこでもやっていけるだろう。
面倒事はごめんだが、途中で死んだらそれまでの人生。
だから、それまでは死んでいった奴らの分まで、悔いのないように、楽しく生きていくと決めた。
「──俺が、ずっと死ぬまでお前達を覚えといてやるから安心して眠ってろ」
柔らかな風が草花を揺らす。
最後に百合の花束を置いて、静かに国を後にした。




