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番の片影  作者: ちひまる
3/3

ヴェンダル

 



 ──人間の女は儚く見えた。




 この国の王族は、代々竜人がその座にいる。

 国を永らく支配してはいるが、俺達、獣人や人間達からの評判はよくない。


 少し前に、第二王子がスラム全てを壊滅させたと聞いた時、俺は決していい気分にはなれなかった。

 そのスラムには、長い付き合いになる友人がいたからだ。


 そいつは戦ったりするのが苦手で、まあ弱い。

 俺とは気が合って、毎週飲みに行ったりしてた仲だ。遠慮とかもなくて気楽で……多分、あの時間が俺は好きだった。


 いつもの酒場で、特に約束もしていないが、俺は待つ。


 そうしたら、大体顔を見せるんだが──



「────来ねーよなぁ……」



 だらりと手足を投げ出して、テーブルに顔を伏せた。長く、癖のある自身の髪が、さらさらと流れるのをぼーっと目で追いかける。



「……あーあ。今日はヤケ酒だ」



 この世は、弱い奴から順に消えていく。

 自然の摂理のはずなのに、時折それが無性に理不尽に感じてしまう。


 お偉いさんが一体何を考えてるのか、俺にはさっぱりわからないが、今回のことに関してだけは腑に落ちない。


 だからと言って、竜人に楯突くのは死ぬのと一緒だ。


 あいつらは、化け物並に強い。

 特に冷徹な第二王子は、平気で人を慈悲も無く、殺す。


 俺は傭兵を生業にしてるが、仕事中、その王子を一度だけ見かけたことがあった。

 敵を一人で薙ぎ倒すその姿は、誰よりも強く、恐ろしかったのを、悪酔いしながら思い出す。


(ああいうのって……何が楽しくて生きてんだか……俺には理解出来ねーよ)



 ・・・



「はあ?立ち入り禁止ってなんだよ?」



 白い花束を持って、スラムがあった場所に行けば見張りの騎士がいる。

 看板に書いている文字を読めば、どうやらここは立ち入り禁止区域になってしまったようだ。



「そんなわけで悪いが茶髪の兄ちゃんよ、王からこうやってお触れが出てんだよ。だから帰ってくれ」

「次はいつ入れんだ?」

「当分は無理だろ。諦めな。そのうちキレーな更地になって、あとにはなんか建つんだろうよ」

「そうかよ……じゃあな」



 まだあれから日が浅いからか、夜中にも関わらずたくさんの騎士がうろうろしている。

 見られると厄介なもんでもあるのかと思ったが、今日はさすがに分が悪い。


(じゃあ、竜人祭の日に出直すか……)



 あの日に、仕事をする馬鹿はいない。


 そしたらまたその時に、ゆっくり友人を弔ってやろうと俺はその場を後にした。



 ・・・



 酒場で、浴びるほど酒を飲んだ。

 今日は竜人祭の日だからか、お祭り騒ぎでどこも活気付いている。


 この祭りの目的は、広場で自身の番と出会うこと。

 番を見つけた者、そうでない者達が集まり朝から晩まで一日中騒ぐ。


 ──俺は今年、広場には行かなかった。


 今はそんな気分になれないのが本音で、番に出会うのはいずれにせよ、今じゃなくてもいい。

 今世で出会えなければ、それは互いに縁がなかったというだけの話だ。



 この国には古くから『前世』『現世』『来世』にまつわる迷信めいた話が、数多く存在する。

 輪廻転生だの、魂の循環だの── 俺が知ってる限り、この話はどこか遠い国から伝わってきた考えらしい。


 前世で結ばれなかった番は、来世で結ばれる。

 現世で無念の死を迎えた者は、神から祝福を受け、来世では幸福を約束される。

 逆に前世で悪さばかりした者は、来世では地獄が待っている、など迷信は多岐に渡る。


 俺が思うに、それは死にゆく者達への慰めや、次への希望、子供が悪さしないための教育なんだろうが、それらに縋らないといけないほど、この世は生き辛い。



「さーて、行くか……」



 亡き友人に花を供えようとしたが、花屋は既に閉まっていたので、仕方なく酒だけを持って、俺は軽い足取りで目的地へ向かう。



 着いた先は、人気も無く静寂に包まれていた。


 改めて見れば、本当にスラムの全てがなくなっている。ここで生きてた大勢の命は、全て消えたのだろう。


 小さな命を、虫ケラのように扱う王族や貴族達。

 あいつらがいなくなれば、少しはこの国も変わるのだろうか……?


 物思いに耽っていると、鮮やかなオレンジ色が目に入った。


 ───人間の女だ。


 女はずっとその場から動かず、スラムがあった場所を見ている。


 迷子か?と思って様子を見ていたが、月明かりに照らされたその顔色はよくなさそうだ。

 こんな場所で、人間の女が一人でいるのも危ない。


 しかも今日は、竜人祭。

 馬鹿どもが祭騒ぎで、なんでもありの状態だ。


 人間の女なんて見たら──

 そこで、考えるのをやめた。


 適当に声を掛けて、街まで送るか。


 弔いは、静かにやりたい。



 声を掛けると、女は驚いた顔をしてこちらを振り返った。


 見れば随分と、いい女だった。


 オレンジ色の長い髪に、薄いグリーンの瞳。

 目はデカくて、唇は艶があり小さい。

 体は細く、着ている白色のワンピースは、女によく似合っている。


(顔色も悪くないな。俺の見間違えだったか?じゃあ、別にいいか……)



 酔いも回り、調子のいい俺は、さっきの考えは速やかに撤回し、この人間の女と一夜を過ごしたいと考えた。


 腰を抱き寄せれば、その細さがわかる。

 俺の好みは、肉付きがよくて気の強い女。

 街に行ったら、まずはうまい飯屋にでも連れて行くか。


 肌は暑かったのか、汗の匂いがした。

 味見しようと、女の口に顔を寄せれば制止される。


 質問に答えてくれたら、好きにしていいとさっきとまるで違う態度に、俺は楽しくなった。



 だが女が知りたがった情報は、このスラムのこと。


 一気に、酔いが醒めた。


 状況から見るに、この女はスラムの生き残りの可能性が高い。既に現状を見てしまっているから、下手なことは言えない。


 可哀想だが、真実を話した。


 聞いた女は、今にも泣き出しそうな顔をして必死に堪えていた。その姿があまりにも痛々しく、俺は励ますことしかできなかった。



 人間の女は、ドナと名乗った。

 ドナは哀しそうに緩く笑ったあと、今夜は慰めて欲しいと言ってきた。


 だから、あれこれ考える前に手を差し出した。



「………………来いよ」



 俺が、癒してやる。


 寂しさは全然埋まらないだろうが、人肌に触れていれば少しはマシだろう。


 ドナはゆっくり俺の手を取った。



「行く前に、ダチを弔いたい。いいか?」

「うん……」

「お前は……見てるか?」

「ごめん。みんないなくなったって実感できなくて…………そういうの、今は無理」

「──そうだよな……悪かった」

「ううん、大丈夫だから謝らないでよ……」



 ドナはそのまま俯いて、動かない。

 頭を撫でたあと、見ないようにして自分の用事を終わらせにいく。


 そこらへんに転がっている石ころを手に取り、丁寧に積み上げる。


(立派な墓なんて作ってやれないから、即席で悪いがこれで勘弁しろよ)


 スラムにいた人間の友人を思い出しながら、安らかに眠ってくれと祈りを捧げたあと、石の上から酒を振りかけた。


 作法なんてわからないから、これが俺なりの弔いだ。



「……番って、大事?」



 弔いが終わると、ドナがそんな質問を投げかける。


 なんでここで番の話をするんだ?と思ったが、今日は竜人祭か。


 人間からすると、不思議な感覚なんだろう。

 初めから決められた相手と番うなんて。

 でも、獣人や竜人にとっては普通のことだ。


 出会ったら番って、子を成し、最後まで共に添い遂げる。


 俺達から見れば神が定めた運命、とでも言うのか。それすら刷り込みに近いものがあるが、番がどこかに存在するならば、やはり番うことに憧れてしまう。


 中には人間のように、自由に恋愛したいって奴もいるし、番なんていらないみたいなのもいる。


 俺は俺で、他の獣人や人間達と割り切って遊びつつ、自分の番がいたらいいかと出会ってもいない番に、かなり不誠実なことをしている。


 きっといつか番に出会ったら、大事にはする。


 でもそんな不確定な未来を待つより、今を楽しく生きたい。それは、いつ自分が死ぬかなんて誰にもわからないからだ。



「……そりゃ大事だろ。俺達にとっては、だけどな」

「番が死んだら、悲しい?」

「番ってもんは、魂で繋がってるって聞くから、相手が死んだら、追いかけて死ぬくらいはするだろ」



 ドナは驚いた顔をした。


 これはあくまでも、一般的な意見だ。

 番が死ぬと、追いかけて逝く奴は一定数いる。


 ある者は、衝動的に。

 ある者は、番の死を受け入れられなくて。

 ある者は、先の未来が見えなくなり。


 理由は様々だが、そんな悲惨な末路を辿る者達。

 だからドナが番を呪いだと言うのはわかる。


 それでも、俺達は求めてしまうのだ。



「さ、用事も終わったしそろそろ行こうぜ」



 ドナの細い腰に手を回した時、違和感を感じた。



 なんだこの殺気──!?


 一瞬で判断して、自分の腕を捻る。


 回避は──間に合いそうにない。



「ぐ、──あああぁっ!!?」



 ──斬られた……!?


(少しでもズレてたら腕が飛んで……いや、死んでた)


 勝手に、息が上がる。


 腕からはそれなりに出血していて、馬鹿みたいに斬られたところが熱い。



「ヴェンダル!!!」



 ドナが俺を守るように、覆い被さってきた。


 よりにもよって、こんな所で奇襲かよ。

 利き手は無事だが、ドナを庇いながらいけるか?



 そもそも相手はどんな目的で──


 ドナの腕の隙間から見えたその姿に、驚愕する。



 ──嘘だろ。


 あの冷徹と名高い、第二王子……?


 なんで、こんなところに……。

 竜人の王子からは殺気がダダ漏れで、本能的に恐怖が勝る。


 ドナは普通に王子と話をはじめたが、その会話は穏やかとは全然言えなくて……俺は嫌な予感がした。


 まさか、こいつら番なのか……?


 人間が竜人の王子の番になるなんて、最悪だ。


 人間は、番がわからない。

 もしそうなってしまった場合、相手は振り向いてもらうために、番が嫌がることはせず、言葉や態度で必死に尽くして、愛を乞う。


 それでもダメな時だってあるが、ほとんどが人間と番になって、みんな幸せそうにしている。


 しかし、この2人は違う。


 ドナと王子を見ていると、関係は良好ではない。

 下手をしたらまるで、王子がドナを監禁しているかのような会話と、発言を繰り返している。



「お前がこいつを殺したら、私も一緒に死ぬ」



 ドナの言葉に、俺は息を呑む。

 愛する番からそんなことを言われるなんて、よほどこの王子は嫌われているのだろう。


 王子も番からのその言葉で、動かなくなった。

 それを見て、番の死が恐ろしいのはこの冷徹な竜人も、一緒なのかと思う。



 その後、王子は俺に消えろと怒りを滲ませたまま命じた。


 どうやら、俺は殺されないようだ。


 全身の力が、一気に抜ける。


 ドナが痛ましい目で俺を見たあと、止血を施す。

 王子が番なのか?と聞いたが、ドナは答えなかった。



「もう、会うこともない」



 ──それは儚く、死の匂いがする別れだった。



 俺だけ、解放された。


 ドナは酷い女だ。

 俺を慰めてくれないし、約束も破る。

 それどころか、こっちは大怪我だ。



(あいつ……死ぬつもりなのかよ……)



 別れ際の、あの独特な吐き気のする匂い。


 戦場で、何度も嗅いだ。

 俺が狼の獣人だからかはわからないが、その独特の匂いをたまに纏う奴等は、死期が近く感じる。


 こんな世の中だ。

 ドナが死ぬには理由が揃いすぎてる。


 俺ではもう、止められない。

 後はあの番である王子が、なんとかすべきことだ。



 ・・・



 あれからしばらく経った頃、第二王子が亡くなったと国から民達に、衝撃の知らせがあった。


 死因は病死、と公表されたが実際は違う。

 知り合いの情報屋から手に入れた話によれば、自身の行いにより、番に死なれ、後を追いかけたみたいだ。


 結局、冷徹と言われた王子ですら、死んだ番を追いかけるほど、執着していたのだろう。




 スラムがあったこの場所は、今はもう誰もいない。

 最後に訪れた日のまま、ここは時が止まっていた。


(なんなら、この静寂が心地よいくらいに思えるな)


 あの夜、俺が石を積み上げて作った不恰好な墓が、そのままになっていた。


 周りには、草や野花が風に揺れて咲いている。

 その隣にまた石ころを、丁寧に積み上げていく。



「ドナ、お前はすげーな。よくやったよ」



 第二王子が死んでから、少しずつこの国は混乱の兆しを見せはじめた。


 スラムが消えたのも、一つの要因だ。


 裏社会を牛耳っていた奴等が消えたり、それによって困る貴族達も、少なからずいたはずだ。


 そうして、王族や貴族達に不信感を持つ者。

 国を見限り、出ていく者。


 下手をしたら内戦だって今後、起こるかもしれない。



「これから、ここは荒れそうだな……」



 俺は、国を出ていく選択をした。


 傭兵なら、どこでもやっていけるだろう。

 面倒事はごめんだが、途中で死んだらそれまでの人生。


 だから、それまでは死んでいった奴らの分まで、悔いのないように、楽しく生きていくと決めた。



「──俺が、ずっと死ぬまでお前達を覚えといてやるから安心して眠ってろ」



 柔らかな風が草花を揺らす。

 最後に百合の花束を置いて、静かに国を後にした。




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