花の町 シーノル
王都を出発した三人は穏やかな道を歩いていた。
馬車で移動できれば一番なのだが、あの意地悪な王のせいで手配ができなかったのだ。だが異世界の地をのんびり歩くのは真由と誠司にとっては初めての経験だ。二人は日本と違う景色を楽しそうに眺めながら歩いていた。
「兄と神官長より旅の大体のルートは指示を受けています。まずは花の町シーノルへ行きます。」
「そこも瘴気の被害が?」
真由の問いかけにクラノスははいと答える。
「どうやらシーノルの近くの森に瘴気の吹き溜まりがあるようです。神官が四人がかりでも浄化できなかったということは、真由様のお力でしか浄化できない瘴気の様です。」
聖女の力が必要な瘴気は負の感情が溜まった巨大な瘴気だ。放っておくと町が危ない。
「またシーノルと吹き溜まりの間の小さい村に私の知り合いがいます。その者にも会いたいのですが、寄り道をお許しいただけますか?」
クラノスは立ち止まって二人に頭を下げた。二人は合わせてて頭を上げてください…!と声をかける。
「もちろんいいですよ!というか、これから一緒に旅をするのにずっと敬語と様付けは疲れますよね、私なんてただの小娘ですからかしこまらないでください‼‼」
「そんな、真由様は我が世界をお救いいただける聖女様ですし誠司様も神官長が喉から手が出るほどスカウトしたい優秀すぎる英雄と申しておりまして、不敬なことはできません…‼‼」
「なんか俺すごい盛られてる?????」
三人はしばらく歩きながらため口で、いやいやと繰り返していたが結局クラノスが折れた。
「わかった…じゃあ周りに偉い人がいないときはこの口調で話すね、二人も気軽に話してくれ。」
先ほどまで敬語だったのでため口のギャップに真由は卒倒しそうになったがぎりぎり耐えた。
「もちろん、改めてよろしくねクラノス!兄さんができたみたいでうれしいよ」
誠司は恐ろしい姉はいるが兄はいないのでずっと憧れていたようだ。
ここまで弟がおびえるとはどのぐらい恐ろしい姉なのだろう…
「あぁ、こちらこそよろしく!ふふ、私も下には兄弟がいないからね、うれしいよ。フローレンスも年下だけどしっかりした性格の婚約者だから妹という感じはしなかったし…」
「そうだ、婚約者いるのに旅に出て大丈夫なの!?」
食いつくように聞いた真由にクラノスは少しきょとんとしたがすぐに大丈夫だよと微笑んだ。
「結婚は二年後の予定だよ。フローレンスがまだ成人したばかりだからね。それに私はもともと聖女護衛のメンバーとして選ばれていたんだ。まぁ今回こんなことになってしまったが…ふふ、久々に兄さんの全力疾走を見たよ。」
クラノスは昨日自宅で用意をしていると、普段冷静な兄が門を飛び越えそのまま転がりながらダイナミック帰宅をしてきた様子を思い出していた。とてもではないがこの事は目の前の二人には言えない。
「そっかぁ…王様が変な事言い出さなかったらもっとスクトゥムさんとフローレンスさんともゆっくりお話したかったなぁ…」
真由は杖を胸に抱いてしょんぼりしていた。よっぽど兄を頼ってくれていたのだろう、クラノスは少女のそんな様子を見てとても兄を誇らしく思った。
「気にかけてくれて嬉しいよ、王都には報告書を兼ねた手紙を送るからよかったら一緒に書いてくれないか?みんな喜ぶよ」
クラノスの提案に真由と誠司はもちろん!と元気よく返した。
「俺時間全然なくてサクラ公国のこと教官に聞けなかったからなぁ、手紙出したいな」
「サクラ公国か…色々秘密事が多い国だからあまり口外できない部分もあるだろう。でもカツヒデ教官なら誠司に甘いらしいからきっと教えてくれるかもね」
「え、すごいしごかれたけどあれで甘かったの⁉騎士団の普段の訓練もっと激しいんだね…」
誠司の驚きに真由とクラノスは笑って聞いていた。誠司はそんな事を気にせず騎士団の訓練がどれほどか予想を始めていた。
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次の夕方、三人はシーノルへと到着した。
瘴気が近いので少し警戒をしていたが、ここまで魔物が出ることもなく来れたのは運がよかった。騎士団の詰め所へ行くと早速部隊長が挨拶に出てきてくれた。
「お待ちしておりました聖女様、英雄様。お久しぶりでございますクラノス殿。町の門までお迎えに上がれず申し訳ございません。何せ西側で魔物の活動が活発になっておりまして…」
「お世話になります部隊長。住人への被害はどうなっていますか?」
「けが人が数名出ておりますが幸い死者は出ておりません。瘴気発生地に近い村の教会に腕の立つ傭兵おりまして、その者が守ってくれていると報告を受けております。」
死者が出ていないことに三人は安堵した。ここは王都にも近い町だ。放っておけば王都にまで被害が出るだろう。
「明日にでも問題の場所へと向かいましょう。二人共、構いませんか?」
クラノスの問いかけに真由はよし、と覚悟を決めて返事をした。
「もちろんです。頑張りましょう‼‼‼」
「ありがとうございます。町の安全を守る騎士団として深くお礼申し上げます。ささ、本日はごゆっくりお休みください。」
三人は部隊長に案内され部屋に入った。今日は早めに食事を済ませ、明日に備えることにした。
いよいよ聖女の本格始動である。
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次の日。支度を整えた三人は騎士団と共に町を出て現場へと向かっていた。花の町という名の通り沿道にも多種多様な花が植えられているが、瘴気のせいか花の元気も無いようだ。
「先の村より救援要請の狼煙です‼‼‼」
一団の前方の騎士団員が声を上げる。一気に緊張が走った。
「全速前進‼‼‼村を守るぞ‼‼‼‼」
部隊長の即座の命令で一斉に速度を上げた。腕の立つ傭兵がいるとのことだが、一人だけでは対処できなかったのか、不安を感じながら誠司と真由は武器に手をかけ、速度を上げた馬車から落ちないよう手すりにしがみついていた。
村へ入ると中心部で一人の戦士が魔物の集団と戦っていた。建物は一部壊されたりしているが、けが人は見当たらなかった。
「騎士団か‼‼住民は教会に避難している‼‼‼」
戦士がこちらを視界に捉えて安堵の表情を浮かべ叫んだ。
「1番隊はこのまま魔物を倒せ!2番隊、住民の保護と教会の防衛へ迎え‼‼‼」
騎士団員が一斉に命令に動き、真由と誠司もクラノスに促され魔物討伐に加わる。
真由にとっては初めての魔物との戦闘である。
「真由、魔物に黒い靄がかかっているのがわかるか⁉あれは瘴気を纏っている魔物だ!浄化は頼んだ!誠司は真由を守りながら私に続いてくれ‼‼」
「はい‼‼‼行こう、真由ちゃん‼‼」
「うん‼‼‼」
クラノスの指示に二人は従い戦闘態勢に入る。
クラノスは大きい盾と剣を用いる騎士団スタイルだ。戦闘慣れしているので次々と魔物を切り捨てていく。誠司も負けじとクラノスに飛びかかろうとしていた狼の魔物の足を切りつけ、体勢が崩れたところにさらに一筋入れる。だが魔物は体を半分無くしてもなお目の前の人間を殺そうと動いている。
「…ッ‼‼‼‼」
目の前のグロデスクな光景に一瞬ひるんだが真由は浄化魔法を発動させた。魔法は狼の魔物に命中し、魔物は声にならない悲鳴をあげ光の粒となって消えていった。
「その調子だ二人共‼‼油断するなよ‼‼‼」
クラノスの声にはい!と返事をして気を引き締める。まだ魔物は多くいる。訓練で教わった通り確実に対処していく。視界の前方では騎士団と傭兵が連携して魔物を叩き伏せている。真由は走りながら魔法を用意し、射程圏内に入ったところで魔物に確実に当てていった。
「おぉ聖女様、ありがとうございます!あと少しですぞ‼‼‼」
部隊長が歓喜の声を上げる。聖女⁉と傭兵が驚いて一瞬こちらを見ようとしたが、すぐ目の前の羽の生えた魔物へと武器を構えた。
「クッソ、飛びやがって…‼‼‼」
飛んでいる魔物に近接武器を多く持つ騎士団は苦戦していた。クロスボウを使用する騎士団員もいるが数が少なく手が回らないようだ。誠司は即座に足元の小石を拾い真由へ声をかける。
「真由ちゃん浄化の用意して!」
真由の返事を聞かず誠司は狙いを定めて石を魔物へ思いっきり投げつける。身体強化の魔法を使用して投石しており、攻撃魔法やクロスボウには劣るがダメージを与えることはできる。狙い通り命中すると魔物はこちらに視線を向けた。真由はその隙を逃さず魔法を打つ。こちらも命中だ。
「よし‼‼‼」
誠司が落ちてきた魔物を一刀両断する。浄化により瘴気がなくなれば一気に弱体化する。そうすれば一般の兵士でも倒せるようになるのだ。
「聖女様こちらにもお願いします‼‼‼」
後ろから騎士団員の声が聞こえる。真由は即座に振り返り急いで魔法の用意をした。真由の背中は誠司が守るようにつく。真由は安心して魔法を連発していく。
「ラスト‼‼‼‼」
クラノスの声が聞こえる。真由は杖を声のほうに向けて魔法を放った。魔物は事前に騎士団員と誠司が浄化魔法を当てやすいようダメージを与えてくれている。浄化の魔法が当たった魔物は光の粒となって消えていった。
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戦闘後、即座に被害状況の確認とシーノルからさらに1つの部隊を派遣するよう伝令兵が町へと走っていった。真由は初めての戦闘でなんとか戦えたことに安堵していると思わず力が抜けてふらついた。
「大丈夫?」
すぐ近くにいた誠司がとっさに支える。誠司も若干息は上がっているがまだ動けるようだ。
「だ、大丈夫…なんか力抜けちゃって…」
「初めての戦闘で緊張していたのさ、今のうちに座って休もう」
クラノスが傭兵を引き連れて声をかけてきた。先ほどまで共闘していた傭兵だ。
…よく見ると女性である。身長は女性の中では高く、赤い髪の毛を無造作に後ろで一つ縛りにして斧を担いだ女性だった。真由と誠司はクラノスの言葉に甘えてその場に座った。
「救援ありがとうな、住民達も無事だって報告があったよ。助かったぜ」
女性もしゃがんで二人に視線を合わせて話しかける。髪の色と同じピアスが揺れてとても綺麗だ。
「いえ、間に合ってよかったです。…もしかしてクラノスの知り合いで腕の立つ傭兵って…」
「あぁ、彼女だよ。元騎士団員でね、今は故郷のこの村で傭兵をやっているんだ」
誠司の問いかけにクラノスは視線を女性に向けて微笑んだ。
「アイラ・ツェクリだ。坊主、さっきの投石よかったぞ~~騎士団の連中は頭が固いからな、ああやって武器以外を使うのが中々思いつかないんだよ。お前いい筋してんな~~」
アイラは握手の代わりに誠司の頭をガシガシとなでた。誠司は照れていた。この年齢になると頭を撫でられることは無くなるから嬉しい反面気恥ずかしい。
「そっちが聖女様か、いい浄化魔法だったぜ~~ほんと助かった!この後の大物も頼んだぞ」
続いて真由の頭もガシガシと撫でる。真由もはい~と言いながら嬉しそうに微笑んでいた。
「こらこらアイラ、せっかくの結んでいる髪の毛がほどけてしまうよ」
クラノスの言葉にえぇーっといいながらもアイラは手を頭から離した。
「大丈夫ですよ、頭撫でてもらうなんて幼稚園ぶりかな、うれしいね」
真由は笑いかけながら誠司に同意を求めた。誠司は一瞬驚きながらも同意した。
クラノスとアイラは幼稚園?と聞こうとしたがそこへ部隊長が声をかけてきた。
「報告申し上げます。村人、騎士団ともに死者は0です。怪我人は数名おりますが軽傷ですのでご安心ください。シーノルからの増援が到着次第、瘴気のもとへと向かいます。今のうちに休息を」
「わかりました。ありがとうございます。二人とも、今のうちに軽くエネルギー補給をして休もう」
クラノスに促され二人は馬車で休ませてもらうことにした。
アイラとクラノスは見張りと最近の情報交換で馬車の外で立ち話をしている。
(…親に頭撫でてもらうの小学校低学年までしてもらった思い出があるけど、家庭によって違うのかな)
誠司は先ほどの真由の言葉を考えていた。自分の家は(姉は死ぬほど恐ろしいが)仲が良い方でよく両親もほめていてくれた。厳しい祖父だっていいことをするとよくやったとアイラのようにガシガシ頭をなでて褒めてくれる。きっとその辺は各家庭によって違うし、自分の家が特殊なのだろう。誠司は気持ちを切り替えサンドイッチにかじりついた。
(そういえば真由ちゃん誕生日最近じゃなかったっけ)
誠司はふと思い出した。小学校の時クラスで誕生日の子がいるとみんなでお祝いしていたのだ。ちょうど夏休み前だった覚えがある。
「真由ちゃんもしかして誕生日最近だったりする?小学校の時夏休み前にお祝いした記憶があるんだけど…」
違ったらごめん、と尋ねる誠司に真由はサンドイッチを食べる手を止めて驚いていた。
「よく覚えてるね!誕生日7月4日だよ~~さすがの記憶力だね!」
「いやぁほんとふと思い出したから…何か家族とごはん行ったりしたの?」
「ううん、うち誕生日毎年何もしないの。プレゼントに友達から化粧品貰ったんだ!最近の流行りのリップでさ~」
即座に否定してきた真由に誠司は目を丸くした。誕生日何もしない家があるのか?と驚きすぎてその後の会話がうまく聞き取れなかったが友人からは祝福してもらえたようだ。
「それに今年はこれもあるし」
と嬉しそうに髪飾りに触る真由。心から嬉しそうな笑顔に誠司は言葉に詰まった。
「…もっと早く気づいたら好きなものプレゼントできたのに」
「えーいいんだよ全然!すごい嬉しいもん、ありがとうね誠司君!」
絞りだした言葉に真由は満面の笑みで返す。お返しするから誕生日近づいたら言ってね!と続く彼女の言葉にありがとうねと笑い他愛ない話へ戻る。だが誠司は真由の家庭環境に少し違和感を覚えながら心の奥底で嫌な可能性を考えていた。本当に自身の家庭の方が特殊な場合もあるのだが。
「二人共、増援がもうすぐ来るようだ。打合せをしたいから来てくれるかい?」
クラノスに声をかけられ二人は返事をして馬車を降りた。
ふと空を見上げると曇ってきている。雨が降らなければいいがと誠司は思い仲間のもとへと駆け寄っていった。
スクトゥム兄さんのダイナミック帰宅は兄さんは鎧付けた状態で2.5mほどの門を飛び越えました。さすが兄さん焦り方もかっこいいよ‼‼‼と弟談。
登場が少ないのにどんどん話が盛られる誠司姉とフローレンスさん。どっかで小話も書きたいです。
登場人物補足
〇アイラ・ツェクリ
シーノル近辺の村出身の27歳。15歳から25歳まで騎士団で働いていた。今は故郷のこの村で傭兵をしている。武器は斧。豪快な性格で姉御肌。特技は料理。お酒大好き♡下に妹と弟がいる。両親は弟が産まれて間もなく魔物に殺された。生活のために騎士団で働いていたが、妹弟が経済的に独立したため退団。騎士団時代、入団したばかりのクラノスを組手でボコボコにしたことがある。てへぺろ★(本人談)