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異世界伝承記  作者: メロンソーダ
連邦編
55/57

そして少年は騎士となる

研究資料を譲り受けた日から2日が経った。ルークス邸でお世話になりながら誠司と真由は資料を読み進めて考察を重ねた。だがやはり聖女召喚の儀を理解しないと次元の壁を越えることなど無理だという結論になった。念のため神官長に儀式の詳細を尋ねる手紙を送ったが返信は今だ無い。仕方のない話でもある。


「おーい誠司!王都から届いたよ」


クラノスが嬉しそうに小包をもって駆け寄ってきた。今はルークス邸の裏庭でアルベルトに稽古をつけてもらっている。誠司は顔を上げると満面の笑みを携えたクラノスと目が合った。


「おぉこれで叙任式できるな!」


カグヤも嬉しそうに小包を覗き込んでくる。これは先日アルベルトの提案で誠司を聖女付きの騎士として任命したいことを王国に献言した返事だ。今回は王妃と王子宛、騎士団長に献言書をすぐに送り速攻承認された模様だ。


「ガードナー家からの祝いの品も別途用意しているよ。これはロンドリスに届くようになっているから後日受け取りだね。」


「ありがたいな~後でお礼の手紙書いておかなきゃ」


正直誠司だけ特別扱いのような気がするが聖女について旅をしているのだ。おまけにシーノルからずっと機転を効かせた行動で仲間の危機を救っている。アルベルトの言う通り胸を張っていいのだろう。


「早速午後から叙任式をやりますか!誠司殿、汗を流してきなさい。」


「えぇありがとうございます。真由、任命の作法は覚えたかい?」


「うん!アイラとクラノスにたくさん教えてもらったから大丈夫!」


今回任命するのは王家代理で聖女の真由だ。作法は何度も騎士二人に教えてもらい突貫工事ではあるが体に覚えさせた。照れ臭そうに笑う誠司の横で気合十分というように拳を握る。


「おーい先にご飯にするぞ~‼‼」


勝手口からアイラとユキが顔をのぞかせ声を掛けてくる。心なしかアイラも嬉しそうだ。


「ふふ、アイラもずっと嬉しそうだね。」


「いやぁオックスの叙任式の時を思い出してさ。やっぱり弟の門出は嬉しいよな。」


駆け寄ってくる仲間達を見ながらユキが顔が緩み切っているアイラに話しかける。アイラは頬を掻きながら自身の弟が騎士になった日を思い出していた。弟がまさかトキメキを求めた狂人になっているとはあの時のアイラは想像もしていなかったのだが。そんな思いをそっと頭の外に追い出しアイラは食卓を整え始めた。

---------------------------------------------------------------------------

午後。食事を終え一息つくと誠司の叙任式が始まった。本来であれば前日から沐浴と祈りを祭壇に捧げるのが習わしだが、この集落に神殿や儀式を行えるような場所も沐浴ができる神聖な泉もない。例外のため特別に省略されたのだ。執り行う場所は誠司たっての希望で先代聖女、小野田冬美の墓の前で行うことになった。墓石を横目に儀礼剣を持った真由の前に誠司が膝まづく。真由の横には王妃からの任命状と勲章を持ったクラノスとアイラが身なりを整えて整列していた。


「さて、これより篠澤誠司の叙任式を執り行う。」


クラノスが凛々しい声で一同に声を掛ける。アルベルト、ユキ、カグヤは友人の晴れ姿を感動しながら整列して見守っている。アイラが真由に王妃からの任命状を渡す。いつもは豪快なアイラが騎士たる美しい所作で手渡し儀礼剣を預かる姿にユキは羨望のまなざしで熱心に見つめている。真由は何度も練習した所作で受け取るとゆっくり書状を開いて息を吸った。


「…汝、篠澤誠司はこれより25代目聖女・横山真由に忠誠と守護者たる強さを示さんと誓うか」


「誓います。」


誠司は膝まづいた状態で真由の目をまっすぐ見つめる。もうどこか夢物語のような心地で旅をしていた少年の目ではない。先代の意思を継ぎ、必ず役目を果たして見せるという強い意志が瞳に宿っている。真由は嬉しそうに微笑むとそのまま続けて書状の文言をゆっくり読み上げた。


墓前で行われている式には温かい日差しと心地よい穏やかな風が、少年の行く先を祝福するかのように降り注いでいる。真由は書状を読み上げ終えるとアイラから儀礼剣を受け取り誠司の肩、頭へとそっと叩いていく。誠司の晴れ姿に胸に込み上げる思いを抑え込み、聖女の祝福―の口上を述べる。


そっと誠司と目が合う。ただのクラスメイトだった頃からやがて紆余曲折あって一緒に過ごすことになり、そして今自分を護る騎士としてやっと隣に来てくれた。それが真由にとってどれだけ嬉しい事であろうか。


『これからあなたは世界をもっと旅をして様々なことを知るでしょう。美しい営みも、あなたが今まで得られなかった家族の温かさも。でもね、いい事だけじゃない。この世界のことを深く知ったとき、きっと絶望に近い感情を覚えるかもしれない。』


ふとストラスで見た夢の中の女性の言葉を思い出した。きっと彼女も絶望したかもしれない。それでも生きることを、家族の元に帰還することをあきらめなかった。


『それでもどうか歩むことを止めないで。大丈夫、あなたは充分強い。理不尽に耐える強さも、自分をどう変えていけばいいのかをわかっている。それに、心強い仲間がずっとそばにいるわ。これだけは決して忘れないでね。』


今目の前で騎士の勲章を授けられている誠司を見る。クラノスが嬉しさがはちきれんばかりな表情をしながら丁寧に誠司の胸元に勲章をつけている。今ならあの彼女の言葉がわかる。何より心強い仲間と、支えてくれる温かい人達がいるのだ。もう真由も誠司も迷わない。世界を旅をして、各々の目的を、役目を必ず果たす。


(必ず、貴方を、貴方達を連れて帰ります。冬美様…)


そっと先代の墓に祈りをささげる。そして目の前の勲章をつけた誇らしい騎士を見る。彼はにっこりと笑う。真由はその輝かしい光景を、この先一生忘れないだろう。

---------------------------------------------------------------------------

式は滞りなく終わった。新しい騎士の誕生にまるで世界が祝福しているかのように溢れんばかりの光が降り注ぐ。ユキはそっと横にいる父の姿を見た。父は心の底から嬉しそうな顔をしていた。


(お母さん、今のお父さんを見たらどんな反応をするのかな。きっと、お母さんも一緒に喜んでくれるよね。)


ユキもつられて嬉しくなり母の墓石を見つめる。その手前では誠司と真由が照れ臭そうに微笑みあっている。父は騎士の称号は受けずに旅をしていた。そもそも王国、いや王家との関係が悪かったのもあるが、元から実力者で連邦内で族長に近い立場の人物だったのでそんな称号はいらなかったのだ。でも誠司は違う。召喚の時にすぐ隣にたまたまいて巻き込まれたというのだ。旅を始めてからの確実な実績が今の彼の評価を作っている。周りの人の微笑みを見ればわかる。本当に立派である。


「なぁ、ユキ。」


「なぁにお父さん」


父のやや上ずった声にユキは感動が込み上げていることを察した。


「次の世代に重みを背負わせる訳にはと思っていたが…次を信頼して任せるとはこうも尊いものだな」


「やだなぁお父さん。まだ若い方でしょ。何老人みたいなこと言ってるの?」


それもそうだな、と父は息を吐くように顔を伏せる。この数カ月で父の心境もだいぶ変わった。父娘共に長く前に進めていなかったような気がするが、今はユキもとても晴れ晴れとした気分だ。


「…お父さん。私、真由たちに出会えてよかったなって思うよ。しばらく家開けるけど寂しくてすねないでね?」


「あぁ。気を付けて行っておいで。たくさん思い出を作って、美しいものを見て、たくさん学んで、そのすべてをお父さんとお母さんに聞かせておくれ。」


「…うん。」


ユキはそっと父に身を寄せる。アルベルトは静かに娘の肩を抱き寄せ次代の輝かしい姿を見つめていた。

---------------------------------------------------------------------------

「本当に色々とお世話になりました。フユミ様。またご挨拶に来ますね。」


その次の日。一行はロンドリスへと向かう前に先代聖女の墓に花を供えて挨拶をしていた。真由がそっと花を添えて静かに手を合わせる。そうだ、彼女から託された言葉を家族へと伝えなければならない。


「あの、アルベルトさん、ユキ。私二人に伝えなきゃいけないことがあって…」


「真由?」


ユキが首を傾げる。あぁ、やはりお母さんと本当に瓜二つだと真由はそっと微笑んだ。


「実は瘴気を浄化した後、必ず歴代聖女の夢…その核を浄化したときの出来事を見ていたんです。ストラスでは…フユミ様が出てきました。」


静かに口にした言葉にルークス親子は勿論仲間達も驚きの声を発した。


「なぜか見た後は忘れてて…水源地の核を浄化したときと昨日の誠司の叙任式で完全に思い出して…遅くなってごめんなさい。」


「…あぁ、毎回うなされていたのってそういうことだったのか…」


同室で毎回うなされている真由を介抱していたアイラが納得したように頷く。うん、と真由は頷くとゆっくり息を吸って言葉を続けた。


「ストラスの…フユミ様だけはほんの少しだけ会話ができたんですが、彼女の魂はこの世界に存在し続けているそうです。…私に励ましの言葉を掛けてくださいました。私たちをあるべき場所に連れて帰ってねって…それから」


ルークス親子を見る。アルベルトもユキも瞳を震わせ真由の言葉の続きを待っている。真由はそっと口を開いて伝言を伝えた。


「…いつまでも、ずっと、二人を愛していると、そう仰っていました。」


「…そう…ですか、そうだよなぁ…フユミ…えぇ…しかと受け取りました。ありがとう、真由殿。」


「うん、ほらお母さんはお父さんと私にゾッコンだよって言ってるじゃないお父さん。えへへ、ありがおとうね、真由!」


満足そうに笑う親子を見て真由はほっとした。夢物語だと言われたらどうしようかと思ったが、そんな心配は皆無だったようだ。


「…私、実は進路…えっと将来やりたいことって一切決まってなかったんですけど、最近一つ決めたことがあって。その…」


思わず勢いで口にしてしまって言葉に詰まったが誠司がそっと手を握ってくれる。大丈夫、と微笑む笑顔に真由は勇気を貰う。


「歴代の聖女達の思いを受け継いで、浄化して…そしてこの世界で戦ったすべての聖女達に敬意を込めて、その生きた証をこの世界と、私たちの世界の人に伝えたい。それが私の夢になりました。なのでアルベルトさんに色々しつこく聞くと思いますけど…お付き合いいただけると嬉しいです。」


「ふふ、そのお気持ちがどれだけ私たちを救ってくださることか…えぇ、私が見てきたことすべてを託しましょう。」


やったと喜ぶ真由に仲間達がそっと寄り添う。かつての自分たちの旅路を思い出しながらアルベルトはそっと涙を拭った。


「小型の転送機はユキに預けてあります。これで私とすぐ情報のやり取りは出来ますので。何かあればすぐに連絡をください。あと誠司殿。マサノブから刀を誠司殿に譲渡するよう頼んであります。公国に行った際に彼から受け取ってください。」


「え、いつの間に…⁉よろしいのでしょうか?」


えぇ勿論ですよとアルベルトは頷いた。確かに誠司も公国製の刀を使っている。同じ武器なので扱いは問題ないと思われるが―


「その刀はかつて先代の旅路でマサノブが使用していた刀を打ち直したものです。フユミが祈りを捧げた魔晶石を使っていますので、瘴気を纏った魔物との戦闘がふんだんに楽になりますよ。まだ了承の返事は来ていませんが…まぁあいつなら喜んで渡してくれますよ。」


「そんなに貴重なものを…公国にとっての秘宝になるんじゃ…?」


誠司はちらりとカグヤを見る。カグヤもその刀を見たことがあるのかあれかぁと呑気に思い出していた。


「いいんじゃねぇの?おっちゃんなら笑いながらいいぞぉ‼‼って言うぞ。」


「マサノブ伯父様なら一字一句同じこと言うと思うよ?」


公主の人となりを知っているカグヤとユキ、それに長年の付き合いのアルベルトが言うなら間違いないだろう。誠司はそれならと頷いた。


「いいなぁそんな武器アタシらもあったら真由とユキの負担減るよなぁ。」


「こらアイラ、そんな真由にプレッシャーをかけるようなことは…」


アイラに小突いたクラノスに真由は懐からそそくさと恥ずかしそうに魔晶石を取り出した。まさかの登場にアイラとカグヤが素っ頓狂な声を上げる。


「アッハッハ、そういうこともあろうかと真由殿にアイラ殿、クラノス殿、カグヤ殿の武器を打てるように魔晶石を渡しておいたんですよ~家に来た最初の日に。」


「用意良すぎだろぉ‼‼‼‼?」


「頑張って祈り捧げるから、公国の鍛冶屋さんで打ってもらおうね!」


盛大に突っ込むアイラに真由は頑張るよ!と拳を握った。クラノスがありがとうございますと何度も頭を下げている。そのことを知っていたユキはニコニコと笑ってみていた。


「さ、そろそろ転移魔法陣へ行きましょう。オーロラが首を長くして待っていますよ。」


アルベルトの言葉に一行ははぁいと返事をして再度フユミの墓に礼をし、ゆっくりルークス邸を後にした。この滞在で真由も誠司も一回りさらに成長した。誠司は隣で歩く真由をそっと見つめ、絶対に守って見せると勲章を握る。王子から貰った魔装具の石と同じ赤色の石がはめられた勲章が外套の中で輝く。まるで今までの旅路で応援してくれた人々の思いを受け取るかのように。少年たちは優しい風に見守られ、新しい一歩を歩み始めた。

ちなみにアルベルト登場時に必ず風の描写が出てきますが、ヒントは奥さんの適性魔法です。愛が深いぜ★

別名ルークス邸編、完結です。外伝を挟んでロンドリスへ戻ります。

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