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異世界伝承記  作者: メロンソーダ
連邦編
53/57

信念の戦いの後で

「…勝負…篠澤誠司の勝利‼‼‼」


審判のクラノスの声が大きく聞こえた。その声は感動で感極まったのかやや裏返っているようにも思える。

誠司はどっと体の力が抜け、地面にしりもちをつくように倒れこんだ。全力で息をして酸素を体に循環させる。戦っていた時間はどのくらいだったのかそれすらもわからない。今はただ目の前で嬉しそうに笑うアルベルトに自分の決意が伝わったことを安堵するだけだ。


「誠司‼‼」


顔を向けるとカグヤと真由が飛び込んでくる。慌てて二人を抱きとめるとそのまま地面に寝そべるように転がった。一気に二人分―真由は年齢の割にとても軽いのだが―の重さを感じ圧迫感に襲われる。


「すごい‼‼‼すごいよ‼‼‼‼かっこよかったよ‼‼‼‼‼」


真由が目じりに涙を浮かべながら興奮気味に叫ぶ。誠司はまだ息が上がっておりうまく返答できない。その代わりに胸元に抱き着いている真由とカグヤの頭をぽんぽんと撫でて答えた。


「こら二人共、誠司がつぶれるよ」


そこへクラノスが膝をついて声を掛けてくれる。二人は勢いよく起き上がると誠司の腕をつかんで座らせてくれた。やっと誠司は一息付けて顔を上げる。


「…本当に、本当に頑張ったね誠司。素晴らしい戦いぶりだったよ。」


いつも穏やかに見守ってくれるクラノスまで目じりに涙を浮かべて誠司を讃えてくれる。誠司はやっと勝った実感を感じて声を詰まらせた。


「…う、うん…ありがとう…俺を鍛えてくれて、守ってくれてありがとう!」


これはアルベルトを武力で打ち負かす戦いではない。信念を見せるための戦いだった。…途中思わぬところで彼の心情を見抜いてしまったのだが。それでも、先代の意思を継ぐことを許されたのだろうか。誠司はアルベルトの方を見る。彼の元にはアイラに支えられるようにユキが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら寄り添っていた。


「…ユキ、情けないところを見せたな」


アルベルトが娘の頭をなでてそっと抱きしめる。ユキは産まれて初めて父が負けを認めたところを見たのだろう、そしてずっと自分に対して母を守れず申し訳なかったこと、母を守れない不甲斐ない己に激しい怒りを持っていたことを知ってしまった。感情の整理が追いついていないようだ。


「お、お父さんの…」


ユキがしゃくりあげながらアルベルトを見つめる。一同そっと見守る中ユキが思いっきり息を吸った。


「お父さんの…馬鹿ああああああああ‼‼‼私が、私がお父さんに怒ってるわけないじゃない‼‼‼」


まさか馬鹿と言われるなんて予想していなかったのか、アルベルトは口を開けて驚いていた。


「そりゃあお母さんともっと一緒にいたかったよ‼‼みんなを紹介したかったよ‼‼それでも‼‼だからと言ってお母さんが死んじゃったのはお父さんのせいじゃない‼‼‼悪いのは瘴気だよ‼‼‼」


「ユ、ユキ…」


まるで幼い子供のように泣き続けるユキの背中を摩りながらアルベルトは娘にどう言葉をかけるべきか悩んでいるようだ。真由は思わず口を挟みたくなったがこれは親子の話だ。部外者が口を出していいはずがないとぐっと噤んだ。


「お母さんよく言ってた、お父さんと仲間と出会えてよかったって、お父さんと結婚出来て良かったって、お父さんは世界で一番かっこよくて強くて素敵だって、愛してるって言ってたもん。お母さんが恨んでるわけないよ…。私だってお父さん大好きだもん、恨んでなんかないよ。」


「そうか…そうだよな…ごめんな、ごめんなユキ…ありがとう」


そっと寄り添いあう親子の姿を静かに一行は見つめていた。美しいこの姿はきっと絵画に描かれて後世に残したって違和感がないだろう。それほど感動的で神々しいのだ。


「…これが家族なんだね」


誠司の横でそっと真由がつぶやく。自身の家庭環境では絶対得られない親子の愛情と信頼。理想的な家庭像であると真由は感じていた。


「…そうだね。でも真由だってこれからルークス親子みたいな素敵な家庭を築けるよ」


誠司が真由に寄り添い静かに微笑む。そう、もう真由はこちらで家族の愛を知ったのだ。これから彼女は彼女自身の力で温かい家庭を築いていけるだろう。誠司は確信している。


「…うん、そうだね。って、それよりも」


真由は照れたように誠司にまっすぐ笑いかけた。


「誠司の決意、アルベルトさんも納得してくれたと思う。…おめでとう、すごくかっこよかったよ!」


聖女の、好きな子の満面の笑みを至近距離で見ることができた。誠司は感動でただ頷くことしかできなかった。

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「それでは改めて…この私から一本取った誠司殿の勝利を讃えて、乾杯!」


「乾杯‼‼‼」


数時間後、風呂で戦いの汗を流した後食卓を囲んでいる。今日はアイラが前日から仕込みをしてくれたローストビーフやキッシュなど豪華な料理が並んでいる。アルベルトの乾杯の合図と共にお腹ペコペコな子供たちは勢いよく食べ始めた。


「うまぁ…この肉うっまああああああ‼‼」


カグヤがローストビーフにがっつき感激の声を上げる。玉ねぎと醤油をつかったソースが肉とあって最高に美味しい。クリスマスぐらいしか食べる機会のない御馳走に誠司も感動している。


「真由が作り方教えてくれたんだが…初めてにしてはだいぶ上手くいったな」


「アイラアイラ!すごくおいしい‼‼‼これ昔お母さんが作ってくれた料理かな⁉懐かしい‼‼」


すっかり泣き止んだユキが目元を真っ赤に腫らしながら喜んで咀嚼している。アルベルトも娘の幸せそうな顔を見ながらワインを傾けていた。


「カグヤカグヤ、見てみて、ローストビーフ丼」


「誠司…お前なんてものを‼‼‼‼天才か‼‼‼」


誠司は一度やってみたかったことを実践してみる。白米の上に肉を重ねソースをかける。そしてコショウを掛けて口の中に運ぶ。最高だ。本当は卵黄を載せたいがこちらでは卵の生食はだめだという。数日前真由が卵かけご飯を無意識にやってしまい、アイラとクラノスが全力で阻止したほどだ。日本の衛生管理の高さを実感した出来事でもある。どや顔で見せつけた丼にカグヤも目を輝かせて真似をする。


「あの、ものすごく場違いなこと言ってもいい?」


「どうしたんだい真由、肉ならまだあるよ?」


真由が恥ずかしそうに手を上げて控えめに口を開く。クラノスに肉の心配をされるが真由は違うと首を振った。


「あ、あのね…偉そうにアイラにレシピ教えたんだけどね、私ローストビーフ食べたことなかったの…人生初です…」


「まぁ頻繁に食べるものじゃないからね、給食にも出ないし」


「何となく察してたぞ」


「むしろレシピ覚えてただけすごいじゃん?」


誠司、カグヤ、ユキに速攻突っ込まれ真由は恥ずかしそうに肩を縮めた。真由にとっての娯楽は母が適当に買って来て読み捨てていた雑誌を片付けながら読むことだったという。おそらくクリスマス特集でレシピを知ったのだろうか。いつか食べたいと目を輝かせていたのだろうか、そんな姿を想像したアイラはそっと真由の頭を撫で始めた。


「それにしてもこれは本当に強くなりましたね誠司殿。いやぁ100年以上ぶりに負けましたよ!」


そっと話題を変えながらあっけらかんと笑うアルベルト。ものすごく久々に負けたというのにどこか晴れ晴れとした様子だ。


「でもアルベルトさんものすごく手加減していましたし…あと半分ぐらい不正というかレギュレーション違反というか…」


「いいのですよ。そもそもあなたはこちらの世界に来てまだ3カ月ぐらいでしょう。今まで戦闘など経験していなかった状態からあそこまで動けるようになったのです。胸を張りなさい。」


後半ごにょごにょと恥ずかしそうに頬を掻く誠司にアルベルトは堂々と言葉を紡いだ。クラノスとアイラもそうだそうだと同意してくれる。誠司は褒められ認められたことに感激した。


「…はい、アルベルトさん。ユキ、びっくりさせちゃって本当にごめんね。」


「気にしていないよ。お父さんの気持ちを知れたんだし!知らないまま時間を過ごすよりいいもん!」


寿命が長いルークス親子にとって本音を言えないまま長い時間を過ごすのは苦痛だろう。もしかしたら後悔の念からアルベルトがいつ壊れても可笑しくなかったのだ。ある意味誠司は救世主ともいえるだろう。真由は誇らしげに心の中で胸を張った。やっぱり誠司はすごい人なんだぞと。


「ところでクラノス殿。誠司殿は何か肩書を持っていますか?」


「そうですね…正式に肩書を持ってはいませんね。聖女の護衛、もしくは従者として紹介することが多いです。」


クラノスがワインをアルベルトのグラスに注ぎながら答える。アルベルトはそれなら、と言葉を続けた。


「いい機会ですし正式に聖女付きの騎士として叙任してはいかがですか?いつまでも従者扱いしてはせっかくの実力が勿体無い。」


「おぉ、それいいですね‼‼礼儀作法なら誠司問題ないし、すぐ叙任式やろうぜクラノス!」


テンションが上がるアイラの横でクラノスがふむと少し考えるようにしている。突然の提案に誠司は思わず口に運ぼうとしていたサラダを受け皿に落としてしまった。肩書など今まで気にしていなかった。思い出せば王都を出てからシーノルまでは盛られすぎて英雄などと言われて首を全力で横に振って否定していたことが懐かしい。シーノル以降は従者として騎士団員や王妃に挨拶をしていたものだ。


「確かにここまでの奮闘を見ればただの従者ではありませんからね。助言感謝いたしますアルベルト殿。早速王妃にその旨手紙を出しましょう。」


「え、肩書って気にしたことなかったけど…何か違うの?」


誠司が驚きながらもそっとクラノスとアイラに尋ねる。アイラはにんまりと笑うと口を開いた。


「肩書ってのはな、ある意味力と自信、そんでもって責任を背負うことになるんだ。ただの一般人より重みが違うだろう?誠司はひたむきに努力して試行錯誤して成長して強くなってきたんだ。そろそろただの従者よりランクアップして真由の横に堂々と立っていいんだぜ、な?真由?」


「そうだよ、私だって勝手に聖女になってるけどさ、誠司いつまでも従者ですって謙遜するんだもん。ちょっと寂しいよ!」


二人の言葉を聞いて誠司は少し考えた。聖女、騎士、元騎士(騎士時代は超有名人)、駆け出し忍者、優秀な魔法使いと確かにみんなと比べると自分だけ一般人に近い傾向がある。ユキもやや一般人に近い傾向があるが両親や族長に師事していることを見れば浮世離れしている存在だ。確かにいつまでも自分だけ責任を背負うことなく旅に同行できることは不可能だろう。だがそれでも王族がいないこの場で勝手に決めていいものなのだろうか?


「騎士の任命権ってどうすんだ?王国騎士って王族からの任命って形じゃなかったっけ?」


ここでカグヤが思っていたことをクラノスに聞いてくれた。本当にカグヤは以心伝心レベルで気が合う。


「基本的にはそうだよ。入団テストをクリアして叙任式で王から任命証を賜り正式に騎士として認められるんだ。だがここには真由がいるからね。聖女からの申し出と彼の功績を王に献言したら認められるさ。まぁ今回は王妃と王子に献言するけど…。」


「一応聖女信仰の国だからな。聖女が言えばだいたいどうにでもなるんだよ。例えば真由が毎日宝石が欲しいって言っても王国は買い与えるさ。今は王国から離れてるから実感しにくいけど王国内だったら真由は王族と同等の扱いになるんだぜ。」


クラノスとアイラの説明に真由とカグヤはほへーと気の抜けた返事をした。真由は確かに騎士団員が詰め所の廊下ですれ違うたびに最敬礼をされたなとお茶を飲みながら思い出していた。マンモルの劇場で最高級の席が用意されたのも、毎度詰め所で宿泊する際の料理や部屋が豪華だったことの理由も今わかってしまった。


「確かに肩書がつくだけで責任も立場も一気に変わるねぇ…」


しみじみとお茶をすすりながら誠司を見る。きっと賢い彼なら責任の重さがどういうものなのか色々考え込んでしまっているのだろう。


「まぁ肩書があったってその人の内面が変わるわけではないし、気負わずに貰っていいと思うよ!それに従者のままだったら一緒に入れない場所も出てくるんじゃない?」


ここでユキが助け舟を出す。カグヤもうんうんとユキに同意するように首を縦に振っている。


(ユキの言う通りだ。世界の謎も解き明かしていくなら従者の肩書だと読めない資料や場所もあるだろう。それなら)


誠司は顔を上げた。ここはありがたく騎士としての称号を貰っておくべきだ。何より、アルベルトがそうするよう勧めてくれた。最強の男の進言があるなら自信をもって拝命されるべきだ。


「…ありがたく拝命しようと思います。クラノス、俺書面とかどうしたらいい?」


「ふふ、書面は私が用意するから大丈夫だよ。日頃の鍛錬を続けていなさい。アルベルト殿、真由、二人にも一筆いただいても良いですか?」


「えぇ。いくらでも書きましょう。」


「はい!あ、でも文言は自信ないからクラノス一緒に教えてね…」


真由の照れた笑いにクラノスは勿論と優雅に頷く。これで誠司は正式に騎士として推薦されることになった。おそらく王妃と王子なら即座に承認するだろう。誠司は気を引き締めた。武術を鍛えるだけでは足りない、もっと知識をつけて見聞を広め、世界の謎を解き明かし先代の意思を繋ぐ。これが自分の使命だと少年は心に刻み付け、気合を入れなおしながらこっそりローストビーフを自分の皿に取り分けるのだった。



その日の夜、クラノスは王妃と王子宛、そして父と兄、神官長へ誠司に聖女専属の騎士に叙任するように願い出る親書を書いていた。ここまでの道のりでまっすぐ成長していた誠司、そして彼を信じて進む真由の尊い関係に思わず感動の涙を流していたのはここだけの話。

別名ローストビーフ争奪戦。最後のお肉はじゃんけん大会の末真由が勝ち取りました★

クラノスもまだ若いのにすっかり父親ポジになってしまって…(;´・ω・)

次はフユミさんの研究の話とかやろうかなと!ルークス邸編?もう少し続きます。

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