愛してしまったすべてを
今生きているエルフ族の多くは200年前の大戦後の生まれだ。勿論アルベルトもその一人だ。多くのエルフ族は戦闘員として最前線で戦い死んでいったという。長寿の種族と言いながら平均年齢が低いのもこれが理由だ。命を繋いでいく観点から大戦後の生まれのエルフ族は積極的に結婚、子供を産んでいる。多くが100歳あたりから結婚していく中、アルベルトは100歳を超えても恋人すらいなかった。いや、誰かを愛するという実感を持てなかったというのが正しいのか。アルベルトは周囲が愛を築いていくのをぼんやりと眺めていた。
『そうだアルよ、実は俺ついに婚約したんだ‼‼‼20になったら結婚するから、式にはお主も来てくれよ!』
そう幸せそうな、満開の花のような弾ける笑顔を向けて報告してきたのは公国の次期公主マサノブ。もうそんな年齢になったのかと、彼が産まれたときから成長を見守ってきたアルベルトは感慨深くなり思わず目頭が熱くなった。
『おいおい泣くのは速いぞ、式の時に号泣してくれ!』
背丈もすっかり自分と同じぐらいになったマサノブが笑いながらアルベルトの背中をバンバンと叩く。そうだな、そうだよなとアルベルトは息を整えてそっと涙を拭った。彼の結婚式は盛大に祝おうと決め贈り物を素早く頭の中で選定している傍ら、ふときいてみた。
『え、相手を好きになったきっかけ?んんんそうだな…。』
マサノブが驚きながらも口に手を当ててきっかけを思い出す。彼の表情から父親が決めた相手ではないのだろう。公主の家なら純血の公国人の家系の相手で違いないのだが。マサノブはアルベルトの心中を察したのか、昔と変わらずガキ大将のように口角を上げると言葉を続けた。
『…一目見て目が離せなくなるほど美しいと思ったのがきっかけだな!体に電撃が走ったような、相手を思うほど身が焦がれそうになるような気分だったな。なに、アルだっていつかこの気持ちがわかるさ!』
周囲が身を固めろと口うるさい中、マサノブだけは決して言ってこなかった。アルベルトならば自力で相手を見つけられると信じてくれていたのだ。そんな彼に感謝をしながらアルベルトはその言葉をしっかり反復していた。いつか、彼の言葉のような出会いがあると信じて―
その会話から半年ほど経った頃、アルベルトは小野田冬美と出会った。人生を掛けて守ると誓う相手に。
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先ほど自分の心情を見抜いた若者の剣先を槍でさばいていく。彼は息が上がっているが集中力は切れていない。しっかりと足を運び剣を振るう。そしてアルベルトの攻撃を躱しすぐ体制を整える。ストラスで出会ってからひと月ほどでここまで自分の動きについてこれるようになるとは心底驚いた。
(…すっかり目つきも逞しくなって)
ストラスで出会った時、彼はまだ夢の中というような感じに思った。なぜそう思ったのかは説明できないが、何となく、彼の足元がぼんやりしているように見えたのだ。聖女の方がむしろ地に足をつけているとも感じたほどだ。妻もそうだったが、最初はこの世界の事を夢物語のように思っていたという。きっと同じだ。
「ほらほら‼‼反撃が遅くなってますよ‼‼」
喝を入れるようにアルベルトが叫ぶ。声に反応した彼はすぐさま剣を握りなおす。まっすぐ人の言葉を自分の身に取り入れるその姿勢がなんとも素晴らしいことか。彼の両親の教育がしっかりしていた証拠だろう。目の前の彼―篠澤誠司は身体強化をかけ一歩後方へと飛び下がった。すぐ魔法を展開できる自分から距離を置くなど自殺行為ではとアルベルトは眉を顰め槍を下げて詠唱に入ろうとする。その瞬間、誠司は懐から何かを飛ばしてきた。強化が入った腕から投げられたそれをとっさに槍ではじく。横目でとらえたそれは公国の忍者が使うクナイだ。同行しているカグヤから借りたのだろう。ここで使ってくるとは面白いと思わず口角が上がった。
「火遁!」
気を引かれているうちに誠司の声が聞こえてすぐ向き直る。火の文様がかかれた札から火球が飛んでくる。忍術まで教えたのかと驚きながら身をひるがえして躱す。…忍術は門外不出のはずなのだが。カグヤは命令違反で罰されることも覚悟で誠司に忍術の札やクナイを貸し与えたのだろうか。彼の命を守り、戦う術を身に着けさせるために。
「行けるぞ誠司‼‼‼」
軒下からカグヤの声が聞こえる。その横で椅子に座った娘に寄り添うようにアイラと真由、そしてクラノスが戦いの行く末を見守っている。聖女一行、かつて自分達もそう呼ばれて世界を巡っていた。
『なぁアル~、お主フユミのどこに惚れ込んだんだ?』
ふとマサノブの問いを思い出した。いつかの旅の途中の酒屋で呑んだ時だったか。あの時はもうすっかりフユミにべた惚れしていて必死にアピールしていた時だった。マサノブの無邪気な笑いが懐かしい。
『そうだな、まるでお前の家に咲いてたあの…ツバキ、だったか?あの花のような凛とした美しさと姿勢が何よりも美しくて…』
そこからしばらくフユミの美しさについて語り倒していた気がする。マサノブは嬉しそうに、楽しそうに聞いてくれていた。身を焦がす愛、身体に電撃が走ったような衝撃、今なら心の底からその言葉の真意がわかる。
愛していた、夜空のように深い色をした美しい髪の毛、雪のように白く美しい肌、そして肌に映える美しい黒い瞳。見た目だけではなく、自分の置かれている状況を理解し、生きるために決意したその姿勢も、時折悪夢にうなされて震えても決して前を見ていたその眼差しも。初めてデートしたヴァランスで夕日を見て美しいと涙していたその姿も。そして、プロポーズを美しい肌を真っ赤にしながらも受け入れてくれたあの時も、愛娘を抱いてあやしているその神々しい美しさも全部、全部。愛していた。愛してしまった。
『ふふふ、意外でした。式までフユミがどのドレスにしたのか聞かないなんて。もぉ本当に美しすぎてオーロラ様と感動していたんですからね~当日見て倒れないでくださいよ?』
結婚式の前、ロンドリスに遊びにきたカタリヤが教えてくれた。栗に似た色の茶髪を丁寧にケアして式までに整えてくれている。傍らにはもう自力で歩けなくなったエノスが椅子に車輪がついた特別製のものに腰を掛け微笑んでいる。
『あぁ、やっとおぬしたちが結婚か…。嬉しいの、本当に、心待ちにしていたぞ。』
目を細めて今にも召されそうな満足した笑みを浮かべている。エノスには自身の孫もいるが、共に旅をした若者たちの祝福を心の底から祝ってくれる。フユミが新婦父役をエノスにお願いしたのもわかる気がする。エノスに花嫁姿を見せたいとフユミが申し出て予定より挙式を速めたのだ。
『…アル、お前さんはエルフ族だ。これから永い時を過ごしていくだろう。だがな、フユミとの生活の思い出は何よりもお前さんを守り、愛し、支えていく。お前たちは立派だ、お互いを愛し合って守りあう最高に良い夫婦だ。幸せになりなさい、二人と…いつか産まれる子供と。ずっとな。わしはもうすぐ死ぬが、見守っているからな。』
『…あぁ、あぁエノス。私は、エノスに見届けてもらえるのがとても嬉しい。私たちは未来永劫幸せに暮らすよ。見守っててくれ…ありがとう、親父。』
既に両親がいないアルベルトだけではなく、パーティーメンバー全員の第二の父であったエノスは幸せそうに花嫁とヴァージンロードを歩き、アルベルトにフユミを託して式の半年後静かに旅立った。…フユミを守ることは出来なかった自分を父は怒っているだろうか、それとも頭をなでて共に悲しみを、怒りを分かち合ってくれるだろうか。今でも見守ってくれているだろうか。
「アルベルトさん‼‼‼」
剣を受け止め誠司をすぐ近くで見る。日本人にしてはやや茶色がかったその瞳には満足そうに笑う自分の顔が映っている。
「俺は、俺は!もう悩まない!世界の謎も全部解いて‼‼‼」
剣を押し返し次の剣撃に備える。少年は汗を乱暴に拭い、息を荒げる。
「絶対に!みんなで笑って旅を終えるんだ‼‼‼」
誠司は再びクナイを投げる。もう何度も喰らった手段は見切っている。アルベルトは次に飛んでくる火遁に備えた。が、予想に反して誠司は体勢を低くするとそのまま強化をかけ懐へ飛び込んできた。
「…‼‼‼」
少年の決意のこもった瞳にアルベルトは圧倒された。あぁ、ストラスで見たあの少年は、もう起きているのか。武器に炎を纏わせ、下から剣を振りかぶってくる。
(…フユミ、愛している、全部、全部、愛している。君とユキをいつまでも。これだけは一生変わらない。)
記憶の中でフユミがこちらに笑いかける。アル、と自分を呼ぶ鈴のような心地よい声。髪をそっと耳に掛けながら微笑むその姿は永遠に色あせない。
(あぁ…フユミ、見ているかい?私たちの後輩はこんなにも立派だよ。)
そうね、でもあなたの方がずっと素敵よ?―そう声が聞こえた気がした。
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篠澤誠司はまだ17歳なのに中学から告白される機会が多かった。毎度断っていたのでもしかしてそっちの人?などと揶揄されることもあったが、純粋に恋人になれるほど好きではないだけなのだ。ただ一人、小学校の時助けてくれた一人を除いては。
(今ならアルベルトさんの気持ちがものすごくわかる)
守ると誓ったのに、ストラスの戦闘では怪我をさせてしまった。森の中での戦闘でも自分は役に立っていない。あの時自分の不甲斐なさで数日寝付けなかったぐらいだ。それでも、どこか夢物語のように感じてしまう自分もいる。
(生きている、みんな、みんな生きているんだ!俺だってここで生きている‼‼)
必死に体を動かす。迷いが吹っ切れたのかアルベルトは先ほどよりも動きが軽い。誠司は常に身体強化をかけ続け剣を握りなおす。
(俺は好きな子を、大好きな皆を守りたい!一緒に美しい世界を見て帰るんだ‼‼)
ストラスに行く前カグヤに真由が襲われた時、激しい怒りを感じた。ストラスの戦闘で大蛇に憑いていた核が真由を攻撃したとき、気付けなかった自分に腹が立った。先日の戦闘でも呪術により真由が昏倒したとき声を掛け続けることしかできなかった。―愛する人が傷つくことへの恐怖と怒りを、もう充分に理解している。
(だから、だから‼‼‼‼)
「俺は、俺は!もう悩まない!世界の謎も全部解いて‼‼‼」
少年は叫んだ。次の攻撃にすべてを掛ける。
(起きろ、起きろ篠澤誠司‼‼‼‼‼)
「絶対に!みんなで笑って旅を終えるんだ‼‼‼」
クナイを投げた後体勢を低くしてアルベルトの懐に飛び込む。模擬刀に炎を纏わせる。視界に映るアルベルトは満足そうに笑っている。
(大切なすべてを、愛してしまった思いを全部‼‼守れるだけの力をください‼‼‼)
先代聖女一行に祈るように誠司は思いを込め剣を思いっきり下から振りかぶった。槍と刀がぶつかりひと際大きい音が響く。
一瞬の静寂の後、決着はついた。アルベルトの槍が手から離れ弧を描いて後方へと飛んでいった。それを見届けた真由と仲間達は息をのんだ。誠司は肩で息をしながらゆっくり一歩下がる。呼吸を整えながら顔を上げると、美しい顔に汗を浮かべながら、心の底から満足そうに微笑むアルベルトがいる。
「…お見事。誠司殿。本当に強くなりましたね。」
アルベルトはゆっくりクラノスに視線を向ける。クラノスは感極まった様子で前に出ると二人に一礼して口を開いた。
「…勝負…篠澤誠司の勝利‼‼‼」
仲間達の歓喜の声が響く。この日、最強の男アルベルト・ルークスは初めて負けた。歴史的な日になったが、彼は悲しむことは無くただ目の前の少年の成長と自分の思いを救ってくれたことに感謝しながら固く握手を交わしていた。二人の汗をぬぐうように優しい風が吹き抜け温かい日差しが再び裏庭を照らす。まるですべてを祝福するかのように。
もう一話使おうかと思いましたがダレてしまうので二話で締めました!!
おめでとう誠司‼‼‼頑張ったね‼‼‼
回想が多くなりましたがその間もずっと打ち合い続けております(小声)
タイトルは某曲からイメージしています。連邦編のテーマ曲と勝手に思って聞きながら書いてました(小声)