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異世界伝承記  作者: メロンソーダ
連邦編
51/52

守りたかった、それだけ

やっと誠司vsアルベルトです。長くなるので分けます。

聖女―それはこの世界を救う救世主。200年前神の怒りによって最上位の浄化能力がはく奪され、緩やかに自滅していくしかなかったこの世界を延命させるための生贄。並行世界と呼ばれるところから有無を言わさず連れてこられた哀れな生贄。歴代の聖女達はだれも故郷には帰れずある者は魔物に、ある者は人間に、そしてある者はすべてを成し遂げてここで民の一人として暮らし命を落とした。200年。たった200年の間に24人もの聖女を失ってきたこの世界を無理やり延命させる理由はあるのか。アルベルトは友人であり魔法の師であるとあるエルフに尋ねたことがある。彼女は全く変わらない美しい笑顔をこちらに向けて微笑んだ。


『簡単よ。それはね―』


その言葉の意味を理解したのは人間にとっては永い時が過ぎた後だった。

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「お父さん、朝ごはんできたよ~」


愛しの娘が起こしに来る。今朝もお玉とフライパンで起こされなくてよかったと内心笑いながらドアを開ける。ユキはいつの間にか妻―フユミが召喚された時とだいたい同じ年齢まで成長した。その姿は亡き妻そっくりだ。本当に。


「ほら今日は大事な日でしょ。早く身支度して!」


ユキにぺしぺし叩かれアルベルトはそうだなと息を吐いた。そう、今日は25代目聖女の従者、篠澤誠司と一戦を交える日だ。勿論アルベルトは負けるなどと微塵も思ってはいない。アルベルトは少年にかつての自分を重ねていた。聖女について世界を巡り戦ったあの日々を。今度はこの少年が自分の役割を受け継げるのか。それを試したいと思ってしまったのだ。


「…ユキ、誠司殿は強いかい?」


「え、何言ってるの?誠司はまぁ多分強いけど、それでもお父さんより強い人なんてこの世界いないでしょ?」


ユキは即答した。さも当然であると言わんばかりに。そうだ娘の前ではずっと無敗だったことを思いだしアルベルトは笑った。娘は可笑しくなったのかと首を傾げる。アルベルトは違うよと首を横に振ると素早く身を整え娘の頭をなでて食堂へと向かった。

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「いよいよ今日だな、身体の調子はどうだ?」


同時刻。客室で誠司はカグヤに声を掛けられて我に返った。誠司はカグヤに振り返って笑いかけた。


「…すごく緊張してるけど…調子はすこぶるいいよ。」


カグヤはずっとベッドに腰を掛け鞘に納めた剣を見つめている誠司が気になって思わず声を掛けたのだが、緊張で震えた声とは裏腹に決意の揺らがない眼差しが返ってきたのでなんだかほっとしてしまった。


「へへ、なら大丈夫だな!ほら飯食いに行こうぜ~今朝はご飯を炊くって姐さん言ってたぜ!」


「やった‼‼やっぱり朝はご飯だよねぇ~~~おかずは何かな~~」


カグヤの言葉に誠司は顔を輝かせた。そういえば一昨日カグヤが野暮用で…と一人別行動をしていたのだ。きっとその時にお米を調達してきてくれたのだろう。本当にカグヤの配慮に何度助けられたのか。誠司は心の底から感謝し、共にスキップで食堂へと足を進めた。

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その数時間後。ルークス邸の裏庭で誠司とアルベルトは向き合っていた。鍛錬を行うこの場所は一面開けており、足元は草ではなく学校のグラウンドのように砂を固めて整備されてある。天気は晴天、体調は良好。何より朝ごはんが和食だった。ごはん、みそ汁、サラダに卵焼きと焼き魚と小鉢…。カグヤがお米と味噌を調達し、クラノスが魚を釣り上げ、ユキとアイラと真由が調理してくれた。仲間達が自分のためにと用意してくれた一品だ。力がどんどん湧いてくる。…勿論アルベルトも同じものを食べたのだが。


「…用意は出来ましたか誠司殿。」


流れるような美しい金髪をポニーテールにまとめたアルベルトは訓練用の槍を片手にこちらに問いかけてくる。味方にいるときは心強いが敵に回すとその圧倒的なプレッシャーに膝が折れそうになる。それでも自分は覚悟を、決意を示さねばならない。示さずしてこの先には進めない。誠司は深呼吸をすると模擬刀を構えた。


「…はい、よろしくお願いします、アルベルトさん!」


誠司の様子にアルベルトは少し口の端を上げて微笑むと、軒下でこちらを緊張の面持ちで見ている聖女一行に声を掛け、クラノスに審判を頼む。クラノスは二人の間に来るとゆっくり一礼をした。


「命は取らない。ですがこれ以上は危険と私とアイラが判断した場合決着とします。よろしいですね?」


「えぇ。それで構いません。あぁ誠司殿、私はこの模擬戦で自分に治癒魔法と強化魔法は使用しません。ですが攻撃魔法は使います。勿論致命傷は与えない威力に抑えますけど。よく見て避けてくださいね。」


「はい!お気遣いありがとうございます。…みんな、俺の覚悟、見届けてね」


二人の様子を確認したクラノスが頷き一歩下がりゆっくり手を上げる。


「…頑張れ、頑張れ誠司…!」


その様子を真由はだれよりも緊張した様子で祈るように手を胸の前で固く握り見ている。誠司がどんどん強くなっていることを知っている。魔法書を熟読し以前教えてもらったことをすぐ身に着けていることも知っている。毎日剣を振って鍛えていることも、歯を食いしばって強くなるとひたむきに努力している姿だって知っている。ずっと見てきた。それでもアルベルトは経験も技巧もはるか雲の上の存在だ。生半可な動きでは一撃で決着がつくだろう。真由は祈った。どうか彼の努力と決意がアルベルトに伝わるようにと。


「…それでは、始め!」


クラノスが静寂を断ち切るように掲げた手を振り下ろす。誠司は即座に姿勢を低くし一気にアルベルトの懐へ飛び込んだ。アルベルトはそんな動きを読んでいたかのように槍を下から上に振り上げる。


(やっぱり読まれてるよね!)


誠司は想定通りと言わんばかりに防御姿勢に入る。槍の軌道をしっかり受け流しアルベルトの胴に向けて拳を突き出した。アルベルトは一瞬驚いた表情を見せるが即座に後方へと距離を置くように飛びのいた。誠司はそのまま追いかけ追撃を掛けるように剣を振るう。


(詠唱の隙を与えるな!秒で攻撃魔法が飛んでくる!)


剣の連撃を槍先で器用にさばいていくアルベルト。その動きには余裕すら見える。


『お父さんの詠唱速度?下級魔法なら秒で展開できるよ。中級でも数秒ってところかなぁ。まぁ、魔法に長けた種族ってのもあるけどお父さんはだれよりも修練しているからね。』


ユキが道中で教えてくれた言葉を思い出す。そう、彼はひたすら努力を重ねてきたのだ。


『あの槍裁き、人間だと習得する前に寿命が尽きるだろうなぁ。どの演舞よりも綺麗だし…きっとアタシ達が思うよりずっと長い間戦っているんだろうな…。』


アイラがマンモルの休養中に発していた言葉を思い出す。アルベルトは大戦後の生まれとユキが言っていたが、それでも100歳を超える年月の中でどれほど戦ったのだろう。


『アルベルト殿の姿勢は何よりも美しい。まるで武器と己の体が一体化しているような動きだね。熟練の戦士になると武器と意思疎通ができると父上が仰っていたが…ふふ、きっと意思疎通を通り越して一心同体なんだろうね。』


クラノスが訓練の休憩中に教えてくれた。今まさに目の前で振るわれている槍はしなやかに誠司の剣先を弾いている。本当にアルベルトの腕のようだ。


『おっちゃんが言ってたけどさぁ、あの人先代パーティーの一番槍だったんだって。魔法はフユミ様とカタリヤさんに任せて最前線でそれはもう無類の強さを誇っていたって。おっちゃんとよく勝負して喧嘩してエノス爺ちゃんから拳骨喰らってたとか!』


カグヤが笑いながら語ってくれたことを思い出す。魔法だって使えるのに武術で仲間を護り抜いた。ストラスの戦闘では何度助けられたことか。


『…アルベルトさん。本当にフユミ様の事大好きだったんだね…。ユキが言ってたけど長寿のエルフ族なのに後妻さんを迎える気一生無いって言って毎日ペンダントにキスしているらしいよ。これも愛の形なんだね、素敵。』


野営中真由が微笑んだ言葉を思い出す。ここ数日共に一つ屋根の下で生活をしその光景を実際に目撃した。まるで聖なる祈りのような儚さと美しさの光景に誠司は感動して涙が出そうになったぐらいだ。妻が亡くなったとき、どれほど絶望して悲しんだのだろう。その悲しみをどう乗り越えたのだろう。―いや、乗り越えたのか?


「…打ち合い中に考え事とはいい度胸ですね‼‼」


誠司はハッと我に返って目先に飛んできた槍の穂先を即座に躱した。そのまま転がるように次の攻撃を躱し態勢を整える。もう誠司の息は上がっている。急いで息を整えると足元から飛び出してくる光の杭を飛んで躱す。どのくらい打ち合いしていたのだろうか、それでも一撃も入れれていないことに誠司は内心舌打ちしている。


(そうだ、この人は、怒っているんだ)


剣を構え槍と共に突出してきたアルベルトを迎え撃つ。力の差に負けそうになるが足を踏ん張り耐え忍ぶ。誠司はそんな考えが一度始めると止まらなかった。


(…奥さんを、聖女を、愛する人を護れなかった自分をずっと許していないんだ!)


小野田冬美の死因は病死だとユキから聞いた。聖女の功績を見ればアルベルトは聖女を護り抜いたと言える。だが戦闘よりも病気から守れなかった、医者ではないが、魔物が原因でもないが、それでもこの目の前の男は、愛する人を守れなかった、その後悔と怒りから己を今もずっと鍛え続けているのではないのか。


(どんなことからも彼女を守りたかったんだ、それがこの人の愛だ!)


誠司は思いっきり力を入れアルベルトを後ろに後退させた。力比べで負けたことにアルベルトは驚きの表情を見せる。今までこのような状況で負けたことが無かったのだろう。さらに


「―ふ、何か気付きを得ましたか?さらにいい顔になりましたね」


誠司の先ほどまでとは違う迫力にアルベルトはとても満足そうに笑った。誠司は汗を乱暴に拭うとえぇと息を乱しながら頷いた。


「アルベルトさんの気持ちに、愛情に、怒りに気付いたんです。―あなたは愛するフユミ様を例えば小道にある小石からも、急に振ってくる雨からも、どんな些細な事からも守りたかった、それも一つの愛の形、ですよね?」


誠司の言葉にアルベルトは先ほどよりも目を開いてより驚きの表情を見せた。


「フユミ様の死因は病死だとユキから聞きました。それにペンダントにキスをしている姿も見ていますし、ここ数日お世話になって家中に奥様との思い出が詰まっていると感じました。…再婚せず、生涯フユミ様を想い続けてユキの成長を見守る決意に同じ男として尊敬の念が堪えません。」


息を整えながら言葉を続ける。軒下でユキが不安そうに父を見つめているのが見える。誠司は深く息を吸うと言葉を紡いだ。


「それでも、貴方は奥様を病気から守れなかったことを非常に悔やんでいる、医者ではなくても、何をしてもフユミ様とユキと、家族と!この先を生き続けたかったと!自分に怒っている!それで最強の称号を手に入れても鍛錬を怠らず各地で魔物との戦闘に協力している!」


思わず敬語が取れた誠司の叫びに一同息をのんだ。ユキは父の返答がない中、それでも誠司の答えがあっていることを直感して口元を抑えている。


「お父さん…」


父がどれほど母を愛しているかをよく知っているユキでさえ、父が怒っているなんて思ってもいなかった。想像もしたことなかった。病気なんて医者でもすべてを防ぐことなど不可能なのに。それでも、父は本当にすべてから守りたかったのだろうか。


「ふふ、これは一本取られましたね…。正解ですよ誠司殿。私は私を一生許せない。」


落ちてきた前髪をかき上げアルベルトは自虐したように笑っている。誠司に向ける怒りは無く、むしろ当てたことに感心しているかのように。


「参ったなぁ…エノスとカタリヤと、マサノブにしか言ったことないのに。なぜ分かるんですかね。」


一度戦闘を止めるか小声で相談していたアイラとクラノスを片手で静止し、アルベルトは息を吐いた。


「えぇ、そうですよ。私は何をしてもフユミとこの先の人生を過ごしたかった。種族による寿命差だって解消する研究をしていたぐらいですからね。一緒にユキの成長を見守って、一緒に穏やかな時間を過ごして世界渡りの研究をしてそうして、いつか、フユミの故郷に行きたかった。彼女を家族に会わせたかった、それなのに」


アルベルトは溢れる感情が抑えきれないかのように槍を強く握った。誠司は静かに見守っている。


「…亡くなる一年前、一瞬でした、一瞬離れて行動したときに噴出した瘴気を一気に浴びて、フユミの体は弱まっていきました。聖女の浄化能力をもってしても、完全に体調が戻ることは無かった。そのまま亡くなってしまった。あの時、一緒に手を引いていればこんな事にはならなかった…!」


真由は息を呑んで見守っていたが、崩れ落ちそうになるユキをアイラと共に支える。ユキは嗚咽が止まらなかった。背中を摩り、カグヤが持ってきた椅子に座らせる。


「それに世界も、神だって可笑しい、なぜ世界を救ったフユミに何の恩恵も与えず死なせたのか!なぜ命を懸けてすべての瘴気の核を浄化して、魔王と呼ばれるものを倒したのに!今でも瘴気の核が発生している!魔物を殺しつくしてもこの怒りは収まらない!」


声を荒げるアルベルトの目には怒りとやるせなさが滲んでいる。どれほど怒りを溜めていたのだろう、空気が震え先ほどまでは快晴だった空も曇ってきた。


「私は自他ともに認める最強の戦士だ、何からも彼女を護れる自信だってあったのに…。…あの日から、私は私を許したことはありません。無能な男、慢心で彼女を死なせたくずな男だと、ずっと…ユキに、申し訳ないと…」


アルベルトは娘を見つめる。ユキは初めて聞いた父の本心に涙が止まらなかった。


「……ユキは出会った時から貴方のことを誇らしげに語っていました。偉大な両親のもとに産まれていっぱい愛情を注いでもらった人生を誇らしげにしています。この年で自分の人生を誇らしく思う子供なんてユキ以外見たことありませんよ。」


ここで誠司はゆっくり口を開いた。誠司は決してアルベルトを責めるつもりで本心を見抜いたわけではない。このことは信じてほしいと願った。翡翠の瞳の親子が誠司を見つめる。


「…それにフユミ様だって、ここで素敵な愛を見つけたから貴方との結婚を受け入れたんですよ。アルベルトさんを決して恨んでいないって断言できます。それほど貴方とユキを深く愛していると、皆知っています。だからどうか、ご自分を責めないでください。」


アルベルトは一度目を閉じるとそうか…と涙を一滴こぼした。裏庭に風が吹き抜ける。まるで後悔しているアルベルトを抱きしめるかのように。


「…戦闘の腰を折ってしまってごめんなさいアルベルトさん。ここでもう一個宣言させてください。」


アルベルトは誠司に顔を向ける。かつての自分の役割だった少年は堂々と己の目の前に立っている。


「俺は、必ず真由とみんなを護り抜いて瘴気の核を浄化します。もう絶対に負けない、挫けない。貴方の怒りも想いも、俺が受け継ぎます。…それですべてが解決したら一緒に俺たちの世界に遊びに来てください。フユミ様も一緒に。どれだけ奥様を愛しているか小野田家の方に語りましょう。」


爽やかな、だが決意のこもった表情にアルベルトは口元が緩んだ。つい先ほどまで煮えたぎる怒りでどうにかなりそうだったのに。今は不思議と心が軽くなったように感じる。アルベルトは深呼吸をすると笑って少年に向き直った。


「…まったく、貴方にはかないませんね。よろしい、その約束忘れないでくださいよ。誠司殿。私の愛情物語は三日三晩掛けても終わりませんからね!」


いつもの口調で笑うアルベルトに誠司も力強くうなづいた。クラノスに目を向けるとやや潤んだ瞳をそっと拭い戦闘開始の宣言時のように手を再び上げた。


「…では改めて、両者いいですね?…それでは始め!」


再び二人の従者は武器をぶつけ合った。先ほどとは違い、真の未来に向けた打ち合いの行方を聖女と仲間達は見守り続ける。

(小話)クラノスが魚を釣ったとありますが、竿替わりの枝を折ってしまったので素潜りで獲ってきました。筋肉は裏切らない!目撃した集落の人はドン引きしました。


アルベルトの視点から始めてみました。愛情と後悔と、いろんなものを抱えて次回へと続きます!

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