偉大なる母とその後輩
ユキ・オノダ・ルークスは23代目聖女小野田冬美と亜種連邦最強の戦士、アルベルト・ルークスの間に産まれた。産まれたときから両親を始め集落の人々や両親の友人達、そして族長達から溺愛されて育ってきた。両親譲りの魔法の才能と美貌を持ち、将来は最強の魔法使いで尚且つエルフ族長の後継者になるだろうと多くの大人達から期待されている。だがハーフエルフであるユキがエルフ族の長となることに反発する者も勿論いるのだが。それでもユキは伸び伸びと魔法の才能を磨いていった。
「…ところでユキ、旅に出て世界を巡ってみないか?」
ブルーボ王国ストラスから帰ってきた父が突然そんなことを口にした。ユキは驚きのあまり飲んでいたお茶を喉に詰まらせて噎せ返ってしまった。父は真面目な顔をしており、冗談ではないとすぐに理解したのだが。
「どうしたの急に?今までは絶対だめだ‼‼‼って号泣して転がっていたのに。」
つい先ほどまで公国特性薬草団子を口にして悶絶していたというのに、ユキは信じられない様子で父に問いかけた。
「…ちょっとストラスでいい出会いがあってな…。ユキを連邦内で縛り付けるのは勿体ないと思ったんだ。」
よく族長や友人達から経験のために旅に娘を出させろと口酸っぱく言われている父の姿を見てきた。母が亡くなってから10年。父は超ド級の過保護でユキがロンドリスへ行く時もびったりくっついてくるほどだ。何度撒いたと思っても魔力の追跡でどこまでも追いかけてくる父に恐怖を覚えたのもここだけの話。
「それって新しい聖女様の事?…お母さんの代わりにって王国が勝手に召喚したっていう…」
「…国王が独断で召喚を指示したそうだ。充分に訓練できず、護衛も騎士一人だけで王都を出たそうだ。」
さすがに不憫だとユキはゆっくり息を吐いた。かつて母も王国とは色々とあり訓練はこの集落で行ったと聞いている。聖女信仰で成り立ってきた国が2代にわたって聖女にこの仕打ちとは如何なものだろうか。
「それは可哀そうだったね…。で、その子についていけってお父さんは思うの?」
「ついていけって…まぁ旅に同行するならそういうことになるが…。私はねユキ、あの子達に懐かしいものを感じたんだよ。まるで旅をしていた時のような美しい思い出をね。」
アルベルトは胸元のペンダントに手を触れる。戦闘時無くしたら一生落ち込むからと王国に出向くときはユキに預けていたペンダントだ。…両親たちの旅路の話は何百回も話してもらった。それに憧れてユキも旅に出たいといったことも勿論ある。それに半分といえどエルフの血を持つ自分にとって、その生涯を連邦内だけで終えることなど退屈すぎる。いつか母が辿った道を歩きたいとユキはそっと思っていた。
「…真由殿は親から愛情を貰ったことが無いという。こちらに来てから家族の温かさを知ったと。この世界で力強く支えあって生きている人たちが本当に眩しくて、人はこうして手を取り合って生きていくんだって感じたと。世界が美しいとも話していたよ。」
ユキは黙って父の言葉の続きを待った。―親に愛されない、自分とは真逆の存在だと感じながら。
「フユミは愛する家族に会いたいと泣いていたさ。でもしっかり自分の芯をもってこの世界が美しいと思うその心は真由殿と一緒だったんだよ。…だからユキ。」
アルベルトはまっすぐ娘を見つめる。翡翠の瞳に映る亡き妻と瓜二つな娘は、自身と同じ色の瞳を静かにこちらに向けている。
「真由殿と一緒に世界を巡っておいで。聖女に対して複雑な思いがあるのはわかっている。だが、それでも一緒の目線で多くの人と交流して、自分の目で世界を見るんだ。絶対、ユキにとって美しい思い出になるさ。」
「…そこまで言われると断れないじゃん…」
ユキは戦士としての父の顔を知っている。その顔がここまで綺麗に断言するのだ。きっと本当にその通りになるのだろう。息を吐くように笑うとユキは旅に出る決心を固めた。
「正直、お母さんの代わりの聖女って言われてもどの口がって思っちゃうよ。そのぐらいお母さんは偉大で強くて美しかった。…お母さんを忘れてどんどん次って召喚していく王国も頭おかしいんじゃないの?」
こらこらと父に笑いながら窘められながらユキはクッキーを口にする。…これも母が焼いてくれていたレシピでずっと作っているクッキーだ。しばらく帰ってこれない家には母との思い出が詰まっている。寂しい気持ちもあるが、さっさと瘴気を解決して戻ってこればいいのだ。ユキはよしと笑って父に向かった。
「まぁ、魔法使いが必要ってことなら私の出番だもんね!お父さんとお母さん、オーロラ様から教わった魔法がどこまで通用するか楽しみだよ!」
「ふふ、きっとどこまでも通用するさ。私たちが教え込んだ技だからね。あぁそうだ一つだけ。」
胸を張るユキにアルベルトは一つと付け加えた。きっと重要なことなのかとユキは耳を傾ける。
「…道中絶対見知らぬ男についていくなよ!近頃の若手王国騎士団員はたるんでいるからな、特に気をつけなさい。パーティーにアイラ殿っていう頼りになる女性がいるから基本その人について街を回るんだぞ。あぁクラノス殿も現役騎士だがあの方は婚約者一筋だから大丈夫だ。あと街を回るときの護衛は忍者にこっそり頼んでおくから…」
「一つじゃないじゃん」
延々と終わらなさそうな父の言葉にユキはあきれて笑い出した。ユキは父から母が使っていたロープと杖を貰おうと考えた。きっとユキのことを守ってくれるだろう。まだまだ口を開いて話し続ける父に笑いながらユキはまだ会ったことのない25代目聖女がどんな人なのか思いをはせていた。
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今目の前で母の後輩となる聖女が梯子の上に登り果物を収穫している。聖女直々に収穫した果実だからご利益がありそうだとアイラと集落のおじさんが豪快に笑っている。ユキは真由に足元気を付けるように声を掛けながら果物を受け取り箱へと丁寧に収めた。
「もぉ、そんな触ったぐらいで加護とか…え…つかないよね…?」
「つかないつかない、ほらちゃんと足元見ながら降りて、危ないよ。」
いまだに新しい売り文句だと笑う大人達を横目に真由が恐る恐る梯子を下りる。ユキは笑って真由に声を掛けた。真由はどうやら梯子の昇り降りがいまだに苦手なようだ。まぁ実家が農園ではないと言ってたし梯子を使う機会など一切無かったのだ。当然である。
「おーいこっち終わったぞ~」
籠いっぱいに果物を入れてカグヤと誠司、クラノスがこちらに声を掛けてきた。誠司も果実の収穫は初めてだよ!と手伝う前からウキウキで真由とスキップしていたのが記憶に新しい。
「いやぁ勉強になるなぁ。本とかテレビで見たことはあったけど、足元に注意しながら傷つけないような力加減と熟し具合を見て適切に収穫していくって難しいけど楽しいね!」
「そうでしょうそうでしょう、自然の恵みをいただくことのありがたさを実感しながら自然と共に暮らすとはこの事でしてな…。いやぁ初めてでそこまで収穫のことを考えるなんてすごい頭の回転ですな。」
汗を拭いながらキラキラとした笑顔で話す誠司におじさんは穏やかに笑った。誠司は出会った日から毎日魔法のことを教えてほしいと頼んでくる。毎晩真由も含めて3人で魔法書を片手に色々と教えているのだが、本当に覚えが早い。正直予想もしていなかった観点から質問が飛んでくるので毎晩冷や汗をかいているもここだけの話だ。それになりより―
(…お母さんの学校の後輩、にあたるんだよね…そりゃあ頭良くて当然だよ)
誠司は母である小野田冬美が在籍していた学校に通っているという。20年も離れているが一応後輩になるのだ。大学受験のための勉強は大変だけど、学校行事が力入っていて楽しいと笑って教えてくれた。きっと母も校歌というものを歌っていたぐらい楽しんでいたのだろう。
(…学校…ね…ロンドリスで一応学校に入ったけど、あんまり楽しくなかったな)
ユキは実は母が亡くなった後5年ほどロンドリスにある学校へと通っていたことがある。同年代の獣人族やエルフ、人間と共に魔法や国の歴史を学んでいたのだ。だが魔法については既に同世代より知識も技術もあったユキにとっては退屈な日々に過ぎなかったのだ。おまけにユキは両親が有名人で、各部族長からも可愛がって貰っている特別な子供だ。同級生達から疎まれてばかりで毎日授業が終わると速攻で転移魔法で帰宅していた。…勿論仲が良い子などいなく、集落の中の子としか遊んでいなかった。
「うしそろそろ昼にしようぜ。ユキ、お気に入りの場所に案内してくれるか?」
住民に果物が入った籠を渡し、アイラがこちらに振り向いて声を掛けてきた。確かにもう太陽は空の中央まで登っている。ユキは頷くとこっちだよと一行を誘導した。向かう場所は果樹畑を抜けた先にある、大きい樹木がある場所だ。そばには池があり、池に差し込む日の光が一段と美しいのだ。ユキは一人で過ごすときはここを選ぶとこが多かった。何故ならここは―
(お父さんがお母さんにプロポーズした場所、なんだよねぇ)
昔母がここで教えてくれた。母にとっても思入れのある場所で娘は友人達と食卓を囲む。アイラが手早く作ってくれたサンドイッチだ。野菜系から肉を挟んだものまで多様だ。クラノスが優雅にお茶を入れてみんなに配る。労働で疲れた体に染み渡る美味しい味に誠司とカグヤは勢いよく食べ進めている。
「ほら喉詰まるから落ち着いて食べなさい、サンドイッチは逃げないからね。」
「はぁい~、姐さん姐さん、俺このソースすごい好き!また作って‼‼」
「お、気に入ったか?ふふ、オックスがこの味付け好きでよく食べたいって言っててなぁ~」
カグヤの口元についたソースを拭いてあげながらアイラが母のようなまなざしで微笑む。カグヤは恥ずかしそうにしながらもサンドイッチを堪能していた。ユキの横で真由も美味しい♡と口をもぐもぐさせている。
「そうだ誠司。アルベルト殿との決闘はいつするんだい?今朝出る前に話していただろう?」
ここでクラノスが思い出したように誠司に声を掛ける。あまりに果物の収穫にはしゃいでいたため忘れていたが、父と誠司は戦う約束をしているのだ。ユキはそっと誠司に顔を向けると、誠司はサンドイッチを咀嚼しお茶を飲むとえっとね、と口を開いた。
「4日後にしようって決めたよ。アルベルトさん、明日明後日ちょっと野暮用があるんだって。」
「ついにか~俺まで緊張してきた…」
ユキは最強と謳われる父に挑む若者を何百回も見てきた。父は毎度涼しい顔でそのすべてを地面に叩き伏せていたのだ。だが父自身から目を掛けて勝負をと持ち掛けたのは初めて聞いた。今でも信じられないぐらいだ。
「…今までお父さんに挑んだ人はみんな一瞬で地面に叩き伏せられていたよ。それでも本当に戦うんだね?」
ユキは確認の意味も込めて誠司に問う。誠司はこちらをまっすぐ見つめて力強くうなづいた。
「前にも言ったけど俺は決意を示すために戦うよ。今度は俺があなたの思いを受け継ぎますって証明するんだ。」
誠司の目にはこの先の旅路が見えているのだろうか、先を見据えて前を向くその姿勢がどれだけ素晴らしいことであるか、この時のユキにはすべて理解はできていなかった。それでも―
「大丈夫、誠司ここまですごいたくさん訓練してきたのみんな知ってるから。信じてるよ。」
「小手先の罠なんて一切通用しないから剣一本で戦うしかないよな…頑張れ誠司!」
「弓は構えている暇も隙も無いからな…。しっかり槍の動きを見るんだぞ。」
クラノス、カグヤ、アイラが誠司の背を叩き激励を飛ばす。誠司は力強く頷いて頑張る!と意気込みを見せている。ほら真由もとアイラが真由に声を掛ける。真由は少し考えるとゆっくり口を開いた。
「…うまく言えないんだけどアルベルトさん、誠司に過去の自分を重ねているんじゃないかって思うんだ。誠司の言う通り、覚悟と決意を見たいんだと思う。でもね、先代の思いを引き継ぐのは誠司だけじゃない。私も先代や今までの聖女達の思いを受け継いで旅を続けるんだからさ。…一緒に頑張ろうね!」
後半照れたように笑う真由に一同は一斉に誇らしげに彼女を見つめて考えに同意した。そう、何も誠司一人だけが意思を継ぐのではない。クラノスもアイラも、カグヤも。そしてユキも当代聖女一行として世界を救うのだ。
(…お母さん、私、今すごく嬉しいよ)
両親の考えを見抜き、自分事に落とし込んで思いを受け継ぐと宣言してくれる心強い友達がいる。なぜ自分は聖女の血を引いているのに聖女の最上位の浄化能力が使えないのかと何度も思った。両親は偉大なのに自分は何もできないのかと不安になる夜だってあった。だが今度は聖女を、先代の旅路を知っている自分が仲間を守っていける。ユキは心の底から嬉しくてたまらなかった。母が存命だったら抱き着いて報告していたぐらいだろう。木漏れ日と池に差し込み輝く水面が一行の旅路を祝福しているような気がする。
ユキは育ててくれた両親と族長達に心から感謝した。
優しい風がそっと髪をなでる。心地よい温もりを感じながらユキは穏やかなひと時を過ごしている。
遅くなりました‼‼‼‼‼今回はユキの目線から仲間達を見てみました。
ちなみにハーフエルフは連邦に多くいますが、エルフ族長はエルフがなっています。
そういう保守層がいるという小ネタだったり…。