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異世界伝承記  作者: メロンソーダ
連邦編
48/52

再会 最強の男

「見えてきました!」


ユキの声に真由は顔を上げた。小高い丘を登り眼下を見下ろすとそこには一面に美しい緑が彩られた景色が広がっていた。水源地の集落を出発した一行はユキの案内でユキが暮らす集落へと足を進めていた。


「おぉ…やっと着いた…。」


水源地の集落からは三日ほどかけたのだが、その道なりは隆起した地面や山から落ちてきた岩があたりに転がっていたりと決して平たんではなかったのである。


「しっかしなんであの道酷い有様だったんだ?」


休憩のため木陰で一同は腰を下ろした。丘を下るだけ…と思いきやさらにあと半日ほどかかるようだ。アイラが水を飲みながらユキに尋ねる。


「…お母さんが亡くなったすぐ後に魔物が何十体も突然あそこで暴れまわったの。瘴気も吹き出して大変なことになってね…。その時土砂崩れがあってあの状態になったんだ。」


「そうか…。その時集落の皆さんはご無事だったのかい?」


クラノスに優しく声を掛けられユキはうんと首を縦に振った。


「お父さんが全部倒したよ。瘴気も全部一人で浄化しちゃった。」


「すっげぇ…さすがだな。」


カグヤが感嘆の声を上げる。真由もアイラとすごいねと頷きあっている。ただ誠司は別の側面を察していた。


(フユミさんが亡くなったすぐ後か、立ち直れていないだろう…悲しみをぶつけたのかな)


水筒の水面に映る自分の顔を見る。最愛の人との別れ、自分は今だ経験したことは無い。…一応1歳の時に祖母が亡くなっているがその時の記憶は勿論ない。特にアルベルトにとっては共に旅路を行き、人生を掛けて愛し守ると誓った女性だ。喪失感はどれほどのものだったのか想像をはるかに超えるだろう。


「…きっと悲しみを込めた戦いだったのだろうね。それでも集落のために武器を手に立ち向かった御父上はとてもご立派だね。」


クラノスがそっと口を開く。誠司と同じことを思ったのだろう、父の気持ちを汲んでくれたことにユキは悲しそうに微笑みお礼を言った。誠司はゆっくり眼下に広がる集落を見る。かつての聖女と従者はあそこで穏やかに時を刻んだのだろう。どのようなところなのだろうか、誠司はそっと目を伏せて体を休めるのだった。

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「あらぁユキ!お帰り、水源地の浄化大変だったね、よく頑張ったよ」


「うへへありがとうおば様」


集落に入るなりユキの姿を見つけた住民達が次々と声を掛けてきた。すでに水源地の核が浄化されたことは周知済みのようで労いの言葉が続々と飛んでくるのだ。住民達はエルフ族の他に人間の姿も見える。全員作業着を着て農作物の世話に当たっているようだ。


「そういえばここで農園を営んでいるってジュール学院長が仰っていたけど…村全体が農園に見えるね」


「確かに、神山郊外の街みたいだね。たくさん田畑が広がっていた…懐かしさすらあるよ」


真由と誠司は果物を押し付けられているユキを眺めながら会話をしている。真由と誠司は市街地の生まれであるため土に触れる機会は学校の教育課程しかなかったぐらいだ。だが郊外へと行けばそこは田畑が広がるのどかな田舎だ。ここはそこによく似ている。


「お、おまたせ…うちに行こうか、ここ宿屋も駐屯地もないからうちでお泊りしてね。」


「おや駐屯地も無いのかい?いや、アルベルト殿がいらっしゃれば大方大丈夫か。」


果物を両手いっぱいに抱えたユキからスマートに果物を預かりながらクラノスが首を傾げる。軍の駐屯地まで無いとは防衛として問題ないのだろうか。


「おぉいい桃だなぁ、パイ焼きたくなってきたぜ」


「桃のパイ‼‼食べたいめっちゃ食べたい‼‼‼」


クラノスが抱えている桃を見たアイラがにっこりと笑う。真由とユキとカグヤ、それに誠司は魅力的な一言に一斉に食いつく。アイラとクラノスはその様子に思わず吹き出している。


「ほらほら、足元を見ないと転ぶよ」


浮足立つ子供たちを優しく注意するクラノスはまるで父親のようだ。クラノスの言葉通り転びそうになるユキを即座にカグヤが支える。ユキはカグヤにお礼を言って恥ずかしそうに服の土埃を払った。


「そ、そろそろ見えてくるよ…ってあ!」


咳ばらいをして話題を逸らそうとするユキが嬉しそうに声を上げて走っていく。真由たちも察して後を追いかけるとそこには―


「お父さん‼‼ただいま‼‼」


住民達と談笑している最強の男―


「…ユ、ユキいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」


娘の姿を見た瞬間鼻水と涙を流しながら全力疾走をして駆け寄る父親の姿がそこにあった。


「お父さん汚い」

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「改めまして、ようこそ我が家へ。そしてユキが大変お世話になっておりまして…」


「ストラスでは大変お世話になりました。またお会いできて嬉しいですアルベルト殿。」


クラノスとアルベルトが固く握手を交わす。アルベルトは涙と鼻水でびしょびしょになった美顔を洗って整え一行を家へと招き入れてくれたのだ。


「宿泊の許可までありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。」


「いえいえこの村には宿屋も駐屯地もありませんから。どうぞ気にせずくつろいでください。」


ユキが慣れた手つきでお茶を運んでくる。先ほどの果物も切って盛り付けてある。疲れた体に染みるいいみずみずしさだ。


「真由殿と誠司殿も顔つきがより凛々しくなりましたね。怪我も治って本当に良かった。」


「アルベルトさんが先に治療してくれたおかげですよ。ありがとうございました。」


真由がにっこり笑うとアルベルトも穏やかに微笑んだ。


「そういえばなぜ駐屯地が無いんですか?いくらアルベルトさんが強くても、不在時に何かあったら大変なのでは…?」


誠司が疑問に思っていたことを口にする。ルークス親子はあぁと声をそろえるとユキが誇らしげな顔で口を開いた。


「この村の人ね、お父さん直々に鍛えているの。だから自治組織としても他の集落と比べると優秀なんだよ!」


「直々に⁉すごいね、じゃあさっき会った奥様達も…?」


「ふふふ、ご婦人にはさすがに武術は叩き込んでいませんが…戦闘の適性が無いものは後方支援として弓や簡単な護身、それから医療知識を村全体で共有しています。」


驚く一同にアルベルトは胸を張って応える。まるで村そのものが駐屯地なようなものだ。そこまでの知識を持って教育できるアルベルトの偉大さを誠司は改めて実感した。


「すっげぇな…だから村人全員足腰しっかりしていたんだな…」


お茶を飲みながらアイラも驚く。アイラは先ほど会ってきた村人達の体格が農夫のそれじゃないと内心気付いていた。最強と言われている男がいるから感化されたのか、とも思ったがそれ以上の事情があったとは。最近緩みきっている王国騎士団員の若手にも指導してほしいとうっすら思ったほどである。


「おっちゃんから聞いてたけど農園も村全体で運営してるんだっけか?自給自足と自治がどこよりもしっかりしてるよな。」


リンゴが美味しいとしっかり咀嚼して飲み込んだカグヤが付け加える。本当に今まで通ってきたどの村よりもしっかりしているのである。真由も何度も首をぶんぶんと縦に振った。


「ここはロンドリスから近いとはいえ、木々や山間にありますから何かあっても避難や援軍が即座に来れない場所なんですよ。土地柄こうなるしか無かった、という点もあります。…あとは」


ここでアルベルトは目を伏せて一度言葉を飲み込む。お茶を一口飲むとゆっくり言葉を続けた。


「…フユミが王都から脱出して連邦に着いてからここで魔法の修行をしていました。その時ここが故郷に似ていて落ち着くと言っていましてね…。それで私は村自体を強くしようと決意したわけです。」


「…奥様への深い愛情が感じられる素晴らしい決意、同じ男として感服するばかりです。」


「クラノス殿だって婚約者を深く愛しているでしょう、それと変わりませんよ」


クラノスの言葉にアルベルトは照れたように笑った。亡き妻の故郷と似ている光景を護るために村全体を強くする、きっとこのレベルになるまで色々と苦労もあったのだろう。愛とはここまでのものなのかと真由は学んでいる。


「それにもう一つユキにも話していない理由がありましてな」


(多分奥さんと娘の噂を聞いて訪れる色眼鏡野郎を村全体で追い返すとかだろうな)


満身のどや顔で口を開こうとするアルベルトを見てカグヤは察した。おそらく全員同じことを思っているだろう。


「フユミとユキの可憐さに近づいてくる不届き物を蹴散らすために私一人で手が足りなかったんですよ、そこで特にかわいがってくれている奥さん達を味方につけて村全体で防衛している訳です。」


「…だからこの村観光客いないんだね」


あきれた様子でリンゴをつまむユキの姿に真由は吹き出しそうになるのを堪える。どれだけ溺愛しているかは道中聞いてきたが、まさか村の奥様達を最初に味方にするとは。いろんな意味で最強の男だと慌てふためくアルベルトの姿をまじまじと眺めながら真由はお茶を堪能していた。

---------------------------------------------------------------------------

「さて、ストラスで約束した通りフユミの研究資料は複製しておきました。色々と教えることも話すこともありますし、長めに滞在してもらっても構いませんか?勿論鍛錬も兼ねて。今度はクラノス殿とアイラ殿とも手合わせ願いたいですね。」


「えぇこちらこそぜひよろしくお願いします。資料をゆっくり読む時間も必要でしょうし…あとは」


クラノスが誠司に視線を向ける。誠司は頷くとアルベルトに向き直った。


「アルベルトさん、俺あの後鍛錬を欠かさず行ってきました。それから決意も固めてきました。お手合わせお願いします。」


誠司の力強い瞳を見つめてアルベルトは満足そうに頷いた。


「いい目をするようになりましたね、ふふ、楽しみです。とはいえここまで疲れているでしょうから日にちは開けましょうね。」


「はい!よろしくお願いします!」


やるぞと燃え上がる誠司に落ち着けとカグヤとユキが笑いながら小突く。すっかり迷いは無いようだ。水源地の集落で言いかけた話が気になったが、きっと自己解決したのだろう。真由はさらに頼もしくなった誠司を誇らしげに思っている。と、ここで一つ重要なことに気付いた。


「あ、そうだ。滞在のご挨拶をフユミ様にもしたいのですが…お墓にお参りしても良いですか?」


「おぉ…亡き妻にまでご挨拶してくれるとは。本当に真由殿は思いやりに満ちた方ですね、ありがとうございます。」


「そうしたら今行っちゃおうか、こっちだよ~」


嬉しそうなルークス親子の後を追って一行は家を出て庭へと回る。大きい木の下に墓石が確かにあった。墓石の周りは花々が所狭しと咲いており、自然が好きなフユミのために整えられた空間であった。


(こんにちはフユミ様。しばらくお家にお邪魔します。それから…)


膝を折って手を合わせてお参りをする。真由は心の中で言葉を続けた。


(ユキ、本当にいい子で仲良くなれてとても嬉しいです。まだユキは聖女に対して思うところはあるでしょうけど…。でもきっと私たち、親友になれる。そう思うんです。危険な旅路になると思いますが、ユキをちゃんとまたお家に返せるように頑張りますね。)


そっと目を開けると墓石の向こうで、優しく微笑むユキそっくりの女性が立っている。驚いて瞬きをするとその姿は見えなくなってしまった。幻だったのだろうか、それとも家族と娘の友達に会いに来てくれたのか-。真由はもう一度お墓に向かって頭を下げると先に一歩下がっていた仲間達の元へと振り向く。


「皆さんありがとうございます。フユミも満足して見守っていますよ。…さ、ご飯にしましょうか。」


アルベルトに促され再び家の中へと足を進める。そっと頭をなでる心地よい風はきっとフユミだろうか。これが母の愛、家族の愛、先代の愛情なのかと真由はそっと微笑んだ。




「で、その男がユキを嫁にと言い出すものですから‼‼私は‼‼‼ラリアットからの四の字固めにして追い返してやったわけでぇ‼‼‼‼」


その晩、クラノスが手土産にと持参したシーノル産の酒を片手に最強の男は娘に群がった色眼鏡野郎を撃退した話を酔いつぶれるまで続けるのであった。

しまり無いな最強の男…。

そんなわけで誠司vsアルベルト、近々決戦です!


ちなみに村の奥様は公国の忍者が数名います。公主がフユミを心配して護衛として派遣しましたが村が気に入りそのまま結婚して今も住んでいるというカグヤも知らない裏設定があったり。

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