悪夢の呪術
翌日。すっかり体調が戻ったカグヤとユキも連れて一行は集落にある連邦軍の駐屯地へと向かった。例にもれず聖女一行が向かう旨連絡があったようですぐに中へと通されたのだが。
「…お恥ずかしながらお手伝いできる部隊が1つしかない状態でして…」
案内役のエルフ族の隊員が青い顔で病室にぎっしり横たわる隊員達を見せてきたのだ。病室のベッドには隊員が横たわり、悪夢にうなされているようにうめき声が部屋に輪唱している異様な光景だった。
「総督府でお話を聞いた時にはこのような事態になっていると報告は上がっていませんでしたが…」
「大変申し訳ございません…報告をする間もなく突然このような事態に…」
クラノスの言葉に頭を深く下げる隊員は今にも倒れてしまいそうだ。真由は無理せず座るよう促した。そこへ中で隊員の様子を診ていたユキが戻ってくる。
「…これ、魔物の仕業じゃないですね。強力な魔法…むしろ呪術の類ですよ。どうしてこんなに…」
「具体的にどんな呪術かわかるかい?」
クラノスに問われたユキはそうですね、と言葉をつづけた。
「古いエルフの魔法の一種です。対象に悪夢を見せて体を蝕んでいき、そのまま衰弱死させる呪いです。」
「悪夢見続けて死ぬなんてあるのか?」
カグヤが信じられないといったように首を傾げる。誠司も同意した。ユキはあるのよこれが、と息を吐いた。
「ただの悪夢じゃないって言われているの。夢の中で異形の生物に何百回と無残に殺される、過去のトラウマをずっと繰り返される、家族や恋人と殺し合いをさせられる…あとはかなわない願望を見せ続けられて現実に戻れなくなる、とかね。」
「うへぇ…やだなそれ…。解呪方法はある…よな?」
「術者を倒すか自力で夢から覚めるか…あとは術式を解析して解呪させるかの3つ。ただ解析には時間がかかるからその間に死んじゃう…」
ユキの解説を聞いている間にもうなされている隊員の声が聞こえる。真由はそっと近寄ると静かに手を握った。解呪なんてやったことがなく、できるかはわからないが、せめて意識を逸らせて自力で目覚めれないかと願った。
「聖女様…友のためにお手を取っていただいてありがとうございます…我々が不甲斐ないばかりに…」
「いえ、今は解呪と治療を優先してください。…ユキ、あとどのくらい猶予あるかな?」
真由と目が合ったユキは驚いた。まっすぐこちらを見る聖女はもう覚悟を決めたようだ。ストラスでは悲痛な表情を見せ取り乱していたと父から聞いていたが、もう迷いはないのか、全員助けるという熱意を感じる。
「…獣人族は5日、それ以外は3日ってところかな。」
「3日か…。すぐどうにかしないと…。あの、発症したときの具体的なお話を教えてもらえませんか?」
真由は膝を折って座っている隊員と目を合わせる。隊員は勿論です、と頷いて一行を会議室へと案内した。ふらつく隊員を真由が肩を貸す。その姿を後ろで見ていたアイラとクラノスは真由の成長を静かに喜んだ。
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「ちょうど皆様がロンドリスを発たれた次の日です。我々は皆様を万全の状態でサポートするため、問題となっている水源地の近くに結界をはり陣営を設営しておりました。」
会議室で一行は当時の話を聞いている。元々駐屯している人員も少ないようで、給仕も足りておらずアイラがお茶を用意して席に着く。
「戦闘部隊が念のため瘴気の核を確認しに向かったところ、突然瘴気の核から黒い霧…瘴気に混じった呪いのようなものが部隊を襲いました。私は陣営におりましたのでこうして起きていますが、核の付近にいた隊員は全員昏睡しています。」
「厄介だな…。ユキ、何か防御術みたいなのはある?俺たちもむやみに近づけないよ。」
渡された地図に書き込みをしていた誠司が顔を上げてユキに尋ねる。ユキは口をつけていたカップを静かにおろすと口を開いた。
「あるにはあるけど…。うーん、完全に防げるかなぁ…。古い術だし瘴気の核からってことはより厄介になっているような…。」
「瘴気由来なら真由の加護で緩和できないか?」
悩むユキにアイラが提案する。確かに聖女の加護を合わせればだいぶ防げる確率は上がるだろう。ユキもそれだ!と手を叩いた。
「あとお守りも作るね。手持ちの材料で作るから効果は低いけど…。真由、すぐに魔法教えるから覚えてくれる?」
「勿論、頑張る!」
本当にユキに同行してもらって正解だったと一同は頷いた。彼女がいなければ対策も練れなかったのは確実である。部屋の隅で真由とユキはすぐに魔法の習得にかかった。この間に話を詰めていく。
「昨日公衆浴場で大戦前から生きているエルフの老人にお会いしました。彼らなら解呪法もわかるのでは?」
「すでに協力を仰ぎ診てもらいましたが、彼らでも解呪は時間がかかると。日中は解析と隊員の治療に協力してもらっています。…ほかのエルフはまだ若いものばかりです。呪いを恐れて自宅で結界を張って籠ってしまったようでして…。むしろその方が安全なのですが。」
誠司は隊員の言葉に納得した。どうりで昨日浴場であまり住民の姿を見なかったしあの老人たちもやや疲れている様子だったと。早めに公表して被害を抑えようとしたその手腕は素晴らしいものだと頷く。
「ロンドリスには連絡…いや援軍寄越してもらっても間に合わないな。」
「あぁ。今回は我々だけでなんとかするしかないだろう。…並行して援軍を出してもらうようロンドリスに要請してください。」
「うーん呪術をどうにかしないとこっちも対処できないけど…もしも核に呪術が憑いていると仮定して核を浄化したら同時に解呪にならないかな?」
「それなら同時に解決なんだよなぁ。この近くに忍者の拠点あるから情報収集と術者を同時に探してもらうか。」
各々が作戦を練る中、真由はユキから呪術に対抗する防御魔法を教わり習得した。すっかり覚えが早くなった自分に驚いたが、ユキが分かりやすく魔法陣と理論を教えてくれたのもあるだろう。
「しばらくはこの本のこのページを開いた状態で発動した方が良いかも。こっちのほうが安定するし。加護も発動するだけで勝手に乗っかるから大丈夫だよ。」
「ありがとうユキ、教え方上手ですごいわかりやすかった!さすがだね!」
満面の笑みでお礼を言うとユキは照れたように笑った。優秀な師に囲まれたユキは自然と教え方も学んだのだろう。やはり環境が違うと人間ここまで違うんだなと真由は何度も頷いた。
「二人共いいかい?」
そこへクラノスが声を掛けてくる。振り向くと作戦が固まったのか隊員たちが用意を始めている。
「用意ができたら現場へと向かう。同時にカグヤから忍者達に術者の探索と可能であれば討伐を依頼した。…古い魔法を扱えるエルフとなると数も限られているし、おそらく核についていると考えるのが自然だが…」
「まぁ並行して探すのもありだろ、多分もう忍者達もこの事態知って情報収集しているだろうしさ。ってカグヤが予想してたぜ。」
アイラも小手を装着しながら会話に加わる。よく見るとカグヤの姿が見当たらない。仲間たちの拠点へと先行したのだろう。
「今回浄化能力持ちは真由とユキの二人だけだ。戦闘前に我々の武器に真由の加護と防御術を付与して核の対処と魔物の討伐に当たる。ユキは私たちの援護と真由の浄化の助けを、真由は核の浄化に集中だ。」
「了解、おじいちゃんたちにもお守り人数分作るの協力してもらってからにしよう。真由は今のうちに少しでも休んで魔力を溜めておいてね。」
「わかった。今回も一筋縄でいかないね…。みんな気をつけようね。」
真由の言葉にその場にいる全員が同意する。今回協力してくれる隊員は10名ほどだ。魔法を扱えるエルフはいるが、浄化魔法ができる適性持ちはいないという。エルフでも適性が無いとできないのかと真由は改めて貴重な能力であると実感した。
「よしみんな、用意ができるまで休憩するんだ。誠司、今のうちに薬を飲んでおきなさい。」
「うん、矢も補充しておかないと…」
クラノスに声を掛けられ誠司は薬を飲み干した。まだ慣れない味だが瘴気との戦闘中に倒れるわけにはいかない。誠司は今回アイラの元で指示を受けながら前衛に出ることになった。クラノスは真由とユキの護衛のため一歩下がる。前回は大勢で対処していたため一人一人の役割が大きい。誠司はしっかりと装備を確認して作戦開始の合図を待つのだった。