再会
亜種連邦へ入国した次の日。一行はロンドリスにある連邦軍の総統府へと足を運んだ。ストラスでの浄化作戦に協力してくれた連邦軍へお礼と入国の挨拶をするためだ。王国の建築様式とは違い、まるでファンタジーのような複雑な文様が合わさった意匠と一見すると城のような形をしている建物の前で真由と誠司は首を痛めそうなほど上を見上げていた。
「これが総統府…?お城みたいだね…てっぺんが見えないや。」
「ここの総統府は軍の詰め所や議会と言った国の主要な機能が集まっているそうだよ。上へと伸ばしたのは見張り台も兼ねているらしいが…これは圧巻だね。」
「ストラスで勤務してた時に晴れてる日うっすら見えてたとんがりはこれだったんだな…」
各々が感動していると扉が開き見覚えのある人物、もとい獣人族が一礼をして出迎えをしてくれた。
「皆さん、ご無事の御到着何よりでございます。ようこそ亜種連邦首都ロンドリスへ。」
「ソーンさん‼‼またお会いできて嬉しいです‼‼‼」
出迎えてくれたのは獣人族の戦士ソーン。浄化作戦の際に誠司と共によく行動してくれ、弓の使い方を教えた恩人でもあるのだ。誠司は嬉しそうに駆け寄り握手しながらそっと肉球を堪能させてもらう。
「浄化作戦の時は本当にお世話になりました。取次までしていただいてありがとうございます。」
「いえいえ、私を頼っていただいて嬉しい限りですよ。さ、カイウス様達がお待ちです。どうぞ」
クラノスと固い握手を交わしソーンは一行を中へと案内する。ストラスを発つ前にロンドリスへ手紙を出しておいたのだ。カイウスとソーンに送った手紙にはこれから王国を発つことと総統府へ伺う旨を書いておいた。取次は念のためソーンに頼んでおいたのだ。
「昨日はよくお休みできましたか?連邦の食事は王国や公国と比べると見た目を重視する傾向にありますのでお口に合うかも不安でしたが…」
「問題ありませんでしたよ、一つ一つが美しく洗練された盛り付けの仕方で見た目からとても楽しめました。ホテルもカグヤの案内で素敵なところに泊まれましたし。」
「花弁が入浴剤になったんですよ!あれ素敵だったな~」
真由がうっとりしているとソーンが満足そうに笑った。
「その入浴剤はエルフ族の族長、オーロラ様が開発されたものですね。観光客向けに今ロンドリス内のホテルで備え付けてお客様の評価を集めているそうですよ。」
「えーそうなんですね!お客様の声みたいなのどこで書いたらいいんだろ、香りも見た目も素敵で…ってとにかく褒めたいなぁ」
一行が笑いながら少し歩くと大きい扉の前で止まった。どうやらこの先が族長が会議をする会議室のようだ。ソーンが見張りに声を掛けると重厚な扉がゆっくりと開く。
「おぉお待ちしておりました皆様‼‼」
扉の隙間から尻尾をぶんぶんと振った獣人族長、カイウスが飛び出してきた。まるで主人を待ちわびた大型犬のようだと誠司はモフモフに飛びつきたい衝動を抑えた。そっとアイラが首根っこを掴んで止めてくれる。
「カイウスさん!お会いできて嬉しいです。」
もふもふ衝動を全力で抑えた真由がそっと握手をする。カイウスはすっかり元気になった真由を見て心の底から安心したように微笑んでいる。
「ささ、中へどうぞ。族長たちを紹介しますぞ。」
一行はカイウスに案内され族長達が待つ会議室へと足を踏み入れた。
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「改めまして25代目聖女一行でございます。この度はブルーボ平原にて浄化作戦に多大なるご協力をいただけたこと、ブルーボ王国王家に代わり心よりお礼申し上げます。」
会議室の中も不思議な造りをしていた。とにかく高い天井に広い円卓の机。そこには美しい銀髪で翡翠の瞳をもつ女性と、小柄だが穏やかな顔つきと鍛え抜かれた筋肉を持つ初老の男性が待っていた。一行を代表してクラノスが挨拶をする。真由が挨拶をするつもりであったが、王家の代理としてお礼をするためクラノスが行うことになった。
「顔をお上げください騎士様。あの平原は我々にとっても重要な食料生産地です。民の生活を守るためにも、協力するのは当然のことでした。」
「そうですな、それに聖女様からお言葉を賜り共に戦えた軍の若手達も指揮が上がっております。お互い得られるものが多かったことでしょう。」
「ありがたきお言葉でございます。王国騎士団員も最強の戦士アルベルト殿を始め、連邦軍の方々と共闘できたことが何よりの経験でございました。」
大人たちの会話に相変わらず優雅だと真由はこっそり頷いていた。正直、自分が挨拶してもここまで綺麗な返しができただろうか。クラノスに代わってもらってよかったと感じている。
「本日はお礼と連邦国内の瘴気の核を浄化するために、各地を訪問する許可をいただきたくご挨拶に伺った次第でございます。」
「浄化のご協力感謝申し上げます。国内の都市にはすでに聖女様ご一行が入国されたと通達済みです。ご自由に回っていただいて構いません。宿泊も融通するよう通達しておりますのでご安心ください。」
昨日入ったばかりなのにもう通達が完了しているのかと真由と誠司は驚いていた。きっと魔法による伝達だろうか。それで昨日ホテルのチェックインもやたらスムーズにできたのかと誠司は納得していた。
「ご配慮痛み入ります。連邦国内の瘴気を浄化し平和な大地を取り戻すことをお約束致します。」
「えぇ。我々一同皆様の旅のご無事をお祈りいたしますわ。…さて、まじめな話はここまでにしましょうか。」
エルフ族長が優雅に微笑む。エレナ王妃やフローレンスも綺麗だったが、族長は群を抜いて美しかった。もはやここまで美しいと表現する言葉も見つけられないほどだ。
「改めて私はエルフ族長のオーロラ。浄化作戦の時にはアルベルトがお世話になりましたね。…帰って来てからいい出会いだったとずっと顔が緩んでいるんですよあの男。」
「あそこまで家族以外に顔が緩み切った姿を見せるアルは珍しいですな。わしはドワーフ族長のドン・スミスと申します。ドワーフ族はここから南西に進んだ公国との境の街で鉱山を運営していましてな。お嬢さん方に喜ばれる宝石や装飾品もありますぞ。ぜひ来てくださいな。」
「えぇ、ぜひ伺います。」
ドンに微笑むクラノスだが彼の婚約者は宝石より剣の方が喜ぶだろとアイラはそっちツッコミを抑えた。
「…ただここ一年程前から鉱山の様子が可笑しくてですな…あまり質の良いものが取れません。先に他の地域を回るといいでしょう。」
「様子が可笑しい…ですか?それも瘴気の影響でしょうか?」
誠司がそっと口を挟む。ドンはおそらく、と頷くと話をつづけた。
「エルフ族に何度も調査してもらっていますが瘴気の影響だけではないようです。まぁ、ずっと掘り続けた炭鉱ですからな、そろそろ資源が枯渇しても可笑しくないでしょう。」
「…でも枯渇したとしたら皆さんの生活が…」
真由が控えめに言うとドンはがっはっはと大きく笑った。
「ご心配ありがとうございます聖女様、ですが問題となっている鉱山以外にも鉱山はまだまだありますから、大丈夫ですぞ!それにドワーフ族は精錬や鍛冶、装飾作りなど手仕事が得意でしてな、鉱山が閉山したって食い扶持はいくらでもありますぞ!」
「それならよかった…いや安心していいのかな?」
「まぁ何より公国がドワーフ族と懇意にしてるし大丈夫だよ。」
カグヤもつられて大きく笑うので真由はそれなら…と納得した。正直不安な部分もあるが、現地を見ていないので何とも言えないのが現状だ。当人が大丈夫というのであれば先に他の瘴気の調査を行うべきだろう。
「連邦内では2か所核が発生していると聞いています。具体的な詳細を教えていただけますか?」
「勿論です。まず1か所目ですが、ここロンドリスから北東に進んだ山間にあります。運悪く水源地に核があり周辺に住むエルフ族が毎度浄化をしてから水を確保している状況ですね。先にこちらからお願いしたいですわ。」
オーロラが細く華奢な指で地図を指さし教えてくれる。水源地に発生しているとは平原の次に被害が深刻そうだ。
「ここが最優先だな。確かアルベルト殿の家もこっちの方か?浄化した後挨拶に行くか。」
「そうだな。誠司、真由、それでいいかい?」
以前教えてもらったアルベルトの家は核が発生している水源地より西の方向にある。ロンドリスから近いのはアルベルトの家だが、飲み水に直結する方が先だ。誠司と真由は勿論と即答した。
(アルベルトさんに挑むのはまだ早い。今すぐ会いに行ってもコテンパンにされて終わりだ)
誠司は自身の実力を冷静に分析している。アルベルトと別れてマンモルで休養している間も、日中は魔法と剣の訓練をずっと行っていた。アルベルトと体格が一緒のクラノス、多彩な動きができるカグヤ、熟練の戦闘技術をもつアイラの3人と模擬戦闘を何度も行ったがこれでもアルベルトに勝てる自信が無いのだ。旅に出た当初より格段に強くなってはいるのだが、それでも彼は雲の上の存在のようだ。
「2か所目はロンドリスから南、獣人族の住処の近くの神殿です。…まさか聖なる神殿に瘴気の核が発生するとは…」
「神殿にですか⁉なんかこう…神の加護で守られているかと思ってました…」
カイウスの言葉に真由は驚いた。まさか神殿にまで発生しているとは本当に思っていなかったのである。
「ここもちょっと特殊でしてなぁ…。今説明すると混乱すると思いますので、水源地の方を解決された後またここロンドリスでお話させてください。」
「わかりました。ひとまず水源地の解決を最優先に動きます。」
「ありがとうございます。各地点の氏族が浄化を行う際協力いたしますので、最寄りの軍の拠点にお立ち寄りください。」
大人たちが旅のルートについて話し合っている間、真由と誠司とカグヤは少し離れたところでお茶を飲んでいる。ここは加わりたいところだが、地理を知らない二人にはチンプンカンプンなのである。
「そうだ誠司、体調は大丈夫?地図見る限り水源地まで結構かかりそうだから薬多めにあった方がいいのかも?」
「今は大丈夫だよ。そうだね…あまり街道整備されてないってソーンさんも言っていたし、無理しすぎないようにしないとなぁ」
「お前は夜睡眠をしっかり取らないのも原因だからなまじで…まぁでも後で薬作っとくぜ」
真由の怪我が良くなったころ、カグヤから誠司の体に起きている異変について伝えられた。最初は激しく動揺し、改めて召喚に巻き込んでしまったことを何度も謝罪していたが、誠司や大人たちと落ち着いて会話を繰り返し事実を受け入れることができたのだ。今はこうして確認をよく行っている。
「あはは…ちゃんと寝ますほんと。もうアイラとクラノスに怒られたくないからね…。そうだ、アルベルトさんが紹介してくれる魔法使いってどこで会えるんだろうね。」
ふと誠司が思い出したように口にする。荘厳な建物などでうっかり忘れていたが、今日はカイウス達に会う他に新しい仲間の勧誘もする予定だったのだ。念のためカイウスに確認しようと真由が立ち上がったとき、会議室の扉が勢いよく開いた。ソーンが息を切らして駆け込んでくる。
「カイウス様!ロンドリス南門から数多くの魔物が侵入、負傷者が出ています‼‼」
「なんだと‼‼すぐに待機している兵を出すぞ!私が指揮を出す!」
カイウスは真由たちに礼をすると一目散に駆け出して行った。カグヤが窓に駆け寄り南の方を見つめる。
真由も嫌な予感を感じ窓際に駆け寄る。
「火の手も上がってないか⁉飛行型もいる!」
「…瘴気纏っている魔物もいる、かも…!私も行きます!」
真由は仲間を振り返るとすでに全員立ち上がって武装している。思考がすっかり読まれたのかと真由は少し恥ずかしく思ったが今は住民を助けることが先決だ。
「皆様、私とドンは総督府で指揮を執ります。どうか現場のことはお願いします。」
オーロラが目を閉じて息を吐いた後、真剣な表情で一礼する。ドンも入ってきた軍の隊員に耳打ちをしている。すぐに緊急事態に対処できる手腕の高さが垣間見えるようだ。
「お任せくださいオーロラ様、ドン様。必ずみんなを助けます。」
「…アルから聞いた通りですね…。ここで紹介する予定の魔術師も現場に向かわせました。おそらく会えばわかるかと。どうかご武運を。」
真由たちは力強く返事をすると総督府を飛び出した。南の方角からは煙が上がっており、総督府に避難する住民達が走ってくる。
「私が先頭を走る、アイラは殿を、カグヤは真由と誠司を頼む」
クラノスが人の波をかき分けるように走り出す。真由は人の波にのまれないように必死にカグヤと誠司の手を掴みクラノスの背中を追いかけた。昨日聞いた街道に住み着いたという魔物だろうか、被害を最小限に抑えるため、聖女は必死に石畳を走り出した。
モフモフ大好き若者たちを必死に止めるアイラさん。さすがママ…。
ちなみにマンモルでは誠司は魔法の勉強→訓練→刺繡を教える→勉強というループで生活していました。
休養っていったい何だったのでしょうね…。
族長の紹介はまとめて次にします!