新しい一歩
ブルーボ平原で多大な被害を出していた瘴気の核は聖女と騎士団、そして連邦軍の活躍によって浄化された。聖女召喚から浄化まで多くの死者を出しながらも、戦闘に関わった全員の奮戦により世界の食料供給を守ることができた。平原に暮らす平民たちは歓喜に溢れた。魔物や戦闘で荒らされてしまった田畑を復旧させるため、騎士団と平民たちは手を取り合い今日も朝早くから働いている。
「さて、我々も出発しよう。旅券はちゃんと持ったかな?」
「うん!バッチリ!」
クラノスの確認に真由は笑顔で答えた。聖女一行はストラスで治療を受け、アルベルトからの手ほどきを受けた後、マンモルにて2週間の休養をしていた。事前にクラノスが王家に連絡していたこともあり王子直々に魔法学院へ聖女一行の魔法学習に協力してほしいと依頼をしてくれたのだ。ジュール学院長を始め魔法学院の教員たちは快く受け入れてくれ真由と誠司は魔法の学習に勤しんだ。
「あぁ…まるで図書館に住んでいるような日々だった…幸せ…」
誠司は恋する乙女のようにうっとりしていた。誠司はずっと図書館にいびりたり、時間の限り興味のある魔法書を片っ端から読んでいた。勤勉すぎる誠司に感動したジュール学院長が図書館内にある自室に泊めてくれ誠司は心行くまで図書館ライフを満喫していたのである。
「…風呂入るのも忘れるぐらい満喫していたもんなお前…」
「ほんとごめんってば…」
図書館に籠り始めて三日目、大浴場に行く約束をすっぽかされたカグヤがしびれを切らし風呂に入ってなかった誠司を引っ張り出し酷いよォと泣きついていたのも記憶に新しい。約束を忘れる誠司が悪いのだが。
「風呂入れるときはちゃんと入っておけよ、衛生を保てるってこれから保障できないからな」
まだこの本を読んでない!とカグヤにごね始めアイラから拳骨を喰らっていた誠司。その痛みを思い出しそっと頭をなでて仰る通りです…と頭を下げた。
「まぁまぁ、誠司も真由も魔法の練度が上がってよかったじゃないか。」
「そうだね、ゆっくり学べたからよかった!クラノスもフローレンスさんに手袋プレゼントできてよかったね!」
「ありがとう。ふふ、とても喜んでもらえたようでよかったよ。」
クラノスは子供たちの様子を見ながら騎士団への連絡と婚約者への贈り物として剣士用の手袋にガードナー家の家紋の刺繍を縫っていた。誠司に針の入れ方や力加減を教わり何とか完成させたのだ。手紙と共に王都に送った品は無事に届き、フローレンスから感謝と歓喜に溢れた手紙が届いたのだ。会えるのはまだ先になるが、二人の絆はより深まったようである。
「しっかしまぁ本を読んで魔法の訓練と剣技を磨きながら刺繍教えるって器用すぎるだろ」
「そうかな?コミケのコスプレ衣装と同人誌のトーン入れとテスト勉強同時にやってた経験が活きたのかも!」
「勉強以外意味伝わってないと思うよ誠司君…」
真由のツッコミに誠司はあ、と素っ頓狂な声を出した。その声に仲間たちは一斉に笑い出した。平原の街道に一行の笑い声が響く。田畑で作業する民達がそんな一行を微笑ましく見つめて休憩していた。
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「真由、傷口はどう?」
大きな平原を越えるのには三日ほどかかる。一行は時折休憩を挟んで進んでいた。今は木陰で休憩している。誠司に声を掛けられた真由は大丈夫!と肩を抑えて笑った。
「アルベルトさんと医務官さんのおかげでもう痛まないよ。定期的にアイラにも確認してもらって化膿もしていないし!」
「良かった。うん、本当よかった…」
安堵したように息を吐く誠司は何かを言いたげにしていた。真由は短くなって風通しが良くなった髪の毛を触りながら首を傾げた。斜め後ろで見ていたカグヤが水を一口飲んだ後そっと誠司に近づく。
「ほらぁ!早く渡せよ~~~じれったいなぁ」
「ちょ、せかさないでよ、恥ずかしいじゃん…!」
思春期男子のようなやり取りが微笑ましく真由が笑っていると誠司はいそいそとバッグから小さな包みを取り出した。
「あのさ、これ…よかったら。新しい髪飾りと思って…」
恥ずかしそうに横を向く誠司が渡してきたのはバレッタだった。銀色の文様の丁寧な意匠が施され、菫の花がデザインされたバレッタだ。花の中央には緑色の石がはめられている。
「え、可愛い…‼‼また貰っていいの?」
以前王都で貰った髪飾りはストラスの戦闘で壊れてしまった。髪の毛が短くなった今、新しい髪留めは必要ないと思いつつも少し寂しく思っていたのである。
「もちろん、前の髪飾りの欠片アイラから貰ってさ、バレッタにリメイクするのが良いんじゃないかって教えてもらったから工房で教わって作ってみたんだ。」
「え、手作り‼‼?」
真由が驚く横でアイラとクラノスがひょっこり覗き込んできた。
「真由つけてないと思ったらやっと渡したのか誠司!遅すぎだろ?」
「アイラ、男は贈り物のタイミングがつかめない生き物なんだ…多めに見てやってくれ」
「みんな知ってたんだ…あの髪飾り、戦いの後どこかに無くしちゃったのかなってずっと思ってたらこんなにきれいに蘇ったんだね」
真由は丁寧に手のひらの中のバレッタを見る。王都出発からずっと共にしてきたお守りが形を変えまた真由の元へと戻ってきた。それも誠司の手が加わりさらに美しい装飾品となっている。
「ありがとう、ありがとう誠司君…!みんな…!」
真由は胸に新しいお守りを抱き感動のあまり涙が出てきた。驚いた誠司が慌ててハンカチで拭ってくれる。
「ほら真由、つけてみようぜ。つけ方わかるか?」
「うん、雑誌でヘアアレンジ見たことある!」
アイラに促され真由は手早く鏡を取り出し左耳の上の髪の毛を編み込みそこへバレッタを止めた。新しいお守りは外套のブローチと共に美しく彼女を彩る。真由は嬉しさが抑えきれず何度も鏡を見て顔を輝かせていた。
「とても似合うよ、真由」
「えへへ、本当にありがとう!こんなに素敵なプレゼント何度も貰えるなんて夢みたい」
うっかり口が滑ったことに気付いたが仲間達も真由の喜びように嬉しそうに笑っているので真由は気にしないことにした。
「本当によく似合うよ真由。…それにしても誠司、菫を選ぶとはそうか…なるほどなるほど」
「ちょクラノス、何考えてるの…!別にそういう意味じゃ…!」
「なんだよぉ~~前真由は菫が似合いそうだって惚気てただろ??」
「だからデザイン案考えるとき菫一択だったんだな…納得納得」
仲間達にからかわれて顔を真っ赤にする誠司を見ながら真由も笑い出した。あの多忙な日々の中でよく作れたと感心する一方で協力してくれた仲間達にも心から感謝していた。
「さぁて誠司が男気を見せたからそろそろ出発しようか」
「そうだな~今日は誠司の好きなベーコンでも晩飯に焼こうぜ」
立ち上がった大人達にもぉ~と照れながらも誠司は満足そうに立ち上がった。真由も誠司に差し出された手をとりゆっくり立ち上がる。ここでふと気づいた。誠司はいつの間にかちゃん付けで呼んできていないことに。小学校の懐かしさが消えた半面新しい関係を築けるのかもしれない期待に少し胸が弾んだ。歩き出す仲間達を見ながら真由はそっと誠司の横に並ぶ。
「…私とっても嬉しいよ、ありがとう誠司」
「…!うん、喜んでもらえてよかった。さ、行こう!真由!」
広大な平原には一行を祝福するかのように太陽が輝き温かい風が吹く。まだ戦闘の被害が残る大地にたくましく花が咲くように、真由は力強く一歩を踏み出した。
ヒューーーーー‼‼‼‼‼とオックス君が指を鳴らす音が聞こえます。
菫の話は誠司の外伝をご覧ください★
ということでついに連邦に向けて出立です!
誠司器用すぎるというツッコミはコミケに向けて頑張っていた経験をフルに発揮した結果です。いやすげぇよ。