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異世界伝承記  作者: メロンソーダ
王国編
36/53

外伝⑨ 騎士をやめた日

アイラさんが騎士を辞めたときの話です!

アイラ・ツェクリは15歳から10年間騎士団に所属していた。基本教育を終えた後、故郷の近くのシーノルに2年、ストラスに2年、そして王都のガードナー特別駐在所に6年間勤務をしていた。当時小さいとはいえ斧を振り回す女性騎士など珍しく、すべての女性騎士の模範に、そして行く行くは王妃の近衛騎士として活躍するのでは、なんて噂もあったぐらいだ。まぁ当の本人にそんな出世欲が無かったのが一番の欠点だったのだが。


「それにしてもまたお前と共闘できるなんて思っていなかったよ。まさか聖女様の旅に同行しているなんてな。」


かつての同期であり悪友でもあったロイが笑いながら酒の入ったグラスを渡してくる。浄化作戦を終え、落ち着いたころアイラとロイは他の同期も含め詰め所の食堂で酒を酌み交わしていた。


「まぁな、アタシだって最初クラノスの奴から頼まれた時は断る気だったよ。」


「やっぱり聖女様が気に入ったからか?」


すでに酔っぱらっている同期がつまみのクルミを食べながら聞いてくる。それもあるけどな、とアイラは酒を煽った。


「あの子らさ、こんな世界のこと綺麗って言うんだよ。笑っちまうよな、王がクソみたいな人間でアタシら平民はいつ反乱しても可笑しくないし瘴気はずっと出ているような世界をだぞ?」


元騎士とはいえさすがの爆弾発言に仲間達は一気に血の気が引いた。だがロイは目を伏せて少し同意するように頷いている。


「それによ、突然召喚されているのに文句言わないで必死に頑張っているんだ。夢をあきらめたアタシには眩しすぎるし守ってやりたいんだよ」


柄にもない事言ってるわぁと笑うアイラと同期を眺めながら、ロイは2年前のことを思い出していた-

---------------------------------------------------------------------------

「よぉロイ、アタシ騎士団辞めるわ」


病室に見舞いに訪れたロイに当時のアイラはあっけらかんとした顔で手を振った。唖然とするロイを見てアイラは何重にも巻かれた包帯の上から腹部をなでた。


「……子供、妊娠できなくなってよ、婚約の話流れたんだわ。」


「……!だからって、騎士団を辞めなくても…!」


「いや、もういいんだ」


ロイの言葉を遮りアイラはくしゃくしゃな笑顔で声を震わせた。


「もう縛られたくねぇんだ」


ロイは膝から崩れ落ちた。そう、アイラはこの時目覚ましい活躍が王都に轟き、平民の間ではファンクラブなるものができていたぐらい誰の目から見ても勇ましく、凛々しい女騎士だった。そんな彼女にガードナー家の紹介でとある小貴族との婚姻の話が進んでいた。恋愛には興味がないアイラだったが、その貴族の御曹司とは珍しくウマが合い何だかんだいい感じになっていたのを覚えている。


「…やっと、お前も家庭を持って落ち着けるはずだったじゃないか、オックスだってこの間入団して、ツェクリ姉弟で騎士団の頂点に立つって、笑っていたじゃないか…」


「……そんな夢も見ていたな…でもよ、いくら小貴族とはいえ次期当主の奥さんが子供出来ねぇんだったら意味無いんだよ」


ロイは立つ気力も無いまま声を絞り出し必死にアイラを説得しようと試みた。だがアイラは諦めの気持ちが強いのか、いつもの凛々しい声はどこかに行ってしまったようだった。


「…だとしても、騎士団を辞めるまでは行かなくても…」


「この怪我じゃしばらく戦線復帰は無理だろ、あとお前には言ってなかったが上層部のしがらみにも結構巻き込まれてるんだわ、それが面倒」


そんなことにまで、とロイは絶句した。騎士団は基本ガードナー家が騎士団長を務めるしその血筋が騎士団の要職を担っていたが、前王の時代から騎士団も深く政治にかかわるようになった経緯がある。このため、長年議員として国を守ってきた貴族議員からは騎士団が邪魔に思われているのだ。有名な女性騎士であるアイラを派閥に引き入れ、ガードナー家や騎士団にけん制したかったのだろう。言われてみればアイラはよく貴族議員の遊説の護衛任務が多かった気がする。


「一応言っとくけど、身体を差し出せじゃなくて情報もってこい、みたいな感じだったぞ。あと家族の援助もしてやるって言われたぐらいだな。」


絶句しているロイにアイラは補足をした。ひとまずよかったと思うべきなのか、ロイは思考が回らなかった。


「…いつまで驚いてんだよ、なんだお前、そんなアタシを引き留めたいのか?」


「……当たり前だろ、俺だけじゃない。騎士団長も、王妃も、同期達だってみんな思っているんだぞ。」


やっと絞り出した弱弱しい声にアイラは目を伏せた。この時ロイはストラス駐在所へ隊長として異動が決まっていた。アイラはきっと結婚するからと声を掛けなかったが、本当は他の同期数名と共にストラスに引き抜こうとアーマルド騎士団長に笑って話していたことがある。


「なぁ、結婚の話が…本当に流れたのなら、俺たちと一緒にストラスに…」


「だから辞めるって言ってんだろ」


アイラは強くロイの言葉を遮った。ロイはやっとアイラと目を合わせた。そこでやっと気づいた。女傑、とまで言われたあの強いアイラが、誰よりも相手のことを思いやって守る騎士の鑑のようなあのアイラが


「んだよ…そんな目で見るなよ…」


泣いていた。ボロボロと涙を落としながら決して声を上げずに泣いていた。もしかして彼女の心は折れてしまったのかもしれない。悟ったロイは黙ってアイラの手を握ることしかできなかった。


そしてその6か月後。女性騎士アイラは騎士団を退団した。本当は怪我の後、ある程度治療したところで退団、という流れだったが功績が高いアイラを最後まで治療するようにと王妃から直々に依頼があったのだ。アイラはある程度動けるようになってから王妃に恩を返すように騎士団における女性の働き方の改善点を上層部と話し合ったり、後輩たちに武器の使い方などを伝授していた。たくさんの人に惜しまれながら、アイラは10年務めた騎士団をやめ、故郷の村へと帰っていった。


「しばらくは村で安静にしてるわ、まだ動き回ると腹が痛むんでね。」


「医務官も驚いていたが普通は動けるようになるまでまだかかるものだぞ…」


王都から出る日、ロイはアイラを見送りに来ていた。門には馬車が待機している。体に障るからとガードナー家が用意したものだ。荷台には多くの人から寄せられた餞別の品が大量に詰まっている。


「アイラよ、本当に騎士として民を守ってきたこと心から感謝するぞ。体を大事にな」


「…お世話になりましたアーマルド騎士団長、弟のことも頼みますね。あと王妃様にもよろしくお伝えください。」


アーマルドはアイラと固く握手を交わした。王妃の近衛騎士に推薦したのも、小貴族との縁談を持ってきたのもアーマルドだ。色々と思うところもあったのだろう。


「ま、暇になったらまた騎士団に戻ってこい!お前ならいつでも歓迎するぞ!」


「あっはっはっは、金に困ったら頼りますわ‼‼‼アタシの枠、開けといてくださいよォ」


豪快に笑い飛ばす二人を横目にロイはふとこちらを見ている人物に気付いた。そこにはアイラと縁談を進めていたあの小貴族かいた。彼もアイラを見送りに来たのだろうか、花束を持っている。


「…アイラ、あそこに…」


ロイが小声でアイラに言うと、アイラも気づいたようだ。ゆっくり貴族に近づく。アーマルドとロイは何となく二人の会話を聞いてはいけないと思いそっと距離を取った。


「…喧嘩しませんよね」


「さすがにしないだろ、いくらやんちゃな御曹司とはいえ…なぁ?」


実はあの小貴族、次期当主である御曹司がやんちゃ坊主なのだ。あとは酒が好きで酒の原料となる素材を作る農場やワイナリーを直々に運営するほどに。酒好きで性格が合いそうだからとアーマルドはアイラを紹介したのだ。実際見合いの日に酒盛りをして御曹司を酔い潰したとかなんとか。

少し二人は会話をするとお互いくしゃくしゃな笑顔を見せていた。次期当主でなければアイラを子供が妊娠できなくても娶っただろう。御曹司はアイラの手の甲にキスをすると花束を渡した。アイラも笑いながら御曹司の頭をくしゃくしゃに撫でまわすと満足したように手を振って戻ってきた。


「…おいおい見物料とるぞ?」


照れ笑いしながら受け取った花束―赤いバラの花束をアイラは愛おしそうに抱えていた。その顔は晴れ晴れとしていて色々と吹っ切れたような、そんな笑顔だった。


「さて、そろそろ行くわ。妹が待っているんでね。…またな、ロイ、アーマルド騎士団長達者で!」


「あぁ、たまにはストラスに来い、一緒に酒を飲もう。」


アイラは笑いながら馬車に乗った。ゆっくりと進んでいく馬車にロイは手を振り続けた。

紅葉が色づく秋晴れの日、女性騎士は新しい人生を歩み始めた。

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馬車の中でアイラは赤いバラの花束をゆっくり眺めていた。あの御曹司は別の縁談が決まったそうだ。アイラも妹弟が独立したし結婚もいいか、なんて儚く思っていたが子を成せないこの体では無理だった。


「そういや本数で意味があるとかって言ってたな、貴族の流行りなんだっけ」


ふとそんなことを思い出した。花の街出身であるが花とは無縁の生活をしていたため具体的なことはさっぱりのアイラだが、かつて彼が言っていたことを念入りに思い出した。


赤いバラの本数は14本ー「誇りに思う」


騎士として懸命に働いたあの日々を彼は尊敬のまなざしで見ていてくれた。いつも凛々しく豪快だが優しさを忘れないアイラを素敵だといつも褒めていてくれた。


「そっかぁ…アタシ頑張ったの無駄じゃなかったんだな」


アイラは彼の思いに気付くと涙が止まらなかった。こんな顔妹には見せられないな、と笑うとゆっくり外の景色を見ながら花束と今までの誇りを胸に故郷の村へと続く道を通っていった。


この2年後、世界をめぐる旅に同行するなんてこの時は思っていなかった。

そんな騎士を辞めた日。

アイラさんが退団したときのお話でした。怪我の経緯は任務中に魔物との戦闘で部下を庇い腹部に大けがを負った、という流れでした。この時の部下はロイと共にストラスで頑張っています。浄化作戦の時にも参加していました。

ひたすら母性が強いのも自分で産めなくなった子供への渇望と愛情の現れもあったります。まぁほとんど本人の気質ですけどね★

そんな皆の母アイラさん、これからの活躍にもこうご期待!

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