外伝⑦ 血が繋がっていなくとも
外伝⑤と⑥からの続きの話です。
横山真由の家庭環境ははっきり言って地獄だ。実親から暴力を受けたり愛されてこなかった真由は他人からの愛情や期待にどう応えていいのかわからない。聖女として召喚され、王国内の瘴気の核をほぼ浄化した今でも、皆の期待以上の働きができているのか、自分なんかが聖女でいいのかと毎夜思ってしまうぐらいである。
(もしかして、誠司君の方が救世主として召喚されるはずだったのかな)
カグヤと模擬刀で訓練をしている誠司を見ながら真由は椅子に腰かけていた。
肩の傷がまだ痛むがだいぶ調子は良くなってきた。むしろずっと寝てばかりで腰が痛いぐらいだ。
アルベルト達連邦軍が帰ってから二日後。誠司はアルベルトとの一戦のため、より訓練に熱が入っている。魔法が苦手だったがアルベルトの指導のおかげで効率的に戦闘に組み込むことができるようになっている。成長速度が本当に速いと若手騎士団員達がほめていたほどだ。真由は誠司のことを誇らしく思う反面、何も成長していない自分に嫌気がさしていた。
(結局私一人だと浄化もできない。毎回神官の人が手伝ってくれるし、戦闘は全部みんなが引き受けてくれている。今回に至ってはアルベルトさんがいたからどうにかなったんだし。)
大勢の前で挨拶までした自分が本当に恥ずかしいと頭を抱えそうになった。周りは成長していると褒めてくれるが真由はそんな実感は一切ない。むしろ守られているだけで何もしていないとすら感じるのである。
「真由、痛むのかい?医務官を呼んでこようか。」
ずっと俯く真由を心配してクラノスが目線を合わせるようにしゃがんて話しかけてくれる。真由はとっさに顔を上げて大丈夫、と愛想笑いを返した。
「考え事してただけだよ。それよりクラノス、スクトゥムさん達からお返事来た?」
「あぁ、つい先ほど届いてね。ふふ、良かったら真由も見てほしいな」
クラノスは思い出し笑いのように少し吹き出すとそっと手紙を真由に差し出した。読むじゃなくて見る?と疑問に思いながら開くと、そこにはまるで書道家のような達筆な文字で
『お前ならできる‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼進め我らが愛しの子よ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼』
と大きく力強く書かれていた。真由も思わず吹き出してしまった。まさか繊細そうなスクトゥムからこのような返事が来るとは欠片も思っていなかったのである。
「これは家族とフローレンスからのエールだね。お変わり無いようでよかったよ。」
「よ、よかったね…」
ガードナー家ではよくあることなのかクラノスは微笑んでいた。真由はむせかえりそうになるのを堪えながらなんとか返事をした。
「…いい家族だね」
少し落ち着いてからぽつりとつぶやいてしまった言葉に目の前のクラノスは真由の顔を見た。真由はハッとして口を噤んだ。嫌味のように聞こえてしまっただろうか、申し訳ないと謝ろうとしたがクラノスがゆっくり微笑んで先に口を開いた。
「あぁ、本当に自慢の家族だよ。そうだ、一通り落ち着いて王都に戻ったら今度は我が家に泊まらないか?城より快適ではないがとても楽しいと思うよ。」
「…うん、すごく楽しそうだね、笑いすぎてお腹筋肉痛になりそうかも!公爵夫人とスクトゥムさんの奥さんと子供にもお会いしてみたいな。」
きっと豪快な笑いが絶えない家族なのだろう、騎士団の詰め所も併設されているので寝泊まりする団員たちとも愉快な宴会などがあるのだろうか。真由はそんな光景を想像してにっこりと笑った。
「え、ガードナー特別駐在所に泊まるんか⁉アタシ残していった酒瓶残ってるかなぁ」
アイラがうーんと悩みながら戻ってきた。アイラは真由を中庭に連れて行ったあとロイ隊長と話すため席を外していたのだ。
「……シーノル産のリンゴ酒かい?確か弟君がフローレンスの成人祝いにとくれたが…とても美味しかったよ」
「オックスのやつ~~~‼‼‼‼?あれ結構高かったんだぞ‼‼?」
アイラの叫びを真由は笑いながら聞いていた。こちらの世界も成人は20歳で飲酒の解禁も成人してからだそうだ。アイラの弟は自分たちと同い年だという。まさか最初召喚された日に泊まった神殿近くの詰め所で勤務していたとは驚きだ。誠司と少し話したそうだがアイラとは顔つきが違うので誠司も気付かなかったという。
「辞めたときに持って帰らなかったの?」
「あぁ、アタシ辞める時オックスが騎士団入ったからさ、いつかガードナーのとこ来るかな~って思ってプレゼントみたいな感じで置いといたんだよ。同期に管理任せてさ。成人したら飲んでいいぞってな。」
アイラは笑いながら答えた。その顔は怒りなどは全くなく家族に向ける朗らかな笑いだ。
(きっとオックスさんが王都勤務まで出世すると思って用意したのかな)
ガードナー特別駐在所を含め、ブルーボ王国騎士団にとって王都で勤務するということはある意味出世街道で、その中でもガードナー家直々に鍛えてもらえるのは後々王城で勤務することが確定しているほど名誉あることだという。真由はアイラの弟への期待と愛情を感じ取っていた。
「あれでもオックスさんってフローレンスさんのこと知っているの?成人祝い送るぐらい仲いいのかな?」
「フローレンスは神官の家だからね、時折ブルーボ聖神殿で行われる神事の手伝いであの詰め所に泊まることがあるのさ。その時にオックスくんと意気投合したそうだよ。」
「オックスのやつ恋愛話好きだからさぁ…貴族の中で相思相愛のクラノスとフローレンスの話をめっちゃ聞きたい‼‼っていつも叫んでいたんだよ。フローレンス嬢に会えた時根掘り葉掘り聞けた♡って喜んでいたぜ…」
「フローレンスも私との思い出を語れて美しい詩文にしてもらえたと大変喜んでいたよ。オックス君の文才が素晴らしいと大絶賛していたのさ。」
「す、すごいね…」
まさかアイラの弟がそこまでだったとは真由も知らず驚いていた。そこまで文才があるのなら騎士団以外でも働き口がありそうだし、何よりクラノスとフローレンスの恋愛の詩文を見てみたいと思ってしまった。
「俺たちが打ち合いしている間随分面白い話してるじゃーん」
区切りが良いところでカグヤと誠司が休憩に入った。カグヤは笑いながらもっと教えてよーとウキウキしているようだ。年頃なので恋愛の話が気になるのだろうか。
「そういうカグヤは許嫁はいないのかい?公家の血筋とあれば縁談はあるだろう?」
「残念ながら俺は無いんだよね~~兄貴達は許嫁いるけどさぁ、俺まだ15だし」
「カグヤは末っ子だったのか、気遣いに長けているから長子だと思っていたよ。」
クラノスから褒められてカグヤはえへへ~と照れていた。出会ってまだ日が浅いが家族の話はそういえばまだしていなかったと真由は思い出した。それどころではなかったのもあるが。
「お兄さんたちも忍者?みんな風遁とか火遁とか使えるの?」
「そうだよ!ウメミヤ家はみんな忍者なんだ。兄貴と親父が火遁が得意でさ…ってなんで誠司忍術詳しいの…?」
誠司の知識量にやや引きながらカグヤは答える。誠司は某有名忍者漫画の影響だよとどや顔をしていた。
「男兄弟か~いいなぁ俺お兄ちゃん欲しかったんだよねぇ。」
「兄弟全員男だと喧嘩とかすごいよ~ガードナー兄弟みたいに優雅じゃないしさうち。俺一番上と10歳離れているから毎回組手でぼこぼこにされるしさぁ、揚げ出し豆腐も取られるしぃ」
誠司がうらやましがる横でカグヤは口を尖らせた。確かに真由も男子は乱暴、というイメージが勝手にあったので優雅で静かなガードナー兄弟に内心とても驚いていたものだ。
「こうしてみるとこのメンバー真由以外は全員兄弟いるんだな。」
アイラの言葉に全員確かに、と頷いた。真由は思わずあの家で子供何人もいると育たないよと言いかけて口を噤んだ。和やかな空気に自分の家の地獄の空気を入れるわけにはいかない。
「…今さ、クラノスがお兄ちゃんでアイラがお姉ちゃん…いやお母さんかな、そんな感じがしてすごく楽しいなって思うんだ」
代わりに思っていたことを言ってみた。最初大柄な男性であるクラノスが怖かったが、優しく気遣いができる兄のような存在であるし、アイラに至ってはずっと温かく見守ってくれる母のような感じがする。絶対に元の世界では感じることのできない温かい空間だ。真由はずっと心地よく感じていた。
「確かに、疑似兄弟って感じがして良いよね。俺本当にクラノスみたいな優しいお兄ちゃんが欲しかった…本当に…‼‼」
「そ、そこまでお姉さんが怖いのか誠司…気になるな…とはいえ、私も兄さんしかいないからね。弟と妹ができたようで本当に嬉しいよ。」
後半実姉の陰に怯える誠司を横目にクラノスは興味を示しながらも微笑んだ。
「可愛い事言うな二人共~~~もっと甘やかしてあげるからなぁ」
アイラは満足そうに笑うと真由を抱きしめてぐりぐりとほおずりした。その様子を男性陣が楽しそうに見つめている。
「えへへアイラ恥ずかしいよ~~~でもあとでアイラお手製のお菓子食べたいなぁ」
「いいぞぉ~~クッキーにするか?それともケーキ焼くか?」
「いいねぇ、紅茶でも入れてお茶にしようか。旅立つ前に買ったとっておきの茶葉を使おうか」
「貴族御用達の紅茶か!すごく絵にな…楽しみだね‼‼」
「誠司、たまに絵になる~とかこれで一冊書ける~とか本音駄々洩れしてるぞ…」
そんな仲間たちの会話を聞きながら真由は心の底から笑っている。祖父母と暮らしていた時のような温かさを再度感じれるとは本当に思っていなかったのだ。優しい兄、頼れる母のような姉、気の合う兄弟達。たとえ血が繋がっていなくとも、ここまで心を通わせ互いに手を取り合える、共に食卓を囲める温かい関係になれるのか、真由は心地よいお日様のようなぬくもりに感謝した。
ずっと悩んでいた、自分に世界を救えるのか、圧倒的な速さで成長して前に進む誠司との差を感じていた不安は今はどこかに行ってしまったようだ。真由はこちらでの兄弟に手を引かれ、みんなで食堂へと軽快に歩いて行った。
誠司は少年漫画からゲームまで幅広い知識を持っています。すべてはコミケのため…!
お姉さんは怖いけど創作活動や衣装づくりが楽しいので仲が悪いというわけはありません。
そんでもってしれっと末っ子が判明したカグヤ。カグヤの話も出します!