外伝⑥ 横山真由という少女
真由の過去編です。虐待の描写もあるので苦手な方は薄目でスクロールしてください。
2001年7月4日、私は神山市の産院で産まれた。
ただ産まれたとき、両親は喜んではくれなかった。
私の家庭環境は友達とはすごい違う。
不愛想な父、自分勝手で子供がそのまま体だけ大きくなったような母。
…本当に最悪な家庭だ。
父は結婚したくなかったし子供も嫌いだと常に私に言っていた。
女性と付き合う様子もないまま30歳近くになったとき、祖父母から結婚しろとうるさく言われたそうだ。そこで父はたまたま仕事の付き合いで入ったキャバクラで7歳下の母と出会った。
一方で母は母子家庭で育ち高校卒業後、保育士になるため短大へ進学したがいまいちやる気が出ず男遊びにハマり、そのまま退学して水商売で働き始めた。父は無趣味でお金だけはあったので父の身の上話を聞いて押しかけ婚したようだ。
形だけの結婚をした後も母は水商売を続けていた。もちろん男遊びも。20代前半なのでまだまだ遊びたかったのだろう。父は無関心だったので性病だけはかかるな、としか言わなかったそうだ。
そんな生活を続けること数年、妊娠が発覚した。父はどうせ客か浮気相手の子だろうと予想していたのだが、まさか驚きの自身の子供だったのだ。…DNA鑑定までやったらしい…
私が生まれる前から伯父夫婦と祖父母は私のことを心配してくれていた。あの家庭では育たないだろうし、まず母親が育児放棄すると。まさに予想通りだった。ろくに出生届も出そうとしないので祖父母が名前を考えつけてくれた。一応退院後は数カ月両親と暮らしていた。最初は母性が出たのか母が世話をしていたようだが、だんだん嫌になりついに放置しだした。父はずっと育児にかかわらなかったという。
祖父母は責任を感じて私を引き取り養子縁組をした。養子縁組の話が出たとき、父はぽつりと「そんなことしたら遺産が減るだろ」と言い祖父から殴られたそうだ。
小学校に上がる前まで祖父母のもとで育った。両親はたまに様子を見に来る程度だった。誕生日も毎年祖父母と伯父夫婦が祝ってくれるし生活に不満は一切なかった。
しかし年長の時、立て続けに祖父母が体を壊したのだ。祖母はすぐ亡くなり、後を追うように祖父も亡くなった。伯父一家で私を引き取る案も出たが、すでに子供が3人もいるため経済的に無理だった。今思えば施設に入ってもよかったのだが、世間体が大事なのかそんな案などなかったのだろうか。
とにかくそこからは酷かった。母が料理をしない人なので食事は自分で用意かインスタント。給食は何よりの救いだった。小学校低学年の子供が作れる料理などほぼないに等しい。私は祖母のお手伝いをしていた時の記憶と、母が無造作に買って放置した雑誌を見ながら料理や家事をしていた。
父は自分の家事しかしないし仕事から帰ってきても部屋に籠るので家族の会話は無かった。というか、家の中で顔を合わせても文句を言われたり、食事をしていると「俺より先に食べるな」と殴られたり…あとは祖父母の遺産は遺言で私と伯父にだけ相続することになった。遺産を狙っていた父は私が死んだ方が自分に金が入ると思っているので遠慮なく殴ってくる。泣いたって誰も助けてくれない。母は毎日若い男と遊び歩くし家に連れ込んでくることもあった。その日は物置で寝てたっけな。
正直何度も祖父母のもとへ逝きたいと願った。でも良くしてくれている伯父家族や学校の先生、友人に申し訳ないと思いただ毎日を生き延びていた。遠方に住む伯父一家は毎週確認の電話をくれる。誕生日にもお祝いの品を送ってくれるが両親が私が受け取る前に投げるか売り払うかしていた。伯父には正直に話し、申し訳ないから送らなくて大丈夫だと伝えた。
そんな生活を続けて小学校4年生の時。誠司君が転校してきた。
「えぇーー篠澤お前女みたいなこと好きなの⁉」
その日、クラスに総大将ポジションの男子の声が響いた。
「いや、手芸は集中できるし自分の作りたいの出来上がると嬉しいよ…?」
誠司君がおどおどしながら返していた。どうやら手芸の趣味を馬鹿にされたようだった。男子たちはケラケラと笑い誠司君を煽る。女子たちは男子が怖くてヒソヒソと話していた。
誠司君は転校してきてすぐクラスの人気者になった。かっこいいし勉強もスポーツもできる。ほかの男子に比べて品があって相手を思いやることができる人格者だ。正直女子は一度は誠司君のこと好きになってると思う。本当にそのぐらい素敵な人なんだから。
その当時何となくその様子を眺めていたけど、だんだんと男子たちの姿が私を罵倒してくる父に見えた。対して自分は偉くも何もない癖に、ひたすら人を見下してあざ笑うようなクソ野郎。一度思ってしまうと唐突に怒りが込み上げてきた。なぜそんな気持ちを抱いたか覚えていない。
ただずんずんと男子たちと誠司君の間に割り込み、口を開いた。
「いつもママに甘えてる馬鹿より誠司君の方がしっかりしてるし頭も良いじゃない、手芸だって素敵な趣味だよ!それにアンタ前の家庭科のエプロン完成できないってママに泣きついてたじゃん、誠司君に教えてもらえば?」
目の前の男子は顔を真っ赤にして殴ってきた。女子たちから悲鳴が上がり、後ろの誠司君が真由ちゃん!と泣きながら殴られた頬を抑えてくれる。教室はすごい大騒ぎになった。
泣き叫ぶ女子達の声を聴いた先生方が飛び込んできた。誠司君が必死に説明して男子たちは学校に親が呼ばれるぐらい怒られていた。誠司君から何度もお礼と謝罪をされた。いいんだよ気にしないでと精一杯笑っていたのを覚えている。愛想笑いならいくらでも得意だ。そのあと男子たちと誠司君のご両親から謝罪を受けた。男子の親はまともでよかった。お礼とお詫びにと貰ったクッキーの缶は今でも小物入れとして使っている。
時は流れて中学生になった。隣の小学校から進学した生徒も合わさっていろいろな人がいた。私の母が水商売で働き浮気三昧だと噂が流れた。思春期の生徒たちにはいい話題になったようだ。
バドミントン部に入るとガラの悪い先輩達からいじられるようになった。でも長年あの家庭環境にいる私は感覚が狂っているのか何にも感じなかった。その後容姿についてもいじられるようになった。水商売の娘なのに可愛くない、と。まぁ母は化粧で化けるタイプですので。
本当に気にしていなかったが、お年頃の女子生徒はクスクスと笑ってくるし男子たちはお前も化粧したら化けるのか?と煽ってくるようになった。面倒だしお前らだって同じような顔をしているよと心の中で何度も繰り返していた。でも段々愛想笑いもしなくなっていった。
そんな中学二年生の冬、教室に忘れものをして取りに行こうとするとクラスメイトの会話が聞こえた。
「ぶっちゃけお前誰がタイプよ?」
「篠澤君お姉さんも美人だから綺麗系な人?ねぇ教えて?」
教室には猫撫で声で誠司君にすり寄る一軍女子達と配下の男子達がいた。うわぁと思ったが少し気になった。あれから誠司君はさらにかっこいい男子になった。女子が何人も告白しているのに全員フラれているらしい。誠司君が汚物を見るような目でその女子達を見ていたのには驚いた。
「…下品な人は嫌いだな、香水臭いのもいやだ。」
誠司君は低い声で返した。女子達がドキッとしている。
「えー下品で香水臭い…あ、横山さんとか無理でしょ⁉水商売の娘だし」
キャハハと甲高い声を上げて笑う女子達。あぁまたかと私はその場を離れようとする。
「日本語わかる?俺は君たちみたいな下品な人が嫌いって言ってるの。男に媚びうる暇があるなら勉強したら?君高校行ける学力無いでしょ?」
誠司君がぴしゃりと言い放った言葉に全員固まった。
「あと横山さんはいい人だよ。親がどうとか関係ない。それに君たちよりとても綺麗だ。」
私はとても驚いた。誠司君がはっきりと人に向かって嫌いというのも初めて聞いたし、いい人なんて、綺麗なんて言われたのはいつぶりか、固まるクラスメイトを置いて誠司君は俺この後塾あるからとすたすたと出て行った。思わず物陰に隠れて誠司君が通り過ぎるのを待った。心臓がどきどきしている。
その後クラスメイトがギャーギャー言っていたが見回りに来た先生に怒られ、私はその隙にそそくさと学校を後にした。家に帰りさっさと家事を済ませて部屋に籠る。何度も誠司君の言葉が頭の中で再生され嬉しくて嬉しくてどうしようかと思っていたし何故か涙もあふれてきた。気晴らしに母が大量に残していった雑誌を読んで気を紛らわそうとしたが無理だった。そんな自分に驚きながら、相変わらず部屋にいる父に気付かれないように声を殺して泣いていた。
あれから私は笑うようになった。自覚は無かったが友人から言われて気付いた。
誠司君にお礼を言おうかと思ったが、何となく二人で話す機会もないまま卒業を迎えた。
相変わらず父親からは罵倒されるし母も酒におぼれ罵倒し殴ってくるようになってきた。制服の下は痣や酒瓶で切れた傷があるが何も感じない。
それより高校卒業したら祖父母の残してくれたお金で一人暮らしをしよう。
伯父夫婦にこっそり伝えたら喜んで協力してくれることになった。高校からこっちにおいで提案されたが、神山に友人がいるからまだ大丈夫、ありがとうと伝えた。成人した従兄弟も今度は必ず守るからと約束してくれた。本当にいい人たちに恵まれた。感謝してもしきれない。
あと三年生き延びよう、そうすれば私は自由なのだから。
就職して初任給で伯父一家にご飯をご馳走しよう、何がいいかな、お寿司かな?
でも高卒で就職なんてできるだろうか、せめて内申点を稼いでなんとか職を紹介してもらえないか先生に相談してみよう。適性はわからないけど我慢強さならだれにも負けないし!
あぁあとおじいちゃんとおばあちゃんのお墓も綺麗にしたいな、お金貯めて車を買って、二人の写真をもって見に行きたいって言っていた海に連れて行こうかな。
そんな自由な将来を想像して必死に心を守って生きてきた。
…あの日、人生が変わるまで。
やっと真由の過去編を出せました。本編で言っていた劣悪な家庭環境についての詳細です。
誠司との家庭環境と比べるとより最悪になりますね…ごめん真由…幸せにするから…
〇真由の家族構成
父:偉そうな態度をしているが窓際族の会社員。長く勤めているのに役職についていない。会社の人からも嫌われている。人付き合いも愛想も悪いので友達もいない。基本的に女性が嫌い。兄(真由から見て伯父)は対照的に人気者で仕事でも活躍しているので幼少のころから妬んでいる。世間体と自分のことが大事。
母:元キャバ嬢。頭が非常に悪く化粧の技術だけ素晴らしいので若作りが上手い。短大に入れたのは裏口入学。現在はスナックの店員をしている。歳をとっても若い男が好きだが男性たちからは痛い人を見る目で見られている。