外伝⑤ 愉快なガードナー家
かっこいいスクトゥム兄さんはいません。
「いやはや…また王の癇癪が酷いものでしたね。」
「えぇ全くです。王妃様が止めてくださったので事なきを得ましたが。」
王城の執務室でスクトゥムはベルメール神官長とため息をついていた。また王が思いつきで商人の税金をあげようと言い出したのだ。似たようなことはつい先週もあったばかりだ。税をあげて一体何に使おうと言うのかと問ても明確な答えは帰ってこない。きっと自分の懐に入れて宝飾品の購入費にでも当てるのだろう。この間ドワーフが運営する炭鉱から珍しい輝きを放つ鉱石が出たという話題を聞いたからだろうか。王妃がいるときで良かったと臣下達は胸をなでおろした。
「失礼いたします。スクトゥム様に書簡が届いております。」
城に使える文官が部屋に入ってきた。スクトゥムは受け取ると封蝋を見て気が抜けたように笑った。
「神官長、弟からの手紙です。一緒にどうですか?」
「おや、よろしいのですか?それではお願いします。」
将来の義理の家族になるベルメールに一言声をかけ2人は一緒に蝋を開けた。
『親愛なる兄上へ
お元気でしょうか、少し間隔が空いてしまって申し訳ありません。我々は現在ストラスに滞在しております。平原を困らせていた核は浄化出来ました。我が騎士団員や連邦軍のアルベルト殿を始め、各々が全力を尽くし無事に被害を抑えることが出来ました。』
「速報で聞きましたが作成成功したようで何よりでございましたね。」
「えぇ、最強と名高いアルベルト殿も一緒でしたので若手団員や真由様達にもいい機会となったでしょう」
2人は満足そうに頷きながら手紙を読み進めた。
『ですが、今回の作戦では大蛇が姿を消したり核が反撃をしてきたりと今までよりも戦闘が激化しました。その最中で真由に怪我を負わせ髪の毛まで短くさせてしまったことに大変責任を感じております。』
「なんと怪我された上に御髪まで…よく家内や孫も髪は女の命と言っておりますからショックでしょうな…」
『真由も誠司も旅の中で成長しましたし、今は気配りもできて身軽な忍者のカグヤもいますから子供だけで行動しても良いと判断してしまった私の責任です。真由は気にしていないと言っておりますが、内心きっと悲しんでいると思います。…本当に申し訳ないことをしました。』
クラノスの筆跡からも相当悔しさと申し訳なさがにじみ出ている。ベルメールの向かいでスクトゥムは肩を震わせていた。
『時折、この護衛任務は今の私にとって荷が重すぎると感じてしまうことがあります。真由と誠司を守り抜き、目的を果たして二人を無事にご両親の元へ帰せるのかと。アイラや騎士団の詰め所でリーダーたちによく話を聞いてもらっています。皆からはよくやっていると励まされますが、どうしてもこの判断が正しいのか、いまだに自信が無いのです。ガードナー家の人間として恥ずべきことではあるのは重々承知の上ですが、敬愛する兄さんから助言を賜りたい一心で今この手紙を書いています。どうか、この弟に叱咤激励をください。そのお言葉をもって不肖クラノス、再び立ち上がってみせましょう。』
「クラノス殿…やはりもう一人騎士団員をつけるべきでしたね。今からでも手配を…スクトゥム殿?」
ベルメールが先ほどから無言で肩を震わせているスクトゥムを見る。弟の手紙に憤慨しているのか?と思わず心配になったがそんなことは杞憂だった。……そう、この副騎士団長、泣いているのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおクラノス‼‼我が最愛の弟よ‼‼気苦労をかけてすまない‼‼‼だが、だがっ…‼‼‼お前はよくやっている‼‼‼‼子供たちを慈しみ、守るその姿勢はどの騎士よりも美しく立派なものだぞッ‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
「うるさ」
スクトゥムは滝のような涙を流しながら立ち上がって叫び始めた。あまりの声量にベルメールは耳をふさいだ。
「そうだぞスクトゥム‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼お前の言う通りだ‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
「父上‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
扉が勢いよく開きアーマルド騎士団長が息子と同じように涙を流しながら入ってきた。その手にはおそらくクラノスから届いたであろう手紙が握られている。きっと同じような内容だったのだろう、クラノスは父には弱音を吐かないような子であったとベルメールは認識しているが、父親はそんな息子の胸の内を察してしまったのだろうか。
「我が息子クラノス‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼お前は間違ってなどいない‼‼‼‼‼‼父は必ずやり遂げると信じているぞ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
「そうですわお義父様、お義兄様‼‼‼‼‼‼クラノス様は最強で最高にかっこいいお方ですもの‼‼‼‼何も間違ってなどおりませんし必ず大役を果たしてお帰りになりますわ‼‼‼‼‼‼‼‼」
窓から高らかに笑い声をあげながらフローレンスが入ってくる。ここ3階なんだけど???あと小脇に王子抱えているのなんで????
「ごきげんようベルメール。お庭でフローレンス嬢に会ってお話していたら声が聞こえたので抱えてもらいました。」
「これはこれはウィリアム王子。ご機嫌麗しゅう。…窓ではなく扉から入ってくださいね…」
王子の後ろではガードナー家と孫娘が高らかに声をあげ円陣を組み始めている。誰か止めてほしい。切実に。この老体にツッコミ切れない量のボケをぶち込まないでほしい。耳が痛い。
「こうしてはおれん‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼二人共‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼この高ぶる気持ちをクラノスへの激励に変えるため筋肉へと変えるぞ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
「えぇ勿論です父上‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼私の大胸筋が高ぶって参りましたぞ‼‼‼」
「オーーーーホッホッホッホ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼さすがですわお義父様、お義兄様‼‼‼‼‼‼このフローレンス、どこまでもお供いたしますわ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
三人が高笑いを上げながら訓練場へと走っていく。周りの騎士団員も連行して走っていく姿にベルメールは今にも倒れそうだった。せめてガードナー公爵夫人がいれば止めて…いやあの人も筋肉フェチだし家族大好きだから止めないよなぁ。
「…ベルメール、今日は神事のこと教えてくださいね」
「…はい、王子。お勉強の時間ですな…」
色々と察した王子がにっこり笑いかけてくれる。ベルメールは苦笑いをすると廊下にいる連行を免れた騎士団員とメイドに声をかけ王子の勉強の用意にとりかかるのだった。
その日、王城の訓練場ではガードナー家の二人とフローレンスによって騎士団員達の悲鳴が響いていたとかなんとか。王妃は笑って許してくれましたとさ。
外伝の中で一番楽しいです(笑)
ガードナー家+フローレンスさんの暴れっぷりはまたの機会に書きたいですね(笑)